第百四話 妄想世界
今日は凛子が珍しく休んだ。帆乃曰く、朝、インターホン越しに休むと言われたらしい。
「お見舞い行こうかな」
「私とみっちゃんは部活で遅くなるから助かるよ」
「ありがとう~」
凛子をお世話している女性が今日はいないらしく、凛子のことは誰も世話できない。だから代わりが必要なのだ。
道に迷いながらも、たどり着く。インターホンを押しても反応がない。もしかしたら絵を描いているかもしれないから、お邪魔しますとだけ言って入った。
「凛子、どこ? 」
見あたらないので、二階に上がる。可愛らしい『凛子の部屋』というプレートが扉にかかっており、凛子の部屋だと分かった。ノックして開けてみた。
「あ、……」
「──ああ、瑞穂。ごめん、絵を描いていたの」
部屋の中には造花がたくさん飾られていた。そして、気味の悪い絵も。
「ねえ、この絵は……」
「記憶を思い出したくて、無心になって描いてみたらそんなのが出来たから。飾っているわけ」
「そうなんだ……」
「……あまり驚かないんだね。まるで」
そこで凛子は頭を抱えこんだ。記憶喪失の影響かな。
「あーあ、全然思い出せない。まるで、何だろうね」
「……と、ところでそこのお花は? 」
「ああ、いい香りでしょ? 凄く癒されるの」
「……」
香りは全然ない。なのに、いい香りだと言った。
「これ、造花じゃないの? 」
「立派なお花だよ。毎日水をあげてる」
「……」
凛子は妄想世界に生きている。現実なんて、みていない。お世話している人は気付いているのだろうか。
「それよりも、クッキー食べない? 私様にキッチンを作ってくれたんだ。だからね、そこで試しに作ったの」
「ありがとう……」
「甘いでしょ? 」
「うん、甘くて美味しい」
味覚にも障害があると聞いたのだけど、こっちもまさか。
「最近やっと味を思い出せてね、食べるのが苦じゃなくなったわけ」
「そうなんだ」
回復するのを諦めているのかもしれない。だからこその妄想なのだろう。
私は気味悪くなり、夕食を作ってあげると言い残して台所に行った。
「凛子、元に戻ってほしいよ」
私は久しぶりに涙を流した。私は分かっていなかった、凛子の心の闇を。
「とりあえず夕食作らないとね」
私は意気込んだ。




