初めての戦い
「・・・エル、今日は学校」
「・・・ふぁああ。そうだ・・・、今日はハルカゼと一緒に・・・」
「・・・私は」
「観客席から観戦しててくれ」
「・・・分かった」
「いつもと違った視点で見れるかもな」
「・・・うん。ご飯できてる」
「ああ、ありがとう」
リビングへ行くと、すでにハルカゼは朝食を食べ終えた後だった。
「おはようございます、エルさん」
「ああおはよう」
「ついに今日は私たちの戦いですね!一緒にがんばりましょうね!」
やる気満々、といった感じでハルカゼがいう。
「とりあえず飯食ってから・・・いただきます」
「じーっ」
エルが朝ご飯を食べる様子を、フィラがじっと見ている。
なんだか食べづらくてしょうがない。
「・・・どうしたんだ、フィラ」
「・・・おいしい?」
「あ、ああ。おいしいよ」
「フィラさんのご飯、おいしいですよね!こっちでもお味噌汁が飲めますし、私大満足ですよお~」
ハルカゼの表情が崩れる。
結構フィラの料理を気に入っているようだ。
「・・・エル、早く食べないと遅れる。それかエルの魔法を使うことになる」
「あんたがじっと見てるから食べづらいんですがねえ・・・」
とはいえ戦う前から魔法を使うことはあまりいいことではないので早めに食べる。
「ふぅ。んじゃ行くか」
「頑張りましょうね!エルさん!」
「ああ、そうだな」
「・・・まあ優勝は無理だろうけど、頑張って」
「ええっ!?私たち優勝目指しますよ!ね、エルさん!」
「んー、でも初めて一緒にやるからなあ・・・」
「弱気じゃだめですよ!頑張るんです!」
「分かった分かった」
三人は学校に向かって歩き出した。
「お、三人ともおはよー」
闘技場の控室には、リアンがいた。
「あ、リアンさん。おはようございます」
「・・・おはよう」
「おーエル、今日も来たんだな!」
控室にエネルも入ってきた。
「おっすエネル。今日も負けないぜ?」
「何をぬかす。今日勝つのは俺らだぜ!」
「今日は期待の新星がいるからな」
「ん?誰だそれは・・・え、誰?」
横にいるハルカゼを見てエネルが驚いた。
明らかにこの国の服装じゃないし驚くのも仕方ないだろう。
「ハルカゼ=ヤクモです。よろしくおねがいします!」
「あ、ああ。俺はエネル=グラッゾ。よろしくだ!」
「今日はこのハルカゼが俺と組むんだ。こいつ、ジャ=パンの人なんだぜ」
「なにぃ!?あのジャ=パンのか!?」
「はい、この国の魔法を見るために旅してました!」
「すげーな・・・ジャ=パンはかなり遠いだろう・・・」
「とっても遠かったです!」
笑顔で言うハルカゼに、エネルが戸惑う。
実際ジャ=パンは遠いどころの話ではない。
船を何度も乗り継いでやっと着けるようなところだ。
この国では、ジャ=パンのほかに、極東の国ともいわれる。
国、というには微妙すぎる国土なのだが。
『これより非公式魔決闘を開始します。参加者は闘技場に集まってください』
「んじゃ、行こうか」
「はい!」
闘技場へ向け、歩き出した。
教頭のうっさい司会進行も終わり、試合が始まろうとしている。
「そういえば、魔決闘に仕える魔法の種類って、1試合で4種類までなんですよね?」
「そうだぞ。もしかして5つもってきちゃった?」
「いいえ、今日は火炎車を置いてきました!」
「あ、そうなんだ」
「・・・そういえば、エルさんってどんな魔法を使うんですか?」
「そういえば言ってなかった・・・。んまあ、試合始まってから見せるとするよ」
「分かりました!」
エルからしても、ハルカゼの魔法は2つしか把握していない。
竹神と八咫烏だが、竹神の方はワープとは相性が悪い。
そして、残り2つはどんな魔法かすらわからない。
まあどうせ大丈夫だろう、そんなことを考えるエル。
1試合目からエルたちの番だった。
