ニホン
「なんつーか、アレだ」
「・・・うん?」
「船・・・長いんだな」
「・・・そうね」
船に乗ってから1週間経った。
魔鉱から電力エネルギーが得られると判明して以降、その膨大なエネルギーと、その電力に耐えられるモーターを作った技術者、そしてそのエネルギーのよって生み出される速いスピードに耐え切れる船体を作り上げた技術者たちによって、船という交通機関は以前よりかなり速いものとなった。
昔の船は、エルフィディスからニホンまで、1ヶ月以上かかったという。
「早くなったとはいえ、2週間かかるからなあ」
「・・・長いのよね」
今エルたちが乗っているのは、ニホンへ向かう船。
乗り継ぎのためにほかの国に何度も寄った。
その乗り継ぎ回数、実に4回。
ニホンは技術が発達した国ではあるが、海上にぽつんと浮かんだ小さな島国であるうえに、ニホンの近海は海上に突き出た岩などによって複雑に入り組んでいる。
まるで、他の人間が入ってくるのを拒絶するかのように。
しかしそこに関しては人間の方が一歩上手だったようだ。
現在ではエルたちが今乗っている船のように、岩の間を通っていける小型の客船が開発されている。
「ニホンにいる時間自体は1ヶ月だけど、帰るまでに2ヶ月くらいはかかるな」
「・・・そうだね」
「帰りとかどうするよ」
「・・・まあゆっくり寝れる期間だと思えば」
「船の上で寝れるかねえ」
「・・・まあ、家のベッドよりは寝心地は悪いけども」
フィラは部屋のベッドにごろん、と横になった
「・・・エルも、横になって」
「なぜに」
「・・・いいから」
フィラに言われ、エルも渋々ベッドに横になる。
ニホン行きの船は小型の客船であるために、フィラとハルカゼが同室だ。
ハルカゼは今どこかへ行ってるので、エルがフィラたちの部屋に遊びに来ていた。
エルが横になると、すすすっとフィラがそばに寄ってきた。
「なんですか」
「・・・添い寝」
「ほう」
「・・・興奮、する?」
「どう興奮しろと」
「・・・ほらほら、女の子が隣で横になっているのよ」
「フィラだからなあ」
「・・・ぶっとばすぞ」
フィラのまなざしが突き刺さる。
「・・・目力で人を殺せたら」
「そんな物理的な力あったらどこでも人が死んでるわ」
ジェノサイドが起きても全くおかしくない。
「・・・やっぱりおっぱいを大きくしないと」
「それ以前にフィラは身長も小さいしな。いくつだっけ?」
「・・・確か、143」
子どもと間違えられてもおかしくない身長だ。
実際何度か間違えられたこともあるが。
「それでおっきかったらなんかアンバランスじゃね?俺は今のフィラで全然いいんだぜ」
「・・・じゃあ私だからっていうのは」
「まあ、ずっと一緒だからなー。こんなことは何度もあったし・・・。まあさすがにそういう時が来たらなんか変わるんじゃね」
「・・・ふーん」
フィラがつまらなそうに返事をする。
あまりうれしい答えでもなかったようだ。
「ああそうだ、ハルカゼと約束があるの、すっかり忘れてた。すまんフィラ、少し出てくるわ」
「・・・何されるかわからないから気を付けて」
「ハルカゼはそんなことしないだろー」
エルが、客室を出て行った。
ドアが閉じ、エルの足音が聞こえなくなったところで、フィラがぽつりと漏らした。
「・・・ハルカゼがエルと話す時の目は、女の目」
「ごめんなハルカゼ、せっかく前に誘ってくれたのに」
「いえいえ、覚えていてくれただけでも、嬉しいです」
エルとハルカゼがいるのは、船のデッキの上。
潮風を浴びていた。
「見てくださいエルさん、海がきれいです」
「おっ、ほんとだ」
海の水は透き通っていて、泳いでいる魚がくっきりと見える。
船と一緒に泳いでいるようだ。
「・・・ん?水中が黒い」
「ああ、それはコンブが生えているんですね」
「へえ!これがコンブなのか!」
数年前、この世界に衝撃が走った。
新たな味というものが現れたのだ。
