魔導学園ヴァラルカンド
「・・・エル、起きて。今日は学校」
「・・・まだ大丈夫だろー」
「・・・学校」
フィラがエルをぱしっと叩いた。
「学校なんて週に二回しか行かないからなあ・・・。早く起きる日はつらいぜ」
エルフィディスにも学校がある。
おもに職業の勉強と、魔決闘の試合をする学校である。
すでにチップや魔石を売って商売をしているエルとフィラは職業の勉強をする必要がなく、週に二回、魔決闘の非公式試合が行われるときのみ参加する。
小さい頃はエルもフィラも通っていたが。
6歳から22歳までの16年間の教育課程があり、6歳から12歳までは義務教育、以降は自由教育となる。
初等部から中等部、高等部、博士部があり、最初の6年、初等部ですでに職が決まっているものは以降の教育に参加する必要はない。
エルとフィラは職がすでにあったため、初等部を卒業してからは、魔決闘の非公式試合の日以外はほぼ登校していなかった。
「・・・準備できた?」
「おうできたぜ。行くか」
「・・・エルの魔法で」
「あほ。歩いて行くんだよ。30分の道のりをケチるんじゃない」
「・・・めんどい」
魔法を使うにも自身の魔力がいる。
試合をすれば終わった後に回復のサービスが受けられるが、あまり普段から魔力は使いたくないものだった。
「フィラ、いつも同じ服だな」
「・・・違う。同じのたくさん持ってる」
フィラの格好は、大きめのローブに下に黒いタイツを履いてるだけにしか見えない。
実際はそんなわけないが・・・、下に着ているのは薄手で丈の長い肌着一枚。
つまりローブを脱ぐと長い肌着とショーツと黒いタイツだけになる。
「絶対ローブ脱ぐなよ」
「・・・さすがに恥ずかしい」
「なら下にもうちょっと何か着ろよ・・・」
「・・・暑い」
「そうですか」
ぶつぶつ話しながら、二人は学校に向け歩いて行った。
「通ってた頃は何も思わなかったけどさ」
「・・・うん」
「この学校、ほんとにでかいよなあ」
「・・・でかい」
エルたちが通っていた学校―――正式名称、魔導学園ヴァラルカンド。
非常に広いため、生徒数は不明。
「まあ学校には用はないけどな」
「・・・あっち」
あっち、とは、学校に併設された非常に大きな闘技場。
非公式魔決闘の舞台だ。
受け付けは学園の教師が担当している。
「魔決闘に参加ですね、名前、部、学年、チーム名を言ってください」
「高等部2年、エル=シュヴィ」
「・・・高等部2年、フィラ=アイゼン」
「チーム名は"デュランダル"で」
デュランダル。
それはエルフィディスに伝わる聖剣。
エルグランディアより外れにある小さな島、聖エルフェリア島にあるといわれる。
身分の高いものだけが入れる島で、皇帝の座を継ぐ契約式は聖剣デュランダルの前で行われるらしい。
昔、魔法が栄える前、このエルフィディスをおさめた王が所持していた剣である。
魔法が栄える前にもかかわらず、魔鉱でできた剣であり、その身には魔力を有している。
フィラいわく、皇帝になる自分たちにはもってこいの剣であり、チーム名であるらしかった。
「エル=シュヴィ、フィラ=アイゼン、両名を"デュランダル"として、参加を認めます」
「ありがとうございます」
早速、参加者控室へ行くと、
「おっ!やっぱり来てたか!エル!フィラ!」
元気の良い男がエルとフィラに近づいてきた。
「あったりまえだろ?魔決闘には参加する俺たちだからな」
「・・・エネルも参加?」
「ああ、そうだぜ!」
エネルと呼ばれた男が笑顔を見せる。
エネル=グラッゾ、初等部時代からのエルとフィラの友人である。
最近ではエルもフィラも会うことは少なくなってしまったが。
「パートナーはやっぱりリアンか?」
「当たり前だ。リアンは俺の彼女だからな」
この男、彼女もちである。
リアンは、自分の名前が聞こえたのかこちらに寄ってきた。
「おお!エルじゃん!フィラも!久しぶり!」
「・・・久しぶり」
リアン=ナクス。二人の友人というよりは、フィラの友人である。
