新たなる地へ
「・・・私こういうの初めて。だから、優しく」
「お、おう。んじゃ入れるぞ」
「・・・ふぁっ、んっ・・・うぅ・・・」
「変な声出すなって。痛くないか?」
「・・・い、痛くは、ない。むしろ、気持ち、いい・・・んっ・・・」
「そんなに緊張すんなって。動くと危ないぞー」
「・・・だってエルに耳かきされるの、初めて」
魔決闘の翌日。
ゼルたちに休んでていいと言われたので仕事を休んだエルたちは、特にすることもないので家にいた。
昨日の疲れを・・・と思っていたが、フィラの方を見ると耳がちょっと気になった。
エルはよくフィラにしてもらっていたが、エルがフィラにしてあげたことは一度もなかった。
というわけでフィラの隣に座り、フィラをエルの太ももの上に引き倒した。
フィラは驚いていたが、なにをするか説明すると大人しくなった。
今は耳に入っている棒にびくびくしているが。
「・・・鼓膜、破ったら・・・殺す」
「いややらねーよ。んー、けっこうがさがさいってるんじゃないか?」
「・・・そういえば、最近してなかった。んん・・・」
なんだかびくびくしているフィラは珍しい。
ちょっと意地悪してやりたい気もするが後が怖いのでやらない。
「・・・エル、やさしい」
「だろ」
「・・・もうちょっと強くても大丈夫よ」
「んーさすがに傷つけたりしたら嫌だしなあ」
「・・・やっぱりやさしい」
フィラが微笑む。
なんかこいつ微笑んだ時の横顔かわいいな。
「よーし結構取れたな。反対向いてくれるか」
「・・・うん」
フィラが一度体を起こし、エルの太ももの上にうつぶせになった。
「いやいや、その体勢じゃできないでしょうよ」
「・・・当ててんのよ」
確かに今エルの太ももにはかすかに柔らかいものが当たっている・・・気がする。
「ほーら横向けって」
「・・・エルに色仕掛けはきかないと見た」
「変な気起こして捕まりたくねーからな」
「・・・やっぱり結婚するしか」
「いやまだいいよ。つか結婚してなんか変わるのかねえ・・・」
「・・・うーん」
「自分たちの家を持つまで結婚したってこのまんまだろうなあ・・・」
「・・・あっ、エッチできるようになる」
「ほう」
「・・・」
フィラが顔を赤くした。
「恥ずかしいなら言うなよ・・・」
「・・・というかエル、家なら買えるんじゃ?」
「まあ普通に買えるだけの金はあるんだけど、ほら、母さんたちが悲しみそうだし」
「・・・まあ、そうだね。・・・んっ」
「あ、痛かったか?大丈夫か?」
「・・・そこ、かゆいの」
フィラがかゆいと言ったところを見てみると、確かに何かある。
これは大物の予感。
まず端っこからつついてとっかかりをつける。
端っこがはがれたら、あとは掻き出すだけだ。
・・・でかい、かたい。
ちょっと待ってくださいでかいですよフィラさん。
さすがにちょっと力を入れないと取れそうにないな・・・。
「すまんフィラ、ちょっと力込めるぞ」
「・・・うん」
てこのような感じで上にぐいっとやる。
「あ、取れた」
「・・・ベリっていった」
「大丈夫か?」
「・・・痛くないよ」
「そうか。それならよかった。んじゃあ終わりだ」
「・・・ありがとう」
フィラの頭をなでると、気持ちよさそうに目を細めた。
そしてそのまま寝た。
「まあ昨日のことで疲れてるだろうしな・・・。フィラを部屋に運んだら俺も寝るかな」
魔決闘の次の日は、やはり疲れる。
「ふあぁ・・・、よく寝た」
時計を確認すると、午後4時を指していた。
階段を下りてリビングに行くと、ハルカゼが帰ってきていた。
「お、ハルカゼおかえり。お疲れさん」
「ただいまです。やっぱり、一人で仕事をするには疲れますね」
「あ、一人だったんだ。収穫はあった?」
「それが・・・ごめんなさいっ!」
ハルカゼが勢いよく頭を下げる。
どうやら今日の収穫は無しのようだ。
「まあ、1ヶ月ぐらい収穫がなくても全然大丈夫なくらいには金あるからな。へーきへーき」
「昨日の魔決闘でさらにお金増えましたからね・・・」
テーブルの上には金貨の入った袋がある。
なんとも無防備だ。
「そういえば、エルさんたちは帰ってきたのは今日の朝でしたね?どうかしたんですか?」
「ああ・・・それはだな、賞金をもらったあとに控室で寝ちまってさ。起きたら午前3時だったから歩いて帰ってきたんだ」
「徒歩4時間ですもんね・・・」
「本当は門を使いたかったんだけど、魔力的な問題でな」
「だから歩いてきたんですね」
「軽いとは言えフィラをおぶりながら歩くのはきつかった」
「優しいですねエルさんは」
ハルカゼが笑う。
