表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/64

ジャ=パン

『非公式魔決闘、優勝チーム、デュランダル!!』

 歓声が巻き起こる。

「はは、2週間ぶりの魔決闘だな」

「・・・仕事、かぶったからね」

「また負けたー!!」

 なんと決勝まで勝ち上がってきたのはチームエクス、つまりエネルとリアンだった。

「まーた星撃(スタアメイカー)か!」

「・・・リアン、今度は避けてね」

「避けれるか!!!」

 今回の戦いでは何とフィラが星撃を乱発した。

 落ちてくる星になすすべもなく、エネルとリアンは敗北を喫した。

「じゃあ、今日は帰ろうかね」

「・・・帰って、ゆっくりしよう」

「俺たちは作戦を練ろうか、リアン」

「そうね。じゃあフィラ、エル、またね」

「おう、またな」

「・・・ばいばい」

 それぞれ、逆方向に進む。

 それぞれ家までは歩いて30分ぐらいかかる。

 お互いの家を行き来することになれば、片道1時間はかかってしまう。

 エルはあまりエネルの家に行ったことはなかった。

「・・・まさか学校が2週間ぶりとはね」

「ああ、まさか連続で魔石が取れて連続で商談することになるとはな」

 

-1週間前-

「・・・魔石」

「まじかよ。どんなやつ?」

「・・・レッドベリル」

 赤く透き通った魔石が出てきた。

 魔石には原石というものは存在しないのできれいなものがそのまま出てくる。

「売れますな」

「・・・これ、私が加工してペンダントにする。あまり大きくないし」

「売れるって今言ったのに」

「・・・何か問題でも」

「いえまったく」

 売れるかもと思った手前それを取り上げられ、少し悲しくなったエルだったが、掘りつづけてると堅いものに当たった。

「ああ、魔鉱だ」

「・・・赤色。劫火(ブラスト)?」

「いやそんなん分からねえよ。てかどんだけほしいんだよ」

「エル、早く劫火(ブラスト)を見つけて」

「早く見つかったらそんな苦労しねえよ。・・・お?」

 赤い魔鉱を取り出したところで、もう一つ石が顔を出している事に気付いた。

「・・・なあ、これって」

「・・・魔石」

「マジか!!」

 透き通った紫色の魔石が出てきた。

 しかも人間の拳二つ分ほどの大きさである。

「うおおおこれは売れるぜ!?」

「・・・わ、これ、やばいやつ」

「待って何これ」

「・・・すごい」

 その魔石の中には、もう一つ、魔石が閉じ込められていた。

 大きな紫色の魔石の中に、三日月のような形をした、金色の魔石。

 なんだか何かしらの力に目覚めさせてくれそうな、そんな石だった。

「これ、金紅石(ルチル)かな?」

「・・・違う。ルチルなら、もっと針みたいになってる。これ、金の魔石」

「待ってこれやべえんじゃね」

「・・・やばいよこれ」

 紫に浮く、黄金の月。

 いったいいくらで売れるんだろうか。

「これ、盗まれないうちに帰ろう。今日はこれで終わりだ」

「・・・うん」

 急いで家に帰った。


「さて、どうしようかこれ」

「・・・名前付けよう、名前」

 魔石の名前には、基本的に後ろにベリルがつく。

 今回出てきた魔石はあまりにも特殊なため、どうしようかエルは迷っていた。

「もういっそ安直に『ムーンベリル』でいいんじゃね」

「・・・エル、単純」

「シンプルイズベストって言うだろ」

 そんなわけでこの魔石の名前が決まった。


-5日前-

「・・・エル、学校」

「眠いんだが」

(フィア)

