販売所シュヴィ
「・・・エル。仕事。起きて」
「・・・まだ大丈夫だろー」
「・・・炎」
「あっつ!?熱い!顔に近づけないで熱い!」
「・・・起きないのが、悪い」
フィラが真顔でそう言った。
むしろ若干キメ顔だ。
「採掘の手伝い、疲れるんだよなあ」
「・・・仕事」
「へいへい。そうでござんすな」
フィラはエルとは違い、採掘などが得意だ。
客と話すエルと、話す基を作るフィラ。
なかなかバランスが取れていると言える二人だった。
採掘の方法はいたって単純だ。
ハンマーとピッケルでひたすら掘る。
地下の採掘場には、エルたち以外にも人がいた。
それぞれ魔鉱を探している。
「ここらへん、なにも出てこないなあ」
「・・・何か出てきた」
「何でフィラはそういうの見つけるの上手いのかなあ」
「・・・女の、勘」
「便利すぎるだろ女の勘」
そんなもので鉱石が見つかれば羨ましい限りだ。
「でもよく考えたら、一日に三つ見つかればいい方なんだよなあ」
「・・・ここらへん、鉱脈がある、かも」
「それに当たってくれればいいんだけどなあ」
魔鉱が大量に埋まっている鉱脈、そんなものが見つかれば金につながる。
しかしそううまくはいかなかった。
「なんも出てこないから、場所変えないか?」
「・・・出てきた」
「またかよフィラはんぱねーな」
「・・・魔鉱、げっと」
「青白い魔鉱だから水か氷かな?」
「・・・かも」
「俺場所変えるわ。フィラは?」
「・・・もうちょっと、ここで」
「はいよ」
いつもほとんどの行動を共にする二人だが、この時だけは別だった。
エルもフィラも、ひたすら掘り続ける。
二時間ぐらい経っただろうか、エルが掘っているところの感触が変わった。
「なんか堅くなったな・・・。慎重にやるか」
魔鉱はある程度傷ついても何とかなるが、魔石はそうはいかない。
傷が付けば、一気に価値は下がる。
それに、ここの採掘場ではまれにスターベリルが出てくる。
慎重に取り出したいところだ。
「・・・ああ、魔鉱だ。茶色か。・・・ん?」
エルが掘ったところから、もう三つ、魔鉱が顔をのぞかせている。
「えーと、これ、もしかして」
三つの魔鉱を取り出し、さらに掘る。
・・・それ以上は出てこなかった。
「・・・だーやっぱり鉱脈なんてそう簡単に見つからねえよなあ・・・」
しかし、一度に魔鉱が四つも手に入った。
大きな収穫である。
「フィラ、成果は?」
「・・・三つ」
「てことは今日も七つか」
「・・・いっぱい出たね」
「やったぜ。あとで開発局に行こう」
「・・・おひるごはん」
「そうだな、まずそっちが先だ。」
二人は家に帰り、セレナの作った昼ご飯を食べた。
「・・・ふー」
「食ったな。開発局、行くか?」
「・・・お腹休ませて」
「分かった。じゃあ、30分経ったら行こうか」
「・・・うん」
腹は減っていたが少し食べ過ぎたようで、フィラが苦しそうにしていた。
エルの部屋で、いつも着ているローブを脱いだ。
「ちょ、フィラ」
「・・・エルなら、平気」
平気、とは言っているがエルからしたら平気じゃない。
フィラがまとっているローブの下は非常に薄着だ。
丈の長い肌着と、ショーツと黒いタイツのみ。
年頃の男にとってはちょっと刺激的な格好だった。
「・・・ちらちら見なくても、見たいならこっち向けばいい」
「ばっ、そんなんじゃねーよ!?」
エルがあわててそっぽを向いた。
いくら一緒に住んでいるとはいえ、気になるものは気になる。
それが年頃の男というものだ。
「・・・やっぱり、薄着だと気になる?」
「脱がなきゃいいんじゃね」
「・・・家くらい、こんな格好でもいいじゃない」
「まあ確かにな。ただ俺の前で脱がなくても」