その新たな味というものを持つ食材は、ニホンから見つかった。
その食材は、コンブ。
コンブにはグルタミン酸というものが存在することが分かり、その新たな味は「うま味」と命名された。
そのコンブから取れたダシというものを料理に使うと、その料理の味はたちまち良いものと化す。
そのダシのうま味に魅了され、ダシのみを舐め続け、しまいには中毒になってしまった人がいるくらいに。
今では一度の料理に使える量が規制されている。
その位、この海の中に生えているものが持つ味は素晴らしいものなのだ。
「このコンブ、乾燥させてそのまま食べてもおいしいんですよ」
「へえ、それは食べてみたい」
「ニホンに着いたら、食べさせてあげますね」
ハルカゼがそういうと、会話がいったん途切れる。
二人の間には、妙な沈黙が生まれた。
例えばこれがフィラ相手なら、お互い喋らなくても何も気にすることもない。
しかし相手はハルカゼだ。
何か話すことはないか、とエルは考える。
「え、エルさん」
エルが何かを考えているうちに、ハルカゼがその沈黙を破った。
少しホッとするエル。
「な、なんだ?」
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「おういいぜ。何でも聞いてくれ」
エルがそういうと、ハルカゼは何か大事な話をする前かのように、息を吸ってはいた。
え、ちょっと待って大事な話?
うろたえるエル。
ハルカゼが、口を開いた。
「エルさんって、フィラさんと結婚するんですか?」
ハルカゼがそう聞いてきた。
何で少し悲しそうな顔をしているんだろう。
「え、えっと・・・、なんでいきなり?」
「以前、私もフィラさんに何があったのか聞こうと思ってて・・・フィラさんの部屋に行こうとしたら、エルさんの部屋から聞こえてきたんですよ」
「ああ、確かにそんな話してたな。まあ約束だし、それ以前に、ずっと一緒にいるからな・・・」
「そうなんですか・・・」
だからなんっでハルカゼが悲しそうな顔をするんだ。
「わ、私が聞きたいのはそれだけです!」
「お、そ、そうか。ってかあれだハルカゼ。ニホンの周りってのはこんな突き出た岩に囲まれてるんだな?」
「そ、そうなんですよ。なんか、隔離されているような感じがして嫌なんですよね。それこそ今の小型船が開発される前はなかなか日本から出るなんて難しかったですし」
「小型船が開発されたのは今から30年くらい前だもんな。すげー最近だよな。歴史的に見て」
「そうですよね」
30年のうちに技術はかなり発達したようだ。
景色は岩と海だけで、まだまだニホンは見えない。
同じ景色がしばらく続くみたいだ。
「・・・戻ろうか」
「・・・そうですね。楽しみにしてたんですけど、これでは・・・」
さすがに同じ景色がずっと続くだけの場所にいる趣味はない。
「・・・ニホンの妖魔は、実体がないらしい」
「じゃあどうやって攻撃するんだ?」
「・・・魔法は通るらしい」
「幽霊みたいなもんか」
「・・・たぶん」
カメラに映ることもないらしく、妖魔の写真は存在しない。
エルとフィラはこれから出会うであろう妖魔の予習をしていた。
「・・・ハルカゼたち退魔師は、まずジンジャっていうところで魔法が妖魔に通るようにしてもらうんだって」
「じゃあ俺たちもしてもらわないとな」
「・・・妖魔は、動物を襲って、生気を奪うらしい」
「そいつは恐ろしいな」
「夜限定で、どこに現れるかもわからないけど、その妖魔を退治するのが、ハルカゼたちのお仕事」
「なんか大変そうだな」
生気を奪われる。
エルたちにも危険が及ぶかもしれない。
ただ、自分の身は自分で守りたい。
・・・できれば、この隣にいる子も。
「・・・妖魔たちに、私たちの強さを見せつけてあげればいいのよ」
「怖気づいて近づいてこなくなるかもな?」
「・・・ありえる」
まだ会ってもいないのに余裕を見せるエルとフィラ。
魔決闘で何度も勝ってきた実力者の余裕かもしれない。