『これより、デュランダル対メスティアの試合を開始します。定位置についてください』
白線の位置に二人で立つ。
距離は50メートル。
『それでは・・・はじめ!』
試合開始のゴングが鳴る、と同時に、
「八咫烏!」
ハルカゼが仕掛けた。
黒い刃が相手に向かって飛んでいく。
すさまじい密度の刃は、相手に避ける隙を与えない。
だが、
「反盾!」
相手の魔法によって、刃がこちらにはね返ってきた。
「っ!?まずい!」
突然のことにハルカゼが戸惑う。
「見てろハルカゼ!門!」
エルたちの前に、黒い大きな穴が現れた。
その穴は飛んできた黒い刃を吸い込み・・・
―――相手の後ろに開いた、もう一つの穴から、刃を吐き出した。
その刃は、相手のがら空きになっている背中を容赦なく切り刻む。
「ぐぁあ!なんだ!?」
「うわぁあ!!」
相手二人の悲鳴が聞こえる。
「い、今のは!?」
「見たかハルカゼ・・・あれが俺の魔法、ワープだ」
エルはこの瞬間思った。
キマった・・・と。
「あ、だからエルさんは一人では戦えないんですね!」
ハルカゼの言葉はエルに刺さった。
星撃より痛い一撃かもしれなかった。
「ああそうだよ・・・。だから俺は誰かと組まないとダメなんですよ・・・」
「わっ!?私何か悪いこと言いましたか!?」
ハルカゼがあわてる。
「いや、いいんだよ・・・。それより、次来るぞ」
「えっ!?あ、はい!」
ハルカゼが相手に向き直る。
相手は魔法を跳ね返す魔法を使ってきた。
ということは、補助魔法者である可能性が高い。
サポーターを安全に倒す方法は一つ。
「ハルカゼ、さっきの反盾を使ってないほうを集中攻撃だ」
「えっ!?あっちが厄介なんじゃ・・・?」
「俺が倒すから」
「でもエルさんは」
「見てろって」
補助魔法者は後ろからの攻撃も警戒し、前方と後方両方に盾を張っている。
しかし、エルを相手にして最も警戒すべき方向はそこじゃない。
「門!」
エルが魔法を唱えた瞬間、相手の姿が消えた。
「エルさん!?何したんですか!?」
「まずは目の前の敵に集中してくれ!」
「あ、はいすいません!」
ハルカゼが相手に向き直った瞬間―――目の前には、鉄の棘が迫ってきていた。
「きゃっ―――!?」
「ハルカゼ!!」
完全に油断していたハルカゼに棘が―――刺さらなかった。
「ぐうっ!」
目の前には、右腕が無くなった、エルがいた。
「エルさん!!」
「右腕くらい平気だ!ハルカゼ!あっちを攻撃してくれ!」
「は、はい!竹神!!」
ハルカゼの持っている札が燃え、相手の下から鋭い竹が生えた。
「う、うわあっ!?」
竹は消えることなく、相手を拘束し続けている。
「よし、鬼火!」
その魔法は、エルにとっては初めて見る魔法だ。
火の玉は敵の方へ向かっていく。
そして―――爆発、竹ごと燃えはじめた。
炎に耐え切れず、相手の身体がはじけ飛んだ。
『魔法換装体、破壊!』
まず一人。
ハルカゼがきょろきょろしている。
先ほどいなくなった相手を探しているのだろう。
その相手は―――急にハルカゼの視界に現れ、一瞬ではじけ飛んだ。
『魔法換装体、破壊!勝者、デュランダル!』
「えっ!?」
何が起こったかわからないハルカゼはただ驚いている。
「・・・エルさん、何をしたんですか・・・?」
「そのうち分かるんじゃないか?」
「もーっ!エルさんはいじわるですっ!」
完勝ともいえないし、訳も分からなかったが、初めての決闘で、ハルカゼは勝った。
「あ、ありがとうございました、エルさん。」
「おう、どうだ?戦えそう?」
「えーっと、よく分かりませんでした!」
自信満々に言うハルカゼ。
「んまあそうだよな・・・」
「でも、エルさんの魔法が便利だってことはわかりました!」
「そ、そうか」
「鬼火と八咫烏には使えますね!」
「・・・あれ?ハルカゼ、持ってきた魔法って4つだよな?」