・・・これでたとえばエルが運ぶのがハルカゼだった場合どうなんだろう。
・・・この、フィラにはないも大きなものが2つある分、やっぱり重いんだろうか。
「なあハルカゼ、ちょっとおぶらせて」
「何言ってるんですか!?」
ハルカゼが驚く。
まあ無理もないだろう。
「俺は何を言っているんだ」
「言ったのエルさんですよ!?」
ハルカゼがさらに驚く。
そして何を思ったのか、エルの背中に乗ってきた。
驚いたが何とか太ももを掴んで支えることができた。
「わお生太もも」
「ヘンタイですかエルさん」
エルの後ろではハルカゼがジト目になっていた。
「エルさん、背中あんまり広くないですね」
「なで肩気味なんだよ許してくれよ」
ちょっと気にしていたりする。
女の子を比べるというのはよくないことだが・・・ハルカゼはフィラより重かった。
というか、フィラが軽すぎるのかもしれない。
「・・・エル、何してるの」
最悪のタイミングでフィラが起きてきた。
フィラから見たらリビングでハルカゼの太ももの感触を堪能している変態に見えることだろう。
「こ、これはだな・・・」
「・・・ハルカゼと私の体重を比べていたと」
「・・・」
「えっ図星なんですかエルさん」
なんだろう、殺されそうな気がする。
どうすればいいんだ。
「・・・ちなみにどっちが重かった?」
「・・・ノーコメントで」
「いやいや絶対私でしょう!?気遣われると逆にみじめですよ!?」
「・・・まあハルカゼには上半身に余分な脂肪の塊が2つほどあるし」
「なんてこと言うんですかフィラさん」
ハルカゼが仏頂面になった。
「・・・私はこの無駄のないスッキリとしたカラダが」
「男の人からは見向きもされないんじゃ・・・?」
「・・・やんのかコラ」
切れるのが非常に早いフィラ。
「ちょっと待てお前ら」
すかさず止めに入るエル。
この先止めないとおそらく非常にめんどくさい。
「フィラ、体格差はもう仕方ないよ」
「・・・エルが受け入れてくれるなら私はいい」
「まあ、うん」
「わ、私ならなかなかのないすばでーってやつですよね!ほら・・・!」
「キモノをはだけさせない!肌は簡単に見せるもんじゃねえ!」
最悪エルが捕まる。
「見せちゃいけないんですか?」
ハルカゼがきょとんとする。
もしかしてハルカゼはこの国の法律を知らないんだろうか。
「ハルカゼ、えーと、そうだな。この国の法律ってどのあたりまで知ってる?」
「はい、まったく知りません!」
「・・・フィラ、部屋でハルカゼにちょっと教えてきて。主に結婚の話」
「・・・分かった。行こ」
ハルカゼがフィラに連れて行かれる。
そうか知らなかったか。
この国はそっち方面に関しては厳しいからな。
ニホンはそういう決まりはないらしいが。
ニホンでは成人年齢は20歳らしい。
つまり、そろそろ17歳のハルカゼは、こちらの国では成人、ニホンでは未成年ということになる。
この国では成人したらできるようになるのは結婚くらいなので特に気にする必要もないが。
飲酒や喫煙は特に禁止されていない。
エルもフィラも酒はあまり強くないが。
「新聞でも読むか」
家のポストから、今日届いた新聞を取り出す。
どうやらゼルもセレナも確認していなかったらしい。
新聞には昨日行われた魔決闘の記事が出ている。
真ん中の写真は、炎の城に星が突撃していく写真だ。
よくこんな瞬間を撮ったものである。
「昨日は割と強いやつらがいたなー」
みんな来年に向け本気を出し始めたのかもしれない。
「ん、ユグリス沖に魔物出現?」
どうやら海に危険生物が現れたらしい。
ハルカゼの言うニホンの妖魔のようなものではないが、この世界には魔物と呼ばれる生物が少数いる。
その生態は謎に包まれている・・・というのも、単純に個体数が少なく、ごくまれに出現しては人を混乱に陥れる。
場合によっては人間や建物に被害が及ぶ場合がある。
今回はユグリス沖ということで、周辺の海域を通る船や、港が危険かもしれない。
「クラーケン種、デルタクルスか・・・」
クラーケンは、海に生息する超巨大イカ。
獰猛な性格で、周辺の海域に生息している魚や動物を食い荒らしたり、船を自らの意思で沈めたりもする。
デルタクルスは、クラーケン種の中でも、触腕が三本あるものだ。
ものすごく珍しい。
こいつを倒しさえすることができれば賞金やらいろいろ手に入るが・・・、エルやフィラが使う魔法の関係上、勝つことは難しい。
「エネルあたりが適任だな」
もしエネルが同じ新聞を読んでいるなら、デルタクルス討伐を決意していることだろう。
雷属性の魔法はよく効く。
