「ペンダントと夫婦」1
あなたにとって大切な物はどこにありますか
「ペンダントと夫婦」
天から降り注いだ真っ白な雪が、人の背丈ほどまでに降り積もった真冬。
厚い雲に太陽の光は遮られ、朝にも関わらずどんよりとまるで夜のような風景を醸し出した、とある街にある病院の入院室前廊下にて。
五十メートル以上はありましょうか。入院室が並ぶ長廊下を、白く長い髪の毛をポニーテールのように後頭部へと束ねる、全身黒ずくめの清掃服を着た男が、掃除機を巧みに操りながら廊下の端から端までを清掃して行きます。
それからわずか二、三十分ほどで廊下に落ちるすべてのゴミを吸い終えると、今度は廊下の右端にある入院室から順に、
「おはようございます。今からここの入院室清掃を開始しますので、ご協力お願いします」
そう言い、掃除機やほうきにちりとり雑巾などが入った清掃道具入れのカートを押して入りますと、男はまたも、
「おはようございます」
入院する患者たちに声をかけながら、彼らの足元を器用にかわして行き、清掃機の電源をコンセントにつないで掃除機をかけていきます。
手早く掃除機で入院室の床に散らばる大小様々なゴミを吸い終えると、今度はベッドの奥など掃除機が入りきらない所は細長いほうきやちりとりで掃き取り、テレビや窓際などの汚れはハンディモップや綺麗な雑巾などで軽く拭きとり、一部屋をものの数分足らずで次々と清掃していきました。
そして男は、今いる入院室の清掃を終えると、
「迷惑をおかけして申し訳ありません。只今清掃終わりました」
そう言いながら一礼。清掃道具の入ったカートを押してすぐさま部屋を出ては、清掃を終えた入院室から右隣の入院室へと順に清掃して行くのでした。
そのような感じで男は、順に各入院室を右から一つずつ掃除して行き、廊下に並ぶ入院室の右半分を終えると、今度は左半分の入院室掃除へと移ります。
先ほどの右半分までは大人数が収容できる入院室でしたが、左半分からは個人の入院室であり、そこでも男は大部屋の入院室と同様に、
「おはようございます」
大きな声で患者たちにあいさつしながら入室しますと、すぐさま清掃を開始したのでした。
清掃の仕方も大部屋と同じく、カートに入った各種掃除道具を駆使しては、部屋の隅から隅まで、素早く丁寧に埃や垢を取り除き、わずか数分足らずで一部屋の清掃を終えて行きます。
そして一部屋終えたら一礼。それから隣の部屋と、やはり大部屋の時と同じよう順に清掃して行くとついに、廊下に並ぶ入院室で一番左端にある最後の部屋までたどり着いたのでした。
いざ部屋に入ろうとすると、男は今日清掃してきた中、一番の大きな声で、
「おはようございます、今から清掃始めますので、ご協力お願いします」
すべての入院室に入室する際、最初に言うお決まりのセリフで入ると、すぐさま部屋の清掃に取り掛かります。
清掃カートを部屋のドア近辺に置き、掃除機やほうきを取りだしては手際よく清掃を始めたかと思えば、なんとわずか五分足らずで部屋の清掃を終えたのでした。
綺麗になった最後の入院室を前に、白髪男は今日大一番の仕事を終えたかのでしょうか。すがすがしい顔をしながら部屋を後にしようとした、
その時です。
部屋のドアから入って右奥にある、ダブルサイズの各種医療器具が取り付けられたベッドには、下半身をベッドの中に入れたまま、上半身だけは起き上がり左手には点滴を打つ。年は五十過ぎくらいでしょうか。肩ほどまでに伸びるパーマに白髪が少し混じった中年の女性おりました。
そして彼女は、男の方に向かって右手を上下に振ると、
「すいません、そこの清掃員のお兄さん。ちょっと聞きたいことがあります」
カートを押して部屋を後にしようとした、男を呼び止めたのです。
女性の身振りと声に反応して立ち止まった男は、ドアから半分顔を出したカートを部屋の中に戻して、
「どうしたのですか」
一言かけると、女性は首もとから胸元に手を当てながらこう答えます。
「貴方、ここの部屋に青い色をしたペンダントを見かけませんでしたか」
