「ギターと破壊」
「ギターと破壊」
太陽は昨晩のから降り続く小降りの雨と厚い雲によりその光を遮られ、辺り一面は朝霧につつまれた、とある山中にたたずむ野外ライブのコンサート場。
昨日のライブではあれだけの観衆と爆音に包まれたにも関わらず、今は小さな雨音だけが、「ぽつん、ぽつん」、と辺りに鳴り響く静かなステージの上を、白く長い髪を輪ゴムで一本に束ねて「エフロックフェスティバル」、と大文字で書かれた、黒いティーシャツを着た男が、ステージ上に置いてある清掃道具の入ったカートからほうきと塵取りを取りだすと、ステージ上で各バンドが投げ捨てた、もしくは観客が投げ入れたであろうゴミ屑を手際よく掃き取り、ちりとりの中へ入れ、それらのゴミはカートの横に置いたゴミ袋の中へと捨てて行きました。
それからステージの上に落ちたゴミを掃き終えると、ほうきやちりとり、ゴミ袋と言った清掃道具をすべてカートの中へしまい入れ、五〇メートルほど離れた隣のライブステージへと移動し、先のステージと同じようにして掃除をしていきます。
そうして、山中に点在する大小様々なステージを掃除して行く矢先、野外ステージの中でも一際大きく、立派な骨組で組まれ、ライトが天上へ無数に積まれたステージに着いた時のことです。
男は他と同様に、ステージ上に上げた清掃道具の入ったカートからほうきとちりとりを取り出して、清掃を始めようとステージ中央へ歩み寄ろうとした彼の前に飛び込んで来たのは、ステージの上で真っ二つの状態に折れ、弦やボディの破片が無残にも辺り一面に飛び散る、黒い「ギター」、の姿でした。
あまりにも派手なギターの壊れ方に、思わず視線を釘付けにされてしまう男。
上から目線で哀れな表情をしながらギターを見つめていると、男の心の中に突然、
「よお、早く俺を処分してくれないか」
壊れたギターからは、ベテランロック歌手を彷彿とさせる、渋くて低い男性の声が聞こえてきたのでした。
すると、心の中でその声を聞いた男は、
「言われなくとも今処分する」
同じく心を通し、壊れたギターに向かって答えると、
「白髪。お前さん、よく俺の声が聞こえるな」
ギターは心底、驚いた口調で男の心の中へ反応します。
だが男は目をとがらせてギターをにらみつけると、怒り口調で心の中からこう言い放ったのでした。
「俺の名前はガタロだ。白髪なんて年寄くさい名で俺を呼ぶんじゃねえっ」
「すまなかった。ガタロだな、覚えたぜその名前」
白髪と名乗られたことで気を悪くしたのか、ぶっきらぼうに自らの名を叫んだ「ガタロ」、ですが、ギターはガタロの怒りに対して何か言うこともなければむしろ、さきほどと同じように驚いた口調のままでガタロの心の中へ話しかけます。
「しっかし俺の声が聞こえるなんて。俺の声が聞こえるのは俺を作った製造者と、俺を壊した持ち主だけだったのに」
「まぁ、普通はそうだけどな」
「だったら俺の声が聞こえるのならば最初に言った通り、早く俺を処分してくれないか。俺はこんな状態でこの場にいるくらいなら早く死にたい。いいや、死ぬことこそおれの生きがいだからさ」
死が生きがいである、と告げたギターにガタロは、
「もちろんだ。俺は清掃員としてここを掃除している訳だから、言われなくても今からお前をゴミとして処分するからな」
「早めに頼むぜ」
特に有無を言うことなく、ギターを処分することとなったのでした。
ガタロ両手に持ったほうきとちりとりを床に置くと空いた手でギターを拾いあげ、ステージ脇に置いた清掃カート、その中にある、「燃えないゴミ」と書かれたゴミ袋へ捨てるため、持って行こうとしますが、
「ちょっと待ってくれガタロ」
「なんだよ急に?」
ギターに言われ思わず、足を止めたガタロに、
「ガタロ。アンタに最初で最後、一つだけお願いがあるのだが」
「お願いって一体」
「割れた俺のネックとボディ、それらを両手に持ってそこのステージの上に立ってくれないか。一分だけでいいから」
「しょうがねえな」
ギターの願い、それはもう一度ステージの上で立つことでした。