新聞を読み終わると、フィラとハルカゼが帰ってきた。
「も、申し訳ありませんエルさん・・・」
ハルカゼは顔を真っ赤にして頭を下げた。
「わ、分かってくれたならいいんだ、うん」
「結婚前に破廉恥なことをすると逮捕されてしまうんですね・・・」
ハルカゼはさっき自分が行ったことを恥じているようだ。
「・・・エルは童貞だし、私も処女だってことを教えた」
「おう何もそこまで言えとは言ってないんだぜ」
「・・・結婚してないんだから、当然のこと」
フィラに恥ずかしいという感情はないのか。
いやあるはずだ。
「そういえばさ、魔決闘も終わったし、ハルカゼはそろそろニホンに帰るのか」
「あ、そうですね、チップ、私の分4つ集まりませんでした・・・」
「いやいや、普通そんなにすぐ集まらないからね?」
「でも、まだ4日あります!諦めませんよ!」
ハルカゼがニホンに帰るまで、あと5日。
5日後の朝には、船でニホンへと帰ってしまう。
そこで、ハルカゼとはさよならだ。
「1ヶ月、とっても短かったですね」
「あんまりいろいろ見せてやれなくてごめんな」
「いえいえ!私が見たかったのはこの国の魔法ですし、非公式ですが魔決闘にも出られて楽しかったです!」
「そっか」
「それに、私にも使える魔法を見つけていただいて、すっごい嬉しかったんですよ!」
「・・・つかいこなせるかな」
「ふふん、私ならきっと大丈夫です!」
ハルカゼが胸を張る。
ハルカゼはきっと、新しい魔法も使いこなして、仕事をこなしていくんだろう。
多分、その仕事というのは結構稼げる仕事なはず。
そうでなければ、船で外国に出るなんてこと、できるはずがない。
船で移動するのも、それなりにお金がかかるから。
「じゃあ、私はお買い物に行ってきますね!」
「え?母さんが行ってるんじゃないのか?」
「セレナさんは今日はゼルさんのお手伝いです」
「あ、そうだったのか」
セレナは基本的には主婦だが、たまに採掘場の整備をしている人たちに差し入れを持って行ったりする。
そのあと手伝いまでしたり。
「エルさんたちは休んでていいですからね。行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
「・・・行ってらっしゃい」
パタン、と扉が閉まる。
家には再びエルとフィラの二人きりになった。
「なあ、フィラ」
「・・・なに」
「俺さ、ちょっと考えてたことがあるんだ」
「・・・だいたい分かりますけども」
フィラはすでに分かっているようだ。
「俺さ、ニホンに行ってみたい」
「・・・仕事はどうするの」
「金はたっぷりある。半年くらい仕事しなくても余裕で暮らせるくらいにはな」
「・・・私は」
「もちろんフィラにもついてきてもらうぜ?フィラが俺の隣にいないとかは有り得ないからな」
「・・・そうね」
フィラが微笑む。
「・・・ニホン語は?」
「ハルカゼに教えてもらうさ」
「・・・船旅中に教えてもらおう」
「今日、父さんと母さんにも話すよ」
「・・・許可もらえるといいね」
もっと広い世界を経験したいとでもいえば大丈夫だろう、きっと。
「父さん、母さん、話があります」
夕飯の時間、エルがいきなり話を切り出した。
「なんだいきなり改まって」
「もしかして、結婚とか?」
セレナが違う方向で食い付いた。
でも、今したいのはそんな話じゃない。
「結婚とは違うかな」
「あら、そうなの」
「じゃあ、何の話なんだ?」
「・・・5日後には、ハルカゼがニホンに帰る」
「そういえばそうだったわねえ」
セレナがあごに手をついた。
前日に何かしようと考えているのかもしれない。
「で、俺たちも日本について行こうと思うんだ」
「・・・思うんです」
断られたらそれはそれで終わりだ。
親が決めたことに逆らうのはよくない。
セレナは黙っている。
ゼルは腕を組んで考えている。
「・・・そうだな、理由を聞かせてもらおうか」
ゼルが重苦しく口を開いた。
下手な理由では行かせてくれないのだろう。
でも、エルたちに行きたい理由くらいある。
「ハルカゼがこの国に魔法を見に来たように、俺もニホンの魔法を見てみたくなったんだ」
「・・・それだけか」
「いやそれだけじゃないさ。ハルカゼがやってきた仕事っていうのも知りたいし、ニホン語だって話せるようになりたい。今の俺はニホンに興味津々なんだぜ」
「・・・エルは、私が隣にいてくれないとダメって言われた。あと、私もニホンを見たい」
「仕事はどうするつもりだ」
「俺たちが今までに稼いだ金だけでも半年暮らせるくらいはある。それを置いてくから」