エルとは普通に話す程度。
「エネルたちが魔決闘に出るのは珍しいな」
「はっは、俺たちも大魔法決闘に出るつもりだからな」
「・・・私たちも出るからあきらめなさい」
「フィラひどくね?」
「・・・私たちはさいきょーだから」
自信満々のフィラがふんす、と胸を張る。
残念ながら出るところは出てないが。
「ね、エル。私たち、エルたちと当たるかな?」
「さあ、お互い勝ち進んでいけば当たるかもな?」
「エルたちは強いけど、私たち対策してるからね!負けないよ!」
「あ、あぁ・・・」
対策。
事前に対策を立てられるというのが、魔決闘と非公式魔決闘の違いである。
魔決闘は戦いの前に記憶処理が施され、相手の魔法などを知らない状況で試合が始まる。
一方、非公式では記憶処理の手順がないため、対策されることがある。
エルたちにとって、記憶処理がないのは痛いことだった。
「・・・大丈夫、危険な状況になった時の練習にもなる」
「そうだけどなー」
「・・・新しい魔法もあるし、私たちならやれる」
「・・・そうだよな。俺ら最強だもんな」
「・・・さいきょー」
お互い手を合わせ、目を閉じる。
(大丈夫、フィラがいれば、俺は勝てる)
(・・・エルがいれば、私たちはさいきょー)
目を開いた時には、お互いの目はやる気になっていた。
『これより、非公式魔決闘を開始します。参加者は闘技場へ集まってください』
アナウンスが響いた。
「今日は負けないからな!エル!」
「大丈夫、当たるかどうかわからないし、当たっても俺らが勝つから」
「ムキー!」
「・・・一瞬でつぶす」
「ちょっと待ってフィラが怖い」
つぶす、というのは今日初めて使う魔法のことかもしれない。
試し撃ちをしたが、実戦ではまだ使っていない。
どんなものか、エルたちにとっても興味のあることだった。
『さあ!これから非公式魔決闘が始まります!司会は私、教頭のニコラ=イッチスがお送りいたします!』
やたら元気な教頭の声が響く。
教頭先生はこういう催し物が大好きだった。
『参加者は200名100チーム!この中で優勝する1チームはどのチームなのか!なお、参加者が多いため、闘技場のエリアを四つに分け、A~Dブロックで勝ち残った4チームで準決勝、決勝を行います!』
闘技場が非常に広いため、エリアを四つに分割しても全く問題はなかった。
1ブロックごとに固有の結界が張られ、他ブロックの状況が分からなくなる。
エルたちはCブロック、エネルたちが見つからないので、どうやら違うブロックにいるようだ。
「あいつらが決勝まで勝ち上がってくれば当たれるな」
「・・・リアンたちが決勝まで上がってくれば」
二人にとって、自分たちが決勝まで勝ち上がることは、ごく当たり前のことであるかのように話が進む。
「そういえば、星撃はどこで使うんだ?」
「・・・Cブロックの最終戦」
「りょーかい。じゃあ、最終戦までは他のチップ装備しといてくれよ。」
「・・・(こくり)」
「二人で、勝つぞ」
「・・・もちろん」
実際は、一人になっても戦えるのだが、二人で勝ってこそ、がこの二人の考えである。
「よーし、行こう」
「・・・れっつごー」
戦いが、始まる。
「おい待て試合始まらねーぞ」
「・・・私たち、シード」
リーグ表を見ると、エルたちのチームデュランダルは、一番端にあった。
シード権である。
「結構時間かかるんだよなー。どうしようか」
「・・・作戦立てる?」
「んー、いつも通り」
「・・・りょーかい」
作戦が決まってしまった。
やることがないエルたちは、とりあえず今行われている試合を見ることにした。
「あいつら、背中がガラ空きだよな」
「・・・よゆー」
「あれは横からやればいけるな」
「・・・弱い」
「あれは相手の魔法を利用させてもらおう」
「・・・相手が悔しがりそう」
相手の弱点を見つけては攻撃方法を考え、二人でニヤッとする。
・・・周りから見たら気持ち悪い二人であった。
「さー、そろそろ出るか」
「・・・初戦、一瞬で片づけたい」
