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ガタロ   作者: kota
7/7

「バットと野球」

「バットと野球」

 


厚い雲は、瞬く間に青空を多い隠し、北風吹きすさむ、粉雪の舞い散り始めた初冬。

とある街の河海沿いを、雪や吐く息と同じ、白い長髪の男が自身の着る黒いコートのポケットに手を突っ込みながら歩いていました。

 男は海岸沿いの薄ら積もった雪の砂浜を歩いていると、どこからともなく、

「あんたは——」

 男の心の中に、小さな声が聞こえて来たかと思うと、ふと、辺りを見渡しますが、人の姿は見当たらないものの、

「どこかで聞いたことあるような」

 そう言いさらに辺りの砂浜を見渡すと、二十メートルほど離れた所に、半分ほど雪に埋もれた黒い金属バットの姿が見えると、男はそのバットに近づこうとした、

その時です。

「久しぶりだな、ガタロ」

バットの方から男の心の中へ、話しかけてきたのです。


「なっ、なんでお前がこんなところに」

ガタロは数か月ぶり、バットとの突然の再開に唖然とした表情でいると、バットも同様に、驚いた口調で、

「ああ、俺自身でもなんでここにいるのか不思議なくらいだぜ」

と言い、それからガタロと分かれた後、自分の身に起きたことを話し始めました。

「実はあんたと分かれた後、雨が三日三晩降り続いたのは知っているよな」

「ああ、そういえばあの時はすごい雨だったな」

「そうだ。あの後、あまりの大雨であそこの河川敷は氾濫を起こしてな。俺は流されに流され、気づけば今日、この海岸にたどり着いたってわけよ」

「そうだったのか……」

 偶然すぎるほどの再開に驚きつつも、ガタロはバットに対して「ある変化」、を感じたのでしょうか。そのことについて聞いてみます。

「まぁ、それにしても今のお前は随分とおとなしくなったな。俺の後に様を付けなくなったし」

「そうか、あんたには俺がそう見えるのか」

「その様子じゃあ、今はもう元の持ち主に対して復讐とか考えてはいないのだろう」

「そうだな。おかげで生きる意味も失ってしまったがな」

 バットは荒れる波の音とは真逆の穏やかなそれでいて、どこか寂しそうな声で言うと、それを聞いたガタロはなぜか怪訝な表情となり、ある問いを投げかけます。

「お前が本当の望んでいることってなんだ」

「えっ?」

「お前が真に望むことだよ。本当に生きる意味を失った物なら、その物にはすでに意思なんて思考は存在しないはずだ。お前がこんな惨めな姿になってもなお、バットとしての意思があるということは、お前はまだ何かを望んでいるに違いない、そうだろ」

 ガタロの問いにバットは、

「そんなことはない。俺は」

 すぐには答えが言えません。

「俺は、俺はっ、俺様はっ——」

「もう、無理しなくいいよ」

ガタロはバットを諭します。

だが、バットは必死になって過去の憎しみ心の隅に追いやり、

「俺様はっ、俺はもう一度、もう一度だけ——」

金属の体に隠しに隠していた、


すべての思いを、願いを、希望を!!


「野球がしたい!! あの白い球を、無邪気な野球小僧(バカ)と一緒に、空高く飛ばしたい、打ち鳴らしたいっ!!」


ガタロの心の中と海に向かって、大声で叫んだのでした。


「やーーーーーーっと本音が出たな」 

ガタロもバットと同じくらい大きな声でそう言うと、やれやれと言った表情でバットを掴みます。

すると突然、ガタロはバットを持ったまま、海岸から東にある市街地のある方へ走り出しました。

「おいガタロ、この俺様をどこへ連れていくんだよ」

 バットは質問すると、

「お前の望む場所だよ」

 ガタロはにやりと笑い、走る速度を上げます。

 

そして走ること約二十分。

ガタロがさきほど歩いていた砂浜から東へ走ったその先には、一軒のボロアパートがありました。  

 そこでガタロは、バット片手にコートから取り出した鍵でドアを開けアパートの一室に入ると、そこには七畳ほどの小さな畳式の部屋があり、部屋の真ん中には大きな段ボールが一つだけ置いてありました。

 それからガタロは、部屋に入るやまず先に、部屋の隣にある風呂場へバットを持っていくと、お湯のシャワーをかけてバットの汚れをすべて落とし、大きめのタオルで綺麗に拭いてあげます。

「何年かぶりだろ? 汚れを落としてもらうのは」

「ああ、すごく気持ちいいぜ——、ってどうしてなんだよ。前会ったときは拭いてやるそぶりすら見せなかったのに」

「汚れたままじゃ、だめだからな」

「だめってなんだよ。だめって」

バットの汚れを落とし部屋に戻ると、今度はおもむろに段ボールを空け、その中には少し汚れの付いた野球ボールや革が剥けて古ぼけたグローブ、それに傷だらけのバットが幾つも入っていました。