「あっつ!?」

 カーン

 いつものやり取りを繰り広げているところに、呼び鈴が鳴った。

 今日は二人が学校に行く日なので、ゼルとセレナは家にはいない。

「・・・エル、出て」

「めんどくせ、フィラが」

「出て」

「・・・はい」

 ドアを開けると、なんだか身分の高そうな人が立っていた。

「失礼。エル=シュヴィの家はここで合っていますか?」

「え?はい。というか俺がエルですけど・・・」

「そうでございましたか。こちらに、非常に珍しい魔石があると聞いたもので」

「えーと、どちらで?」

 名乗りもせずに、ムーンベリルのことを聞いてきた。

 警戒するエル。

「申し遅れました。私、宮廷商人のマモンと申します」

「へえ・・・え、宮廷商人!?」

 宮廷商人、つまりエルフィンド城に仕える商人。

 とんでもない人が来た。

「ムーンベリルという魔石の噂を皇帝がお聞きしましてね。ぜひほしいとのことで、私が向かった次第です」

「は、はあ、お疲れ様です」

「つきましては、ムーンベリルをエルフィンド城まで持ってきていただき、皇帝と直接交渉していただきたい」

「え、はあ!?え!?」

「皇帝からの招待状です」

 見せてもらった招待状の裏には、エルフィンⅣ世と書かれていた。

「え!?えええええええ!?これ、本物ですか!?」

「ええ、本物ですよ」

 マモンが笑う。

 まさかの、皇帝直々の招待状だった。

「い、今から行けばいいんですか?」

「ええ、私と一緒に来ていただきたい」

「わかりました、少し準備いたしますので、中でお待ちください」

 とりあえず家に招き入れ、急いで自分の部屋に戻った。

 あまり待たせてはいけない。

「フィラ!用意してくれ!なんかよく分からんがエルフィンド城に行くことになった!」

「・・・!?」

 フィラが無言で驚いた。

「・・・説明、して」

「えっと、なんか皇帝が俺たちの持ってるムーンベリルに目をつけて、ほしいから交渉してくれって」

「・・・う、うん。分かった」

 完全に動揺している。

「てか、フィラ、その格好でいいのか」

「・・・いい。これがいつも」

「いや確かにそうだけど」

 フィラの服装はいつもと全く変わらないもの。

 本当にそれでいいのかと不安がるエルだが、エルもまともな正装がないことに気付いた。

「・・・俺も、いつもの服でいいや」

 正装は、諦めた。


「・・・おや?そちらの方は?」

 フィラを見て、少し不思議そうにするマモン。

「えっと、俺の連れで、フィラっていいます」

「・・・フィラ=アイゼンです」

「ほう。そうですか。では、行きますか」

 さして気にした様子もなく、マモンが行こうとする。

「えっと、あの、どのくらいかかりますか?」

「フム、そうですねえ。バスを利用しましょう。6時間ほどで到着しますよ」

 6時間、エルたちにとっては長すぎる時間だった。

「・・・エル」

「そうだな。えっと、マモンさん。俺の魔法で移動するのはいかがでしょう?」

「フム?エルさんの魔法ですかな?」

「ええ、俺の魔法は(ゲート)と言って、好きなところに移動ができます」

「ほう、それは使いやすいですな。よろしくお願いいたします」

「はい。では・・・(ゲート)!」

 空間に穴が開いた。

「・・・あー、ここ通るの」

「文句言うなフィラ。すいません、少し負担がかかってしまうんですが、大丈夫ですか?」

「早く着くのであればかまいませんよ」

 三人で、門に飛び込んだ。

 エルグランディアは、すぐそこだ。


「えっと、大丈夫ですか?」

「ウム、少し頭が痛みますが、この速さの代償と考えれば安いものですな」

「・・・耳痛い」

