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第七十四話 『ヘルムランドの状況説明』

 −領主の館・大広間−

 あれから俺は散々アリシャの愚痴に付き合わされ、ようやく飯の時間になって愚痴から解放されたと思ったのだが、飯を食っている途中で俺達は広間に来るように言われた。

 広間には先に来ていたエリファらをはじめ、アリアなどの副将も集まっていた。

 数を見るに、オルタルネイヴに居るすべての部隊長クラスの人間が集まっているようだ。

「さて、皆様に集まってもらったのは他でもありません、ヘルムランド地方の戦況についてです」

 クレアの口ぶりからしてもしかして出陣か?

 待て待て、俺はまだ怪我も完治してないし、隊員の奴らと連携すら取れてない状況だ。そんな出来立てほやほやの部隊が戦闘に参加しても足を引っ張るだけだ。

 だからと言って、ここに待機なんてのも嫌だ。出陣した奴らは無事なのか、そんな事ばかり考えちまうよ、きっと。

「おい百面相、落ち着け。このような集まりに参加するのは初めてじゃないだろ」

 後頭部に衝撃。ちらりと後ろを窺うと、予想通りアリシャが苦笑を浮かべて立っていた。

「ってぇな。そんなにポカポカ殴んなよ。馬鹿になったらどーすんだよ!」

「コールヒューマンにその心配はないのです」

 アリシャに文句を言うとすかさずジーニアが毒を吐く。笑いに包まれる広間。なんだよこれ、もしかしてアウェー!?

「冗談はそれぐらいにして、進めてもいいですか?」

「あ、悪い」

 クレアに頭を下げると先を促す。何やら背後で口の訊き方には気をつけろ、後で一発な。なんて不穏な言葉が聞こえてきたような気もするが、きっと気のせいだと信じたい。

「ヘルムランド地方の状況の前に今の私達の状況から説明いたしましょう」

 エリファが一歩前へと踏み出し、壁に大きな地図を広げる。地図の中央にオルタルネイヴと書かれている事に加え、地図の端にはバルドス領とか、ネイド領なんてかいてあるところから、この領だけの地図だろう。地図には山の名前、川の名前などが事細かく書かれてある。

「まず、ガリンネイヴを奪還し、ベルジ、シュレイム地方奪還への足がかりを作りました」

 なんで今更こんな話をするんだろうか。総集編?

 そう思いつつ、俺は周囲を見渡すと俺と一緒に部隊長になった奴らが真剣な面持ちでエリファの説明を聞いている。

 そう言えば、俺はアリシャとかエリファ達から状況とか詳しく聞く機会があったが、全員が全員俺と同じ情報を持っていない。いきなりヘルムランド地方の事を説明されても、なんでそうなったのか。それが理解できていないと自分たちの部下に説明できなくなる。

 それに此処に居る全員が俺達と全部一緒の戦を経験してきた訳じゃない。俺達がベルジ地方で戦っている時にもしかしたらこの中にシュレイム地方に行っていた奴もいるかもしれない。

 混乱を少なくするための説明か。俺も真田隊の奴らに説明しなきゃいけない状況があるかもしれないから真面目に聞いておかなきゃな。

「その後勢いに乗った我らはシュレイム、ベルジ地方を奪還。そして再び攻め入ってきたアド帝国を撃退し、ヘルムランド奪還へと動き出しました」

 そんで俺らはヘルムランド地方戦後のアド帝国追撃戦へ向け絶賛修行中。それが今の俺達の状況。

 エリファは広間にいる一人一人の顔を見て、誰も理解していない奴が居ない事を確認すると一歩下がった。それに合わせ再びクレアが口を開く。

「戦況は五分。ですが、各領からの援軍がヘルムランド地方に集まり、こちらの勝利は確定的な状況でした」

 でした? なんで過去形なんだよ。もしかしてもう勝負はついたのか。

 そりゃぁ戦なんて早く終わればいいとは思うけど、このままだと俺ら此処に居るだけですべての戦が終わっちまいそうじゃないか。それはそれでなんか悔しいぞ。

「先日、ヘルムランドで大きな戦があったのですが……こちら側の惨敗でした」

『なんで!?』

 一気に広間にざわめきが広がる。

 かなりの数の援軍がヘルムランドへと向かい、その数はヘルムランド地方に存在する敵以上だったはずだ。

「ヘルムランド地方でのこちらの兵数はおおよそ敵の倍はありましたが、その状況で五分。力は拮抗していました」

 エリファも口を挟む。倍以上の兵力で状況は五分?