「・・・見えてきた」
「おおう、やっとか・・・もう船乗りたくねーけど、帰りも乗らなきゃいけねえんだよな・・・」
「まあまあ、仕方ないですって」
この2週間ちょっと、同じところでずっと過ごすのに疲れてしまったエル。
エルガンデにいるときも、仕事場と家と学園くらいしか行くところはないのだが。
「すげえ、ユグリス港より全然整備されてるぜ」
「・・・ニホン、発達してる」
船がたくさん泊まっている。
何の船なんだろう。
「ハルカゼ、あのたくさん泊まってる船はなんだ?」
「ああ、あれは漁船ですよ」
「へえ、ニホンはこんなに漁船があるのか」
「・・・ユグリス沖の方では、特に海産物はないもんね」
「ニホンでは魚がたくさん捕れるんですよ!」
「へえ、そりゃあいいな」
エルは基本的に肉も魚も好きなので、魚が食べられると聞いてうれしそうだ。
「・・・魚、好き」
かすかに頬を緩ませるフィラ。
フィラも魚は大好きだ。
「ニホンでは魚は生で食べるのが普通なんですよ」
「えっ」
「・・・んん?」
エルとフィラが顔を見合わせた。
エルとフィラは魚を生で食べた経験はない。
というか、魚は煮るか焼くかして食べるものだと思っていた。
味が想像できない。
「どういう味だと思う?」
「・・・わからん」
「ふふふ、それなら、お刺身を食べさせるのが楽しみです」
「オサシミ?」
「ええ、生魚の料理です」
「へえ、オサシミっていうのか」
「・・・たのしみ」
初めて来るニホン。
まだ見ぬ世界。
楽しみでいっぱいだ。
「ふー、何ヶ月ぶりでしょうか」
ニホンに降り立った。
あたりを見回すと、ハルカゼのようなキモノをまとった人たちが行き交っている。
「大体2ヶ月ぶりくらいじゃないの?」
「いえ、エルさんに助けてもらう前から旅をしていたので、3ヶ月ぶりくらいですかね?」
「そういえば野宿してたとか言ってたな」
一人で世界を旅するなんてマネ、エルにはできない。
野宿など、考えたこともない。
多分エルが一人で放り出されたら、フィラがいないことの寂しさでどうにかなってしまうかもしれない。
それは、フィラにも当てはまることだ。
エルとフィラは、そういう関係だ。
「これからどうするんだ?」
「まず私の家に帰ります!」
「ハルカゼの家・・・どんなんだろうな」
「・・・その前にすることが」
「なんかあったっけ」
「・・・換金」
「あっ」
ハルカゼの家に行く前に、外貨両替所に行くことになった。
「へー、ニホンの金は円と銭っていう単位なのか」
「ええ・・・と言うかエルさん、ほんとにお金持ちですよね・・・」
「まあ、伊達に何度も魔決闘で優勝してないさ」
「・・・お金、いくらあっても困らない」
「まあこれだけあれば、1ヶ月過ごすのに十分だろ」
「十分すぎるかと・・・」
一応エルはこっちで過ごせるだけの金は持ってきていた。
まあ、エルが稼いだ金の、ごく一部にすぎないのだが。
「じゃあ、ハルカゼの家に行こうか」
「・・・行こう」
エルとフィラは歩きだした。
・・・方向も分からずに。
「ちょっ!?エルさん!?フィラさん!?そっちじゃないですよ!!」
「違うのか」
「・・・違うの」
「よく知らない地で方向も確認せずに歩けますね!?」
「ははっ、冗談だよ」
「・・・そうそう、冗談冗談」
「どうしよう・・・、冗談じゃない気がする・・・」
実際冗談ではないのだが。
「・・・何で確信をもってそっちに行ったの」
「いやいや、先に行ったのはフィラだろ?」
「・・・私はエルについて行っただけ」
「お、俺は決してあの道路を走ってるやつに興味があったわけじゃないぞ」
「・・・私はあれに興味がある」
「お前も興味あったのかよ!」
「二人とも、確信犯ですね?」
ハルカゼに首根っこを掴まれた。
「ハルカゼ、ここは?」
エルが辺りを見回しながら言う。
出口の方にはバリケードのようなものがあり、近くには門番がいる。
その門番に紙を見せると、どうやら通してくれるようだ。