 フィラは放っておいて、エルフィンド城の前に立つ。

 皇帝が住んでいる城。

 非常に大きい城だ。

 ここに1年後、自分たちがいると思うと無性にわくわくするエルとフィラだった。

「では、どうぞ。皇帝は、帝の間にいらっしゃいます」

「分かりました。ありがとうございます」

「・・・ありがとうございます」

「いい値段で売れるといいですね」

「はい、がんばります」

 エルたちは初めて、城の中に入った。

「広っ・・・!?」

「・・・わお」

 まず入って、エントランスの広さに驚く二人。

 天井なんてどのくらい高いかわからないほどに高い。

 目の前には大きな折り返しの階段が上へと向かっている。

 階段の前には、若くてきれいな女性が立っている。

「エル様、お待ちしておりました。私、城に仕えるメイドのツェルと言います。そちらの方は?」

 案内役のメイドが話しかけてきた。

 来ているのはエルだけだと思っていたので、隣の少女を見て少し不審そうなツェル。

「えっと、俺の連れです。魔石はこいつと一緒に見つけたものなので、連れてきました」

「・・・フィラ=アイゼンです」

「つまりパートナーさんね!分かりました。では、帝の間に案内いたします」

 そういって、ツェルは階段に向かった。

「・・・何階?」

「帝の間は、7階でございます」

「マジか」

 1階毎が非常に高い。

「・・・エル」

「いや、さすがに普通に上がろう」

「・・・むー」

 歩いて7階まで上がる。

「・・・はー」

 膝に手をついて大きく息をつくフィラ。

 対し、背筋がピンと伸びたまま、このくらいなんともないといったそぶりを見せるツェル。

「さすがですね」

「もう慣れましたよ。私、こう見えてもここで10年以上働いているんです」

「え、10年ですか?」

「ええ、私、今年で32歳になります」

「・・・若い」

「きれいですね」

「ありがとうございます」

 ツェルが微笑む。

「こちらが帝の間でございます。よく売れるといいですね」

「ありがとうございます」

「皇帝は魔石に目がないので、多少高くても売れると思いますよ」

「・・・いいこと聞いた」

 帝の間の扉を開け、先に進む。

 玉座には、本物のエルフィンⅣ世が座っていた。

 隣には、リリーラ皇后も座っている。

「よくぞ来てくれた、エル=シュヴィよ。そちらの娘は?」

 今日3度目の質問がされる。

「はっ、私の仕事のパートナーでございます。魔石は二人で見つけたものでありますゆえ、連れてきました」

「・・・フィラ=アイゼンです」

 皇帝を前にしても全く緊張した様子はない。

「ほう、キミたちはその若さで仕事をしているのだな。さぞ頑張っていることだろう」

「恐縮の至りです」

「もしかして、結婚していたりするのかしら?」

 皇后も笑顔で話しかけてくる。

「・・・まだ、していない」

「そうね、まだ早いわよね」

 皇后相手でも、まったく態度を変えないフィラ。

 少しどうかとは思ったが、特に何も言われないので気にしないことにした。

「さて、今日君たちをここに呼んだ理由は分かっているね?」

「はい。存じております」

「では早速だが・・・、その、ムーンベリルと呼ばれる魔石を見せていただきたい」

「はっ」

 大きな絹の袋を開き、ムーンベリルを取り出す。

「おお・・・」

「まあ・・・」

 二人とも、思わず息を呑んだ。

 紫に輝く石の中に、ひときわ輝く黄金の月。

 まさに奇跡と呼べるような魔石だった。

「これは・・・、ぜひ私のコレクションに加えたいものだ。いくら払ってもだ。ああ、他の誰かに渡すなんぞ考えられん」

「とても、キレイなものね・・・」