「それは単に敵が籠城してたからじゃないのか? 確か同等の二倍とか三倍ぐらいの兵数じゃないと砦は落としにくいんだろ?」

 それだったら時間を掛ければ砦は落とせるはず。

「私達もそう思っていたのですが、先日の戦はヘルムランド地方にある二つの砦のうち、一つの砦の敵が砦外へ出て野戦を仕掛けて来たそうなのです」

「単純に考えて倍以上の相手と正面からやり合って敵を打ち破っただと?」

 アリシャも目を丸くしてエリファに問い返す。

 エリファは棒を手に地図を指す。場所はヘルムランド。

「ヘルムランドに存在する砦は二つ。ヘルムランド中央に一つ。もう一つは東側に一つ。このどちらかの砦さえ落としてしまえば敵方は連携を取ることができず、ヘルムランドに留まる事も出来なくなります」

 それは俺にでも解る。ヘルムランドの砦は二つの砦それぞれが互いに連携をし、戦を優位に進める事で負けない様にしている。

 攻める方からしてみればどちらかの砦を落とすことによって勝利が確定的になる。

「先日、ヘルムランド地方戦闘指揮官のエドラ様は停滞する流れを断ち切るべく軍を率いてヘルムランド中央の砦を攻めました」

 中央か東側を攻めるのは数で圧倒的に勝っている状況ではどちらでもいい。地形での砦包囲のしやすさから恐らく中央を攻めたのだろう。

「数ではこちらの方が上。このまま包囲し、敵が疲れた所を一斉突撃にて打ち破る算段でしたが……」

「砦から敵が出てきたと」

 アリシャが腕を組んでそう付け加えた。

「はい。通常では数で勝っているこちらが負ける事などありえなく、エドラ様も敵方の足掻きと見て野戦を始めました」

 敵からしてみれば守っても負ける。それならばいっそ、果敢に打って出て華々しく散ろうと考えての行動なのだと思うよな、普通。

「戦が始まってしばらくはこちらが優勢でした」

 そりゃそうだ。数で勝っているんだからこちらが劣勢になるなどあり得ない。

「すると、東側の砦からも敵が打って出て来てこちらを挟撃する形となりました」

 味方が戦っているんだから東側の砦の奴らだって動き出す。それぐらいは予想できる。何らかの対策を練っているはずだ。もしそれを行っていなかったとするなら、指揮官のミスだ。

「エドラ様も当然東側からの敵の援軍が来る事を予想し、布陣も正面と東側に兵を集め、いつ東側から敵が現れても良いようにしておりました」

「それは当然なのです。事前にヘルムランドのどの方角に敵が居るか知っているのですから」

 ジーニアも頷きながら答える。

「正面、そして東側の二面で戦を行っていても数で勝るこちらの優勢は変わりませんでしたが……」

 エリファは少し言葉の間を開けた。

「次に西側から大量の敵が押し寄せ、三方向からの攻撃になりました」

「ちょっと待て! 西側だと! そんな事はあり得ない!」

 アリシャが地図を見て声を荒げた。

 正面に広げられたヘルムランドの地図では西側にはヘルムランド山と書かれた山が存在するだけだ。

「いや、この時の為にヘルムランド山に兵を忍ばせておいたんじゃないのか? 砦は中央、西側しかなくこちらが敵もそこにしか居ないと思っているからこそ……」

 あり得ないと言いつつも、実際敵が来たんだからそう考えるしかない。そう思った俺は口を挟むが、

「ヘルムランド山にそんな場所がないのは知っているだ……」

 アリシャは声を荒げ俺を睨みつける。最後まで言葉を紡がなかったのは俺自身の目でヘルムランドを見た事がないと理解したためだろうか。

「いいか、サナダ。ヘルムランド山って言うのは岩肌むき出しの山がある場所で、数人ならうまく隠れられるが、一軍となると伏せれる場所なんてない。それに、万が一兵を伏せられる場所があったとしても、戦と言うのはいつ始まるかわからないもんだ。いちいち使者を立て、いつ戦を始めますと両者が宣言するか?」