「はい!」
「そのオニビってやつとヤタガラス、そしてあのタケのやつ・・・、あと1つは?」
ちょっと気になっていた魔法。
ハルカゼは火炎車を置いてきたと言っていた。
ならば、残りの1つはエルの知らない魔法になる。
残しているということは、強い魔法なんだろうか。
するとハルカゼは、右手の人差し指をエルの唇に当て、片目を閉じで笑顔で、
「内緒です♪」
・・・一瞬ドキッとしたエルだった。
フィラがこういう類のことをしないから、余計新鮮に思えたのだろう。
あざとさというものがどういうものかわかった瞬間だった。
「あ、でもワープとの相性は最悪ですね」
「ハルカゼ、割と一人で戦えるタイプだよな・・・」
「んー、どうでしょうね?ニホンでの仕事だと、一人でやるときも仲間とやるときもありますし・・・」
「そうなのか」
「はい!」
一人で戦うとか怖くないのだろうか、と思うエルだが、怖くないはずがない。
以前ハルカゼはその怪物は生物にのみ危害を及ぼすと言っていた。
危害、つまり下手をすれば死ぬということなのだろう。
それ相手に一人で戦う・・・もしかするとハルカゼはかなり強いのかもしれない。
「あ、そろそろ2回戦だ。勝つぞ」
「はい!頑張りましょう!」
ハルカゼの元気な声が響いた。
『これより、デュランダル対プロルヴィウスの試合を開始します。定位置についてください』
相手は女性2人。
エルたちよりも年上に見える。
もしかしたら博士部の人たちかもしれない。
「・・・一人は任せた、すぐ終わらそう」
「はい!分かりました!」
『それでは・・・はじめ!』
「門!」
「きゃっ!?」
開始と同時に、片方の姿が消えた。
「しまった!」
「っ!?」
ハルカゼがまた驚いた。
やはり何が起こったかわからないらしい。
「ハルカゼ!」
「あ、はい!ではいきます!風刃・霧っ!」
ハルカゼがそう叫ぶと、相手の周りが霧に包まれた。
そして、真一文字に光が迸る。
エルには、光りが迸った後、その空間がずれたように見えた。
霧はすぐに晴れ、相手の身体は真っ二つに切り裂かれていた。
『魔法換装体、破壊!』
残るは一人。
「予想以上に早く勝負がついたな」
「えーと、あと一人は?」
「上見てみ」
「んん?」
ハルカゼが上を見上げる。
―――ものすごい速さで人間が落下してきている。
「なんですかあれ!?」
「俺の魔法で飛ばした」
「ああそういう・・・」
「ハルカゼにも今度やってあげようか?」
「遠慮しておきます」
かなり高いところまで飛ばしたので、地面に激突するまでまだ時間がある。
「・・・上過ぎたな」
「エルさんひどいですね」
「俺ひどいかな」
「鬼火!」
ハルカゼが追撃する。
空中で避けられるはずもなく、鬼火が直撃する。
・・・相手の身体が爆散した。
『魔法換装体、破壊!勝者、デュランダル!』
うおおお、と歓声が聞こえる。
秒殺がカッコ良かったかもしれない。
「おおお、みんなこの戦いを楽しんでいるんですね」
「んまあ観戦を趣味にしている人も多いしな。にしてもさっき俺にひどいって言ったよね?」
「はい、それが何か?」
「ハルカゼ?あなた追撃しましたよね?」
「待ってる時間がうっとおしかっただけですよ」
「・・・」
この子ひどい、そう思ったエルだった。
控室に戻ると、フィラがいた。
「・・・おつかれ」
「おう、まあ、さっきので疲れる要素なかったけどな」
「・・・外から見るとあんな感じなのね」
「どうだった?」
「・・・あそこまで高くから落とすエルはひどい」
「・・・そんなにひどいかね」
「・・・うん」
確信を持ってうなずくフィラ。
何とも返しづらい。
「わ、私はどうでしたか!?」
「・・・相手に集中して。エルに守ってもらってたらダメ」
「はい・・・」
しゅんとするハルカゼ。
もっともなことなので何も言えない。