「・・・エル、信用してる」
「え?あ、あぁ・・・」
よく意味が分かっていないエルだったが、なんだか変な信用をされている気がしてならないエルだった。
「こちらは魔導開発局です。ご用は?」
「開発に来ました」
「お名前は」
「エル=シュヴィ」
「フィラ=アイゼン」
「エル=シュヴィ、フィラ=アイゼン両名、入場を許可します」
いつものやり取りをして、開発局に入る。
「あの看守さん、なんの魔法が適正なんだろうな」
「・・・今まで一度も適性がない」
「多分適性のハードルが高いんだろうな」
「・・・多分」
開発室に入ると、いつもとは違う担当さんがいた。
「よう、開発かい?」
少し顔が怖いお兄さんだ。
フィラがエルの後ろに隠れてしまった。
「む、怖がらせてしまったかな。すまんな、顔が怖いとはよく言われるんだ」
「・・・大丈夫な人?」
「というか、むしろその魔鉱を渡してもらえないと開発ができねえんだ」
「・・・ど、どど、どーぞ」
「ん、確かに受け取ったぜ。よし!やるか」
「・・・あ、あわわ」
フィラが緊張でどもる。
相当警戒しているようだ。
「えーっと、すいません、ちょっと席外してもいいですか?」
「ああ、分かった。開発はこっちでやっとくからよ。すまんな、おびえさせちまって」
「いえ、大丈夫ですよ」
エルが歩き出すと、フィラがその後ろをぴったりとくっついて行った。
「おいおい、大丈夫か?」
「・・・なんでだろ、こわい」
「いや、いくら人見知りだからって、あれはさすがにお兄さんかわいそうだぞ?」
「・・・う、うん。え、エル」
「どうした?」
「・・・なでて」
「はいはい」
よしよし、とエルが頭を撫でると、フィラは少し復活したようだった。
「・・・とりあえず、謝る」
「そうだな」
開発室に戻ると、開発はまだ続いていた。
「・・・え、あの、え、えと」
「ん?どうした?嬢ちゃん」
「・・・さ、さっきは、ごめ、んなさい!」
フィラが勢いよく頭を下げた。
「・・・あう、うぅ」
勢いをつけすぎてくらっとしたらしい。
「プッフフ・・・。だ、大丈夫だ嬢ちゃん。プッ・・・。こっちこそ、怖がらせて悪かったな・・・。フフ」
フィラの様子を見て吹き出しながらも、担当さんが謝った。
「・・・エル、笑われた」
「そりゃあフィラがアホなことしたからな」
「・・・炎」
「やめて!?」
なかなかに暴力的にフィラだった。
「さ、できたぜ。確認していってくれ」
「ありがとうございます」
「・・・ございます」
できた七つのチップを確認していく。
「これは闇、これは氷で、・・・毒?お?」
青白いチップを確認すると、どうやら雷属性の魔法のようだ。
「どんなのかは知らんけど、これエネルに売れるんじゃね?」
「・・・ね」
照合してみると、雷界という魔法だった。
雷界:指定した範囲内に電撃を放つ狭域魔法。発動から電撃発生までは結界と同等の効果。
「・・・強い」
「これ、高くしてもいいんじゃね」
「・・・それなりの値段でエネルに」
フィラが金を掴んだともいうようなしてやったり顔をした。
範囲の中に入ってしまえば命中率100%の魔法。
上位魔法とは書いてないが、おそらく比較的上位だろう。
「・・・エネルって金貨100枚も持ってるかな」
「・・・私には何とも」
「友だち割引ぐらいしてやるか」
「・・・仕事」
「たまにはいいだろ」
「・・・むう」
フィラが少し納得いかないといった顔をした。
「まあ、お得意さまってわけじゃないけど、たまにはこういうのも必要なんだよ」
「・・・ほう」
「えっとあとは・・・水と、あ、また闇だこれ。これは風」
「・・・劫火は」
「ないな」
