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第七話『業』

右手のククリをグルンと回し、腰の鞘に戻した。

凝った首をコキリと鳴らし、その椅子から立ちあがった。

狭い部屋に椅子が一つ。血まみれの屍が一つ。返り血で真っ赤に染まった俺は、その部屋を後にした。


・・・思い返せば、奴の人生はつまらないものだった。庶民の子として生まれ、特に才能や知力に優れたわけでもなく、適当に親の職を継いだ男だ。妻子もいなく、楽しそうなところなど見たことが無い。


キリマンそれが奴の名前だ。恨みはないとも。むしろ、知らない仲ではない関係だった。だが仕方がなかった。俺の身体に巣くった鬼が、キリマンを殺せと叫んだのだ。

奴の喉笛をククリで切り裂いた。苦痛に歪むキリマンの表情が頭から離れない。


ああ、どうかキリマン許してくれ。俺にはどうしようもなかった。鬼が、鬼が殺れって言ったんだ。あの、胸糞悪い鬼が。


鬼に逆らえば、死にたくても死ねない苦痛が待っている。目玉の奥に指を突っ込まれ、こねくり回されるような痛みがやってくるのだ。

それが、俺は怖い。


何度も死のうと思った。だが、鬼はそれすらも許してくれない。




隠れ家に着いた俺は、慣れた手つきで血みどろになった服を暖炉に捨てた。新しい服に着替えた俺は腰から外したククリを壁に掛け、床についた。


何度目だろうか・・・人を殺めたのは・・・。

常人なら、恐怖で眠れないだろう。当然だ。人を殺してまだ3時間だ。

だが俺は狂っていた。どうしようもないほどに。眠れてしまうのだ・・・

キリマンのことなど忘れたかのようにーーー。



次の日、俺はジェトスという男がいる酒場へ訪れた。

薄ピンク色のドレッドヘアという、悪趣味なヘアスタイルの男だ。

葉巻を咥えこちらの様子を伺っている。プハーと煙を吐き出し、ジェトスは喋り始めた。


「よお、調子はどうだプリトス。お前も吸うだろう?え?兄弟。」


そう言ってジェトスは葉巻を一本こちらに差し出した。俺は遠慮しとくとだけ伝え、向かいの席に座った。プリトスとは、俺の偽名だ。まあ、適当にそこらへんにあったモノから取った名前だが、今はどうでもいい。


「へっ、やけに辛気臭え顔してるじゃねえか。女房と喧嘩でもしたか?いや待てよ?お前には女房なんていなかったか。グハハハ!」


さっさと要件だけ言えと俺は静かに言った。


「うん?ああ、そうだったな。プリトスお前に仕事を頼みたい。報酬は、ほら見ろ。この束をくれてやる。」


金額は相当なものだ。

仕事内容は?とジェトスに聞くと、葉巻の煙で輪を作りながら言った。


「こいつを運んで欲しい。中身は見るなよ?見たら俺達はお前を殺さなくっちゃあならねえ・・・。お互い平和に行きたいだろ?兄弟」


そういうと、ジェトスは小ぶりの紙袋をポスっと卓の上に置いた。

別に見なくても、俺は中身を知っている。





数日前、俺はウリューナという、人物に会っていた。そいつは背が高く、綺麗な金髪をしている若い女だ。ウリューナは裏の世界のトップに君臨する女だった。

が、死んだ。というより、俺が殺した。鬼が・・・殺せと言ったのだ。俺はやりたくなかった・・・当然だろう?そんな女を殺せば、俺はこの世界で生きていけなくなる。どこへ逃げようとも、今度は俺が殺される番だと思っていた。


しかし、鬼にはあらがえない。殺した。バラバラにした。ぐちゃぐちゃ真っ赤に染まる視界・・・ああ、終わった。全部ーーー。


意外な事だった。俺は一部の人間達に匿われたのだ。それがジェトス達・・・ウリューナという女を、恨んでいた奴らだ。ウリューナは自分のシマでのドラッグ使用や密売を断じて認めていなかった。

ジェトス達薬物の売人は、ウリューナのやり方に納得いってなかったようだ。

死んでくれてラッキーとしか思ってなかったのだろう。


こうして、俺はジェトスとの交流を持ったのだ。ジェトスから受け取った紙袋を懐にしまい、目的地を聞いた。

ジェトスの言う仕事とは、ドラッグの運び役をしろとの事だった。

別に初めてではない。


俺は静かに席を立つと、店の出口に向かった。


「ヘマこくんじゃねえぞ?兄弟。」


ジェトスが俺の背中に声を掛けた。

俺は、店を出た。


いつの間にか雨が降りだしていた。屋根を探して、目的地へと歩み始めた。


暗い路地を歩いている時、上から何かが落ちてきた。

獣?ゴミ?否。人だーー。


鋭い眼のその人間は、立ち上がると不気味に笑ってみせた。

誰かはわからない。だがその眼は、知っている。何度も見たことのある眼だ。

人殺しの狂った眼だーーー。


身の危険を感じ、左の腰に隠していたククリを引き抜いた。

引き・・・抜いた・・・?

・・・持っていたと思っていたククリが無い?!



瞬間目の前には信じられない光景が写っていた。

二本の腕が、血を撒き散らしながら宙を舞っていたのだ


いつの間にか俺のククリを奪った例の人殺しが、ほんの一瞬の隙に俺の両腕を切り飛ばした。


声にならない悲鳴が出た。


痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッ!!


恐ろしい量の血が自分の元々腕があった場所から流れ出てくる。


高らかに笑う人殺しが目にうつった。

ああ、そうか・・・そういうことか。


奴は俺の両足も信じられないスピードで切り飛ばした。


ビチャビチャビチャッと血しぶきが奴の顔を紅く染めるのを見た。


キリマン・・・お前には俺のことが、こんな風に見えていたのかな?


髪を持ち上げられ、俺自身がキリマンにしたように、俺のククリで、喉笛を掻っ切られた。

血が、止まらない。既にあたりは真紅の液体で真っ赤だった。

赤黒い塊が口から出た。


俺の血で染まった奴の顔はうっとりと、残虐に嗤っていた。


俺の身体の中にいた殺戮衝動の鬼も、こいつの抱える鬼に比べたら可愛いもんなのかもしれないな・・・。


意識が、薄れていくーーー。


くっそ・・・気持ち良さそうな顔しやがって。


鬼を抱える・・・か


ちょっと違うかもしれないな



こいつは




ただの・・・鬼だ。











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