第七十三話『その後の訓練なのか?』
−訓練所近郊の野原−
「お疲れ様。派手にやられちまったな」
真田隊は死屍累々。もう一歩も動けないと言わんばかりにその場に寝転んで肩で息をしている。
「ぶっ、部隊長……」
横になっていた隊員達が身体に鞭打って立ち上がろうとするのを手で制し、そのまま寝ころんだ姿で居させる。
皆立ち上がる事すら辛いって事は俺が良く解る。アリシャ隊やディレイラ隊とエリファ隊などに組み込まれて訓練をしはじめた頃はこいつらの様に訓練が終わると指一本動かすのすら辛かったからな。
今はそうでもないとも言えないが、最初に比べ無駄な力を入れずにやる事を覚えたから動けなくなるほど疲れる事は少なくなった。
「どうだった、アリシャ隊とやってみて」
俺の問い掛けに隊員達の顔色が曇る。
自分たちではもう少し互角に渡り合えると思っていたのだろう、自信を粉砕され現実を知った彼らの顔には訓練開始前のような希望に満ちた顔をしているものは少ない。
「当初は私達もアリシャ隊と互角とはいかなくとも、もう少し渡り合えるものと思っていましたが、現実は……」
「当たり前だ。あいつ等はつい最近まで数多くの戦を潜り抜けてきた奴なんだよ、強くて当然じゃないか。お前たちが顔を輝かせて聞いてきた平原の戦いや、ベルジ地方の戦をやってきたんだ、強くて当然だよ」
隊員達の顔に『勝てないと、勝負にならないと解っていて一体何故こんな事をしたんだ』という口には出せない言葉が書かれている。
「でもな、そんな奴らも最初は素人、お前らと同じレベルだったんだ。強い奴らと訓練して、勝ち目のない模擬合戦を行って、今日の自分よりも、明日の自分が強くなれる様にやってきたから、今があるんだ」
横になっていた隊員達は立ち上がらずとも、自然と状態を起こし、食い入るように俺の話に耳を傾けている。
「今日の模擬合戦で得るものは多かったんじゃないか? こちらの動きが全く通用しないアリシャ隊。一対一で攻撃がいつの間にか必ず後手に回っていた事とか。今までの訓練相手とは全く勝手の違った相手だ。はっきりとはわからなくとも、何かが自分に足りないって解ったんじゃないか?」
俺の足元に座る隊員達の顔が俯き、見えなくなる。
唇を噛む者、全く歯が立たなかった事に対する悔しさなどが込み上げ、意識をしなくとも自然と身体が震えてくるのだろう。草原を吹き抜ける風に小さく鼻をすする音などが混じり、俺の耳に届く。
「強くなろう、俺と一緒に。その悔しさは絶対、明日の自分の背中を押す強い風となるから」
他人事のように言っているが、俺もそう強く思っている。アリシャ隊にも引けを取らないような、他の部隊に負ける事のないように。
「今俺は怪我を治療しているところで一緒にアリシャ隊と模擬合戦を行えなくてごめん。どうやっていいか解らない状態でよくやっていた。俺も一日でも早く怪我を治して、次は一緒にアリシャ隊と互角の戦いをしようぜ」
そう言って一人一人隊員の身体に触れる。本当に励ましているのか自分ではよく解らないが、俺の『一緒に強くなろう』という気持は通じているはずだ。
「今日は疲れただろうからこれで自由行動にする。部屋で身体休めてもいいし、なにか掴みかけた動きを確認するも自由だ」
真田隊最後の一人の肩に触れ終わると、俺達から少し離れた場所にアリシャ隊の面々が立っている。
昔を懐かしむような、そんな表情を浮かべ、肩を落とす真田隊の隊員達を見つめている。
「しょぼくれてんじゃないよ、お前らは出来ないなりに頑張った。これがスタートだろ。はじめから俺達を倒せるだなんて思うなよ。けどな、いつかはお前たちも俺達と互角に戦えるようになるんだ。そのための訓練なんだ」