「そうか。ならいいぞ」
意外とあっさりした反応が返ってきた。
「・・・ん?」
「いいぞと言ったんだ。エルとフィラが金を置いてってまで行きたいってことはそういうことなんだろう。金は俺が責任を持って管理しておくから、お前たちはニホンに行って来い」
「ほ、本当か!?」
「ああいいとも」
「まあ、ゼルがそういうならいいんじゃないかしら。外国でいろいろ勉強するのも」
勉強。
普通からしたら嫌な響きだが、外国には知らないことだらけ。
行くだけで勉強になる。
「ありがとう父さん、母さん。・・・というわけで」
「・・・ハルカゼ」
「もぐもぐ・・・んっ、はい、なんでしょう?」
口の端っこにソースが付いていることには突っ込まない。
「俺たちにニホン語を教えてくれ!」
「・・・教えてくれ」
二人してお願いのポーズをとる。
お願いします。
「時間的には・・・そうですね、間に合いますし、基本的なものから教えますね!」
いい笑顔でハルカゼが言う。
二人のニホン行きは決まった。
「さあ!では早速ニホン語の勉強をしましょう!ニホン語、けっこう難しいですよ~?」
エルの部屋で、なぜかメガネをかけたハルカゼがエルたちの前に仁王立ちする。
「そのメガネはどっから用意したんだ」
「まあ細かいことはどうでもいいんですよ。まずはニホンの文字の勉強からですね!」
ニホン語の文字はカタカナ、漢字と2種類あるらしい。
「漢字は非常に難しいのでまずはカタカナから覚えましょうか」
ハルカゼがよく分からない文字を書く。
どうやらニホンでは文字は右から左に書くらしい。
「これが、アイウエオです。こっちの文字の、A、I、U、E、Oに相当します。この5つを軸に、ニホン語は発音するんです。やってみましょう。はい、ア、イ、ウ、エ、オ」
「ア、イ、ウ、エ、オ・・・んん?」
慣れない発音に戸惑うエル。
「・・・ア、イ、ウ、エ、オ」
フィラは戸惑うこともなくすらすらと言えた。
普段フィラが戸惑っているところなんてあまり見ないが。
「それでは次ですね。ニホン語は基本的に50の発音で言葉を発します」
「多いなあ」
どうやらニホン語というのはなかなか難解なものらしい。
「これでへこたれていてはニホンには行けませんよ!頑張りましょう!」
その勉強は、夜遅くまで続いた。
「大分文字を覚えてきましたね!次はあいさつです!ニホンの挨拶は時間帯に分けて3つあります!それぞれ、『おはよう』『こんにちは』『こんばんわ』ですね!それぞれこちらの『おはよう』『こんにちは』『こんばんわ』に相当します」
「お、おは、よう」
「エルさん、イントネーションが違います。おはよう、です」
「お、おはよう」
「・・・おはよう」
ニホン語の勉強2日目にして挨拶まで覚えた。
なかなかペースが早い。
「なあフィラ、ニホン語難しくないか」
「・・・少なくとも、こっちの言葉より全然難しい」
「だよな」
ニホンにたどり着く前までに覚えられるかが心配だ。
キンッ
「お・・・?魔鉱か?」
エルたちがニホンに旅立つまであと3日。
今日は普通に仕事をしていた。
ピッケルを振り下ろすと、何かに当たった感触。
魔石か魔鉱か。
傷を増やさないように慎重に取り出す。
土の中から出てきたのは、魔鉱だ。
「よっし魔鉱ゲット。黄色か・・・あっ」
黄色の魔鉱。
おそらく雷属性の魔法だろう。
となると、ハルカゼに適性、そうでなくとも、エネルが使える可能性が高い。
また見つかってしまった。
「うーん、黒い魔鉱なら俺が使える可能性も微妙に出てくるんだけどなあ」
属性によって魔鉱の色は変わったりするが、分類分けできないものなどは黒くなる可能性が高い。
エルの門も穴も、黒い魔鉱から作られたものだ。
「フィラ、黄色い魔鉱だぞ」
「・・・赤い魔鉱を見つけて。いや、劫火を」
「だからそうそう出てくるもんじゃなくてだな・・・」
「・・・私も青い魔鉱を見つけた」
「私は透けてるんですが・・・これって魔鉱なんですか?」
「・・・それも魔鉱」
その日見つかった魔鉱は3つ。
なかなかの収穫である。
「じゃあ、いったん家帰ってから開発に行こうか」
「・・・うん」
「行きましょう!」
採掘場を引き上げ、家へ帰り、身体の汚れを落とし、開発局へ向かう。
「なんだか、この道も慣れました」
「まあ1ヶ月住んでればよくいう場所への道は慣れるよな。もう一人で行けるんだろ?」
「はい、何度か行きました」
開発局へ入り、いつもの担当さんに魔鉱を渡す。
「今日は3つだな」
いつも通り魔水にセットし、いつも通りにチップが作られていく。
