異世界へ行けばニートが働くという風潮
神は激怒した。
貴様らナメているのか、と。
――異世界でニート働き過ぎ問題である。
異世界へ放逐されたニートの大半が自分から進んで仕事を始め、中には貴族や王族となって忙殺されていそうなのもいる。
そのバイタリティを等世界で発揮していれば、きちんと会社に入って働けたであろうことは明らかだ。
ある時、神は異世界で働き出した元ニートに聞いてみたことがある。
「なぜ働く」
「だってサクっと才能もらえて活躍できて楽しいじゃん」
「才能ならば生まれ落ちた時に与えている」
「その才能ってやってみるまでわからないからイヤなんだよね」
「なるほど。ところで神に向かってその口調はなんだ」
「ま、いいじゃん」
いいわけあるかと思いながら神は首肯した。
それから数人のニートどもを呼び出して神が聴きだした情報を要約すればこのようになる。
自分にどんな才能があるかわからないから気づけず活躍できない。
才能がないものにする努力は苦しいから嫌だ。
神はふたたびナメるなと言いたくなるのをぐっと堪えた。
そして彼らに眠っている潜在能力や才能、あらゆる情報を開示した。
彼らは腐った。
「なんでこんなクソみたいな才能を与えたのか」
「いまからやるには遅すぎる」
「俺の進む道を決めるな」
「じゃーいまは楽してても後で取り返せるっしょ」
神がふたたび激怒したとして、なぜ咎めることができよう。
彼らはニートになって腐ったのではない。腐っているからニートなのだ。
そう理解するだけの結果に終わったので神は考えた。
こちらのニートを送り込めば働くことは目に見えている。なら向こうの働き者をもらおう。
トレード制度である。
神はどれだけニートを送り込んでもまったく痛手はない。向こうからもらった働き者が半数でも働けば丸儲けといっていい。
一見、名案に思えるこのシステムは数回で破綻した。
ニートが活躍できる程度の世界の働き者が、現代社会で通用するはずもなかった。
よくてフリーター、悪ければ路上生活や犯罪者に落ちていったのでトレード制度は消滅した。
ここまでくるともはや神もお手上げである。
等世界ではニートは働かない。異世界へ送り込むことで働き出す不活性物質である。
そう気づいてしまった神はやや狂いだし、手段と目的がズレたままヤケクソの策を使った。
「もう異世界でも働かない心底のクソニートを送り込もう」
で、ある。
数々の失敗によって、ニートは初期位置が低いほど成り上がるという線が見えてきている。
逆に初期位置が高いほどその上がり幅は小さい。現状で満足するからだ。
そして何故か不遇や地雷と呼ばれる極めて強力な能力を与えると悪用しだすので、まんべんなく且つそこそこの能力を与えることで上限を狭める。
神は選出したニートを貴族位置に配置して、能力を持たせて異世界でも働かない完全不活性物にする。
この策が成功すれば、すこしは気も晴れよう。
やや狂った神は、あらゆる平行世界を俯瞰して、ほぼすべての世界でニートになる唯一的クソニートを選出した。
「これニートよ。異世界へいけ」
四畳半の安アパートでごろ寝しながらマンガを見ていたニートは、突如として連れてこられた謎の空間と神を見てその体勢のまま言った。
「……いやーめんどいっす」
不尊な言葉ながら、神は口ひげのなかでにやりと笑った。
異世界へいけと言われて喜ばぬニートぶりである。これこそ根腐れした正真正銘のクズだ。
「拒否権はないが安心しろ。一生働かずとも食う寝る遊ぶに困らんようにしてやろうというのだ」
「あー……はあ。ならまあ、いいっすけど」
「よし、行くぞ」
こうして唯一的ニートこと端楽乃依弥は異世界へ行くことになった。
異世界で働かないことを期待されるという奇妙な役割を持って。
*
シアティック・アタラックは困惑していた。
あまりのやる気のなさに次代候補から外していた長男のノイヤの奇行が過ぎるからである。
やる気がないだけなら、まだ被害がないだけ良かったと思うような時が来るとは思わなかったろう。
今回の奇行は度が過ぎていた。聞きかじりの知識かなにかで、勝手に商人へ注文を出していた。しかもその料金が馬鹿にならない程度に大きく、明らかに子供の使う額ではない。
さすがにシャレで済ますわけにはいかず、シアティックは自分の部屋にノイヤを呼び出していた。
「ノイヤ。なぜこんなことをした?」
「なぜと言われれば、必要だと感じたので」
「何を注文した」
「クッション……えー……綿素材をまとめて布に包んだものですね」
「そんなものが必要だと?」
「はい。不可欠です」
多少はすまなそうにするものの悪びれずいうもので、シアティックも頭痛がしてくる思いだ。
「注文するにしてもまず相談が必要だろう。それに使う金額を考えなかったのか?」
「報告が遅れたのは謝ります。しかし代金は家計に負担をかけるものではありません」
「ふむ……どういうことだ?」
「所持金の範疇ということです」
「それほど小遣いをやっていたか?」
「多少は自分で増やしました」
「ううむ……」
迷惑はかかっているが金銭的な負担はかけていない。
そのあたりに狡猾さを感じて、シアティックは別の意味で頭痛がひどくなってくるのを感じた。
「今度からはまず相談をしなさい」
「はい。わかりました」
「話は以上だ。下がってよろしい」
「それでは失礼します」
ぺこりと頭を下げてノイヤが部屋を出て行くと、シアティックは大きなため息を吐いた。
その晩、ごわごわした固いベッドでノイヤが寝ていると、神が現れた。
「これ。なぜ働いている」
「働いているつもりはないっすよ」
シアティックに使うような言葉遣いではなく、乃依弥の砕けた口調で神に言った。
「働いておるではないか。クッションなど発案しおって」
「これを働いてると言われると心外だなあ。発案した理由はあるよ」
「言ってみよ」
「二一世紀の人間からして、この世界は不便すぎる。すこしでも生きやすくしようと思ったらそれはそうなりますよ」
「ううむ……」
神はもじゃもじゃとたっぷり生えた髭に手を突っ込んでうつむいた。
ニートは働いているのではなく、働かざるを得ないのが異世界なのであった。