女性の問いに、男は首を傾げながら、
「いいえ。この部屋でペンダントは見かけませんでしたが」
そう、答えますと、
「それじゃあどこに私のペンダントは行ったのでしょうかね」
女性は頭に手を当てて、空の天気と同じ、雲がかかったかのような表情をしながら、ベッドの上で頭をキョロキョロ縦横に振り、
「どこへ行ったかしら、一体どこへ行ったのかしら、私の大事なペンダント」
何度もつぶやいては辺りを見渡し、男の方も、
「俺も探すのを手伝います」
部屋の床やその下を見渡しながら、二人でペンダントの捜索を開始したのです。
「すいませんねえ、探すのを手伝わせてしまって。貴方、名前はなんて言うのですか」
「ガタロですが」
「ガタロさんですか、分かりました。ところで、床の下には落ちてありましたか?」
「特にそれらしき物は見当たりませんね。この部屋を最初に清掃した時にも、見当たりませんでした」
「そうですか」
清掃員「ガタロ」と女性はそれから十分ほどかけて、床やその周りをじっくりと目を凝らしながら探しますが、一向に見つかる気配はなく、
「失くす以前に、この部屋以外のどこかへペンダントをもって外に出た。そういうことはありませんでしたか」
ガタロは女性に質問をするも、
「いいえ。私はもうかれこれ三か月以上、ペンダントをかけた状態でこの部屋からは出ておりません」
女性も久しく外出していないと答え、どこでペンダントを失くしたのか、思い当たる節が全くありません。
「ならやはり室内にあるのだろうか——」
ガタロはもう一度、床の下にまじまじと目をやるも、
「どうやら床には、落ちてはいないようですね」
何度見渡したところで、床の下にはペンダントの「ペ」の字すら落ちていませんでした。
「貴女が座っているベッド付近には落ちてありませんか」
女性も、ベッドの上から出した上半身を必死に動かして、女性は懸命に探しましたが、
「ない、ベッドの中にも服の中にも、どこにもないわ。どうしてなの……、どうしていつも肌身離さず持っていたのに……どうして、どうして」
結局見つかることはなく、女性は自分の頭を手で掻いてはうつむくと、ベッドの上に大粒の涙をこぼし泣き崩れてしまったのです。
ガタロは、そんな泣き崩れる女性を背に、
「見つかるまで探したい——。といいたいところですが、これからまたこの病院にある別の部屋を掃除しないといけないので」
他の仕事に移るため、部屋の扉を開けて清掃道具の入ったカートを押して外に出ようとしますと、
「貴方、明日もこの部屋を掃除に来るなら、もう一度しっかり探してください」
女性のお願いにガタロは、
「分かりました。では後日、失礼します」
一礼して、入院室を後にしました。
翌日のことです。
ガタロは前日と同じように掃除機を巧みに操りながら、今いる病院の入院室前廊下の端から端までに散らばった、すべてのごみを吸い取ると、その掃除機を清掃道具の入ったカートの中にしまいます。
廊下掃除を終えたガタロは掃除機や清掃道具一式の入ったカートを押して、次に廊下右端の複数人が入院されている、大部屋の入院室扉を開けると、
「おはようございます」
大きな声で一礼。そして扉の中へカートを入りますと、掃除機や雑巾、ハンディモップにほうき等を取りだしては、入院室にいる患者一人一人に対しても、
「おはようございます」
入室する時と同じ、大きな声であいさつ。それから彼等の足元をうまく避けるようにして、入院室の隅から隅まで掃除していきました。
そして、一通り入院室の掃除を終えると、
「迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。只今清掃終わりました」
一礼してカートを押し、掃除した入院室を後にして、左隣の入院室へと移動していきます。
それを繰り返しながら、ガタロは一部屋を数分足らずで次々と掃除して行くと、廊下に並ぶ入院室の左側半分に並ぶ個人部屋である入院室も、同じようにして掃除して行くと、ついは最後の一番左側にある入院室まで来たのです。