「じゃあ、フィラのお望みどおりに」
二人が外へ歩き出した。
『これより、デュランダル対ノエスの試合を開始します。定位置についてください』
相手の距離、50メートル。
二人ともやる気満々だった。
『それでは・・・はじめ!』
試合開始のゴングが鳴る。
「火球!」
相手の一人が魔法を唱えた。
エルたちに向けて、大きな火の玉が飛んできた。
「なるほど、フィラと同じ感じか」
「・・・片を付ける」
「へいへい。穴!」
エルの前に、小さな穴が開いた。
穴の先には、相手の背中が見えている。
「火球!」
フィラが穴に向けて、火の玉を放つ。
すると、50メートル先の、相手の身体が燃え上がった。
『魔法換装体、破壊!』
「な、なんだっ!?」
二人組のうち、もう一人が驚き、叫ぶ。
これが、エルとフィラのいつものやり方だった。
ワープを使い、敵の後や横、下などからも攻撃ができる。
このどこから来るかわからない攻撃―――つまりは初見殺しが、エルたちの強みだった。
「さあ、やるぞ!穴!」
狙うはまたも、相手の背中。
「言ってるだろ?後ろがガラ空きなんだよ!」
「火球!」
もう一人、身体が燃え上がった。
『試合終了!勝者、デュランダル!』
あっという間の出来事だった。
相手は何がなんだかわからないまま、負けた。
ただただ、困惑していた。
「ははは、あいつら、困ってるぜ」
「・・・この調子で」
初見殺し、これは公式の魔決闘に置いて非常に有効なものだった。
記憶処理を施し、何も知らない相手に後ろから攻撃する。
エルたちはこうして数々の魔決闘で勝ってきた。
才能に恵まれていた、というのが当たっているかもしれない。
「ただなあ、対策してるやつらもいるだろうなあ」
「・・・今まであたった人はね」
しかし、これは非公式の魔決闘であって、記憶処理はない。
対策されれば他のやり方をするしかなかった。
「しかし、火球は使いやすいな」
「・・・威力高い、消費魔力少ない。いい」
中位魔法でありながら、とても使いやすいものだった。
「かっこよく決める魔法もあるけどな」
「・・・消費が高い」
「ま、こんな最初から使えないわな」
「・・・カッコよく決めるのは、あとで」
「一人で?」
「・・・エル有りき」
どんな決め方でも、二人で行うのを優先するのがフィラであった。
その後も順調に勝ち進み、Cブロック決勝。
エルとフィラが望んでいた瞬間である。
「・・・やっと使える」
「お試しの時間だな」
トーナメント戦とはいえ決勝で、魔法の試し撃ちをするのはアホだけだろう。
エルもフィラもこれに関しては間違いなくアホだった。
「片方は俺がやるから、フィラは星撃を撃ってくれ」
「・・・待ち時間は?」
「俺が何とかする」
「・・・エル、かっこいい」
「まじ?俺かっこいい?」
「・・・ちょーし、のんな」
「ひどいっすフィラさん」
そんなやり取りをしながら定位置につく。
誰が見ても、緊張などはしていなかった。
『これより、リヴァイアル対デュランダルの試合を始めます』
相手が構えた。
『それでは・・・はじめ!』
ゴングが鳴るも、お互い全く動かない。
相手の様子を見ているようだ。
しかし、それはエルたち相手には絶対にやってはいけないこと。
「さー、俺が一人でできる唯一の攻撃だ」
「・・・今まで何度も見てる」
「うっせ。・・・さあ相手さん、足元がガラ空きですよ。門!」
相手の姿が消えた。
今まで相手がいたところには、大きな門が開いていた。
「えっ!?何が!?」
相手が驚き、きょろきょろする。
しかし、どこを見てもいない。
相手がいるところは・・・上空。
「うわあああああああああああああ!!!」
上から人が落ちてくる。
このまま放っておけば、相手は地面と激突して終わりだ。
これがエルができる唯一の攻撃だった。
「あとはもう放っておいていいや。さ、フィラ」
「・・・うん。星撃」
以前見たのと同じ、光が上へ飛んで行った。
「っ!?なんだ!?」
相手が初めて見る魔法に身構えた。
