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受胎  作者: 明宏訊
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嫉妬と感情


感動させられた?

いったい、何に心を揺さぶられたのか?

その疑問が、

奇妙な結婚生活の幕開けだった。

儀式が終わるころだが、

多くの人たちが、

夫に対して、女の聴きなれぬ尊称を使っていることに気付いた。

誰も教えてくれなかったが、

彼女の妹なる人物がそっと教えてくれた。

「姉は、宗主国における神祇官に当たる職に就いておられます。外国でいうならば、いわば巫女のようなものですね」

聖職者が結婚するという風習は世界的にみればおかしいことではない。

宗主国における神祇官が妻帯しているのは周知の事実である。

だが、女が属している民族はそうではなかった。

だがそれで驚くほど、

女は自分が属していた民族に執着があるわけではない。

しかし、簡単に忘れられるほど、

故国に対して冷徹ではいられなかった。

同種族が生き残っていたら・・・・

女が異民族に求めることはただひとつ、

速やかに死を許す、

それ以外にはありえない。

隷属させないこと、あるいはされないことは、身体の中に青い血が流れる人間にこそ許された、特権であり、義務でもあるはずだった。

戦争に際して・・・守るべき最低限のマナーのはずだった。

そのことを初夜に、

女は夫に言った。

彼女はただ笑っているだけだった。

昏い(くらい)うえに、月は暗雲に呑みこまれていた。

そのうえ、彼女は背中を向けていたので表情はようとして知れなかった。

苛立ちを隠せなかった。

2人だけになったところで、

恨みつらみをぶつけたいと企図した。

そして、そのとおりに実行した。

「あなた方は約束を破っているわ。ひとりだけ、いやふたりを奴隷の身に甘んじさせているじゃない!?」

宗主国の公用語である、ケントゥリア語を使っているので、

側で控えている侍女たちには通じないはずである。

彼女は、本当に人のこころを洞察するには天才的な技を発揮する。

「侍女たちがケントゥリア語を使えないと思ったら大間違いだぞ?」

その言葉が意味することに、女は驚いた。

ふいにまだ膨らみかけてさえいない腹をさすった。

やおら、夫なる人物は振り返った。

その瞬間に、まるで待ち構えていたように月が暗雲を追い払った。

眩い光が彼女の美貌を晒す。

彼女が注目したのは、

女が腹に手を当てていることだ。

それは知らず知らずのうちに我が子を庇う母親。

それを見逃さなかった異民族の王女は優しい笑顔を見せた。

表情から、

けっして、強いたものでないことがわかった。

確かに本当の優しさに彩られていた。

同性なれば、

かつてはその美貌に嫉妬を感じていたが、

いまは、その性質が変わっている。

自分にだけかけられるべき優しい言葉と表情が、

他者にかけられると、

女は、

それこそ知らず知らずのうちに、

名状しがたい怒りを感じるようになっていた。

異民族の王女は、

そういう女の気持ちなど軽く洞察しているのだろう。

もう、王女から目を背けることは止めた。

自分のなかに隠すべきものなどあるはずもない。

だが、気になることはケントゥリア語ができる侍女の話は気になる。

単刀直入に訊くと、

夫は答えた。

「我が方の侍女はそなたの国とちがって、ほぼ全員が奴隷であって、ケントゥリア語ができるものなどいない。ただ余は嘘など吐いていない」

なぞなぞは、この王女の好きなもののひとつだった。

女が所属する民族にあっては、

貴族の子女が侍女、侍従にあることがあった。

彼らや彼女らは、幼いころから友人のように育つので、人間でなければならなかった。

女にもそういう存在が常に影のように付き添っていたが、すでに旅立っているものと思っていた。

それは人間ゆえに給わるべき尊厳としての、

唯一の手段と言えるからである。

女の中に怒りがみなぎってきた。

考えるまえに魔法が発動していた。

自分がさせていたのだが、

あたかも自分の身体であってそうでないような気がした。

怒りに我を忘れていた。

その侍女の名前を呟くと、

彼女に死を賜らなかったのかと異民族の王女を詰問した。

王女は弁明するように言った。

そういう表情ははじめてみた。

「彼女にそなたが生きていることを知らせると、こう言った。奴隷になってもいいから命を存続することを請願する、と・・・・」

怒りで打ち震えた女だが、何もできなかった。

彼女の姿を目にしたとたんに涙がこぼれてきた。

つい最近まで影となっていたのに、10年ぶりに顔を合せたような気がした。

人間の感情というのは複雑なものである。

右目で泣きながら、

左目で怒り狂うことも可能なのだ。

侍女は、女の元に侍することを望んだが、

この国では奴隷がすることだと、退けざるを得なかった。

その代りにしかるべき貴族と婚姻させることを侍女に呑ませて、

陰居させることにした。

彼女は納得していないが、

もちろん、

女も納得するはずもないが、

2人は涙の別れを展開させたわけだが、

それが終わる際に、

夫なる人物がそっと囁いた言葉が女も耳の中に、

それこそ、寝所で横になっても木霊していた。

「そのような視線は自分にのみ向けてほしい。嫉妬する」


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