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受胎  作者: 明宏訊
2/6

神託

欲しかったのは神々の保証だったのか?

それを人は神託と呼ぶ。

女は、

針金のように鋭利な五本の指に、

自らの手首を摑まれて、

それだけでなく、

ねじ上げられている。

しかし臆することなく。

それ睨みつけている。

それは五本、それぞれが独立して動いており、

まちがっても連動しているとは思えなかった。

絶体絶命の状態ばかりが、

彼女を動揺させているわけではない。

割合からすれば、それはたいしたことではないと自覚している。

彼女を脅迫している本質的な問題はべつにある。

女は時間を元に戻してほしいと、

神々に願っている。

だが、

まちがっても、

そんな願いごとが受け止められるとは、

夢にも思っていなかった

そういう願いを抱くこと自体が瀆神に他ならない。

だがあえてその罪をかぶりたいと希望した。

まさか、お腹の子にまで、

へその緒を通じて罪が伝わることはないだろう。

自分が先ほど、言ったことを忘れたかった。

なかったことにして欲しかった。

自分は瘴気にばかり気を取られて、

徹底した、

視覚情報の徴集を怠っていた。

今の今まで自分は一体何を見ていたというのか。

その声を聴くまでは、

結婚を申し込む対象が女だったなどと、

夢想だにしなかった。

魂には性別がない、というのは聖職者の教えるところである。

瘴気とは、

青い血の根源だが、

それは魂に他ならない。

賤民、奴隷は瘴気を発さない。

それらが魂を持たない。

そのことを裏付けている。

それは、女が所属する民族だけでなく、宗主国、その他の民族が培ってきた神話に共通する項目である。

違う肌の色、髪の色、違う装束、そういった連中がばたりと砂漠の真ん中で出会ったとき、互いが人間であることを、少なくとも、話の通じる相手であることを証明するために、半ば儀式としてある儀式を行ったものだ。すなわち、身体に傷をつけて青い血を迸らせてみせる、という実に簡単なものだ。


さて、

女はただ瘴気だけに意識を集中しすぎた。

そのせいで、

目に見えるものを感知そこねた。

自らの手首に彼女の…

未だに、そう呼ぶことを憚られるが、使わざるを得ない。

自分のなかに彼女の指が突き刺さってくる。

肉を押し潰して、

青い血が滴る。

それを視ると、

加害者は満足そうに笑った。

いや、客観的にみれば彼女の行動は正当防衛に属する。

そんなことを悠長に考えている場合ではない。

すでに肉は、

一部が潰されつくして、白い骨が露出しはじめていた。

それには青い血管が走っている。

手首に走る激痛を忘れて、

自分の身体にはなんと美しい血と血管が走っているのかと、

思わず、破壊されていく我が身体に惚れつつ、感じ入っていた。

命の、

それも自分だけでなく、まだ生まれぬ我が子の命もかかっている。

日の目を見ぬうちに滅び去るというのか?

加害者は、

そんな女に何やら話しかけてくる。

もはや、外の世界に聴覚神経を伸ばす余裕はすでにないはずだった。

だが、意外と彼女の声は美しかった。

外形的な造形も、

女が属する民族に限らず、

広く、美として受け止められるだけのものを持っていた。

加害者を、

女は直視できなかった。

あまりにもまぶしかった。

先ほどまでの形容は、

地中深くに落ち込んでいくことを防ぐために、

自分に対するごまかしにすぎなかった。

まちがっても、加害者を美しいとは思いたくなかったのだ。

この手首に走っているはずの激痛を感じないのは、

加害者の美しさに見とれているせいではない。

結婚を申し込んだ相手が、

女だったという事実から目を背けたいだけなのだ。

だが、

そう言う言葉に自分を納得させるだけの、

説得力は備わっていない。

それはわかっている。

わかってはいるが・・。

加害者が何を言っているのか、

痴呆状態にあっても、大方、想像できる。

自分を男と見間違えたのは、とんでもない侮辱である。

だが、人間を奴隷にするほど自分たちは腐った民族ではない。

できることならば、奴隷にしてやりたいが、

温情によって、

苦しめて、苦しめて、

太陽が10回は昇って、没する・・

その間は生かしておいて、

自分が犯した罪を実感させる、

その後に、

死という栄誉を与える、

そのくらいのことを言っているのだろう。

しかし、

事実は違った。

その人物は、こう言ったのだ。

「私は、そなたの申し入れを受け入れ、妻として迎え入れる」

一体、何を言っているのだろう?

確かに、加害者が使っている言語は、

彼我において共通に使える唯一の言語、

それは宗主国における公用語だが、

ケントゥリア語のはずだった。

文法か、

あるいは、

語義が変わったとでもいうのだろうか?

女は、

その言葉を理解することを拒絶した。

理性が許さなかった。

だから、加害者を男に、

意識の上で変ずることによって、

強制的に自分を納得させることにした。

女は言った。

「私をこんなにキズモノにして、よくもそんなことが言えるわね」

加害者は苦笑しながら言った。

「何のことを言っているのか理解しかねるが、手首を視てみるがいい。出血どころか、かすり傷すらできていない」

女は加害者の言う通りにしてみた。

すると、

その人物の言う通りに、真っ白なままだった。

見間違えだったか、

唖然として、

自分が立っている場所すらわからなくなった。

その人物は嘲笑うような顔をして言った。

「そなたは魔法の使い手だろう。その名前はこちらまで響いていた。無意識のうちに自分に魔法をかけていたのだ。やっと気付いたのか?」

自分に対してまやかしをかけていた。

加害者の言う通りだとすれば、

きっと、

結婚を申し込んだ相手が同性だった。

そのショックを和らげるための処置だったのだろう。

加害者は、次のような言葉を吐くことによって、

女が自殺することを防がねばならなかった。

「お腹の中に魂を受け入れる体を用意しているのだろう?それを破壊するのか?私はそなたの身体になってやろうというのだ。そこに魂を注げばいいではないか」

そう言って、

女とは思えない、

竜騎士に特有のごつい手のひらを差し出してきた。


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