 皇帝は興奮し、皇后はうっとりしている。

 これはしめたと、エルが下を向いてにやけた。

「・・・エル、顔」

「すまん」

 その顔を、フィラが見逃すはずがなかった。

「この魔石の値段はいくらか、教えてはいただけないだろうか」

「それが、このような魔石は前例がないもので・・・、はっきりとした価値は決められていないのです」

「・・・でも、非常に高価」

「そうよねえ・・・。スターベリルなんて目じゃないくらいよねえ」

 それを聞き、エルは目を見開いた。

 いったいいくらの金が手に入るんだと。

「・・・エル」

「すまん」

 あまり顔に出さないように、フィラが止める。

 もしこの悪い顔を見られていたら、何を言われるかわからない。

 やはり、エルにとってフィラの存在は大きいものであった。

「それにこの大きさ・・・、相応の金貨、いや、白金貨も必要だな」

「私、こんなにほしいと思った魔石は初めてよ」

「エル=シュヴィよ。このムーンベリル、金貨3000枚、白金貨200枚で買わせていただけないだろうか」

「・・・!」

「金貨3000枚・・・!?」

 思わずエルとフィラの背筋が伸びた。

 魔決闘の優勝賞金は回によって異なるが、大体金貨300枚ほど。

 この魔石は、その10倍以上の価値があると言ってるのだ。

 白金貨200枚、これで高級な家具などがいくつ買えるだろうか。

 今、エルとフィラの頭の中は金で埋め尽くされている。

 自分のために使うか、それとも家族のために使おうか。

「・・・どうかね」

「ハッ!?も、申し訳ございません!金貨3000枚、白金貨200枚で、喜んでお譲りします」

「・・・します」

「そうか・・・ハッハッハ!」

 突然、皇帝が笑い出した。

 何が起こったか理解できていないフィラがびくっとする。

「君たち、欲がないな!私はいくら払っても、と言ったはずだ!君たちから値段を提示してくれても私は買ったぞ!少しでも高く売りたい、それが、商人だろう?」

「・・・はい、その通りでございます」

「君たちが条件を飲んだ以上、さっきの値段で取引をさせてもらおう!・・・精進したまえ、エル=シュヴィ、フィラ=アイゼンよ」

「・・・はっ」

「・・・はっ」

 エルとフィラはただ、皇帝の前にひざまずいた。


「んで、そのあとも金持ちからチップの商談を迫られたな」

「・・・売れたよね」

「ああ、金貨300枚でな」

「・・・やっぱり、ムーンベリルがどんだけ高価かわかる」

 もらった白金貨で、ゼルとセレナの家具を新調した。

 二人とも最初は遠慮していたが、親孝行だと言ったら受け入れてくれた。

「・・・でもあれだね」

「ん?」

「・・・お金に囲まれた生活を目指してるんだし、確かに皇帝の言った通り精進しないと」

「ああ、確かにそうだな」

 家へ向かって歩く途中、フィラが突然ふらつき始めた。

「え、フィラ?どうした?」

「・・・ずっと、我慢してきた、けど・・・。もう・・・無理・・・」

 どさり、とフィラが音を立てて倒れた。

「え、えええええええ!?フィラぁ!?おーーーーい!!」

「・・・」

「起きろー!え、ちょっと待ってマジどうした!?」

 ゆさゆさ揺らすと、フィラが目を開けた。

「フィラ!?どうした!?大丈夫か!?」

「・・・魔力、切れ・・・」

「え?」

「・・・さっき、の、戦いで・・・、星撃(スタアメイカー)、つかいすぎ、た・・・」

「え、ああ・・・、なんだそういうことか」

「・・・なんだとは、失礼・・・」

 力のない目で、フィラが反論する。

「仕方ない、(ゲート)開くから、帰ったら寝るんだぞ」

「・・・うん」

(ゲート)