「・・・あと、さっきのやつはすごかった」
「私ですか?」
「・・・そう」
さっきのやつ、とはおそらくハルカゼが使った風刃のことだろう。
「・・・あと、ハルカゼはあまりエルと相性はよくない」
「そうですよねえ・・・」
「・・・だから、エルは私と組むべき」
「いや分からないぞ?ハルカゼが見つける魔法によっては俺と相性よくなるかもしれないし」
「・・・むー」
なんだか納得いかなそうな感じのフィラ。
どうしたんだろう。
「・・・何でそんなハルカゼを擁護するの」
「え?」
「・・・なんでもない。次の試合も頑張って」
「おう、まあ見ててくれよ」
「・・・うん」
フィラが控室を出ていく。
「んまあやれるだけやろうぜ」
「あ、はい、そうですね!」
「あんまり同じことやってると対策されそうだから次は普通にやろうか」
「あ、そうですね・・・、どうやるんですか?」
「まあ、適当に?」
「適当、ですか・・・」
『第三回戦が間もなく開始します。出場するチームは闘技場へ出てください』
アナウンスが響いた。
「そういえば俺たち三回連続で戦うんだよな・・・。疲れてないか?」
「だ、大丈夫です!」
「よし、じゃあ、いくか」
「はい!」
『これよりトラン対デュランダルの試合を開始します。定位置についてください。』
相手の男がすでに身構えている。
突っ込んでくるのだろうか。
『それでは・・・はじめ!』
「レイピア!」
男が片手に剣を持ち、突っ込んできた。
「なるほど、武器を召喚する魔法か」
「ああいうのもあるんですね」
「めずらしいけどな」
「加速!!」
もう一人の相手が、男に魔法をかける。
すると、男がとんでもない速さで迫ってきた。
「レイピア!!」
男は同じ剣を左手にも構えて、突撃してくる。
狙いは、ハルカゼ。
「まずいっ!門!!」
「きゃっ!?」
相手ではなく、ハルカゼの姿が消えた。
そのあとすぐ、ハルカゼのいたところを、猛スピードで男が駆けていく。
「・・・あっぶね」
「すいませんエルさん、ありがとうございます」
ハルカゼが、エルの真後ろに現れた。
「大丈夫大丈夫、まだ大丈夫」
相手の方に向き直る。
剣を構えた男は、加速を使い、元の位置に戻っていた。
「んじゃ、今度はこっちの―――」
「停止」
エルの動きが止まった。
「え、エルさん!?」
「チャンス!!五重×四重ナイフ!!」
男が叫ぶと、空中にナイフが現れた。
「あの魔法のせいですね!鬼火!」
ハルカゼの魔法が、相手に向かって飛んでいく。
しかし、避けられてしまった。
「ゴー!!」
男がそう叫ぶと、一斉にナイフが飛んできた。
「加速!!」
ものすごい勢いで飛んでくるナイフ。
「や、八咫烏!!」
迎え撃とうとするが、なかなか当たらない。
そして、なすすべもなく、ナイフはエルの頭部に突き刺さった。
換装体にヒビが入り、エルの姿が消えた。
『魔法換装体、破壊!』
ハルカゼ一人だけになってしまった。
相手二人の視線がハルカゼに向く。
「ひっ・・・!」
思わず後ずさるハルカゼ。
普段は一人でも戦えたはずなのに、仲間がやられてしまうと、どうすればいいかわからない。
「た、竹神!」
「結界」
うっとおしい魔法を使ってくる術者の下から、鋭い竹が生える。
と同時に、ハルカゼは結界に閉じ込められてしまった。
そして、レイピアを構えた男が再び突っ込んでくる。
「く・・・、動けない」
閉じ込められた狭い範囲内で、どうにかして出ようともがくハルカゼ。
男がかまうことなく、レイピアを突き出す。
―――レイピアは、ハルカゼの胸に突き刺さった。
『魔法換装体、破壊!勝者、トラン!』
負けた。
負けてしまった。
「かー、負けちまったな」
「・・・すいません、エルさん」
「いやなに気にすんなって。こういう戦いは初めてなんだろ?仕方ない仕方ない」
