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第七十二話 『模擬合戦の終了問題は多いぞ』

 −訓練所近郊の野原−

 模擬合戦の合図となる音の出る矢、鏑矢を鳴らそうと弓を引くが、アリシャにお前には無理だと弓を奪われる。

 確かにエリファ達に比べれば弓の腕なんて天と地の差があるとは思うのだが、アリシャと俺ではそう大差ないのになんで?

 そう思って矢を放とうとするアリシャを見つめる。そんな俺の様子には気がつかず、アリシャが青い空に向け矢を放つと甲高い綺麗な高音が原っぱに鳴り響く。

 ……すげぇ。俺あんなに高く矢を放てないや。くそ、なんか悔しい。次までにはアリシャよりも高い位置に矢を放てるように矢を放ってやるぜ。夜中にでも練習をして……すげぇ迷惑。

 っと、いけない。模擬合戦が始まったんだ、そっちに集中しなきゃな。

「さてと、両軍動いたわけだが、お前ならどう号令を掛ける?」

「上から見ている訳だから、両陣営の陣がはっきり見えているからかもしれないが、アリシャ隊後方の部隊の動きが気になるな。とりあえず真田隊の三部隊を前に進めたいな」

「それは正解だ。よく見ておけ、相手の陣の深い意味を考えずに動けば大きな痛手を受ける」

 そう言うとアリシャは腕を組んで、模擬戦の流れを見守る。

 サナダ隊は四部隊すべての部隊がアリシャ隊に向け動き始めた。アリシャ隊は五部隊のうち前方に陣取った三部隊だけが動き始める。

「あっ、駄目だって! アリシャ隊の槍衾はフェイクだ、人数差があるんだから最初は槍の叩きが来るんだって、槍衾を受けない様に他の部隊と距離をとっちゃ駄目だ、あえて密集して叩きに堪え反撃に移るように動かなきゃ!」

 アリシャ隊三部隊が槍を突き出すように構え突撃してくる姿を見てか、真田隊の面々は散開し、一部隊もしくは二部隊が槍衾を受けようとしている時に残りの部隊でアリシャ隊を上下と正面から囲もうと散り始める。

「サナダ……あと、無意識に行っているのかもしれないが、物事をお前の世界の言葉で言うのは控えた方がいいぞ。お前になら当然のように解る言葉でも、俺達からすれば何を言っているのか全く理解が出来ねえぞ?」

「咄嗟に出てくるんだ、しょうがないだろ」

 アリシャにはそう言ったが、やはり注意しなきゃな。俺が行けという意味でゴー! って言っても、他の奴は疑問符を浮かべるだけなんて事態にもなりそうだし。

「しかし、よく叩きが来ると解ったな……」

 アリシャは感心したように俺の顔を見つめる。

「さて、サナダ。次の一手で戦の流れが決まるな」

 サナダ隊の動きを見てアリシャ隊の勝利を確信したアリシャは満足そうに頷く。

「流れが決まるって、まだ始まって少ししか経っていな……」

 そう言いかけて、後方で待機していたアリシャ隊の二部隊がすでに動き始めている事に気が付いた。

 あ、成程。後方で待機していた部隊の目的が解った。

 まずは三部隊を前に進める。槍衾が来ると思い、被害を最小限に抑えるために散開したサナダ隊。原っぱの中央にはアリシャ隊の叩きに堪えるサナダ隊の二部隊。散開したサナダ隊残りの二部隊は叩きを行うアリシャ隊を包囲しようと動く。その部隊を後方で待機していたアリシャ隊が槍衾で襲う。

 後方の部隊に強襲された二部隊は混乱し上手く叩きに耐えている部隊との連携が取れず動きがぎこちない。

 無駄のないアリシャ隊の動きに俺はただ見とれてしまっていた。

 今までの戦では目の前の相手にだけ集中していて周りの動きなんて詳しく見ている余裕はなかった。きっと、俺が参加していた戦でもそれぞれが相手の裏をかく動きをしていたんだろう。

 最初の叩きがフェイクだという事は解ったが、その後のアリシャ隊の動きは全く予想できなかった。

 こんな風に敵が動いて来たとして俺は状況にあった指示を出せるだろうか?