 フィラを抱えて、門に入る。

 家の前まで移動すると、目の前にセレナがいた。

「うおっ!?」

「きゃっ!?ど、どうしたのよエル?」

「い、いや・・・」

「って、フィラちゃん、どうしたの!?まさかエル、フィラちゃんのお腹殴ったりしてないわよね!?」

 セレナがとんでもない勘違いをした。

「いやどうしてそうなるんだ!?」

「だって、エルがそんな荷物運ぶように小脇に抱えてるから・・・おぶったりなんだりしてあげなさいよ!」

「いや、(ゲート)使えばすぐだし・・・」

「女の子への配慮がなってないわよ!」

「は、はい、すいません・・・」

 家へ入り、フィラの部屋まで運んで、ベッドに寝かせた。

「えーと、ローブは邪魔だよな・・・」

 ローブのボタンを外し、脱がせる。

「・・・と、こりゃいかん」

 ローブの下は薄く長い肌着と黒タイツだ。

 あわててタオルケットをかける。

「すー・・・、んぅ・・・」

 ちゃんと寝ているのを確認して、部屋を出た。

「フィラちゃん、大丈夫?」

 セレナが心配そうにする。

「ただの魔力切れだから大丈夫だよ」

「あ、そうだったの。なら平気ね!あ、エル、ちょっと買い忘れたものがあるから買ってきてよ」

「なぜ買い物終わってすぐ気付かなかったんだ・・・」

「いいからいいから、お母さんだって疲れちゃってるのよ。ほら行ってきて?トマトとチーズね!」

「はいはい」

 家を出て、売り場へと向かう。

「売り場までちょっと遠いんだよなあ・・・。かといってもう(ゲート)使うのも魔力もったいないし」

 そう独り言を言ったところで、返事がないことに気付く。

「あ、そっか。今俺一人なんだ」

 外に出ている時は一人になることがあまりないために、自然とフィラに話しかけたつもりでいた。

「あいつならめんどくさがって(ゲート)使えって言うんだろうけど」

 一人変な笑いを浮かべながら歩くエル。

「えーと確かトマトとチーズだったよな・・・俺の財布持ってこなきゃよかった」

 エルの財布には、金貨や、この場に必要のない白金貨まで入っていた。

 それも、金貨は100枚どころではない。

 日常の買い物なら金貨は10枚あれば十分だ。

 もし盗まれでもしたら大変である。

「そういえば何個買えばいいんだろ」

 セレナはいくつ必要か言っていなかった。

「んま、人数分でいいか」

 トマト4つ、チーズ1塊を買って帰る。

「・・・チーズこれでかくねーか」

 金貨1枚という価格で売ってたものだから買ったが。

「腐る前に全部食えるのかコレ・・・」

 少し怪しいところだが、フィラはチーズとかが好きなのでまあ大丈夫だろう。

「ってか、目の前の人邪魔なんだが・・・」

 大きな荷物を背負った人が目の前の視界を占領している。

 エルからしたらまったく前が見えない状況だ。

「しかもなんかこの人ふらついてね」

 なんだか左右にフラフラしている。

「なんか嫌な予感するけど、この人倒れねーか大丈夫か」

 エルの予想通り、どさり、というよりはドスンと音を立てて目の前の人が倒れた。

「またか!」

 目の前の人からしたらまたも何もないが、エルからしたら人が倒れるのは今日2度目。

 前に回り込んで、安否を確認する。

「・・・えーと」

 ものすごく特徴的な服装をした女性だ。

 エルが本でしか見たことのないような服装。

 第一印象は、『動きづらそう』だった。

 しかし、少しアレンジが施され、裾があげられ、本で見たものよりは動きやすそうだ。

「これ・・・『キモノ』?」

 この服装は、ジャ=パン独自のもの。

 つまり、この人は。

「ジャ=パン人・・・!?」

 なぜこんなところにジャ=パンの人間が。

 大きな荷物を背負っているということは、旅をしているのだろうか。

「あ、あの・・・」

「え・・・?」

 ジャ=パンの女性が、話しかけてきた。

 別に意識を失ったわけではないらしい。

「水を・・・」

 喉が渇いているらしい。

 しかし、エルは今水を持っておらず、おまけに家まではあと10分以上かかる。

「・・・はー仕方ない。(ゲート)

 使いたくないとか、言ってる場合ではなかった。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます・・・」