「ほんとにごめんなさいぃ・・・」
ハルカゼが頭を抱えてしまった。
「・・・おつかれ」
控室にフィラが入ってきた。
「ああ、お疲れさん」
「・・・どんまい。あとハルカゼ、焦って魔法を撃ったって当たらない」
「・・・はい」
ハルカゼがさらにしょぼくれる。
「・・・負けたのっていつ以来だろうね」
「んー、さあ?多少の被弾はいつものことだけどな」
「・・・あの魔法は」
「まあおそらく上位魔法か何かだろ。任意の相手の動きを止める魔法・・・つえーな」
「・・・つえー」
「ああいうのもあるんですね・・・」
強い魔法を手に入れれば必然的に強くなる。
使い方にもよるが。
「もうやることはないし、帰るか」
「・・・きっともう、お父さんもお母さんも仕事は終わってるはず」
「んじゃ帰ったら開発だな」
「・・・うん」
「あ、また開発に行くんですね」
「まあ、仕事だからな」
学園を出る。
門の外には、エネルたちが立っていた。
「あれ?エネル、魔決闘は?」
「あー、負けたんだよ。だからもう帰ろうかってな」
「なんだ、お前たちも負けてたのか」
「あ、エルたち負けちゃったんだ」
「まあ、俺が先にやられちまってな」
「おやおやぁ?エルがやられるなんて珍しいことだなぁ?」
「ねっとり言うな気持ち悪い。初見殺しにあっただけだ」
「なら仕方ないな」
エネルがうんうん、というように腕を組んでうなずく。
魔決闘での初見殺しはそのまま勝利につながることが多い。
それはエルたちが一番よく分かっていることだ。
「私・・・役に立てなくてごめんなさいっ!」
「いやいや何言ってんの。ハルカゼが強いことは今日分かったって。ただ俺の魔法との相性は微妙ってだけで」
「でも、エルさんを守れませんでした・・・」
「いやいや気にすんなって。アレだぜ?エネルなんて俺との魔法の相性最悪だからね?雷系とかワープできねえ」
「そうなんだよなあ・・・」
エネルが難しい顔をする。
まあ相性が合わないもんは仕方がない。
「んじゃ、俺らは仕事なんで、またな」
「おう、フィラ、ハルカゼさんも、またな」
「・・・またね、エネル、リアン」
「はい、また」
「ん、ばいばーい」
家へ向かう間も、ハルカゼはずっとどんよりしていた。
結構引きずるタイプかもしれない。
「おお、父さんすごいなー、魔鉱5つか」
「はっはっは、俺の長年の勘というやつだよ、エル」
「そうだなあ父さん今年45だもんなあ」
「うるさいななかなかお前がデキなかったんだよ」
ゼルが仏頂面で言う。
「あらぁ?ゼル、あなたが採った魔石はその一つでしょう?」
セレナが笑顔で言った。
「こら、じっと見つめるなエル。息子の前でくらいいい顔させてくれ」
「いやー、頑張ってね?」
「やめろ同情するなエル父さん怒るぞ」
「いやそういってるうちは父さん怒らないから」
「セレナー何で俺は息子に同情されているんだ・・・」
「ゼルが適当な嘘つくからでしょー?」
ゼルががっくりと肩を落とす。
フィラがそれを見て苦笑いを浮かべていた。
見栄を張ると散々な扱いを受ける。
この場でエルはそれを学んだ。
「よ、兄ちゃん嬢ちゃん、ねえちゃんも」
「こんにちは」
「・・・こ、こんにちは」
「こんちは。今日は5つ、お願いします」
「ほー結構多いなあ」
担当さんが感心したように頷く。
「んじゃ、やっとくからよ。座って待っててくれ」
「ありがとうございます」
また、いつもの通り、チップができていく。
このチップができるときの光も見慣れたものだ。
最初は興味津々で見ていた気がするが・・・。
「そういえば魔水って飲めるのかな」
「・・・この水色の液体を飲むと」
「いや、魔水って言うからには水だろ?だったら飲めてもおかしくないよな」
「飲めねーぜ兄ちゃん」
「あ、そうなんですね・・・」