「・・・エル、しっかり」
「えええ俺のせいなの!?違くね!?そもそも上位魔法だしなかなか見つからないだろ!?」
ぷい、とフィラがそっぽを向いてしまった。
「おーい、次の人が来てるみたいだから、いちゃいちゃするのは外でな」
「い、いちゃいちゃって」
「ハッハッハ。またな!」
「・・・よ、よろしくお願いします」
開発局を出て、看守に話しかける。
「看守さん。今日はこんなんなんですが、どうです?」
「お、今日もいっぱいだね。んー、・・・む?」
接続したチップが一つ、光り出した。
初めて看守に適性のある魔法が見つかった。
「ほー、これはこれは」
「どの魔法です?」
「これ、崩壊毒だって」
崩壊毒:崩壊性の毒で、内部から破壊し、行動不能にする。毒属性上位魔法。
「え、毒!?ってかこれ上位魔法だったの!?」
「・・・補助魔法者」
「ああそう。僕、補助魔法者なんだよね。補助、と言って状態異常系のだけど」
看守に適性のある魔法が見つからなかった理由。
それは看守が補助魔法者だったからである。
補助魔法者はその絶対数が少なく、さらにその中でも使える魔法使えない魔法があるため、適性のある魔法が少ない。
エルも使えるチップは三つしかなかった。
「んー、残念ながら僕には買えるものじゃなさそうだなあ。上位魔法買うようなお金はないし」
「・・・さすがに、お金がないと売れない」
「そうだよねぇ・・・。仕方ないね。それはマーケットにでも出すといいよ。高く売れるんじゃないかな」
「じゃ、じゃあ、次に見つけた時、上位魔法か大魔法じゃなければ、チップ一つサービスしますよ!」
「え?商人がそんなこと言っていいのかい?」
「・・・エル、考え直して」
「いいんです。もらってください。あれですよ!何度も顔合わせる人へのよしみとして!」
「・・・そうか。なら、期待しているね」
「・・・エルがそういうなら」
フィラが、納得いかないといった顔をしながらも了承した。
「ではまた!」
「うん、商売、頑張ってね」
「はい!」
「・・・ばいばい」
二人は家に帰ると、早速店の準備を始めた。
店を開けても、人が来ないことはままある。
まあ、待っていれば来るのだが。
「あ、そうだ。エネルに連絡しない。」
「・・・売れるかな」
「まあ、ほしかったら買うだろ」
接続器を起動して、魔法を発動させる。
「・・・穴」
ワープの移動先は、エネルの部屋。
その気になればいろいろなところを覗けるエルの魔法だが、継続時間が長くなると消費魔力も大きくなるため、使わない。
別に、エルがのぞきとかをすればフィラが怒るとかそういう理由ではない。
「寝てやがる・・・」
エネルが自分の部屋のベッドで寝ていた。
「・・・別にエネルの部屋なんだしエネルが何してたって」
「いやまあわかってるけど」
起こしにかかるエル。
「おーい、エネル、起きろー」
「ぐかーっ・・・。すこー」
「あいつうるせえ」
「・・・炎」
穴を使い、小さい炎をエネルに向かって飛ばす。
「あっつっ!?あっつ!!」
突然の炎にエネルがのた打ち回った。
「な、なんだなんだ!?俺何されたんだ!?」
エネルが部屋の中を歩き回る。
「おーい、エネル、ここだぞ」
「ん?エルの声か?どこだ?」
「お前の後ろじゃないか?」
「うぉうっ!?な、どうしたんだエル。びっくりさせやがって」
「ああ、なんか新しい雷属性のチップができたんでな。ほしかったら俺の店まで来い。予約つけとくから」
「いやエルの家俺のところからは遠いだろ」
「大丈夫大丈夫」
エルもなかなかひどい。
そこに、フィラが付け加える。
「・・・割り引き、する」
「わ、分かったよ・・・。30分待ってくれ」