アトラが先頭をきって真田隊の隊員達の肩を強く叩きだす。
それを皮切りに、アリシャ隊の面々が次々に真田隊を囲みだし、剣を合わせた奴にどの動きが悪かっただのと指導を始め出した。
その光景はまるで部活動の練習試合で先輩にコテンパンにやられた後輩を指導する様な温かみがあった。
「仲間が大事なのはサナダ、お前だけじゃねぇよ。俺達だって仲間は大事なんだ」
そう言うとアリシャは俺の肩を叩き、手を引っ張る。
「あれ、アリシャ……どこに連れて行こうとしている? この後は自由行動って言ったし、俺も少々疲れたから部屋に戻って夕食までの貴重な時間を体力回復にあてようかと……」
「ばーか。お前よりも疲れているはずのサナダ隊はああやって訓練をさらに始めようとしているんだ。お前だってお前に合った訓練をしなきゃいけねぇだろ?」
「ちょっと、俺今療養中だから派手に身体は動かせない……」
「お前が使うのは……」
アリシャは人差し指で頭を叩くとそのまま、俺を連れていく。
「いや、ちょ、俺。真田隊の訓練が……」
「お前は身体動かせねーんだろ。あとはアリシャ隊に任せろ。さぁ、行くぞ。陣形を一からその空っぽの頭に詰め込んでやるぜ」
「助けて、誰か! いやぁぁぁっ!」
笑い声に見送られ、俺はアリシャに連れられそのまま訓練所に引きずられてゆく。
−訓練所・会議室−
「とまぁ、勢いで連れてきたが、お前疲れているなら夕食まで……」
「あれは冗談。ちょーっと暗い雰囲気だったからな、あぁやって少しでも場を和ませればいいかなって」
真田隊の隊員達が疲れているのにもかかわらず、アリシャ隊と更に動きの訓練を始めようとしていた時に、自由行動と言ったが、俺も休むという選択肢は捨てた。あいつ等が頑張っているのに俺だけ休憩している訳にもいかないからな。
「そうか。じゃあ夜にやるつもりだった部隊長としての訓練を今から始めるぞ。寝たら殺すからな」
そう言ってアリシャは机におはじきのような石を並べ始める。
「まずは戦の基本。これは解るか?」
「えっと、確か戦は囲み合いで、相手をいかに囲むかが勝利の決め手だっけ」
俺の回答にアリシャは目を丸くする。
「よく解ったな。お前の事だから『敵を倒すこと』とか言うって思ってたが」
そう言ったならきっと俺は頭を叩かれていただろう。『当たり前だそれは』とか言って。でも、正解を言ったところで叩かれないと言う事はないようだ。進行形で俺は良く出来ましたと頭を叩かれている。
戦の基本。ジーニアから借りた本や、ベルジ地方の戦でエリファ達から軽く説明を受けた。
一対一で戦う事も多いが、基本として敵とは少なくとも二、三人ぐらいで戦うのが良いとされ、自身の消耗も抑えられる。
「囲み合いと言っても野戦などでは部隊同士が正面からぶつかるが、これでは囲みなんてものはないな。それなのになぜ基本が囲み合いだと言う?」
「それは……その部隊を崩せば近くの部隊を囲めるようになるから、だろ」
「その通り。なんだ、基本は出来てるじゃねぇか。誰からか聞いたのか?」
「ベルジ地方のときとかちょっとエリファから聞いたし、ジーニアからから借りた本にも書いてた」
俺の答えを聞いてアリシャは顔を歪めた。
「お前、兵法書とか読んでんのかよ……あんなの良く理解できるよな」
「は? お前だって読んでるんじゃないのか?」
「誰があんなの読むかよ。わざわざあんな簡単な事を難しく遠まわしに書いてる本なんか」
じゃあこいつは一体どうやって陣形なんかを学んだんだよ。独学か?