そこでは、他の部屋よりも一段と大きな声で、
「おはようございます、今から清掃始めますので、ご協力お願いします」
そう、挨拶をして、部屋に入るガタロ。
すると、入院室の目の前には、
「まぁ、今日もよく来てくださいましたわね。ガタロさん」
昨日出会った時と同じ、ベッドの中に下半身を入れたまま、上半身はベッドの上へと起こした状態である女性が、うつむいた暗い表情でガタロを迎え入れたのです。
「その様子、もしかしてまだ見つからないのですか」
「ええ。あれから私、ベッドの上から何度も辺りを見回しましたが全く見つからなくて。この部屋に来た看護婦さんにも探してもらったのですが、やはりペンダントはどこにも落ちていないようでした」
「分かりました。今日の清掃中ではそのペンダントが落ちていないか、念入りに調べながら清掃します」
ガタロは他の入院室で掃除をする場合、いつも掃除機から最初にかけるのですが、まず先に女性のペンダントを探すためでしょう。
清掃道具の入ったカートからほうきを取りだすと、女性が座るベッドの下へガタロはしゃがみながら覗き込み、手に持ったほうきでベッドの下を掃き始ましたが、
「ぐわっ、ぺっぺっ。くそっ、目に埃がっ」
ベッド下からほうきを通して舞い上がった埃がおもいっきり目に入り、しゃがんだまま咳き込み、涙を流すガタロ。
「大丈夫ですか、ガタロさん」
「心配ないです、この仕事をしていればよくあること。もう慣れっこなので」
女性に心配かけないようにそうは言ったものでしょう。いつもはベッド下に対しては軽くしか掃除機をかけないためか、実際はかなり汚れていたベッド下の埃に苦戦しながらも、ほうきから来る手の感触でペンダントを感じ取ろうとするガタロ。
それからベッド下での格闘によって、気が付けば普通なら入院室一部屋を掃除し終えてもいいほどの時間が経過しましたが、
「どうやらベッド下にはペンダントは落ちていませんでした」
「そうですか……」
ベッドの下にはペンダントは落ちていないと、ガタロの話で女性は分かると、それからもガタロに対してはペンダントを探しとほしいとお願いをし、ベッド下以外にも入院室の掃除と並行しながら探したものの、
「すいません。念入りに探したつもりでしたが、やはり見つかりませんでした」
「それなら仕方ないですわ。清掃員が探してもないのなら、今日のところは諦めるしかないですね」
ガタロは一礼して清掃道具の入ったカートを押しながら部屋を後にすると、女性は悲しげな表情でガタロの背中を見つめていました。
さらに翌日のことです。
ガタロは昨日一昨日と同じ手順で、入院室前の廊下を掃除機での清掃から始まり、それらを終えると今度は大部屋の入院室を清掃。そして個人部屋、と右から順に各入院室を清掃して行きます。
清掃開始から数時間かけて、最後に残った左端の個人入院室に清掃カートを押して入ると、ガタロの前には三度、ベッドのから上半身を出したまま挨拶を返す女性の姿がありました。
その姿をみるや、各入院室へ入る時と同様いつものごとく、
「おはようございます」
大きな声で、朝のあいさつをしましたが、
「…………」
昨日一昨日と違い、ガタロに対して愛想よく返事を返すことはなく、目を吊り上げた怒ったようにも見える表情でガタロを睨むと、
「今日こそ見つけてちょうだい。私の大事なペンダントを」
ボソッと、ガタロの耳に届くか届かないかくらいの大きさの声でつぶやくと、ベッドの中へと潜りこんでしまったのでした。
ですがガタロは、昨日一昨日と違う女性の態度とつぶやきに対して、聞こえたかどうかはともかく、何も反応することなく掃除機等の清掃機具を取りだすと、無言で掃除を始めます。
他の入院室同様、床下は掃除機とほうきで、部屋に置かれた棚周りなどハンディモップや雑巾などで清掃しますが、ガタロが清掃している間中、女性はずっとベッドの中もぐりこんではブツブツとさきほどのつぶやき同様に、ベッドの外にいるガタロの耳に聞こえるか聞こえないかくらいの声で何かをつぶやいております。