・・・しかし何も起こらない。
「っ!こうなったら!吹雪!」
突如すさまじい冷気がエルたちを襲う。
「おおう、吹雪って、上位魔法じゃん」
「・・・手練れ」
「何話してやがる!氷槍!」
氷の槍が飛んできて、話しているエルの右腕を貫いた。
「やっべ、右腕破壊されちまったよ」
「・・・なにやってんの」
「あーへーきへーき。もう攻撃させないから」
「・・・?」
「見てな。」
エルはフィラから、相手へ向き直った。
そして、
「結界!」
先日手に入れたばかりの魔法を起動した。
相手の足元から魔方陣が発生し、透明な結界が張られた。
「う、動けない!」
「おおお、これが結界か」
「・・・試してなかったの」
「うん、今回が初めて」
どこまでも適当な二人だった。
と、その時、
『魔法換装体、破壊!』
上から落ちてきた相手が地面と激突し、破壊した。
魔法換装体は物理攻撃でも壊れる。
それを利用したエルの攻撃だが、なにもこんなに時間がかかるほど上から落とす必要はない。
「・・・エルは、性格悪い」
「この攻撃しかできねーんだ仕方ないだろ」
「・・・あそこまで高く上げる必要は」
「俺の趣味」
「・・・やっぱり性格悪い」
そんな話をしていても、ちゃんと結界は張って相手の動きを止めているエルだった。
そして、
『っ!?ま、魔法換装体、破壊!』
すさまじい速さで、星が落ちてきた。
大魔法だと気づき、審判が動揺する。
試合を見ていた観客もざわついていた。
「・・・インパクト」
フィラは辺りを見渡して、にやりと笑った。
「さーて、準決勝なわけだが」
「・・・エネルたち、いた」
Cブロックの代表はエルたち、Dブロックの代表はエネルたちのようだ。
「てことは次当たるのあいつらか」
「・・・まさか勝ち上がってくるとは」
エルは少し顔をひきつらせた。
リアンはエルたちの対策を立てているといった。
初見殺しを武器とするエルたちにとっては、あまりうれしくない知らせだ。
ちゃっちゃと片付けたいところだが、どうしようか、と迷うエルだった。
「・・・どうする」
「どうするもこうするもないだろー。・・・どうしよっか」
「・・・私が使うのは、星撃、塔、熱風、熱線」
四つの魔法と、エルの使う三つの魔法で相手にどう対処するか。
そもそも、エネルたちはあまり非公式魔決闘に参加しないため、エルはリアンがどういう魔法を使うのか知らない。
完全に立場が逆転していた。
「そうか、相手がどんな魔法使うかわからないって、こんな感じなのか」
「・・・そういえば、私もリアンの魔法知らない」
「やべえな。どうしよう」
ここに来て、余裕とはなんだったのか、目の前の状況にあせる二人。
『準決勝二回戦を開始します。定位置についてください』
何も浮かばないまま、試合が始まろうとしていた。
『これより、デュランダル対エクスの試合を開始します』
お互いがにらみ合う。
この場においては友だちなんて関係ない。
前方にいる二人は敵だ。
相手の魔法は未知、ここでどうするか。
『それでは・・・はじめ!』
「閃光!」
開始と同時に、リアンが仕掛けてきた。
光がエルたちの足元を灼く。
「おっとあぶねえ」
「・・・光属性」
すんでのところでかわした二人だが、体勢を立て直す前に、次が来た。
「雷!」
電気が地を這って迫りくる。
「くっ!俺が狙いか!」
「まだまだぁ!落雷!」
「・・・星撃」
エルを狙って雷が落ちてくる中、こっそりとフィラが星撃を放つ。
「フィラ!動きを止めてくれ!穴!」
「熱風!」
攻撃に集中して、後ろへの注意がおろそかになっている相手に向け、ワープを開く。
「来たぞ!気をつけろリアン!」
「分かってる!」
しかし、それを見越してたかのように、エネルは横、リアンは後ろにも注意を向けた。
「甘いなエネル!」
穴は、エネルたちの上に開いていた。
エネルたちに、焼け付く熱風が降りかかる。
「くっ・・・!」
エネルたちの動きが止まる。
しかし、
「閃光!」
リアンが穴に向けて魔法を放つ。