最初ははしゃいでいたハルカゼも、今では見慣れたみたいだ。
「そろそろ、ハルカゼがニホンに帰るんですよ」
「へえ、ねえちゃん帰るのか。寂しくなるな」
「そんで、俺たちもニホンについて行くことになりました」
「えっ!?お前たちも行っちまうのか!?」
「・・・1ヶ月、くらい」
「まじかー、お前たちがいなくなると俺の仕事が少し減っちまうなー」
エルたちはほぼ毎日開発局を利用するので、確かにエルたちがいなくなると仕事が少し減るかもしれない。
「ああほら、チップできたぜ」
「んじゃ、確認するか」
まず、フィラが見つけた青いチップを確認する。
「まあ、光らないな」
「・・・使えないね」
「私もダメでした・・・」
案の定というかなんというか、誰も反応しなかった。
「じゃあ照合しようか」
開発局のアーカイブにチップをセットする。
『海嘯:大量の水で辺り一面水浸しにする。』
「・・・これって」
「ああ、この前の魔決闘の、水野郎が使ってた魔法だな」
あれはなかなか危険だった。
あまりいい思い出のある魔法ではないが、上位魔法なのでいい値で売れることだろう。
「ああ、あの闘技場が水浸しになったやつですか・・・」
「・・・エルもなかなかえげつないことしたよね」
「いやまあ勝つためですし」
次に、エルが見つけた黄色いチップを確認する。
おそらくハルカゼが使えるだろう。
「わ!私光りましたよ!」
ハルカゼが嬉しそうにはしゃぐ。
「・・・2週間ほどでチップが3つも集まるなんて」
「ホント理不尽だよなあ・・・」
「この魔法、雷球っていうみたいですよ!」
雷球:電気エネルギーを封じ込めた球体を発射、触れたところで炸裂。
「これはあれか、フィラの火球みたいなもんか」
「・・・そうだね」
「多分使いやすい魔法だと思うぞ」
「やりました!」
最後にハルカゼが見つけた透明なチップ。
透明だとなんの魔法か予測しづらい。
おそらく使えるものではないが。
「・・・お?おお!!俺のが光った!!」
「・・・えっ嘘」
「ウソじゃねえよ!?やったぜやっと接続器が埋まった!!」
やっと新たな魔法が見つかった。
有用性のほどは分からないが、これでエルは4つ目の魔法を手にした。
「・・・で、どんな魔法?」
「えーと、気界っていうらしい」
気界:自然の力を集めた球体を発射、球体から酸素が産生される。産生量は任意で調節可能。
「・・・何に使うんだこれ」
「・・・はっ!これはっ!」
フィラが珍しく大きな声を出した。
「・・・エル!」
そのまま、フィラはエルの両手をがっしりと握りしめた。
「な、なんだなんだ」
「・・・酸素は、火がよく燃える。つまり、私との連携には最高」
「あ、あー。確かにそうかも」
つまり、フィラの魔法の威力アップができるということだ。
「よかったじゃないですかエルさん!」
「やったぜやっと見つかったよほんと嬉しい!!」
「ははっ、良かったな兄ちゃん」
久々の喜びをかみしめるエルだった。
そして、出発の日はすぐに来た。
ニホンに向かう船はユグリス港から出る。
出発の用意はもうできた。
「服、どうしようか」
「・・・あっちの服、興味ある」
「ああ、キモノか」
「・・・でも、ローブと肌着、ショーツとタイツ、いくつか持っていく」
「フィラは服装が楽でいいなあ」
かなり痴女くさい格好だが。
ハルカゼは、こちらに来た時と同じ、大きな荷物を背負っている。
「私、この国に来れて本当によかったです」
「いい経験になったか?」
「はい!とっても!日本でもこっちの魔法も使います!」
「てことは日本に帰ったらすぐ仕事か?」
「そうですねえ、同僚にも迷惑かけられないですし、新しい魔法手に入れましたし!」
ハルカゼが笑顔で言う。
エルとフィラは顔を見合わせた。
ニホンに興味があると言ったが、実際エルとフィラが一番興味があるのはハルカゼの仕事だ。
ハルカゼはコンビでなく、一人で戦える強さを持っている。
それが仕事のおかげというのなら、ハルカゼがどんな仕事をやっているのか気になるのは当たり前だ。
「エル、フィラ、死ぬなよ」
ゼルが少し心配そうに言う。
「・・・大丈夫、私たち、さいきょーだから」
「そうそう、ニホンでくたばってちゃ、この国の皇帝なんかなれないんだぜ」
「ハハッ、そうか。がんばれよ」
「当ったり前よ」
「ニホンのお土産、よろしくね。わたしまたヨー=カンが食べたいわ」
「まだイントネーション直ってませんでしたか・・・」
「ああ買ってくる。約束するよ」
ハルカゼがエルとフィラの前に出て、改めてゼルとセレナに向き直る。