それでもガタロは、一向に女性のつぶやきに耳を貸すこともなく一通り部屋の清掃を終え、清掃道具をカートにしまい入院室から出ようとした、
その時でした。
ドアを開けようとしたガタロは突然、背後から叫び声にも似た、耳をつんざく大きな人の声がして思わず振り向くと、目に飛び込んできたのは——、
「なんで、なんで、なんでなのよ……、なんで私の元にペンダントが戻ってこないのよっ。ガタロさん、なぜ貴方は私のペンダントを見つけることができないのですか。どうしてっ、どうしてなのですかっ」
女性はベッドのシーツを両手でギュッと握りしめながら、口と目をとがらせガタロをにらみつける。ガタロがペンダントを見つけることが出来なかったことに対して、言葉と表情で怒りをあらわにしたのです。
しかし、それでもガタロは、自分に対して怒りに満ちた女性に何か言うこともなければ、そのまま前を向くと、振り向くこともせずに入院室から立ち去ろうとしますが、
「待ちなさい。私のペンダントは貴方が最初にここへ来た時に盗んだのですね」
女性は続けて、
「貴方です。絶対に犯人は貴方です。間違いありません」
犯人をガタロと決めつけたかのようなセリフをぶつけると、その言葉にガタロはドアの前から一歩下がり振り向くと、
「なんで清掃員であるこの俺が、見ず知らずのアンタのペンダントを盗まなきゃいけねえんだよ」
女性の言いがかりに対して逆ギレを起こしたガタロの叫び声が、病院内にこだましたのでした。
「じゃあなぜ貴方は二日三日かけて部屋中を清掃しても、私のペンダントを見つけることが出来ないのですか」
「知るかよそんなもの。無いものは無いんだしっ。それよか自分で失くしたなら、自分でどこに失くしたかくらい目星つけられるだろ」
「目星は貴方が盗んだ、それだけです」
女性は指を指してガタロを犯人扱いすると、
「だーかーらー、なんで俺が盗んだなんて決めつけるんだよ」
もはやガタロは、半分あきれ返った表情となっておりました。
「俺以外にこの部屋に入った奴が盗んだんじゃねえのかっ」
「この入院室にはこの数日間、貴方と食事を運ぶのと着替えを手伝い、そして私をお医者様の元へ車いすで運んでくれる看護師さん、その二人しか出入りしておりません」
「だったら、きっとそのもう一人が盗んだんだろうよ。俺じゃなくてな」
親指をドアの方へ差し、看護師を犯人だと仕立て上げようとするも、
「普通はそうかもしれませんが。誰が見たって、長髪の白髪に黒服の貴方が一番怪しいと思うしょう」
「お前なぁ、人を見た目で判断すんじゃねよっ、ババアッ」
自分の見た目で犯人だと判断されたことに、五十代女性にはきつすぎる「ババア」という言葉で反撃したガタロ。すると女性も同じように怒ってしまい、
「なんですか、その呼び方はっ。まだ会って間もない私をババア呼ばわりして。それだけ私に対して口調が悪いとなると、やはり貴方が盗んだのですね」
「なんでそうなるんだよ。俺はアンタのペンダントに何もしてねーよっ」
それから数分、数十分と経っても、ペンダントの居場所が見つかるどころか、さらに互いの口論は熱くなっていき
気がつけば——、
「盗んでいない」
「いいえ、貴方が盗んだのでしょう」
「違うっ、違うっ。俺は何もしていねえ」
「嘘つかないでください。貴方しか盗める人はおりません」
もはや二人の口論は、さながら刑事と容疑者。取調室にでもいるかのような状態に陥っており、果てしないにらみ合いはさらに白熱の一途をたどろうとしましたが——、
二人の背後から突然、「ガラッ」、と音を立てて入院室のドアが開いたかと思うと、彼等の目の前に現れたのは、一人の看護師でした。
「二人ともどうしたのですか。さっきから大声で言い争って」
看護師は二人に、外まで聞こえ大声の原因を聞くと、
「そこにいる、ガタロさんという清掃員の方が、私のペンダントを盗んだのですよ」
「はぁっ、全然違うから。このババアが勝手に勘違いしているだけで、俺は何もしていません」
「それは貴方のいいわけでしょう。素直に白状しなさい」