「ここは駅ですよ、エルさん」
「・・・駅?」
エルより先に、フィラが反応した。
フィラもここが気になっていたようだ。
「ここでテケツというものを買って、それをあの人に見せるんです」
「テケツ?」
「電車に乗るための券です。これから、電車に乗るんですよ?」
「電車!?」
「・・・電車!」
二人とも電車という言葉に大きな反応を見せる。
電車。
エルフィディスではまだ開発途中の技術。
大量の人を高速で運ぶことができるらしい。
「でも、あっちのバスがあれだけ高いんじゃ、エルフィディスで電車が開発されても、すげー金かかるんだろうな」
「・・・だろうね」
「安心してください。日本の電車は、安いですよ」
「へえ、そうなのか」
「というか、さっきエルさんとフィラさんが興味津々で見に行こうとしていたのが電車です」
「・・・あれが電車だったんだ」
ハッとするフィラ。
「・・・じゃあ、電車の近くを走ってた小さいバスは?」
「ああ、あれが車ですよ」
「あのどの家にもあるという?」
「ええ、それです」
「ほー、道路もきちんと整備されてるし・・・、すげえなニホン」
歩いている人、自転車に乗っている人、車に乗っている人。
色んな人がいる。
「・・・ニホンは、人が多いね」
「ここは都市ですからね」
「・・・トシ?」
「ええ、エルフィディスで言う、エルグランディアみたいなものです」
「ああそういうことか、ここは城下町みたいなものなんだな。ニホンの皇帝の城は?」
こんな国を治めているのは、いったいどんなにすごい皇帝なんだろう。
統治者の政治がしっかりしていれば、国はいいものになる。
しかし、ハルカゼの言葉は、エルの想像とは違っていた。
「日本に皇帝はいませんよ?」
「えっ?」
「日本には天皇という国を象徴する人物はいますが、その人は政治には関わりません。昔は天皇が政治を握り、軍を指揮していたという話ですが・・・、今の時代、戦争はありませんからね」
「そうなのか・・・」
「政治に関しては、政治家という専門職がいますしね」
「・・・その人たちがこの国を動かしているのね」
「そういう事になりますね。さ、早くテケツを買っちゃいましょう。電車が来てしまいますよ?」
二人とも、電車のことをすっかり忘れてしまっていた。
「ここで待ってればいいのか」
「はい、待っていれば電車が来ますので、それに乗りましょう」
「・・・待ってれば来る、バスみたいなもんか」
地面を見ると、溝に鉄の棒が敷かれている。
「なあハルカゼ、この地面の棒はなんだ?」
「ああ、それは線路と言って、電車はその上を通るんです」
「へえ、電車って、決まった道があるんだな」
「・・・この上しか通れないのね」
エルたちが線路を不思議そうに見る。
そのエルたちを、駅にいる人たちが不思議そうに見ている。
日本人が着ている服は着物。
しかし、エルたちは洋服にローブをまとっている。
あまり見慣れない服装だ。
「・・・なあフィラ、少し暑くないか?」
「・・・私は別に」
「そうだよなお前はその下かなり薄着だもんな。あっちとこっちじゃ気温が違うんだな・・・」
「・・・ニホンにはシキがある。キセツに合わせた服装をしないといけないってハルカゼが言ってた」
「ほぼ一年中同じ格好のフィラには言われたくないな!?」
「・・・寒い時は、ちゃんと服を着ている」
フィラが仏頂面になって言う。
ずっと同じ服装だというわけでもないようだ。
「おう長い間一緒にいて初めて聞いたぞそれ」
ローブの中には隠された秘密があるようだ。
「あ、来ましたよエルさん、フィラさん」
待ってましたと言わんばかりのスピードで二人がハルカゼと同じ方向を向く。
赤い電車がやってきた。
スピードはそこらへんに走っている車と同じ程度。
しかし初めて見るエルたちにはもうなんかかっこよかった。
「デザインは西洋風なんだな」
「・・・意外」
電車は、エルたちの目の前で止まった。
「乗っていいですよ」