「ならどうやって……」
「兵法書って言うのはな、戦の基本を文字にしたもので、読まなくとも何度も戦に出て敵の動きを見ていれば大体解るもんだ。そうだろう? 本には偉そうに囲み合いが基本とか書いているが、戦場では生き残るために一人で戦うよりも何人かと一緒に戦うだろ? そして消耗を抑えるには敵を囲み、確実に数を減らしてゆく。陣形だってそうだ。相手がどんな形の時にどんな風に動けば敵を囲めるかそれを考えて動けばいい」
簡単に言うがかなり難しい事じゃないか?状況が変化する戦まで常に……もしかしてアリシャ隊が強いのはそう言う理由か?
戦というものを自分自身の身体に叩きこむ。
バイクのギア車のクラッチ操作を本で何度も読んで覚えるよりも、こけそうになってもエンストやっても身体で覚える。やる事は本で読んでも身体で覚えても一緒。
自分で体験するからこそ、本に書いてある教えとは微妙に違う状況になっても対応できる。
「でも、それは一部の奴にしかできないだろ、お前のように出来そうにないよ、俺は」
「何を言っている、お前は見るべき所はしっかりと見ている。足りないのは経験だけだと思うだけどな」
アリシャはそう言って肩を叩き、顔を近付けてくる。
鼻と鼻が今にも当たりそう。何だこの雰囲気は?
「今日は戦の基本について話そうと思っていたが、基礎を覚えてみたいだし、別の話にするか」
「いや、別に変えなくとも……つか、近いって顔」
「あんまり大きな声では言えねぇが、実は部隊長に必要な事ってのはな、こうやって机の上で四の五の言っても意味がねぇんだ。俺が思うにやはり実戦で鍛えられていくんだと思う。戦は机上の上での予測とは全く違う動きをする」
「おいおい、指導員がそんな事言っちまうのかよ?」
「確かに陣形とか策を一杯覚えている奴はすげぇと思うよ。でもな、そう言う奴らに限って陣形や策にこだわりすぎて戦場でいまいち動けないんだよ。アリヴェラ平原の戦、覚えているか?」
アリヴェラ平原の戦って言うと……街を焼き払ったあいつ、ゲイアと戦ったあの戦か。
「実際にあの戦で動いていたのは、ほんの一部の隊だけだったよな? ディレイラ隊が危ないって言うのに本陣は全く動かなかった。陣形は大事だとは思うけれど、仲間の危機に動けなくて、いや動かなくて何が陣形だ」
そう言うとアリシャは机に拳を叩きつける。
「それだけじゃねぇ。ベルジ地方だってそうだ。お前のおかげで何とか勝つことが出来たが、実際はあの敵兵力に対しこちらのあの数は少なすぎる。確かに机上の案じゃ十分すぎる数だったのかもしれないが、現実はカコウらと合流して何とかなった、と言うのが現状だ」
「……そのくせ、ヘルムランド地方にたくさん兵を振り分けたってのにいい報告は聞かないよな」
「全くだ」
そう言って俺とアリシャは二人で笑う。
「お前にはそうなってほしくねぇな。策や陣形に拘って、いざって時に何もできなくなる奴には」
ガサツな言葉づかいだが、アリシャはこう見えて仲間思いなんだなって事を改めて思った。
「それに関しては問題ない。なんてたって俺だぜ? いくら部隊率いるようになったからっって言って俺の根っこは変わんないんだ」
わざとそんな風に言うと、アリシャが頬を緩めた。
「確かにそうだな。お前だもんな。いつも人の事ばっかりの」
「なんだよ、それ?」
「そのまんまの意味だよ」
遅いながらもなんとか必死に頑張ってます。
もうすぐ100話近いですね。物語は今のところ半分以上進んだ……のか?
こういう流れってのはあるんですけれども、その通りに行かないんですよね。
このような作品をお気に入り登録していただいている皆様には本当に感謝申し上げます。