「分かった、3分間待ってやる」
「ねえ俺の話聞いてた!?3分間じゃなくてその10倍待って!?」
「分かったから、早く来い」
「ひでーぜこいつら・・・」
穴を閉じる。
「・・・(くいくい)」
フィラがエルの袖を引っ張った。
「ん?どうした?」
「・・・お客様」
カウンターには、人が立っていた。
「うぉう。お、お待たせいたしました」
「チップ、見せてもらえるかな?」
「あ、はい。どうぞご確認ください」
チップを買いに来た男性がチップを接続して確認する。
「ふむ、氷刃か」
氷刃:氷の刃を飛ばす魔法。大きさ、弾速、一度に出せる個数は任意で設定できる。
割と使い勝手のいい魔法だが、威力は中位魔法に及ばない。
この魔法で相手を倒すのなら、数で押し切るしかない。
「値段はいくらかな」
「そうですねー、下位魔法ですので、金貨3枚といったところでしょうか」
「・・・分かった。いただこう」
「毎度ありがとうございます」
早速一個売れた。
しかし金貨三枚。これでは一日過ごすこともできない。
そこから、エネルが来るまでは、客は一人も来なかった。
「おーい来たぞ。んで、どんな魔法なんだ?」
「自分で確認してくれ」
「はいはい。・・・へえ、雷界っていうのか。なかなか強そうな魔法だな」
「中位以上上位未満って感じだなー。それなりに値段は張るぞ?」
「大体いくらくらいだ?」
「んー、金貨100枚ってところだなー」
「ひゃ、ひゃひゃしゃしゃひゃくまいいいいぃぃぃぃ!?」
エネルがのけぞりかえった。
強い魔法をつかんだと思ったら、予想以上の金額だったらしい。
金貨100枚でだいたい二週間は暮らせる。
二週間とこれからを天秤にかけているようだ。
「まあ、友だち割引ってことで金貨75枚にまけてやる」
「・・・25パーセント、おふ」
「ちょっと待ってくれ俺の財布と相談する」
エネルが財布を開いて確認する。
いつもより財布が大きく膨らんでいた。
「・・・買うつもり」
「ほしかったんだな、新しい魔法」
「えーと、頼みが」
なんともいえない顔をした額から汗をたらしたエネルがエルたちから目を逸らしながら言った。
「き、金貨60枚と銀貨30枚じゃだめかな?」
「いや、価値的には全く同じだし別にいいぞ?」
「マジか!!ありがとおおぉぉ!!!」
エネルがカウンター越しにエルに抱きつく。
「やめろ気持ち悪い」
「・・・うわあ」
「うわあってなんだフィラ!?俺はエルに感謝しただけだぞ!?」
「・・・私、そっちの趣味、ないし・・・」
「待ってフィラそっちの趣味ってなに」
「・・・エネルには、リアンがいるのに」
「いや違うって!」
「・・・エネル、不潔」
「だからちがああぁぁぁぁあう!!」
狭い店にエネルの絶叫が響き渡った。
「なんかあれだよな、下位魔法と中位魔法の時点でかなり金額に差があるよな」
「まあ、威力が段違いだしな」
「・・・強い」
「上位魔法とか、手が出せるものじゃねえしなあ」
「そこらへんはほら、金持ってるやつに売りつけるんだよ」
金に物を言わせて強いチップを所持している人もそれなりにいる。
使いこなせなければ何の意味もないが。
「・・・宝の持ち腐れ」
「金になりゃいいんだよ」
「・・・まあ」
大量の金を払って買っても、転売されることだってある。
その先のことはエルたちにとっては全く知らないことなのだが。
「なんか今日も上位魔法が出てきてさ。どっかで売れないかね」
「そんなの、次のマーケットで売るしかないだろ。あそこなら金持ってる人たちもたくさん来るだろ?」
「2か月以上待つのか・・・」
「楽しみは取っておくものだぜ、エル」
「なんかエネルごときがいいこと言ってるぜ、フィラ」
