第九十八話 壊れた心、なくしたモノ
私はいつもどおり、誰もいない美術室で絵を描いていた。
記憶障害もあるため、帆乃やみっちゃんのことを思い出せたのも最近だ。それでも、全ては思い出せていない。──何か、失った気がする。
「凛子、そろそろ帰るよ」
「分かった」
同じ美術部の華と悠花。親友だったらしく、私のことを労ってくれている。
「最近、無性に変な絵描くよね。どうしたの? 授業サボるほどかなー」
「……思い出したいの。何か大事なもの失っているみたいで」
「そう? 悠花はどう思う? 」
「んーコンクールでいい賞取ればいいんじゃないのかな」
「悠花、現実的だなあ」
「別に趣味を咎めたってねえ。それに、記憶障害なんだから少しは気が晴れないと可哀想だし。瑞穂ちゃんみたいにおかしくなったりしたらね」
「……瑞穂が? 」
「あれ、言ってなかった? 」
瑞穂とは私の大親友。事故前はどうだったのかは分からない。それでも、彼女は私や帆乃、みっちゃんの前だとよく笑う。
悠花はゆっくりと口を開け、言った。
「よくフラフラ歩いていたり、皆と一定の距離を持ってるの」
「……そう? 私や帆乃、みっちゃんの前だと普通だけどな」
「両親亡くしてるから多分、他人との接し方が分からなくなってるんじゃないの? 」
すると目の前から、私のお世話をしてくれている結衣子さんがやってきた。病院の看護師だ。
「そろそろ帰りますか? 」
「お腹もすいたし、その話は明日ね」
事故後、ショックを受けていた私につきっきりで世話をしてくれていたのが結衣子さん。私の両親なんかより私と一緒にいた。
「何か思い出しましたか? 」
「勉強のことはさっぱり。教科書見るだけで気分が悪くて……。未だにクラスメート全員の名前と顔一致しません」
「……ゆっくりでいいのよ」
「……はい」
家に着くと、結衣子さんはハンバーグを作るとのことで私は教科書やノートを見ることにした。
──吐き気や目眩がひどい。記憶障害は治りそうにもない。
「好物の味を思い出せたらいいのだけれど。親友曰くハンバーグが好きだそうで」
「……味がわからない。わからないんです」
「味覚障害も治るといいんだけどね」
私は事故後、味覚障害と記憶障害に悩まされた。なぜ、苦しまなければならないのか。私は分からなかった。
「はい、どうぞ」
「──相変わらず無機物」
「激辛でもダメなのね。はあ。2年も経つのに」
私は普通の少女に早く戻りたかった。そういえば、と思い立ち私は親戚に聞いたらと言った。
「ダメなの。あなたの母の実家である明石家は連絡手段なし、父の実家の父母も死亡。母親の知り合いや兄弟はなし、父もなし。──ああ見えて孤独なのよ」
「……そんな、私は」
「頑張りましょう」
結衣子さんはそれだけ言うと、自分のご飯を食べ出した。謎が本当に多い人だ。