穴を通った魔法の出口は―――
「エルっ!!」
フィラが、エルを突き飛ばした。
穴から出てきた光線が、フィラを直撃した。
「フィラ!!」
フィラの左腕はリアンによって吹き飛ばされていた。
これならまだ大丈夫だ。
「・・・大丈夫」
「よかった・・・」
「・・・言ったはず。私の戦いは、エル有りき」
倒れていたフィラが立ち上がると、エネルたちの方に向き直った。
「・・・カッコよく決めましょう」
「お、おう。分かった。門!」
足元に発生した門は―――リアンを連れ去った。
「リアンっ!?」
エネルが上を見上げる。
「きゃああああああああああ!!」
Cブロック決勝の時と同じく、リアンが上空から落ちてきた。
「隙アリ!結界!」
「くっ!しまった!」
結界によってエネルの動きが封じられた。
地面に手をついたフィラが、魔法を唱えた。
「・・・塔!」
燃え盛る炎が、すさまじい勢いで上へ昇っていく。
まるで、塔のように。
そして、上空から落ちてくるリアンの身体を、炎が貫いた。
「う、うわあああああああ!」
と、同時に、エネルに向けて星が落ちてきた。
『エネル、リアン両名魔法換装体、破壊!勝者、デュランダル!』
歓声が巻き起こった。
観戦を娯楽にしている人も多く、カッコよく決めることは観客の注目を得ることができる。
エルが笑顔で観客に手を振った。
「・・・あとは決勝」
「おう、さくっと勝とうか」
「・・・もちろん」
「ああそうだ。ちょっと試したいことがあるんだが」
「・・・決勝で」
「よっしゃわかった」
ここまで来て、決勝でもまだ試したいことがあるらしい。
相変わらず頭のおかしい二人だった。
「だー!くそっ!負けた!」
「対策したのにー・・・」
エネルとリアンががっかりする。
「・・・仕方ない。力の差」
「ははは、相変わらずフィラは手厳しいな」
「始まる前は結構焦ってたんだけどな」
「・・・それは言っちゃだめ」
フィラがエルをにらむ・・・わけではなく、見つめる。
あまり目に力がないのでにらまれるという感覚はない。
「んじゃ、お前たちの分まで勝ってくるわ」
「決勝で負けたらかっこわりーっつって笑ってやるからな」
「・・・大丈夫、よゆー」
何度も魔決闘で勝ってきた二人に、緊張も、焦りもなかった。
・・・対策さえされていなければ。
『これより、決勝、タイタニア対デュランダルの試合を始めます』
「試したいこと、分かったな?」
「・・・うん、タイミングがシビア」
「そこは俺のセンスで何とかするぜ」
「・・・エル、かっこいい」
「マジで?」
「それで決めてくれたら、もっとかっこいい」
「よっしゃやってやるぜ!」
『うるさいなあ!試合が始められないでしょ!』
審判に怒られてしまった。
『まったく!もう一回やりますよ!これより、決勝、タイタニア対デュランダルの試合を始めます!』
相手は、小柄な女性と、メガネの男。
初めて当たる相手だが、いったいどんな魔法を使うのだろうか。
決勝まで勝ち上がってくる時点で相当な実力者であることは分かるが。
『それでは・・・はじめ!』
試合開始のゴングが鳴った。
両者一歩も動かない。
「やべえな、これ」
「・・・なにが?」
「カッコよく決まると思うと、楽しみだぜ」
「・・・星撃」
エルを無視して、フィラが星撃を放つ。
試合の最初に撃つ、ある意味設置魔法だ。
「やべえっ!あっちを仕留めるぞ!誘導弾!」
炎の弾がばらまかれた。
その一つ一つが、フィラに向かってくる。
「震!」
よけようと構えていたフィラの足元が揺れ、体勢が崩れた。
無数の炎の弾が迫りくる。
「まずい!門!」
フィラを門で転送する。
・・・相手の後ろへ。
誘導弾が方向を変え、相手の方へ飛んでいく。
「うわあっ!」
誘導弾はそのまま相手に襲い掛かった。
「くっ!」
「戻ってこいフィラ!」
フィラが門に飛び込み、エルの元へ戻る。
「相手はどうなった?」
「・・・あまりダメージはない。一発あたりの威力は低い」
「そっか」
「尖石!落石!」