 女性は、1リットルの水を一気に飲み干した。

「だ、大丈夫ですか・・・?」

「ええ、はい・・・。本当に、ありがとうございます・・・」

「えーっと・・・、ジャ=パンの方ですよね?」

「ジャパン?・・・ああ、外国ではそう呼ばれているんですよね。私は、ニホンという国から来ました」

 ジャ=パン、正式名称、ニホン。

 極東の島国で、非常に小さい陸上面積の国。

 しかし技術面では非常に発達している。

 エルフィディスではまだ開発途中の『電車』は、ニホンの技術らしい。

「こちらの国の言葉が達者なんですね」

「ありがとうございます。がんばって、勉強したんです!」

「外国語って覚えるの大変なのにすごいなー。何でこの国に?」

「ちょっと、旅をしておりまして」

「へえ、旅を?」

「はい、私たちの国の魔法はニホン独自のものなので、外国の魔法を見てみたかったのです」

 自分が見たいがためにひとりで外国を旅する女性。

 エルからしたらまねできない壮大な話だった。

「あ、申し遅れました。私、こういうものです」

 そういって一枚の紙を差し出した。

 その紙には『八雲春風』と書いてある。

「えーと、ごめんなさい、これ読めないですね・・・」

「あ、ですよね!ごめんなさい!えーと、ヤクモハルカゼと申します!こちらでの名乗り方は、『ハルカゼ=ヤクモ』でしょうか」

「ハルカゼさんですね」

 ハルカゼという意味は分からなかったが、エルはとりあえず八雲をヤクモ、春風をハルカゼと読むことは理解した。

「俺、エル=シュヴィって言います。16です」

「あら?同い年なんですね」

「えっ、ハルカゼさん、16歳なんですか?」

「ええ、来月で17になりますが」

 エルは3か月後に17歳になる。

 つまりは同い年だ。

 エルたちより少し大人びた雰囲気。

 あまり同い年には見えなかった。

「あ、これ、助けていただいたお礼です」

「え、もらっちゃっていいんですか」

「ええ、食べていただければ幸いです」

 そういってもらったのは、何かの葉に包まれたもの。

 開けると、黒紫というか、形容しがたい色の塊が出てきた。

「これは・・・?」

「ニホンのお菓子で、ようかんと言います」

「へえ、ヨー=カンですか」

「び、微妙にイントネーションが違いますね」

「これ、あとで家族で食べることにします」

「はい、そうしてください」

「あ、ハルカゼさんは、これからどのくらいここにいる予定なんですか?」

「え?そうですねえ・・・、1か月くらい見て、ニホンに帰ろうかと思っています」

 1週間後には公式の魔決闘も控えている。

 魔法の見学にはちょうどいいだろう。

「あら、その間の宿はどうするのかしら?」

 料理をしていたセレナが、話に入ってきた。

「え、えーと・・・、最近はずっと野宿ですねえ・・・」

「あらー、それは大変ねえ。ねえエル?」

「え?うん、そうだな」

「自分の意思がしっかりしててこの国まで旅に来てるんだし、ホームステイって言うことで1か月うちに泊めてあげるのはどうかしら?」

 突然の提案。

 エルの家は空き部屋が二つほどあり、誰かを泊めるのはたやすい。

「ゼルには私から言っておくから、エルはフィラちゃんに言っておいて」

「あー、うん」

 ハルカゼをよそに、話が進んでいく。

「え、わ、悪いですよ!」

「何も悪いことはないわよー?異文化交流もできるし、ね」

「は、はあ・・・」

「まあ、いろいろ手伝ってはもらうけどね!」

「い、いいんですか?」

「ええ、いいって言ってるじゃない」

「まあ、母さんもそういってるし、いいんじゃないか?」

「分かりました・・・。では、1か月の間、よろしくお願いします・・・」

 突然のホームステイが決まった。


「ちょっとフィラの様子見てくる」

「ええ、お願いね」

「えーと、フィラさんというのは?」

「家族、かな」

 階段を上がり、フィラの部屋の前に立つ。

 鍵はかけてないが、やはり無断で入るには少し気が引けるエル。

「えー、フィラ?大丈夫かー?」

「・・・」

 返事はない。

「まだ寝てるのかな」

 扉を開けると、ベッドに眠るフィラが見えた。

「んーこりゃぐっすりだなー。まあ、魔力切れだし仕方ないか」

 魔力が切れると、強烈な倦怠感と眠気に襲われる。

 回復するまではなかなか起きれない。

 フィラの場合、素の魔力がかなり高いので魔力切れの時は回復にかなりの時間が必要だった。

「んま、ゆっくり休めよ」

 エルがフィラの頭をなでた。

「んっ、んあぁ・・・、すー・・・」

「何でこの子はいちいちえろいんですかね・・・」

 エルはそそくさと部屋を出て行った。


「フィラ、まだ寝てたよ」

「あら、疲れているのね。明日の朝には起きるでしょうし、今は4人でご飯を食べましょうか」

「ちょっと待って誰だこの子は」

 ゼルがびっくりしている。

「帰ってきたら知らない子が家にいて一緒に飯を食うことになっているんだが」

「大丈夫よ、さっきまでは私たちも知らない子だったから」

「それだめじゃない!?」

「え、えっと・・・私、やっぱりここにいないほうが・・・」

「いいのよ!ハルカゼちゃんはここにいて!ほら、ゼルが大声出すから泣いちゃったじゃない!」

「いや泣いてないよね!?とりあえず何があったのかだけ説明してもらえないか!?」

 状況が全く理解できてないゼルに、セレナが説明する。

「ホームステイよ」

 あまりにも簡潔すぎた。