「お、おう」
なぜか恐る恐る乗るエル。
すたすたっと、フィラは普通に乗った。
「怖くない?」
「・・・船じゃないし、平気。むしろなんで怖がった」
「は、初めてだし?」
「・・・よく分からない」
エルフィディスで走っているバスとは違い、座席は長いソファのようになっている。
「この上のリングは?」
「それは吊革です。立って乗る人たちがバランスを崩さないように掴むものです」
「あ、立ち乗りOKなんだな」
「人がいっぱい乗るときもありますからね」
今日は運よく電車が空いているらしい。
電車が動き出した。
「おおお、動いてる」
「・・・震動がバスより少ない」
「イスの乗った感じもなかなかいいな」
「ふふふっ」
突然、ハルカゼが微笑んだ。
「・・・いきなりどうしたの?気でも触れた?」
「ひどいですねフィラさん。違いますよ、二人とも、日本語を使いこなせてるなあって思って」
「・・・そういえば」
日本に来てから、エルとフィラは日本語で話しているが、どうやらちゃんと使えているみたいだ。
「どこの駅まで行くんだ?」
「南帝京区・世田谷駅です」
「そこにハルカゼの家があるのかー」
「・・・楽しみ」
「そ、そんなに楽しみにするものでもないですよ」
電車はがたんごとんと、独特の音を出しながら走っていく。
電車の音に合わせて、掴まれていない吊革がぶらぶらと揺れていた。
「あ、そうそう。ハルカゼの同僚ってどんな感じの人たち?」
「私の同僚ですか?・・・うーん、そうですねえ・・・」
そのままハルカゼが下を向いて黙り込んだ。
「ど、どうした?」
「いえ、なんというか・・・うーん、強い人たちですよ」
「なんだそれ」
おそらく変なやつで説明が難しいのだろう。
フィラも首をかしげている。
「・・・私たちも、ハルカゼの仕事を手伝いたい」
「えっ!?危険ですよ!」
「・・・いいの。ハルカゼは私たちの仕事を手伝った。だから、今度は私たちが手伝う番」
「で、でも・・・」
「いいんだって。妖魔なんかに負けてたら、大魔法決闘で勝つなんて無理だしな」
「・・・そういうこと」
「う、うーん・・・」
ハルカゼが考え込んでいる。
そんなに危険なんだろうか。
「じゃあ、これだけは約束してください。仕事中、絶対に油断はしないでください。いつものエルさんたちのような、余裕に満ちた雰囲気は絶対にダメです」
「お、おう」
「・・・うん?」
「妖魔相手に油断したら、いくらエルさん達でもやられてしまいますから。絶対に油断は禁物ですよ」
「キンモツ?」
「しちゃだめってことです」
ハルカゼが真剣な表情で言う。
どうやら妖魔は相当危険らしい。
「それと、エルさんの魔法は他の同僚たちとも連携を作らないといけませんね」
「まあ、サポートしかできないからな」
「火を扱う魔法なら持っている人は多いですから、エルさんの気界は役に立つと思いますよ」
「ほうほう」
電車での移動は、1時間かかった。
「着きました!」
「へーここが・・・」
「・・・どこ?」
「もうちょっと先です!ここは世田谷駅です!」
周りを見回してみると、エルガンデとは何もかもが違った。
エルガンデには電車はもちろん、車も、バスも走っていない。
そして、家の造りが全然違う。
家の扉は手前に引くものではなく、横に引くみたいだ。
そして、廊下が家の外側にある。
そして、部屋を仕切る扉は、これまた横に引くタイプのもので、格子状の紙が貼りつけられている。
「いきますよエルさん」
「あ、おう」
人が歩いている数より、車が通っている数の方が多い。
移動手段としては車の方が楽なのだろう。
そして、通りかかる人たちから、視線を感じる。
やはりこの服装は目立つようだ。
「・・・やっぱりこの服だと目立つみたいね」
「ああ、そうだな・・・。でもフィラはこっちの服装に合わせても目立つと思うぞ」
「・・・何で?」
「周りを見てみろ、みんな黒か茶色の髪色だ」
「・・・ほんとだ」