とがった岩が飛んできて、大きな岩が落ちてくる。
一度に二つの魔法が使える、二重魔法者のようだ。
「塔!」
上へ昇った炎が岩を砕いた。
しかし、砕けた岩は止まらずに落ちてくる。
「門!一緒に入れ!」
「・・・うん」
転送先は、相手の目の前。
「えっ・・・!?」
相手が急に現れた二人に驚き、後ずさる。
「せいっ!」
「・・・とりゃ」
「うおっ!?」
「きゃ!?」
エルとフィラがそれぞれ相手を持ち上げ、門に放り込んだ。
転送先は、先ほどまで自分たちがいた場所。
相手に向け、砕けた岩と、とがった岩が襲い掛かった。
「あいつら、さっきから自分の魔法でダメージ食らってるぜ」
「・・・かわいそう」
完全に棒読みだった。
「絶対思ってないよな」
「・・・それを詮索するのは、野暮」
上を見上げると、光がこちらに向かってきていた。
「よし決めるぞ!見てろフィラ!」
「・・・見てる」
「門!」
星撃が落ちてくる前、上空に門が開いた。
「六重×五重穴!」
その下に、小さい穴がいくつも開いた。
落ちてきた星は門に飛び込み―――細分化され、無数に落ちてきた。
まるで、星の嵐のように。
いくつもの衝撃によって砂煙が巻き起こった。
砂煙が晴れたそこには、何も残っていなかった。
『魔法換装体、破壊!優勝、デュランダル!』
準決勝よりも大きな、割れんばかりの歓声が起こる。
「やったな!」
「・・・ぐっじょぶ」
フィラが、エルにハグをする。
エルがそれをやさしく抱き返した。
「・・・勢いで抱きついてしまった。はずかしい」
「俺も観客の前でよく抱き返したもんだ・・・」
非公式魔決闘が終わった後、二人は自分の行動を恥じていた。
「・・・やばいよ、はずかしいよ」
「大丈夫、俺も恥ずかしい」
「付き合いたてのカップルかお前ら」
「初々しいね」
エネルとリアンがにやにやしていた。
「にしてもあれだなー、フィラが大魔法なんて持ってるとはなあ」
「あんなの使われたら終わりだよねー。ひきょーだなー」
「あの速さで落ちてきたら避けようがないもんなー」
「当たったら一撃で破壊だもんねー」
リアンが口をとがらせて言った。
「・・・私たちの仕事の特権」
「えー、ねえフィラ、私たちにも使えそうなものとかないの?」
「・・・今は余りがない。また採掘しないと」
「ちょっと今度見せてよ」
「・・・私たちの店へ」
「お金、取っちゃう?」
「・・・仕事」
これに関しては仕方のないことだ。
チップを売る仕事をしている以上、譲渡はできない。
たとえエルたちの家がお金を持っていてもだ。
それが仕事であり、商売だから。
「分かった!強いのあったら教えてよね!買いに行くから!」
「・・・上位魔法は、高価」
「それでもいいからー!ってか、星撃って光属性よね!?ほしいなー!!」
「・・・あげない。派生させて、火属性にする」
「ええっ!?星撃って派生もできるの!?」
「・・・うん。あ、光属性の上位魔法は、劫火となら交換でいいよ」
「それ火属性の上位魔法じゃん!無理だよ!」
「・・・じゃあ、お金」
むー、とリアンが悔しそうにする。
「・・・なあ、俺にもなんか使えるチップないか?」
「だから、今はあまりがないんだって」
「重力雷とか雷龍とかないかな?」
「どっちも大魔法じゃねえか!そんなん出たら大騒ぎで売りに行くわ!」
「おいおい、俺には売ってくれないのかよ」
「大魔法だぞ!?金あるやつらからかなり搾れるわ!!」
「相変わらずエルは金にがめついよなあ」
「うるせーやい」
実際、大魔法なんてものはそうそう出るものではない。
非常に強力であり、非常に高価、それが大魔法というものだ。
それを使うだけで、勝てる確率が格段に上がる。
ともすれば卑怯とも言われかねない代物。
それが大魔法というものだ。
「とりあえずいいもんあったら教えろよな!」
「分かったよ」
学校を出て、町を歩く。
「あ、そうだ。私たち今から海岸沿いの雑貨屋さんに行くんだけど、フィラたちも行く?」
「・・・行く」