「飲むと魔力が暴走するからな。絶対飲んじゃだめだぜ?絶対飲むなよ?」
担当の人がにやにやしながら言う。
「それは・・・いわゆる"フリ"というやつで?」
「いや違う。絶対飲むなよ」
担当の人が真顔になる。
ちょっと興味はわいたが、危ないことはやめておこう、と理性が働いた。
「ほいできたぜ」
「ありがとうございます」
チップを受け取る。
「今日は後も詰まってないから、ここで照合してっちゃっていいぜ」
「・・・そうする」
チップを皆で回して、1つずつ確認していく。
「・・・お」
フィラが装備したチップが輝き始めた。
適性のあるチップのようだ。
「あれ?いつもの赤いチップじゃないのか」
「・・・違うみたい」
反応したのは、紫色のチップ。
火以外の属性なんだろうか。
「なんてやつ?」
「・・・毒炎」
毒炎:神経性の毒を付与した炎を放射、麻痺の追加効果。
「・・・放射ってことは熱風の毒付き?」
「んー、熱風より威力自体は低かったり?」
追加効果が付くことによって威力が下がることもある。
どちらを選ぶかは術者の自由だが。
「・・・とりあえずとっておこう」
「あ!私の光りましたよ!!!」
ハルカゼが嬉しそうに見せてきた。
初めてハルカゼの適性の魔法が見つかった。
そりゃあ嬉しいだろう。
「どんなやつなんだ?」
「えっと、怪雷っていうらしいです」
怪雷:電気を帯びた球体を召喚、球体を中心に落雷を引き起こす。球体は任意で移動。
「強くないかコレ」
「・・・設置魔法みたいなものかな」
「相手からしたらこんなの召喚されたらうざいだろ」
「・・・中位魔法みたい」
「使えるんですね!やった!!」
ハルカゼがすごくはしゃいでいる。
ただ、まだ使える魔法が一つしかないのでこれだけでは試合には
「わあ!また光りましたよ!!」
「マジかよ!?」
「・・・!?」
見つかってしまったらしい。
「おいおいまじかよ1日に使える魔法が2つ見つかるとかまじかよ」
「・・・それはすごい」
「こういうのを”持ってる”っていうんだろうなあ、ねえちゃんよ」
「私、今運マックスですね!!」
ハルカゼがさらに興奮する。
フィラがエルの肩に手を置くと、エルががっくりとうなだれた。
「何で俺には使える魔法が見つからないんだよ・・・理不尽だよ、この世界は」
「・・・まあまあ、涙拭いて。いつか見つかるよ」
「ホント早く見つかってくれ・・・4つそろえたいんだよ・・・。接続器の接続部分にまだ空きがあるんだよ・・・」
「・・・よしよし」
フィラがやさしくエルの頭をなでてあげる。
「この魔法、色光弾っていうみたいですよ!」
色光弾:複数の光を撃ちこむ。光にはそれぞれ赤、青、黄緑、黒があり、それぞれに対応した状態異常を付与。赤:火傷、青:凍結、黄緑:麻痺、黒:石化。
「何この状態異常のオンパレード」
「・・・攻撃というよりはむしろ補助だよねこれ」
「強いみたいですね!?やった!!!」
ハルカゼが手に入れた2つの魔法を装備し、接続器のふたを閉じる。
とてもうれしそうな笑顔を浮かべていた。
「えーと残り二つは」
「・・・クレイモア」
クレイモア:大剣を召喚。
「俺がやられたあいつに適性がありそうだな」
「・・・そうだね」
「いやー、やられる直前さ、換装体だと分かってても『あ、俺死ぬ』って思ったわ」
「・・・ナイフが顔めがけて飛んできたもんね」
もはや拷問か何かだ。
「もう一つは氷玉っていうみたいですね」
氷玉:氷の球体を発射、命中地点で爆発する。
「普通に痛そうだなこれ」
「氷とか頭に当たったら痛いどころじゃないですもんね」
「だよな」
最悪頭から出血する。
というか死ぬ。
「今日はこの2つか。・・・3つはお前らが装備できたからな」
「・・・エルは自分を呪うのね」
「うっさいわ」
「げ、元気出してくださいエルさん!私はまだ使える魔法2つですから!」