日本人は髪が黒~黒に近い色をしている。
日本人の特徴なのかもしれない。
対して、エルの髪色は白、フィラにいたってはオレンジだ。
白なら生まれつき髪の色素が作れなかったと言えるが、オレンジは何とも言いようがない。
実際、道行く人の中に、髪の色素が抜けきった老人がいた。
「オレンジじゃそりゃ目立つわな」
「・・・そうね」
「あ!見えてきましたよ!あれが私の家です!」
ハルカゼが前方を指さす。
家は・・・エルたちが思ったよりは大きくなかった。
2階建ての、木で作られた家だ。
周りにある家とあまり変わらない。
「勝手にでかい家だと思ってたよ」
「いえいえ、うちはエルさんみたいにお金がたくさんあるわけでもないですし・・・」
「・・・あれがハルカゼの家」
表札には、ハルカゼの苗字である「八雲」の字が掛かっている。
「・・・あれでヤクモって読むの?」
「そうだぜ」
「・・・私、ハルカゼが名字だと思ってた」
「ええっ!?」
ハルカゼが大きな声を上げた。
まあ、1ヶ月以上一緒にいてずっと苗字と名前を逆に覚えられていたらショックだろう。
「・・・ニホンの人の名前は、先に苗字からって知ってたから」
「ああ、そういうことか・・・」
「私は名前が春風ですよ!」
「・・・じゃあ、日本の呼び方に直せば、ヤクモハルカゼになるんだ」
「そういうことです」
家の前に着くと、開けてもいないのにハルカゼの家の扉が開いた。
中から出てきたのは、中年の男。
おそらくハルカゼの父親だろう。
その男は、目の前のハルカゼにたいそう驚いているようだ。
「・・・は、春風か?」
「う、うん、ただいま、お父さん」
お父さん、と呼ばれた人物はエルをちらと見て、大声を上げた。
「春風が男連れて帰ってきたぞーっ!!!」
「・・・えっ?」
「も、もうやめてくださいお父さん!エルさん、フィラさん、上がってください」
「あ、おう。オジャマシマス」
「・・・おじゃまします」
家に入るときは、こう言うらしい。
そう、ハルカゼに教わった。
家にそのまま上がろうとしたエルたちと、ハルカゼが止めた。
「エルさん、フィラさん。靴は脱いでくださいね」
「えっ、あ、すまん」
「・・・分かった」
靴がならべてある所に同じように靴を置く。
「あっちでは家の中でも靴だからな」
「・・・室内履きに履き替えるけど」
「お、おい、春風。外国の言葉をしゃべっているぞ」
「この二人は外国の人たちです。だからその国の言葉でしゃべっててもおかしくないでしょう?」
「む、まあ、そうだが・・・こっちだ、ついてきなさい」
春風の父親が案内してくれた。
どうやらすぐそこらしい。
「さあ、座ってくれ。いま、お茶を用意させる」
「あ、じゃあ私淹れてきます」
「いや、お前はいい。ばあさん客だ!お茶を用意してやってくれ!」
ハルカゼの父親がそう叫ぶと、どこからか老婆が出てきた。
「おやおや、春風、お帰り。ちょっと待ってなさいな」
少しだけ顔を見せ、どこかへ行ってしまった。
「なあハルカゼ、今の人は?」
「私のおばあさんです。お茶を淹れてくれるそうです」
テーブルを挟んで、ハルカゼの父親はどっかりと座っている。
・・・床に。
「さあさあ、遠慮せずに座ってくれ」
「・・・なあハルカゼ、ここに座ればいいのか?」
「ああ、はい。あちらのようなソファはないですから、床に座ってください。畳だから大丈夫ですよ」
「タタミ?」
「この床です」
下を向くと、普通の床とは全然違うものだった。
さっきまで何気なく歩いていたが、意識してみると、堅いようで、柔らかいような、不思議な感触だ。
「し、シツレイシマス」
「・・・失礼します」
エルとフィラが習った、何か動作をする前に言う言葉。
どういう意味なのかは知らない。
「とりあえず、春風。よく帰ってきた。旅はどうだった?」
「すごく楽しかったです。エルフィディスという国で、いろいろな魔法を見てきました。なんと、魔法で競う大会にも参加させてくれたんです!」