「それはない……どちらかが好機と思ったら行動を開始するからな」

「それに、相手の動きが鮮明に解る訳じゃない。敵が戦を始める準備をしても一向に動く気配がない場合もあり、にらみ合いとなる事も多い。そんな状況で兵を休ませられる施設も全くない山の中で何日も兵を伏せるか? それにこちらが、山に伏せている兵を発見しないと言う事もあり得ない。発見されれば攻撃を加えられるだろう。防御施設も何もない山で数で勝る敵に攻撃を受けてみろ、無駄に兵を減らすだけだ」

 その通りっちゃその通りだよな。そんなリスクを冒してまで成功する可能性の少ない作戦には出られないだろう。数で負けている敵がそんな大胆な行動を起こすはずがない。数で負けているからこそ、慎重に兵を減らすのを極力避けた戦を心掛けるよな。

 でも、エリファの説明だと、敵はそれを承知しつつも、あえてその行動に出たとしか……。

「予測の話をしていても先には進めません。皆様思うところがあったとしても私の話を聞いてください」

 エリファはそう言うと咳ばらいを一つ。話を進める。

「思いもよらぬ三方向からの攻撃に我方は総崩れ、一度砦攻めを断念し、一度撤退をしました」

 エリファはそう言うと地図のヘルムランド山の一部を棒で指した。

「付近を調べたところ、敵側が新たにヘルムランド山の麓に砦を築いている事が解りました」

「戦を始める前に周辺を調べなかったのか?」

 砦は道端に新たに植えた花なんかじゃない。そんなものがあれば誰もが気が付くのだが。

「それが、その砦はヘルムランド山の麓の森の中に作られたもので、その存在が明らかになったのは敵が其処から打って出てきたからこそ。それにその砦を探すものなら中央の砦近くの街道を進まなければなりません。その道を通らずに砦を探索するとなればヘルムランド山を登り一度反対側から山を降り大きく迂回せねばなりません」

 地形が解らないからこそ、俺はエリファの説明はチンプンカンプンだ。

「手っ取り早く言うと、中央砦からしか最短の距離で行けない場所に砦を築いたって事だ」

「中央砦からしか行けない場所?」

「あぁ、山を昇り迂回しなければならないって事はその砦はヘルムランド山の断崖絶壁の山肌のすぐ下に築いたんだろう。こちらがその砦を攻める場合は大軍を率いて断崖絶壁を下る事なんて不可能。そんな事をすれば、絶壁から足を踏み外す者も出て、おまけに狭い山道で兵列が伸びきった状況で襲われれば戦前にかなりの兵を失ってしまう」

「なんつー厄介な場所に砦を築きやがったんだよ……敵さんは」

 アリシャの説明を聞いて、なんとなく砦がとんな場所に築かれたか予想できてきた。

 その砦へ行こうと思うのなら中央砦近くの街道しか道がなく、多方向からの包囲が通用しない、守りに適した砦。

「確かにこれだけでは厄介だと思うが、考え方を変えれば厄介などではない。逆に落としやすい場所に築いたんだよ、砦を」

 アリシャが苦笑を浮かべる。

「落としやすい? なんで?」

「確かに攻め辛い地形に砦を築いた敵だが、相手もこちらと同じ枷を背負っている」

 相手も同じ枷? そうなのか? 話を聞く限りでは相手には利点しかないように思えるが。

「砦へ向かう道は一つしかないのだろう? では、こちらがその道を封鎖した場合砦はどうなる?」

「一つしかない道がなくなるわけだから、どこにも行けなくなる。いや、そうなったなら何か別の移動方法を考えればいいだけだ。例えば、そう、背後の断崖絶壁の山肌を登るとか」