「そうじゃなくてですね・・・」
まったくフォローになっていなかった。
「んじゃ今日は帰りますね」
「おう、また魔鉱持って来いよな」
「また明日持ってきますよ」
「今度こそ見つかるといいな。・・・俺はこれを何回言ったかね?」
「やめてください傷つきます」
「ハッハッハ!冗談だよ。また来いよ。じゃあな」
エルの悲しみは一日消えることはなかった。
「・・・ぁれ」
朝、いつも起こしに来るフィラが来ない。
時計を確認すると、午前5時。
なるほどまだフィラが来ないわけだ。
普段こんな時間に起きないエルからしたら、珍しい体験。
外はまだ暗い。
「・・・つか、なんか喉いてえなあ。ぼーっとするし、頭も重い・・・」
とりあえず水でも飲むか、とエルが階段を下りて水を飲みに行く。
「げほっ、ごほっ。・・・あれ、もしかして風邪引いたかコレ」
フラフラとした足取りで外の井戸までたどり着いた。
ポンプを動かして、水をくむ。
「そういえば、ハルカゼの話だと、ニホンではレバーをひねると水が出てくるらしいな・・・すげー便利だよな」
エルのように、わざわざ外に出る必要もない。
「んっ・・・んくっ、ごくっ・・・ぷはっ。はー、あれ、飲んだそばから喉が渇く」
喉がひりひりする嫌な感触がして、エルはまた水を飲んだ。
しかしどうしたっておさまらない。
「ダメだ大人しくしてよ・・・」
家に戻り、ソファに座る。
「あ、やべ頭痛がひどくなってきた。」
だんだんその頭痛に耐え切れなくなり―――エルはそのまま、横に倒れた。
「・・・ん?」
目を覚ますと、額に何だか冷たい感触。
濡れタオルが置かれていた。
「・・・あ、起きた。大丈夫?」
「いや・・・、すげー頭痛い」
「・・・体起こさないで。安静にしてて」
ずっと見ててくれたらしいフィラがエルをもう一度寝かしつける。
「って、あれ?俺の部屋?」
「・・・エル重かった」
「え?フィラが運んだの?すまん・・・」
「・・・ソファで寝られたら、邪魔」
「ほんとすいません・・・」
フィラに言われたとおり、ベッドで安静にする。
体調が悪くなるのは久しぶりだ。
こんなにひどいものだっただろうか。
「・・・なにか食べる?」
「すまん、食べる気起きない・・・」
「・・・薬、飲まないとだから何か食べないと」
「薬・・・苦いから飲みたくないなあ・・・」
「・・・子どもか」
「こど・・・そういえばもう俺ら成人してるんだよなあ・・・」
「・・・私たち、もう子供じゃない。ちょっと作ってくるから、ちゃんと食べてね」
フィラがエルの部屋を出る。
家の中からはあまり音がしない。
どうやら今エルとフィラ以外はいないようだ。
「毛布掛けてるのに寒い・・・」
毛布にぐっとくるまる。
それでも寒い。
食べ物と言っても体調悪い状態で食べられるんだろうか。
今なにか食べると吐きそうな気もするが・・・フィラは何を作るんだろうか。
「・・・エル、これ食べて」
「はやいな」
「・・・簡単」
フィラが持ってきたのは、よく分からないペーストみたいなもの。
ただ、ペーストというには少し違うかもしれない。
とろとろはしていない。
「・・・ハルカゼが、これが風邪に効くって言ってた」
「ハルカゼが?」
「・・・うん、スリリングというらしい」
「なんだその危なそうな名前」
「・・・スリ・・・リンゴ?」
「スリリンゴっていうんだな」
口に含むと、甘酸っぱい味が広がる。
これは風邪でも食べやすい。
「コレうまいな」
「・・・はい、薬」
「・・・何これ。お湯?」
「・・・ハルカゼが持ってきた薬。カッコントウっていうらしい」
「・・・飲めと?」
「・・・うん」
においをかいだだけで分かる、これは絶対に苦い。
「ニホンの人はこんな薬を飲んでるのか・・・」
「・・・カンポウヤクっていうんだって。カンポウヤクの原料には、トリカブトとかが使われることもあるらしい」