「セレナさん、いきなりご迷惑をおかけした上にこの1ヶ月間家に泊めてくださり、ありがとうございました」
「うふふ、さすがに倒れそうな女の子は放っておけないわよ。ニホンに帰っても、元気でね」
「はい。ゼルさん、最初、驚かせてしまい申し訳ありませんでした。でも、こんな私を受け入れてくれて、本当にありがとうございました」
「いやー、この1ヶ月、ハルカゼがいてくれて助かったことが多かったよ。ニホンに帰ってしまうのが惜しいくらいにね。故郷での仕事、頑張ってな」
「はい!またいつか、絶対来ます!この1ヶ月間、本当にありがとうございました!」
ハルカゼとセレナとゼルが抱き合った。
1ヶ月という短い時間ながら、確かな絆が見て取れた気がした。
「うおお、なんだこれ」
「・・・すげえ」
「え、ええぇぇっ!?何があったんですかこれ!?」
ユグリス港に着いたエルたちは飛び込んできた光景に驚いた。
海が真っ黒なのだ。
まるで、石油のような。
「まあ、だいたい想像はできる」
「・・・そういえばリアンに聞いた。エネルを筆頭にデルタクルスを討伐したらしい」
5日前に見た新聞の記事を、エネルも見ていたのかもしれない。
「・・・ちなみにエネルは魔力切れを起こして寝ているそうな」
「まあ、お疲れさんってやつだよな」
おそらくエネルには懸賞金やらいろいろ出ただろう。
エルたちも魔法の相性がよかったら参加していたが・・・。
「・・・マンドラゴラとかなら、私でも行けたのに」
「最後に出現したのは教科書の中の世界だろ」
「・・・だったら、案外そろそろ出るかもよ?」
マンドラゴラは、植物を象った怪物だ。
毒性の胞子を出し、動植物に寄生する植物の種をまき散らす、災厄の植物。
最後に出現したのは120年前、隣の国だ。
教科書によると、甚大な被害によって、隣の国の人口は半分になったらしい。
「怪物・・・、魔物?日本の妖魔みたいなものですか?」
「いや、そのニホンの妖魔とやらとは違って、人以外にも被害が出る。最悪住むところがなくなるな」
「そうなんですか・・・」
「その妖魔ってのはどんな感じなんだ?」
「うーん、実体があったり、半透明だったり、姿かたちは色々なんですけど、人に幻覚を見せたり、実際に人の命を奪ったり、あと・・・生気を吸い取って殺したりします」
「うん、つまり人を殺す怪物ってわけだな」
「まあ、そうですね」
ハルカゼはそんな危険な相手と戦っているわけか。
それは、強くないと生きていけないわけだ。
「・・・いつでも出るの?」
「いえ、夜にしか現れないんです。だから、私の仕事は夜です!」
夜の仕事。
そういう言葉を連想してちょっと赤面したエル。
ハルカゼは命をかけて戦っていたというのに、変態坊主である。
「あっ、船が来ましたよ!」
変なことを考えているうちに、港に客船が到着した。
別に船旅を楽しむというわけでもないので、あまりランクの高くない客船だ。
たくさんの人が乗れるように、とても大きな造りになっている。
これから、何人の人が旅に出るのだろう。
エルたちは船に乗り込んだ。
「さあフィラ、ニホンへ行くぞ!」
「・・・うん!」
「・・・エル、この船、すごい」
「えっ?なにが?」
「・・・船に魔法がかかってる」
はて、なんの魔法だろう、とエルが首をかしげる。
特に魔法がかけられている感じはしないのだが。
「・・・私、乗り物とか苦手で酔うはずなのに、酔わない。多分、回復系の魔法」
「ああ、そういう事か」
この船の動力源が雷属性の魔鉱であり、船には回復魔法がかかっているらしい。
おそらく術者がいるのではなく、船の内部に発動装置があるのだろう。
魔鉱は攻撃魔法が使えるのみでなく、日常でも使えるのだ。
「さあエルさん、私の部屋へ行きましょう。ニホン語を早くマスターしましょうね」
「あ、あー・・・はい」
エルはまだ完全にニホン語が話せる状態ではなかった。
もともとニホン語自体かなり難しいものなので、覚えるのにはかなりの時間を要する・・・が、フィラは一足先にニホン語をマスターしていた。
「・・・私、この船を散策してくるよ」
「ああわかった。迷わないようにな」
「・・・大丈夫」
「じゃあ、行きましょう」
「・・・あーい」
ニホンへは船を何度か乗り継がないといけないため、着くまでかなり時間がかかる。
ニホンにたどり着くのは、まだまだ先だ。
Side フィラ
客室エリアより下に行くと、雰囲気が変わった。
というかここ関係者以外立ち入り禁止とかなかったけど入ってよかったのかな。
巨大なエンジンルームにたどり着いた。
ここのセキュリティはどうなってるのかな?