「馬鹿。下る事の出来ない道を登れるものか。登る事が容易い場所ならば、降りる事も容易い」

「え、じゃぁ本当に敵は身動きが取れなくなるのか?」

「あぁ、それこそ西側に築いた砦は周囲を断崖絶壁の山肌で囲まれている状態だ。砦へとつながる道を塞ぐだけで砦を落とす事が出来る。身動きを取れなくすれば兵糧などの各砦間の連携も失われ、あっという間にその砦は機能を失う」

「ならこちらが苦戦することなんてないじゃないか」

 こんな攻め落としてくださいと言わんばかりの砦を落とせば当初の通り、中央か東側の砦を落とせば何も問題ないはずだ。

「エドラ様もそう考え、まずは新たに築かれた西側の砦を落としにかかりましたが、西側の砦の守りは固く、攻めあぐねている間に中央、東側の砦からの挟撃を受け、西砦を落とすことままならず、撤退いたしました」

「成程……どの砦を攻めても三方向からの挟撃を受ける形なのですね。なかなか厄介な連携なのです」

 ジーニアがそう言うとエリファが指していた西側の砦と中央、東側の砦を線で結ぶ。

「これは綺麗に各砦間の距離などが整っているのです。もしかしてこちらが考える以上にヘルムランド地方の守りは優れているのです」

 線で結ばれた砦間は綺麗な三角形になっており、各砦を結ぶ線上には移動の障害となる川などが存在しない。

「西砦を攻めた所で西側の砦の兵が守りを固め時間を稼げば、先ほどのように中央と東側の砦からの援軍が来る。かといって各個撃破をしようと兵を分けた所で分散した兵数では到底砦は落とせず、かえってこちらが兵を消耗するだけなのです」

 ここまでではっきりしたことは一つ。今の状況ではこちらはヘルムランドを奪還することは叶わないと言う事。

「しかし、この敵の布陣では守りに特化し、再び戦況を覆せるとは到底思えませぬが……」

 カコウがそう付け加える。確かに言う通りだ。敵の目的は領土を増やすこと。この状況を何年続けたとしてもヘルムランドより先は領土を増やせない。

「恐らく敵はここで一時戦況を停滞させ……」

「……援軍を呼んで一気に侵攻を再開する」

 レイラとレシアの見解に一同が頷く。

「ヘルムランド奪還の戦は予想以上に厳しいものになりそうです。この知らせは他領の方にも話は回っているはずです。恐らくもう数日もすれば更にこの領に援軍がやって来るでしょう」

「そいつらもクレアの指揮下に入るのか?」

 今の状況でもかなりの兵たちが集まっている。これよりもさらに増えるとなるとこの館や訓練所がパンクしてしまうんじゃないだろうか?

「全て……とはいきませんが、何割かの部隊がこちらの指揮下に入るでしょう。その時は新しく組み込まれた将や部隊長達と連携を強めてください」

 クレアが大きく息を吐き出した。おそらくこれで伝えるべき事はすべて伝えたのだろう。

「最後に……先ほども言いましたが追撃戦へ向けの戦力温存とは言えない状況になってきました。皆様はそれを心に置いて部隊の育成に励んでくださいね。なお、またヘルムランドに何か動きがあれば、逐一知らせますので」

 他の奴もこれですべては終わったとばかりに広間から移動し始める。俺もそれに習い動こうとしたところ、服の襟をつかまれた。

 よほど強く握られたのか、喉の仏様が涅槃に帰るところだった。

「げほっ、何しやがる!」

「こっちはこっちで更に状況整理だ」

 アリシャがそう言うとアリシャの周りにはレイラやカコウをはじめ、ジーニアやガルディア、ローチなど見慣れた顔が勢ぞろいしていた。

 飯の途中で呼び出された身としては中途半端に満たされた腹が辛い。早く食堂に戻って飯を食いたかったのだが、これも部隊長の責務なんだろうな。そう諦めて大人しくその言葉に従う事にした。

ようやく更新できました。

執筆スピードが落ちています。時間を見つけてかければいいのですが……。

話はもう少しこの状況が続きます。

感想もいただき、とても励みになっています。返信も行いたいのですが、それは後日時間が取れたときにまとめて行います。

まだまだいろいろと指摘点なども多い作品及び作者でありますが、一人でも多くの方に楽しんでいただけたら幸いです。

では、次回投稿も楽しみにしてください。

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