「・・・エネルごときがいいこと」
「お前らそろそろキレるぞ」
エネルが仏頂面になった。
その後も、客はちらほら来たが、今日の魔法は比較的下位魔法が多く、そこまでの利益にはならなかった。
せっかくの崩壊毒も売れ残ってしまった。
「まあ、上位魔法は高価だからなあ。でも、これで楽しみが増えたじゃないか」
「そうよエル。焦りすぎはダメよ?」
ゼルとセレナがエルの話を聞いて笑った。
「その上位魔法はエルの適性じゃなかったのか?」
「適性だったらとっくに使ってるよ・・・」
「・・・同じく」
「ハッハッハ」
そもそも補助魔法は使用者が少ないので適性のハードルが高い。
そこからさらに毒魔法に適性のある補助魔法者を探さなければならない。
マーケットでも見つかるかどうか不安だった。
「にしても崩壊毒かぁ。すごいものを見つけたな」
「売れなきゃ意味ないんだよ・・・」
「・・・いい金になるのに」
二人とも金で頭がいっぱいだった。
「明日は予定とかあるのかしら?」
「んー、仕事?」
「たまには休みも必要よ?明日はゆっくりしてなさい。仕事は私たちがやるわ」
セレナは主婦をやっていて、ゼルは普段は採掘場の整備をしている。
エルたちが仕事をしない日は二人が代わりにやっていた。
「・・・いいの?」
「いいのよ、ちゃんと休まないと、仕事ができなくなって、お金も手に入らなくなるわ」
「・・・休む」
「じゃあ、俺もそうさせてもらうよ」
「よし、じゃあ明日は俺たちに任せろ」
ゼルが胸をどんと叩いた。
むせていたが。
「・・・はー」
「ん、どうした?」
エルの部屋に入るなり、フィラがため息をついた。
「・・・今日の、担当の人」
「担当の人?開発局の?」
「・・・そう。その、担当の人が、なんか、兄さんに似てた」
「ティアさんにか?・・・んー、似てるか?」
「・・・似てた。だから、怖くなっちゃって」
「そういうことか・・・。んー、でも、今はティアさんはもういないだろ?」
「・・・分かってるよ。分かってるけど」
フィラが頭を抱えた。
フィラの兄だった人、ティア=アイゼンは、日常的にフィラに暴力をふるっていた。
ティアは魔法適性のハードルが高く、なかなか合う魔法が見つからなかったうえ、本人の素の魔力が低く、パートナーも見つからない人だった。
対しフィラは、魔法適性のハードルが低く、火属性の魔法ならほとんどが扱えるうえ、他属性の魔法も使用でき、かつ魔力も豊富である。
その素質に嫉妬した兄は、フィラを目の敵にし、人の前では無視し、二人の時はフィラに暴行していた。
「じゃあ、明日エルガンデ大墓地に行くか。もう一度、ティアさんがいないってことを認識すればいいんじゃないか?」
「・・・わかった」
ティアどころか、フィラには家族がいない。
2年前、フィラの家が大火事にあった。
偶然その日、フィラはエルの家に遊びに来ていたので、火事にはあわなかったが、その火事でフィラの両親と、ティアは死んだ。
そして一人になったフィラを、ゼルとセレナが引き取ったのだった。
「・・・行くのはいいけど、やっぱり怖いものは怖いよ?」
「いいんだよ。最近墓参りに行ってないだろ?近況報告するんだよ」
「・・・そうだね」
フィラが少し笑った。
「じゃあ、明日の予定も決まったしもう寝るか」
「今日は、エルと寝る」
「ダメです。自分の部屋で寝てください」
「・・・ちぇ」
納得いかなそうに、フィラが部屋を出て行った。
「・・・ふああ」
休みの日には、フィラが起こしてくることもない。
結構遅くまでフィラも寝ているからである。
「昼過ぎたら出かけるとするか・・・」
と、体を起こして、エルは気づいた。