「ついて行くぜ」
海岸沿いの雑貨屋。
エルガンデにある、エルフィディス内でも有数の貿易港、ユグリス港。
そこの雑貨屋には、他の国の家具や装飾品、調味料など、たくさんの種類のものが売っている。
エルは『ジャ=パン』という国の『ショウ=ユ』という調味料が気に入っていた。
「そろそろショウ=ユもなくなりそうだし、買っておかないとな」
「・・・エルの好きな味」
「おう、あれがないと飯がうまくないんだぜ」
「・・・ジャ=パン、行ってみたい?」
「行ってみたいね、憧れてる」
「・・・でも、ジャ=パンは極東。遠い」
「そうなんだよなあ」
話しながら、海岸に向かっていた。
・・・が、試合で四人ともつかれていたため、次第に歩くのが面倒になったのか、エルの魔法で移動することになった。
「さーついたぞ」
「おおお!ここが雑貨屋か!」
「エネル、ここに来るの初めてだもんね」
「ああ、一度来てみたかったんだよ」
雑貨屋というにはあまりにも広い店。
他の国から仕入れてきた品の数は膨大だが、すぐに売れてしまうらしい。
「ようオーナー。今日はいろいろ仕入れてる?」
「ああ、エル坊じゃないか。船が昨日来たばっかりだからな。いっぱいあるぜ?」
「ちょいと見させてもらうぜ」
「はいよ」
エルと顔見知りの店長が気さくに答える。
「そういえばエル坊、お前が個人で輸出申請してた魔石、見事に売れたぜ。委託料は抜いて今度届けてやるよ」
「まじか!あのブルーベリル売れたのか!いくらだ?」
「大体金貨250枚ってところだな。金貨25枚はもらっておくぜ」
「分かった。届け先は俺の家で頼むぞ」
「おうともさ」
エルと雑貨屋の店長が商売の話をしている。
それをエネルとリアンがぽかんと見ていた。
「・・・あいつさ、ああいうのでも金稼いでんのか」
「めっちゃ顔広そう」
「・・・エルはやり手」
雑貨屋はとても広く、場所ごとに違う国のものが売っていた。
エルがいるのは、もちろんジャ=パンのエリア。
「お、あったあった。これがないとやってけないからな」
エルが手にしたのは、ショウ=ユともう一本。
ポン=ズという調味料だった。
「これは見たことないな・・・。でも、ジャ=パンの調味料はうまいからなー。期待できる」
調味料以外にも、いろいろ売っている。
「ほうほう、これがタケという木か。こっちにある木とはだいぶ違うんだな。なんだかコップとして使えそうだ」
ジャ=パンのエリアを歩き回り、いろいろ買ったエルだった。
「・・・買い物で金貨25枚も使ったの」
「つい・・・」
「・・・エル」
「ごめんなさい・・・」
金貨は50枚あれば1週間はちゃんと飲み食いできる。
その半分を1日で使ってしまったのだ。
「・・・いや、まず金貨25枚っていろいろおかしいよな・・・」
「私、金貨5枚しか持ってきてないんだけど・・・」
仕事している者と学校に行ってる者、つまりは持つ者と持たざる者の違いだった。
「普通の人の財布に白金貨なんて入ってないって」
「そうか?マーケットに行けば白金貨なんて普通だけどな」
「今度マーケット連れてってくれよ」
「お、なんだ?商売の手伝いしてくれんの?」
「いや、チップ買いに行きたい」
「あーそう。まあいいよ」
マーケットには強いチップが出回っている時もあるし、戦力の強化にはちょうどいいかもしれない。
「・・・エル、明日は仕事」
「ああそうだな。もういい時間だし、そろそろ帰ろうか」
「また会おうな」
「今度は負けないからね!」
「ああ、仕事とかぶらなければ学校行くぜ。あ、送るわ」
「おお、ありがとう!」
「ホントにエルの魔法は便利だね!」
完全に転送屋扱いのエルだった。
「フィラもお客さんと話せるようになればなあ」
「・・・初対面、怖い。ごめん」
「ああいや怒ってるわけじゃないんだ。まあ、仕事してる以上は少しくらい話せるといいなあと思ってさ」
「・・・エル、頼りにしてる」
「やる気はないんだな」
「・・・善処する」
「そっか。おやすみ」
「・・・おやすみ」