「ほう。まあ、話したいことはいろいろあるだろうし、また後でな。そちらの二人は?」
「私がエルフィディスにいる間、私を家に泊めてくれた人たちです」
「なに、春風、ほーむすていとやらをしていたのか」
「ええ、そうなんです」
日本語はまだ聞き取りづらいところがあるが、今のホームステイだけははっきりと聞き取れた。
「やあ、うちの娘を家の泊めてくれて、ありがとう。儂は八雲喜代松、この子の父親だ」
ハルカゼの父親が先に自己紹介をした。
キヨマツと言うらしい。
なんだか呼びづらそうな名前だ。
「エル=シュヴィです。ニホンに興味があって、ハルカゼについてきました。ヨロシクオネガイシマス」
「・・・フィラ=アイゼン。エルと、同じ理由でニホンにきました。よろしくおねがいします」
「ほう、君たち、日本語がちゃんと話せるのだな。しっかり勉強してきたんだなあ。今日はゆっくりしていくといい。シュヴィ君、アイゼン君、よろしく」
喜代松が感心したように頷く。
「・・・あ、名前はファーストネームで結構です」
フィラがそういうと、喜代松が固まった。
「ふぁーすとねーむ?」
「名前で呼んで、と言ってるんですよ、お父さん」
そういわれて、今度は喜代松の首が曲がった。
「・・・ん?」
「・・・あ、お父さん、あっちの人は名前が名字より先に来るんです」
そこまで来て、喜代松の謎が解けたらしく、ふんふんとうなずき始めた。
「そういう事だったのか。失敬、エル君、フィラ君、これからよろしく頼む」
・・・君?
確か、君とは男の名前の後に付ける呼び方だったはず。
「・・・キヨマツさん、私、女です」
「ふぉっ!?す、すまない!フィラ、さん、か。よろしく」
「・・・よろしく」
喜代松が右手を差し出した。
なぜ右手が出てきたのかわからず、エルは首をかしげた。
それを見てハッとするハルカゼ。
「あ、エルさん。手を握ってください。この国の挨拶のようなものです」
「あ、そうなのか」
エルが喜代松の手を握る。
それに続いて、フィラも手を握った。
「・・・女の手だ」
まだ疑っていたらしい。
「どうぞ、お飲みください」
エルたちの前に、コップが置かれた。
中を覗いてみると、薄い緑色の液体が入っている。
「これは?」
「お茶です」
飲み物を持ってきてくれた老婆がにっこりと笑う。
「オチャ?」
「ええ、この国の飲み物です、はい、喜代松さんも」
「うむ、ありがとう」
「・・・アリガトウ」
老婆が喜代松の隣にお茶を置き、そこに座った。
「よく日本までおいで下さいました。春風の祖母の八雲フジといいます」
フジと名乗った老婆はそのまま頭を下げた。
「ど、どうも・・・」
「・・・よろしくお願いします」
エルとフィラもそれにつられて頭を下げる。
「あなたたちはしばらく日本にいるのかしら?」
フジが微笑みながら質問をしてくる。
話がゆっくりでとても聞き取りやすい。
「はい、1ヶ月ほど、ニホンにいる予定、です」
「そうですか、宿の予定は?」
「ヤド?」
エルが首をかしげる。
ヤドってなんだろう。
長さだろうか。
「エルさん、泊まるところはあるのか、と聞いています」
「・・・えっ?ああ、そういうことなの?え、っと、まだないです」
「あぁらそうなの。なら、その間はうちを使ってくださいな。喜代松さんも、それでいいでしょう?」
「む、春風を家に泊めてくれたのもそちらだからな。それで貸し借りは無しだな」
喜代松も同意する。
「・・・いいんですか」
「いいのよ、ハルカゼの面倒を見てくれて、ありがとうございます」
1ヶ月間、エルたちの宿は確保された。
それを狙っていたかと聞かれれば、まあ、嘘はつけないのだが。
「ここが、エルさんたちが使っていただく部屋になります」
案内されたのは、2階にある、少し広めの部屋。
「部屋の明かりにはこれを使ってください」
そういって手渡されたのは、ランプ。
オイルを使って火を灯すらしい。
「・・・これみたいなもの?」
