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ボクは共依存の旅をする

作者: nakayoshi



 街は、黒とオレンジのコントラストで彩られた。イベントの主役でもない恋人たちが、変な呪文を唱えて笑う。あと数か月もすれば、次は赤と白でできた景色や無数の光の点滅が広がる。そして何といっても、優しそうな白ひげのおじいさんが、子どもたちに夢を与えに来るというのに、一体この街の主役は誰だ。考えれば考えるほど、すれ違う人たちでめまいがしそうだった。


 ここ最近は毎日のように、朝起きて眠るまで憂鬱な気分が続く。音楽・美術・メイク・ファッション、さまざまな分野を挙げたが、どれも取り合ってもらえなかった。担任も両親も口を揃える。『もっと自分のためになることをしろ。』と言う。

 しかしそれは、金がもらえるなら、〝自分のため〟になるのか。不自由のない生活が送られたら、〝平和〟なのか。そもそも、〝自分のためになる〟ってなんだ。尋ねたいことはたくさんあるけれど、大人たちは何一つ教えてはくれないのだろう。


 僕の死にかけた感情へ語りかけるかのように、冷たい風が吹く。嗅覚の全てを奪い、強くキンモクセイが香った。おもむろに、大好きだったあの子が思い浮かぶ。まだフワフワと漂っていられた、いや、人によってはピリピリと、膨らまし過ぎた風船をつつく心境で埋まる、今時分の季節。あれから何も変わらない、3年5か月にもおよぶ恋心は、未だに僕を苦しめていた。


 『わたしたちに、未来なんてあるのかな。』 

 ある日、唐突に発された言葉は、胸に深く刺さったまま抜けず、彼女は忽然と姿を消した。一切連絡は取れなくなっていた。今では時間だけが過ぎたようだ。思い出を忘れるより先に、日常の不安や不満が増えていく。メールアドレスや電話番号は使えない。もう、ただの〈記憶〉だ。

 『進路なんてどうでも良い。彼女に会いたい。』

 ・・・それは、誰にも言えない。草食系だと馬鹿にされそうな、淡い自分の願望。脳みその片隅で真っ白に輝いていた入道雲が、薄汚い雨雲へ変わっていくような気がした。


 街中を見ているのにも飽きて、スマートフォンを取り出す。疲れた顔が写り込む画面を、大好きなバンドマンの写真に変える。暇潰しに開いたSNSには、楽しそうな同級生たちの呟きと、胡散臭さ全開のURL。今日の僕には、何でもないことが、どれも眩しすぎる。

人間には、どれほど悩んでいても他人に見せない、見えない闇がある。それを不意に知ってしまったとき、この人たちはどんな感情を抱いて、どのような表情をするのだろう。弱い自分は、どうも情けない。 誰にでもあるその思いを、人は心に縛りつけ隠す。ああ、なんて恥ずかしい・・・ああ、なんてもどかしい。

 埒が明かない。どうしようもない胸の内を、丸めてスマートフォンと共に仕舞い込んだ。


 「ねぇ、」

 そろそろ家へ帰ろうと商店街を背に歩み始めたとき、短く、聞き慣れた声がした。香るキンモクセイに、少しだけ心臓が鳴る。期待と不安で、しばらくの間顔を見ることができずにいると、困ったように笑う。とても懐かしい思いがした。

 「(あき)君だよね。」

 数年ぶりに見たその子の顔は、あの日とは違う。ひどく綺麗な笑顔だった。

 「ごめんね。」

 僕は、それが何に対する謝罪なのか、理解できずにいた。僕自身が、そのような言葉を必要とはしていなかったからだろう。破裂しそうなほど、徐々に心拍数が上がる。嬉しさで心臓が痛い。君に伝えたいことが山程あるのだ。


 「おかえり、なっちゃん。待ってたよ。」


 僕がそう言い終えるより先に、彼女の後ろで声がした。それは絶望というよりも、どこか仕方のないことである気がしていた。正直、望んではいなかったのだけれども。

 「奈月、知り合いか?」

 「あ、ごめん秦ちゃん。ただ懐かしい人に会ったの・・・瑛君、元気そうで良かった、それじゃあ。」

 軽く会釈をして彼女は立ち去る。目にたくさん涙を溜めていたのを、見逃さなかった。でも、僕が入る隙なんて、もうどこにもありはしないのだ。

 (この恋は、元には戻らない)

 幸せそうに笑った彼女の顔が、脳裏に焼き付いていた。去り際に、落とした雫の謎もある。しかし、ほんの少しだけでも元気な姿を見られたのだから良いではないか。それ以上を望むのは勝手すぎるのだ。それなら、この愛は、どこに向けるべきなのだろう。

 

 僕自身の葛藤とはウラハラに、街は明るく賑やかだ。恋人たちは、人目も気にせずイチャついている。冷たい風は寂しさに耐えられず、カラカラに乾いた木の葉を連れて行く。少し寒い。お気に入りのカーディガンも、履きくたびれたブーツも、防寒にはなりもしなかった。オレンジ色をしたカボチャが、僕を見て笑う。

 不思議と悲しさは感じなかった。ただ胸の奥に残ったままの想いは、心の片隅で震えている。すぐ傍で、子どもたちが元気に呪文を唱える。その呪文で、この気持ちもどうにかしてくれないかい?・・・なんて。


 にぶい青色の空を見上げた。もう、空気は白く光りそうなほど冷たい。ショーウィンドウにたたずむ魔女が、こちらに手を振っている。その前を通り過ぎながら、恋人たちが笑う。風に運ばれ舞う木の葉が、足に纏わりついてくる。オレンジのカボチャは、変わらず笑顔で、少し気味が悪い。甘い夢が欲しかった。残念なことに君は、僕にイタズラだけを残していった。

 街の賑やかさに溶け込もうと、目を閉じる。まぶたの裏に、眩しさは感じない。鼻の奥がツンとした。お気に入りのカーディガンがしわになるほど握り締める。相変わらず街は賑やかだ。誰かが僕を、呼んでいるような気がした。


 

 



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