「うるせえっ」
目の前を飛び交う、さながら子供のような口喧嘩に看護師は、
「二人とも静かにっ。ここは個室の入院室とはいえ病院の中ですっ。だから外に聞こえるような大声は遠慮してください」
「————!?」
二人より声がかすんでしまうほどの一喝に場は静まり返ると、看護師は女性に向かって、
「ホミさんっ」
「はい」
「もう少ししたらお医者様が及びになるので、今は安静してください」
「分かりました」
名前を「ホミさん」と呼ばれた女性は、素直に看護師の言うことを聞き、
「清掃員さん」
「なんですか」
「今回の件について詳しくお話がしたいので、これから私と一緒についてきてくれませんか」
「いいけど、俺は何もしていないからな」
「分かったので、早く私についてきてください」
こうして、二人の壮絶な口論は看護師の仲裁と、ガタロが看護師と共に女性の入院室を退出することでなんとか終わりを迎えたのでした。
ガタロはホミさんの入院室を出た後、清掃道具の入ったカートを押しながら、先ほど言われた通り看護師について行きますと、それから十分ほど歩いた後、二人は病院奥にある関係者が休息や会議するためのスタッフルームへと着きました。
二人は中へ入ると、スタッフルームの中央にあるテーブルとそこへ並べられた椅子にお互い対面した状態で座ると、ガタロは真っ先に、
「それで、俺をここに連れて来て尋問でもするつもりか」
看護師に連れて来た理由を聞き、
「ホミさん。つまりあの患者さんの事なのですけどね。あの方、実は前にもペンダント失くして同じようなことを、ここで働く清掃員や看護師にいちゃもんをつけていたことがあるのですよ」
「なんだよ、やっぱりあのババアの勘違いだったのか」
ガタロにとって、それはかなりの朗報だったのでしょうか。椅子の背もたれに腰を深く降ろして、ほっと溜息を一つこぼし、
「あーあ、よかったよかった。何もしていないのに犯人扱いされたままだったら、たまったもんじゃなくなるところだったぜ」
ホミさんと口論になってからずっと曇りっぱなしであった表情が、どんどんと晴れていきます。
ですがふと、もう一度表情が険しくなったかと思うと、眉間にしわを寄せながら看護師に対してある質問をしました。
「それなら、その時はどこにペンダントが落ちていたんだ」
「確かあれは……」
看護師は当時の状況を思い出すため少しの間を置いた後、出てきた答えは、
「ちょうど一年前、今のように雪が降り積もった日。ホミさんが外の景色を見たいからと、当時この病院にいた同僚の看護師にお願いをしてね。それでその同僚はホミさんの車いすを押して外の散歩をしたのですよ。その時にホミさんが、ペンダントを自分で外し、それを着ていたコートのポケットの中にしまったのでしたけど。彼女そのまま自分のペンダントをコートのポケットに入れたこと自体忘れてしまって、今日のように大騒ぎを起こしたのですよ。それで、同僚やホミさん本人が探しに探したら、そこから無事に見つかったというわけです」
「それならまた同じように、コートの中にでもしまい忘れたんじゃねえのか。あのババア」
ガタロはそのように指摘すると、看護師はやんわりと手を横に振り、
「いいえ、それはないと思います。ホミさんはもう半年以上も外には出歩かれていなので」
コートなど服の中へしまい忘れた、外に落としたようなことが原因ではないと、ガタロは理解すると、
「まあけどさ。そうだとしてもきっと同じように、あのババアがボケて近くに落としたのは間違いないだろうな。服の片づけをしている最中、同じようにしてコートの中に入れてしまったか。部屋の中で見つかりにくい、埃まみれなんかの場所にでも落としたとか。きっとそういうことなんだろう」
「ええ、私もそう思います。まあ、そういうわけなので。またホミさんに、ペンダントはどこか、と突っかかられて怒られたりしても気にしないでください」
「ああ、分かったぜ」
ガタロは頷くと二人はスタッフルームを後にして、二人はそれぞれの職場へと戻って行ったのでした。