自分のベッドにもう一人いる。
「いや、誰といったって一人しかいないけど・・・」
かけぶとんをめくると、
「すー・・・。んっ・・・」
「一人で寝ろって言っただろーが」
エルがほおをつつくと、
「ぁんっ・・・。んぅ・・・。すー・・・」
「え、えろいですね・・・」
非常に悩ましい声を出されて微妙に動揺するエル。
このままつついて遊ぼうかとも考えたが、なんだか収集つかなくなりそうなのでやめた。
「ってか、起きろフィラ。何で俺のベッドで寝てんだよ」
「・・・んぁっ。・・・おはよう」
「変な声出すんじゃねえ。なぜ俺のベッドで寝ているんだ。」
「・・・んー。」
フィラが考えるそぶりを見せて、
「すー・・・。すー・・・」
寝た。
「起きろっ!門!」
部屋の天井辺りまで転送して、そのままベッドに落とす。
「・・・ふぎゃっ」
「目が覚めたか?」
「・・・炎」
「やめろ」
反撃しようとしてきたので必死で逃げたエルだった。
「んで、何で俺のベッドで寝てた」
「・・・夜中、トイレに起きた」
「ほう」
「・・・部屋間違えた」
「ほう」
「・・・自分の部屋に戻るのめんどくさくなった」
「なんでだよ!自分の部屋戻れよ!フィラだって起きて隣に俺がいたら嫌だろ!?」
「・・・私は、べつに」
表情一つ変えず言うフィラに、エルが頭を抱える。
「・・・エル、私、嫌い?」
「いや嫌いじゃねえけどさ・・・。結婚もしてねえのに同じベッドで寝るのはな?」
「・・・あと4日、同じベッドで、寝る?」
「それこそ結婚することになるじゃねえか!!」
エルフィディスの結婚は、相手と5日間同じベッドで寝ることで成立する。
そして、結婚が許されるのは16歳から。
エルフィディスの成人年齢も16歳なので、エルたちはすでに成人しているし、結婚可能な年齢と言える。
「・・・エッチは、だめ」
「そんなことしっとるわ」
一緒に寝る5日間、性行為をすると婚約は即破棄となり、姦通罪で逮捕される。
そして、結婚以前の性行為も、許されていない。
つまり、エルフィディスでは、結婚をしていない女性は処女、男性は童貞である。
「・・・今夜も来る」
「そもそも結婚の同意書を出していないので無効です。というかまだ結婚したくないわ」
「・・・お母さんになるのは、まだ早い」
エルがちらとフィラを見る。
実際結婚してどうなるんだと思うエルだったが、なんだか考えてもあまり意味はなさそうだったのであきらめた。
「飯食ったら行くか」
「・・・作ってくるね」
「いつも悪いな」
「・・・そう思うのなら、エルも料理できるようになって」
「任せた」
「・・・もう」
フィラが台所へと降りていく。
ご飯ができるまで寝ようかと思ったエルだが、なんだか燃やされる気がして寝るに寝れなかった。
「ごっそさん」
「・・・ごちそうさまでした」
「んじゃ行くか」
「・・・うん」
二人で準備をして、家を出る。
「・・・エル」
「門使えってか」
「・・・エルガンデ大墓地まで、歩いて1時間以上」
あまり交通手段が発達していないエルガンデには、馬車か、バスがある。
バスはかなりの高等技術のため、高額である。
今は、『電車』と呼ばれる交通手段が開発されているらしい。
「・・・馬車、バス、門。どれ」
「歩くという選択肢はないのか・・・。わかったよ」
「・・・うっし」
「門!」
移動は一瞬だった。
エルガンデから少し離れて、橋につながれた島。
エルガンデ大墓地はそこにある。
なぜかよく霧が発生している島で、視界はあまりよくない。
「・・・何で橋の前なの」
「なぜかあそこまで行けないんだよ。きっと魔法が使えない結界でも張ってあるんだろ」