その願いを渋りながらも受け入れたガタロは左手にネックと呼ばれる、ギターの弦が貼られた細長いギターのパーツを、そして右手にはネックジョイントが割れたことにより飛び散ったギターのボディを手に取ると、ただ手に持った状態ステージの上にただ黙って立ったのです。
その状態に対してギターも何か言うことなく、同じよう黙ったままでいると、ギターを持つガタロは、
「一、二、三……」
ギターの言う一分までの時間をきちんと守るため、時間を数え始めたのでした。
そしてガタロの口から流れ出る時間は、刻一刻と進み、
ついに——、
「五十八、五十九、六十っ」
ガタロの口数字は六十秒経過。
手に持ったギターをそのまま、ゴミ袋のある清掃カートへと持っていこうとするのでしたが、後は捨てられるだけを待つギターは、ふとガタロの心に向かいボソッとこうつぶやいたのです。
「俺はギタリストに破壊されるため、この世に生まれてきたというのに、なんでだろうか。なんで俺はまだ生きていたいという気持ちが、この壊れたギター(からだ)に残っているのだろうか」
ギターの声はどこか切なくて儚い、まるで死を目の前に迎えた病人のようなか弱い声。
そんなギターのつぶやきに、ガタロはある疑問が浮かんだのか、
「そういえば、お前さっき破壊されるためって言ったけど。そもそもなんでお前は破壊されるために生まれてきたんだ。ギターは演奏されるために生まれくる楽器ではないのか」
思った疑問を素直にギターへ質問すると、ギターの答えはこうでした
「確かにガタロ、アンタの言う通りだ。本来なら俺は人間によって演奏されるために生まれた存在なのだが。その俺ら(おれら)を演奏する人間、すなわちギタリストの中には、演奏の最後楽器を壊す、俺ら(ギター)を破壊する目的でステージに上がる奴らがいるんだよ。それは、このロックフェスで働いている清掃員として働いているガタロ、お前さんなら知っているだろう」
「残念ながらお前のそのセリフで初めて気づいた」
ギターを破壊するミュージシャンの存在を知ったガタロに、
「そうかそうか。まあ世の中にそういう奴もいる訳で。俺はそんな奴らにとって破壊される専用のギター。他のギターに比べ俺に体重は軽くて中もスカスカ。床にたたきつければおもしろいようにポッキリ逝ってしまうってわけなのだよ」
自分という存在はミュージシャンにとって破壊専用。そしてそのためにこうして破壊されたのが今の自分だという真実をギターは告げると、続けざまにこうも言いました。
「今はまだギターとしての形状が保たれているから、こうしてお前さんと会話できるのかもしれんが。まぁそうは言っても、俺がこの後ゴミ箱に入って、それから火かなんかで燃やされでもして灰になる。もしくは分界されてギターとして認識できないほどに形を完全に失えば、俺は本当の意味で死んで二度とお前さんや、俺を作った職人さん、それに元の持ち主とは一切話が出来なくってしまう。とても怖いことではあるが」
「お前はさっきまで、早く死にたい、と言っていたくせに。それだと矛盾していないか。そんなんじゃ、さっきお前自身が言った自分の生き様に反しているだろ」
「ああ、そうかもしれん。俺は破壊されることが生き様であり、持ち主も俺を破壊するためだけに買ってくれた訳だから。そういう意味で、破壊されそれによって処分され死ぬことは俺の宿命でもあるのだがな」
ギターは一瞬だけ、言葉を濁らせ沈黙をした後、
「だけど、物はその寿命を迎えようとすれば、捨てられゴミとして焼かれるなり埋め立てられるなりして朽ちては地に帰るだけ。もしくはリサイクルされて別の物として生き返るわけで、本当の意味で完全に死ぬわけではないのだがさ。ギターという俺自身の存在は本当にこの世から消えてしまうと思うと、やっぱり少し怖くなってしまって。ほんと恥ずかしいよな。それこそ生にしがみつくあまり、アンタにもう一度ステージに上げさせてほしいなんて言って。壊されるために作った俺の製作者や元持ち主にも恥ずかしい限りだ……」
震えるような声で「死ぬのが怖い」、そうガタロの心に自分の本当の思いを打ち明けるも、