「それだけぇ!?いやホームステイ申請って1か月くらい前にはちゃんと来るよね!?うちはホームステイの経験ないけど!」

「ジャ=パンからの旅人で、普段から野宿してる子なんだって。でも野宿って危ないじゃない?だからうちに泊めてあげることにしたの!1か月!」

「1か月か・・・。キミ、名前は?」

「えー・・・」

 ハルカゼが黙り込んだ。

「・・・っと、ハルカゼ=ヤクモと言います」

「今自分の名前ド忘れしたの!?」

 思わず突っ込むエル。

「いえ・・・あの、なんて名乗ろうか考えちゃって」

「ああ、こっちに合わせた名前かってことか」

「そうですそうです」

「ハルカゼさんというんだね?まあ、セレナが決めたことだし、いいとしよう。1か月、よろしくな」

「あ、はい!こちらこそよろしくお願いします」

 食卓にはセレナの作った料理が並んでいる。

 今日はエルの大好きなハンバーグだ。

 上にはシソが乗っている。

「じゃあ、食べましょう」

「いただきます」

「い、いただきます・・・あれ?」

 ハルカゼが何かを見つめている。

「どうかしたの?」

「いや、これ・・・」

 ハルカゼが差したのは、一つのお椀。

 白く濁ったものが入っている。

「ああ、それ?ニホンでは『ダイコン=オロシ』って言うらしいね」

「ああ、はい、大根おろしですね」

「それにこのポン=ズっていうのをかけるとおいしいんだよね」

「ああ、ポン酢ですね!これ、ニホンの味付け・・・」

「隣町の店に他の国の調味料とかがたくさん売ってるところがあってさ、うちの人たちはみんなニホンの味付けが好きみたいで」

「そうなんですか・・・。異国の地でニホンの味が食べれるなんて、嬉しいです」

 しかし、

「からい・・・」

 涙目になるハルカゼ。

「え?ダイコン=オロシって辛いものじゃないの?」

「私も、辛いものだと思ってたわ」

「うむ、違うのかい?」

「えーっと・・・辛くない大根おろしの作り方があるんです・・・」

「あらそうなの。なら今度教えてもらうわね!」

「はい・・・」

 結局ハルカゼは涙目ながらも完食した。


「そういえば、ニホンっていうのはなにかしら」

「あ、えっと、私たちの国では自分たちの国のことをニホンと呼んでいます」

「あらそうなの。外国からはジャ=パンと呼ばれているのよ」

「はい、エルさんから聞きました」

 セレナとハルカゼが話している。

 特にすることもないので、エルは自分の部屋に戻ることにした。

「・・・にしても、ホームステイか」

 突然の決定。

 しかしまあ、エルにとって悪い話ではないだろう。

 エルの好きなジャ=パンの国の人だ。

「一人旅ってすげーよなあ・・・危なくてできねえ」

 いざというときは魔法で逃げることも可能だが。

「もうちょっと話聞いてみたいな」

 こんこん

 扉がノックされた。

「フィラかー?もう大丈夫かー?」

「あ、あの、エルさん。私です。ハルカゼです」

「え、ハルカゼさん?」

「少し、お話がしたいなと思って・・・。いいですか?」

「あ、ああ。いいよ。入って入って」

「では、失礼します・・・」

 ハルカゼが、エルの部屋に入ってきた。



「で、話って?」

「実は・・・」

「実は?」

「ぜ、全然考えてませんでしたっ!」

「・・・え?」

 唖然とするエル。

 話に来たと言って話すことが何もないらしい。

「あ、えー、ハルカゼさん、面白いね」

「ええ!?そうでしょうか・・・」

 ハルカゼがわたわたする。

「んー、あ。じゃあ、こっちから聞いてもいい?」

「あ、はい。ど、どうぞ・・・何なりと」

 何なりとと言っておきながら何を聞かれるのかと微妙に警戒している。

 何を聞かれると思っているんだろう。

「この国の魔法を見に来たって言ってたよね?」

「はい。魔鉱で栄えたこの国では、どんな魔法が使われているのかなって思って」

「んで、ニホンにも独自の魔法があるって言ってたよね?」

「これを使って、魔法を発動させるんです」

 そういってハルカゼが取り出したのは、紙。

 色が塗られた紙だ。

「これは・・・?」

「お札と言って、これに体内の魔力を流すことで魔法が発動します」

「へえ、こっちとは全然違うなあ」

「独自ですから!」

 なぜハルカゼが胸を張るのだろうか。

「そういえば、魔法って何に使うんだ?ニホンにも魔決闘みたいなのがあったりするのか?」

「この国の魔決闘みたいなものはありません。まあ、仕事に使えないかなあと思って」

「仕事?」

「ええ、こう見えても私、ニホンではちゃんと仕事をしているんですよ」

「へえ、どんなことしてるんだ?」

「退魔師をしています!」

「退魔師?」

 聞いたことのない職業である。

 日本では何が起こっているんだろう。

「ニホンには、生物にのみ危害を加える妖魔と呼ばれる化物が存在しています。それを退治するのが、私の仕事なんです!」

 どうやらハルカゼはニホンで戦っているらしかった。

「それで、こっちではどんな魔法を使ってるかを見に来たってわけか」

「そうなんです」

 エルフィディスと日本では魔法の使い方が全く違うため、参考になるのかはわからないが。

「戦い方も見てみたくて」

「参考になるといいな」

「はい!」

 ハルカゼが笑う。

 と、同時に、

「・・・エル、その人、誰?」

 無表情のフィラが入ってきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