「猛毒じゃねーか・・・」
「・・・薬」
エルが意を決して、カッコントウを一気飲みする。
・・・リンゴの甘酸っぱさとは正反対の、強い苦みが口いっぱいに広がる。
「にっが!!まずっ!?」
思わず吐き出しそうになる。
が、フィラの前で醜態をさらすわけにもいかず、何とか持ちこたえた。
「・・・これ、飲んだ後にあったかくしてないといけないらしい」
フィラに毛布を掛けられた。
あの薬を飲んでから、体が熱い。
「ちょっと待ってマジで熱いんだけど何これ」
「・・・発汗作用のある薬」
「なぜそんなもの飲ませた」
「・・・汗をかくと風邪は治るらしい。お風呂、用意できてるよ」
「ちょっと待ってさらに熱くするの」
「・・・いや、二十度に調節してある」
風邪を引いた時は基本的に水風呂に入ればいいと言われている。
この熱さをスッキリさせるにはいいかもしれない。
「じゃあ、ちょっと入ってくる」
「・・・一人じゃきついでしょ。私が背中流すよ」
「え、いやいや」
「・・・任せて」
「そんでこうなるのか・・・」
部屋着を脱いで、水の張ってある風呂に入る。
火照った体にはちょうどいい温度だ。
「はぁ~・・・。気持ちいい」
「・・・冷たかったりしない?」
「ああ大丈夫・・・っていうか、別にいいってマジで」
「・・・エルが倒れたりしてそのままおぼれたりしたら大変」
フィラは体にバスタオルを巻き、湯船には浸からずにエルを見ていた。
久しぶりすぎる一緒の風呂に、エルは微妙に恥ずかしくなる。
「見られてると、落ち着かないっていうか」
「・・・仕方ない」
風呂場から出る気はないらしい。
「フィラはその・・・、恥ずかしかったりしない?」
「・・・なんで?」
「なんでって」
これでもエルもフィラも成人男性と成人女性である。
結婚もしてない男女がそれは・・・と考えるエルだが、フィラ自身は全く気にしていないようだった。
「・・・病人に裸も何もない。それに、私は欲情されるような体はしてないし」
そう言われ、思わずフィラの身体を見つめるエル。
「・・・ね?」
「いや、あの・・・うん」
フィラは全体的にちまっとしているので仕方ないことだが、はっきり言って平坦である。
「・・・それに、私たちなら、今さら」
「今さらねえ・・・」
そこに関してはフィラとエルの意識の差なので仕方ないことではあるが。
「・・・エル、お風呂から上がって。頭洗ってあげる」
「え、自分でできるって」
「・・・やる」
断っても聞かなそうなのであきらめて風呂から出る。
「・・・後ろ向かないでね」
「お、おう」
「・・・引っかかるものがないから、バスタオルが落ちる可能性」
「おう自虐ネタやめろや」
「・・・自分で自虐だと思わなければ自虐じゃない・・・の」
「今自分で自虐だと思ったよね?」
薬が効いたのか、突っ込める程度には回復してきた。
非常に苦かったが、あれはよく効くようだ。
もう飲みたくはない味だろうが。
「・・・シャンプー切れそう」
「明日買わないとな」
「・・・エルがよくなってたらね」
フィラの細い指が、エルの頭を洗う。
優しく動かされる指に、なんだかむずがゆく感じる。
「・・・どうしたの?」
「え、いや、いつもはもっとガシガシ洗うからさ」
「・・・頭皮によくない。傷つく」
そのまま、しばらく無言になる。
「んんっ、げほっ、ごほっ、げっほげっほ」
エルが咳き込むと同時に、動いたことによって泡が落ちてきた。
「うがあああああああ!!!」
ちょうど目を開けてしまったところに、泡が入る。
「・・・大丈夫?」
「痛い!」
「・・・ぱちぱちして」
何を思ったか、エルは手を叩き始めた。
「・・・何してんの」
「気が動転してげほっ、げほっぎゃああああああ!!」
「・・・これはひどい」
エルの目が散々なことになった。