「・・・仕方ない」
橋を渡り、墓地を目指す。
非常に広い墓地で、まだまだ収容には余裕がある。
おそらく、エルもフィラも、ここに眠ることになるだろう。
「えーと、アイゼン家はE-2436だよな」
「・・・遠いのよね」
「こんだけ広けりゃ仕方ないだろ」
歩いて10分、アイゼン家の墓に着いた。
三つ並んだ十字架の墓には、それぞれ『シア=アイゼン』『セシラ=アイゼン』『ティア=アイゼン』と書いてある。
シアがフィラの父親、セシラがフィラの母親である。
「・・・パパ、ママ、久しぶり」
「お久しぶりです」
フィラが墓の前に座った。
エルも、なるべく近くにいてあげるべく、隣に座った。
「・・・私たち、強くなったよ」
「・・・魔決闘、何度も優勝してるよ」
「・・・お金もいっぱいもらってるよ」
「・・・大魔法も手に入れたよ」
「・・・それもこれも、エルのおかげ」
「・・・私たちね、来年の大魔法決闘で優勝して、この国の皇帝になるよ」
「・・・エルと一緒に、皇帝になって、お金に囲まれた生活をするよ」
「・・・だから、見守っててね」
はたしてその理由で見守ってもらえるのだろうか。
まあ、頑張るということで見守ってもらえるだろうが。
「兄ちゃんはいいのか」
「・・・いい。このお墓を見て、兄さんはもういないってこと、再確認したから。帰ろう」
「もういいのか?」
「・・・うん。家で、ゆっくりしたいかな」
「そっか。わかった」
墓を去ろうとしたその時、エルの耳に、なにか聞こえてきた。
『迷惑をかけるかもしれないけど、フィラをよろしくね』
振り返ったが、誰もいない。
「・・・シアさん、かな」
「・・・どうしたの?」
「いや、なんでもない。行こうか」
「・・・うん。帰ったら、膝枕してあげる」
「なんだいきなり」
そして、二人の姿は消えた。
「んで、結局こうなるのか」
「・・・よしよし」
家のソファで膝枕をされるエル。
「・・・おや」
フィラが、何かに気付いたようだった。
「どうした?」
「・・・エルの耳、汚れていますよ」
「まじか」
「・・・最後に掃除したのいつ?」
「んー、2週間前かな?」
「・・・もー」
フィラがやれやれといった感じで、近くにある耳かき棒を取った。
これも『ジャ=パン』のものらしい。
タケという木から作られるらしい。
反対側にはポンポンがついている。
「・・・これも」
なかなか取れないものがあるときに使う、ピンセット。
エルはこれが嫌いだった。
耳の中に入ってくる冷たい感触。
考えるだけでゾッとする。
「・・・動かないでね」
耳の中に棒が入ってくる。
耳の中の異物が取れる感覚が気持ちいい。
「眠くなってきた・・・」
「・・・反対やるまで待って」
「ん、分かった・・・」
一度棒が引き抜かれ、やわらかいものが入ってくる。
ふわふわしてる。
「・・・おおこれは」
「・・・気持ちいい、でしょ?」
フィラがはにかんだ。
横目であまり見えなかったが。
「・・・ふーっ」
「わあぁ」
「・・・面白い」
「遊ばないでください」
「・・・すっきりした?反対向いて」
反対を向くと、フィラのお腹が目の前にあった。
ためしにつついてみる。
「ひゃああっ!?」
いつもなら出さないような声を出し、フィラの背筋が伸びた。
「・・・エルの耳が聞こえなくなってもいいならお好きにどうぞ?」
「・・・ごめんなさい」
耳の中に入れられた棒は、すでに結構奥まで入っている。
これより奥に入れられるとまずい。
「・・・やめてよね」
棒がやさしく動き始めた。
さっきからすでに眠かったエルは睡魔に勝てず、眠ってしまった。
「・・・おやすみ」
フィラがそっと、エルの頭をなでた。