そういうと、フィラのローブの中から、カンテラが出てきた。
「うん多分それみたいなもんだろうけどなんでそんなところにそんなもんあるんだ」
「・・・ローブの中、広い」
「答えになってるようななってないような・・・」
ハルカゼが持ってきてくれたものとフィラが持っていたものには少し違いがある。
ランプはオイルランプで、フィラの方は光源がキャンドルだ。
「フィラ、キャンドルは持ってるのか?」
「・・・もちろん、1ヶ月分はある」
「用意いいなあ・・・」
「じゃあ、これはいらないですかね」
「せっかく用意してくれたのに、すまんな」
「いえいえ、いいんです」
ハルカゼがランプを戻す。
「なあ、ちょっと気になったことが」
「はい?なんでしょう」
ハルカゼが首をかしげる。
「さっき、『エルさんたち』って言った?」
「あ、はい、そうですね」
「俺とフィラ、同じ部屋で寝るの?」
「すいません、うちには空き部屋が少なくて・・・、そういうことになりますね」
「マジか」
「・・・ほほう」
エルは顔をひきつらせ、フィラはにやりと笑った。
「・・・エル、ここは、ニホンだね?」
「ああ、そうだな。でもそうするとあと4年は帰れなくなるぞ」
「あ、日本での結婚許可年齢は男性は18、女性は16ですよ」
「・・・2年は帰れなくなるぞ」
「・・・ダメだ大魔法決闘に参加できなくなる」
フィラは床に手をついた。
「今日は夜に一度家を出ます。同僚を紹介しないとですね」
「あ、そうか、夜に仕事あるんだっけ」
「はい、そうです」
しかし夜に家を出るのは危ないんじゃないだろうか。
「・・・外に出て大丈夫なの?」
フィラも同じことを思ったのか、ハルカゼに質問をした。
「まあ、外に出て市民を守るのが私たちの仕事ですからね。手伝ってもらう以上は、エルさんたちも外に出てもらいます」
「・・・そう」
「とりあえず長い船旅で疲れたでしょうし、夜になるまで休んでいてください。ご飯ができたら呼びますね」
「ハルカゼは?休まなくて平気なのか?」
「私もお父さんに言って休ませてもらうことにしますから。私は自分の部屋で休んでます。あの押入れの中にお布団が入っていますので」
「オフトン?」
「・・・オフトゥン?」
「お布団です。って言ってもエルさんたちは知らないですよね。この中です」
部屋の端にある引き戸を開けると、中から分厚い布が出てきた。
「こっちにはベッドがないのでこの上で寝ます。畳んであるのを戻して、床に敷くんです。あ、枕が変わると寝れないとかってありますか?」
「マクラ・・・これか。いや、特にないな」
「・・・私も、大丈夫」
「そうですか。ならよかったです。お布団はこうやって敷くんですよ」
まずハルカゼがやって見せた。
分厚いしっかりしている方が下らしい。
「この床に敷く方が敷布団、身体に掛けるほうが掛布団、と言います」
「カケブトン・・・」
「・・・シキブトン」
二人が顔を見合わせてうなずく。
どうやら覚えたようだ。
「使ったらまた畳んでしまってくださいね。畳み方はこうです」
そういって、せっかく敷いた布団を元に戻してしまった。
「あ、あー・・・」
「エルさん、あとは自分でやるんですよ」
「はーい・・・」
「では、私はこれで。何かあったら、起こしてくれて構いませんので」
「分かった。・・・えーと、オヤスミナサイ」
「うん、しっかり挨拶もできているようですね!おやすみなさい!」
ハルカゼが部屋を出て行った。
エルたちは布団を敷き、その上に寝る。
「・・・同じフトンで寝てもよかったけど」
「変な気持ちはないから大丈夫、ダイジョウブ」
「・・・よし」
そういうと、フィラがエルの布団にもぐってきた。
「ちょっ!?なにがよしなんだ!?フィラ!?」
「・・・大丈夫、なんでしょ?」
「いやいや、このまま起こしに来られて見つかったらまずいから、な?戻りなさい」
「・・・むしろ、見せつける」
「ダメだから!」
寝るのにもうるさい2人だ。