「・・・魔力」
エンジンのモーターからは雷の魔力が感じられる。
あの大きなモーターの中に魔鉱があるのかな?
「・・・ここはいいや」
エンジンルームを出て、さらに中を見まわる。
客室エリアより証明は暗いが、部屋がいくつもあった。
仮眠室とあるので多分乗務員が寝ているんだろう。
「・・・なんで隣に」
仮眠室の隣にあったのは、霊安室。
もしものことがあった時にここにご遺体が運ばれるけど・・・。
それだとお墓のすぐ横で寝ているのと同じだ。
なんだか呪われそう。
「・・・あ」
仮眠室のドアノブを見て気づいた。
霊安室の隣の仮眠室のドアノブだけ、キレイだ。
その隣の仮眠室のドアノブは金色の塗装がはがれ、少し汚れている。
多分誰も使っていないんだろう。
「・・・だからなんで鍵掛かってないのよ」
霊安室の隣の仮眠室の鍵が掛かっていなかった。
ホントセキュリティがガバガバな船だ。
そんなんで大丈夫なんだろうか。
さすが仮眠室、ベッドがあるだけの質素な部屋だ。
シーツなどピシッとしていてきれいだが、かすかにほこりがかぶっていた。
「・・・誰も寝てないのね」
と、その時、
どさっ、と隣の部屋から聞こえてきた。
「・・・っ」
とっさに辺りを見回したが、特に隠れられるような場所はない。
今のは何の音・・・?
壁に耳をくっつけて聞いてみる。
『あンっ・・・だめよぉ、まだ仕事中・・・』
『今俺たちは仮眠してることになってる。バレやしないさ』
『んふっ、ダメって言っておきながら、私も欲しいんだけど・・・っ』
ぼっ、とフィラの顔が火を噴いた。
お前ら仕事中に何やってんだよ!!
ばれてるよ!!!
フィラだってまだ16歳という多感な年ごろ。
まだ禁じられている性行為への興味だって人並みにある。
ちなみに一人でもできる方法があるらしいが、フィラはちょっと怖くてまだできていなかった。
「・・・逃げよう」
そう思い、フィラは勢いよく立ちあがった。
その瞬間、
「・・・おうふ」
目の前が暗くなる。
そのままふらふらして、壁に頭をぶつけてしまった。
『きゃっ!?』
『っ!?誰だっ!?』
壁越しに男女のあわてた声が聞こえてくる。
あわてたいのはこっちだよ!
とにかく隠れなきゃ。
さっきはシーツで見えなかったが幸いベッドの下にはスペースがあったので小柄なフィラは入ることができた。
「・・・きっとハルカゼなら入れない」
ちょっと勝ち誇った気分になるフィラ。
だが同時に何だか負けを認めたような気もして微妙な表情を作る。
「ここかっ!?」
さっき隣の部屋で事に及ぼうとしていた男が入ってきた。
しかし男から見たらこの部屋には誰もいない。
「ここ、誰も使ってないわよね・・・?もしかして・・・」
「も、もしかしたら幽霊が・・・」
「だってとなり、霊安室よ・・・?」
「多分幽霊が俺たちのことを見てて仕事しろって言いたかったんだな・・・戻ろうか」
「夜までお預けね・・・」
男女はどこかへ行った。
「・・・私幽霊扱いかよ」
「うん、エルさん、だいぶ話せるようになりましたね!」
「ハルカゼのおかげだよ。これでニホンでも話せるな!」
恐ろしいことに、エルもフィラも、ニホン語を10日程度で話せるようになった。
ニホン語は他の国の言語よりもかなり複雑であり、本来なら1か月以上はかかる。
ハルカゼが教えたのはニホン語の基礎で、日常会話だけではあるが、何とも覚えるのが早い二人だ。
「ニホンに着いたら忘れてるなんてことはやめてくださいよ?」
「いや多分それはないな。一度覚えたら忘れないぜ!多分!」
「うっわ心配」
「なんだとこの野郎」
女に向かって野郎とは失礼だが、この野郎。
「お、フィラ。散策は済んだのか?」
フィラがハルカゼの部屋に入ってきた。
・・・なぜか顔を赤くして。
「・・・なんかあったのか?それとも熱か?」
「・・・いや、大丈夫。なんでもない」
全然大丈夫そうには見えないのだが。
「フィラがそういうならいいけど、何かあったら抱え込まずに相談しろよな?」
「・・・うん。やっぱりエルは優しいね」
それだけ言うと、フィラは部屋を出て行った。
・・・本当になんなんだろう。
「気になりますね?」