「だけど、だけどよ。物だって人だっていずれは死ぬ、必ず死ぬ、どんな物形だって死を迎える。それは自然、本当に自然だ。それは全く持って当たり前のこと。だから俺はどんなに怖くても、自分が自分の役目であるギタリストの手によって壊されたこと、そしてそれによって迎える死を堂々と向かいれたい。 “ロック ”と共に」
自分の宿命を受け入れ、すべての思いをガタロの心の中へと言い切ったギターに、
「お前も人から作られた以上、やっぱ人と同じこと言うんだな。ただ最近の人間はお前とは違って、死を自然だなんて思う奴は少数だが。それでもその気持ち、とても—— “ロック ”だったぜ」
左手にもったギターのネック、それに貼られた弦を強く握りしめながら、ガタロはギターを見つめながら顔を上げると、
その時でした。
会場を覆っていた厚い雲は一部分だけ空から姿を消したかと思うと、二人の頭上からは目を覆いそうになるほどの太陽が降り注ぎ、その光はギターのボディを眩い光で包んだのです。
「どうやら天国からのいざないが来たようだな、ギター」
「いや違う」
「じゃあだとしたら」
「スポットライト——、これは俺のためだけに天が用意してくれた、最後の人生を照らすスポットライトだ」
太陽の(トラ)光は、ギターとそれを持つガタロだけを照らすかのように雲の隙間から照り付けると、今度は突風がステージの周りへ強く吹き付けたのでした。
光の当たらない周りに生えた木々の葉はその風に激しく揺られ「ざわざわ」、とまるでその場に観客がいるかのような葉音がステージにこだましていきます。
「この感じ。まるでギター(お前)の引退を惜しむようだな」
「そうだなガタロ。こんなに観客のオーディオがあるというのにな。だけど俺は——」
天からの太陽の(トラ)光と木の葉の歓声。まるで二人を祝福しているかのようなステージ最前方から、ガタロはギターを持って抜け出すと、ステージ端に置かれたゴミ袋の前へゆっくりと歩いて行きます。
そしてゴミ袋の前にたどり着くと、
「じゃあ、これでおさらばだぜ、ギター」
「ああ。人生の最後の最後にもう一度だけ、眩しすぎるほどのスポットライトを浴びることができてよかったよ。サンキュー、ガタロ」
ギターはガタロに感謝の言葉を述べた後、
「だけど、本当は俺を壊した奴に捨てられたかったけどな」
「最後が清掃屋の俺で悪かったな」
ガタロは皮肉めきながら、軽く弦を掴んだ指で弾くと、
「ははっそうだな。全くだ」
ギターはその音こそわずかではあったものの、ガタロの心の中にいつまでも鳴りやまない、ギターの音色を響かせたのでした。
「今からお前をこのゴミ袋の中に捨ててゴミに出すが、最後に言い残すことは」
ガタロはもう一度だけ弦を弾くと、遺言ともいえる、ギターの残した最後の言葉は——、
「これから俺は “破壊 ”という名の偉大なる死を、自分自身の身を持ってして証明へと行ってくる。じゃあな、ガタロ」
「あばよギター」
こうして最後の言葉を聞いた後、ガタロはギターを廃品回収と書かれたゴミ袋へ静かに放り込むと、それからというもの、ガタロの心の中にはそれまで聞こえていたギターの声が一切聞こえなくなりました。
そしてギターの入ったゴミ袋は野外音楽フェスティバルが終わった数日後、業者によって運ばれ、その運ばれた先でギターは中身すべてを分解されると、使えない部分は燃えるゴミや埋め立てゴミとして処分され、弦や内部の金属は鉄くずとしてリサイクルへと出されていきました。
あの夏から、ちょうど一年後。
薄暗く静かな世界を太陽の光が照らし出すと、銀色の鉄骨がその光を反射して、一際強烈な光の世界を映し出す、とある山中の野外音楽ステージ。
そのステージ前に「エフロックフェスティバル」、と書かれた黒いティーシャツを着た、白く長い髪を輪ゴムで束ねた男が、清掃道具のカートを押してステージに上ると、カートの中から ほうきとちりとりを取りだします。
それら掃除道具を使い掃除を開始するため、男はステージ中央へ移動すると、そこには、ネックとボディが真っ二つに割れ、壊れた状態の黒いギターが落ちてありました。
ギターを見つけた男はまじまじとギターを見つめていると、
男の心の中へと聞こえてきたのは——
「久しぶりだな、ガタロ。再会早々で悪いが、早く俺を処分してくれないか?」
「ギターと破壊」 終