「これは一体」

「ある場所に寄付するために、海岸や街中で清掃の仕事していた時に集めた野球の道具だ。みんなお前と同じ同志(ゴミ)さ」

「なっ……なっ……」

 バットは現状が掴めないまま、慌てふためいた声を上げていると、そんなバットなどお構いなしに段ボールの中へ入れ、ガムテープで段ボールに封をしました。

「なっ、何すんだガタロ。一体何を」

「お前、運がいいな。今からちょうど一時間後にこの荷物を郵送予定で、最後の海岸で道具拾いをしていたところだったから」

「まさかガタロお前——」

 それから一時間後、ガタロの部屋に緑の服を着た男が入ってくるや、その段ボールを持って外に駐車してあったトラックに入れ、走り去っていきました。

 そしてガタロは、走り去っていくトラックに向かって、最後に一言。


「あばよ、バット。今度こそ本当の(グッド)エンディングだ」



それから数日後。


乾いた肌寒い風と共に、木枯らし舞い散る、とある山の麓。

何軒かの家や建物が軒を連ねる中、一軒の大きな施設を前に、緑の服を着た配達業者のお兄さんが段ボールを抱えていると、施設の前で落ち葉集めをしている、黒く長い髪の毛に白いコートを着た女性、を見つけるや女性の元へ向かい声をかけます。

「すいません。ここはシマヒロ園であっていますでしょうか」

「そうですが」

「ガタロさんからお荷物が届いております。サインもらえますか」

「あ、はい。いますぐ」

 女性は、コートの内側からペンを取り出しサインすると、配達業者のお兄さんから荷物を受け取りました。

それから女性は、段ボールを重そうに担ぎながら施設の中に持っていくと、施設にいた子供たちが寄って来ては興味津々な目で、

「セイエおねえちゃん、そのダンボールのなかみなーに?」

「だれからー、だれからおくられてきたのー?」

 と、尋ねて来ます。

「これはね、ガタロお兄さんからの贈り物なんだよ」

「ガタロ兄ちゃんの? うわ~~、はやくみせて、はやくー」

「わたしもわたしもー」

「セイエ」、と呼ばれた女性は、子供達に急かされ段ボールを床に置き中を開けると、そこには一本の黒いバットが見え、さらにその下には無数の野球道具が入っておりました。


「うわーー、野球のバットだ。すげぇーー」

「ボールもグローブもいっぱいあるぅーー。セイエおねえちゃん、みんなでやきゅうやろーーー」

「やっきゅう、やっきゅう!!」

 子供達はセイエに野球コールを送ったかと思うと、勝手にバットやグローブ、ボールを持って施設の外へ出て行きました。そして子供達はそれぞれ自由にバットを振り回しては、ボールをあちこちに投げて遊び始めます

 そんな中、子供のたちの中で最初に道具に手を付けた一番背の高い男の子が力一杯黒いバットを振り回していると、

「シャオ君、バットはそうやって上から下に振り下ろす物ではありません。こうやるのですよ」

 セイエはシャオと呼んだ男の子からバットを取り上げるや、お手本としてバットを横に何度か振ります。それから、自分の持ったバットを男の子に返すと、その子は女性のお手本を真似してバットを横に何度も振りました。

「セイエ姉ちゃん、これでいいの?」

「ええ、その通りです」

 シャオにバットの振り方を教えると、次にセイエは子供たちが投げたボールを拾い集めます。そして何個かボールを拾った後、周りにいた子供達を集め、一人バットを振るシャオの前へ、

「今からお姉ちゃんはシャオにボール投げるから。シャオはそのバットで当てられるかな?」

「へっ、簡単だよ。こんなの」

 セイエは手に持ったボールをシャオの前に投げました。

シャオはそのボールめがけ思いっきりバットを振りましたが、バットはボールとは全く離れた場所を振りぬきます。

「あれっ? なんで当たらないの?」

「シャオ、もっと力を抜いて。バットの先をボールに合わせて振るのよ」

「よーしっ、分かった」

セイエはもう一度ボールを投げると、シャオはまたしても空振りしてしまいました。

その姿を見た他の子供達は大笑いでシャオを見ていると、

「シャオ、さっきよりボールとバットの間隔が近くなりましたね。気にせずもう一度」

「俺を笑ったやつ、今に見てろよ~~」

シャオは真剣な眼差しバットの先を見据え、セイエが三度目のボールを投げると、シャオはボールをまっすぐに見つめながら、


そして——、

シャオが打ったボールは「カキーン」、と園内外に大きな快音を響かせながら、セイエと子供達の頭上を越え、さらに二十メートルほど先にあるフェンスまでも越えて、その先にある道路の方まで飛んでいったのでした。


「…………やった、やった、やった、やったぁーー、ホームランだーーーー」

「おめでとうシャオ。ナイスバッティング」

「へへへっどうだ、みんな」

 シャオは自慢げに鼻に指をあてこすると、子供達からは一斉に歓声が沸きあがりました。

その歓声を聞いたシャオは、バットを空に掲げ嬉しそうに飛び跳ねます。

そして彼の周りには、たくさんの子供たちが集まり、

「つぎはぼくがホームランうつんだーー」

「いいや、わたしだよーー、わたしがうつのーーーー」

バットは子供達に囲まれながら雲一つない太陽の光に照らされて、みんなの憧れとなったのです。

そしてセイエは光輝くバットを見つめながら、こうつぶやいたのでした。



「俺様にもう一度、生きる光を与えてくれてありがとう。だってさ、ガタロ」



「バットと野球」 終






あなたの一番大切にしている物はなんですか

 あるとしたら、その物はきっとあなた自身


 あなたには大切な人はおりますか

 その人もきっと、あなたと同じ心の持ち主でしょう


 失くさないで、大切な人や物を愛するあなたに

 縛られないで、大切な人や物にしがみつくあなたに






「ガタロ」1部完 2部へ続く

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