「まあ、そうだな。気になるな」
気になりはする・・・が、あんまり詮索して怒られても・・・と思うと迷う。
「まあ、フィラさんからぽろっと言ってくれるかもしれないですし」
「たしかにそうだな」
「この後はどうするんですか?」
「んーそうだなー。まだまだ時間はあるし・・・ちょっと寝てこようかな」
「あ、寝るんですね」
「まあ今ので少し疲れちゃったしな」
勉強は体力の消耗が非常に早い。
それにエルたちは中等部を卒業して以来全然勉強をしてなかったため、勉強自体が久しぶりだったのだ。
「時間があるときでいいので、外のデッキに出てみませんか?」
「ん、分かった。呼んでくれたら行くよ」
「はい、約束ですよ?」
「ああ」
エルはハルカゼの部屋を後にした。
「やっぱニホン語は難しいなあ~」
エルはベッドにダイブした。
「・・・ってか、俺ら今海の上にいるんだよなあ」
窓の外を見る。
丸い窓から見えるのは、ひたすら海。
青い世界が広がっている。
エルとフィラは今日この日初めて船に乗った。
エルグランディアに行くことはあっても、他の国には出たことがなかった。
これが、初めての外国。
「早く着かねえかなあ、ニホン」
ハルカゼが育った地は、どんなものだろう。
ベッドの上で考える。
「・・・技術が発達してるんだよなあ。しかし妖魔という危険な存在もいる・・・と」
ハルカゼたちが退治する妖魔は、動物に危害を加えると言っていた。
つまり、人間だって危害を加えられる危険がある。
・・・つまり、エルたちが死ぬ危険もあると。
「いやいや、俺は父さんと約束したからな。死なねえぞ。」
フィラだって死なせねえぞ。
「危険に晒されたら俺が守ってやるぜ」
「・・・かっこいいこと言ってくれるじゃないの」
「おおう、びっくりした。いつの間に」
いつの間にかフィラが部屋に入ってきていた。
存在感はどうしたんだ。
「・・・ちょっと、話したいことがあって」
「ほう、どうした」
「・・・いや、実はさっきのことなんだけど・・・」
さっきのこと・・・?
「ああ、さっき何でもないって言ってたやつか」
「・・・うん。実は、なんでもないわけじゃなくてね・・・」
「そんなことがあったのか・・・ぷふっ」
「・・・何で笑ってんのさ」
「いや・・・、勝手に入らないようなところに行ってちょっとエッチな目にあって幽霊扱いされて帰ってきたとか・・・ぶふ」
「・・・私は恥ずかしかったのに」
フィラが下を向く。
「・・・なんだかエルに辱められた気分。エルガンデに帰ったらエルには責任を取ってもらおう」
「責任ってなんだ・・・」
「・・・もちろん結婚」
「しろってか」
「・・・そうね」
フィラと結婚。
まだ成人して1年しか経っていない。
すでに手に職はつけているが・・・。
「どうしようか・・・」
「・・・もうずーっと一緒にいるし、これからも一緒でいいかなって」
「いやそれは俺も思うんだけど」
もうどうせ一緒にいるならそれでもいいだろうか。
「・・・よし、私、エルガンデに帰ったらエルと結婚する」
「死亡フラグかそれ」
「・・・太る気はない」
「脂肪じゃねえよ」
「・・・妖魔になんか負けないさ」
そういってかっこいいポーズをとるフィラ。
結婚、か。
今まであまり考えないようにはしていたが、ずっと隣で一緒にいたからこそ、そろそろ考えてもいいかもしれない。
一緒に皇帝だの皇后だの、高い位の者になって、金に囲まれた生活がエルたちの目標だ。
皇帝と皇后なら、結婚しているんだろうし。
「・・・ああそうだ、俺たち結局1年後には結婚するのか」
「・・・ん?」
「いやほら、大魔法決闘で優勝すれば、俺たち皇帝と皇后だろ?」
「・・・ああ」
「それだったらあれだ、皇帝の権限で盛大に結婚式とか挙げねえか?」
「・・・ほう、楽しそうじゃないですか」
国で一番偉い人たちの結婚式なら、それはそれは盛大なものになるはず。
見たことはないが。
「それでいいか?」
「・・・うん、結婚式にいくらかかってもいい」
「なんたって皇帝様だもんな!」
「・・・そうね」
まだ勝てると決まっているわけでもないのに結婚式の話で盛り上がる二人。
はたして16歳の二人に国は任せられるのだろうか。