 いや、出さなきゃいけないんだ。最初は無理かもしれないが、それを可能にするために今こうやって訓練をしているんだ。考えよう、俺も。今此処から流れを変える動きを。

「俺は叩きに堪えている部隊に居るとして、これからどうやって流れを変えれば……」

 頭の中でいくつかシミュレーションをしてみる。

「一旦叩きに堪えている部隊を後ろに下がらせる。アリシャお前はどんな指示を出す?」

「そうだな、引いた部隊は捨て置き、まずは残った敵をせん滅するか」

 そうするとだ、叩きを行っていた三部隊。兵の人数は十二人。半々で部隊を分け、殲滅に当たらせるか、どちらかの部隊を先に潰すかの二つの選択に出るという訳か。

 半々に分けた場合で考えてみるか。

 こちらも兵を半々に分けて救援に向かわせたいところだが、救援が成功したところでかなりの損害を受ける。

 多少の被害を覚悟し、優先的に一つの部隊を助けた方がいいのかもしれない。

 究極の選択じゃないか。こんな選択を毎回アリシャ達は行っているのかよ。

 改めて部隊を指揮するアリシャ達がすごいと思えた。優しいだけでは駄目。時には心を鬼にして冷酷な指示も出す。

 一見、突撃だの撤退だの大まかな指示だけ出すだけだと思っていたが、まったく違う。その場に合った指揮をとらなければ、今目下の原っぱのような悲惨な状況になるんだ。

 模擬戦の流れはすでにアリシャ隊に傾いており、サナダ隊は総崩れ。

アリシャ隊の被害、鉢巻を取られている奴は二人三人程度。戦死扱いの奴が二桁居るんじゃないかって思えるサナダ隊とはえらい違いだ。

「で、サナダ。頭を働かせるのは結構だが、当初の目的を忘れてないか?」

 忘れてはいない。総崩れ状態になった今だからこそ、よく見て、出来るやつを目に止めなくては。

 目下の原っぱでは、鉢巻を取られ戦死状態になった奴がそそくさと戦場から離れてゆく。戦場に居るサナダ隊の人数は、九人。

 辛うじて四部隊全て残っている。一部隊目が二人、二部隊目が四人、三部隊目一人、四部隊目二人。

「一応こうして見ると人を纏めるのが上手い奴はそこの部隊の指揮者か」

 アリシャは一番人数の残っている二部隊目を指差して言う。

 二部隊目の指揮官はあいつだ。サナダ隊の中心人物と言える奴。俺に恐る恐るこれまでの事を聞かせてくれないかと言ってきた奴だ。

「そうだよな。あいつは確か隊員の中でも纏め役になっている奴だったみたいだし、実力はあるんだと思う」

「あいつが今のところ一番の有力候補ってわけか。でもサナダなんでお前は浮かないというか、不服そうな顔をしているんだ?」

 怪訝そうな顔で俺を見るアリシャ。俺そんな顔してたか?

 確かに心の中ではあいつでは何かが足りないとは思っていたが、まさか顔に出ていたとは。

「うまく言葉じゃ表わせないけど、あいつじゃ何かが足りないんだよ。なんかこう、ビビッと来ないっていうか、なんつーか」

「そんなもんだって。誰もが最初はそんな感情を抱くもんさ。あとは一緒に行動してみてしっくり来るようになる」 笑いながらそう言うアリシャだが、俺としては一緒に行動してみてもイマイチ感が拭えないような気がする。

 なんて言うか、携帯電話を新しくしたとき、店頭ディスプレイ等を触らず、ポップに一番人気と書かれているだけで決めてしまい、実際に使ってみて使いにくいと感じ、その感じが何ヶ月も経っても拭えない。そんな感じに似ている。

 相性とかの問題なんだろうか?

 しばらく無言でアリシャ隊とサナダ隊の模擬合戦の様子を眺める。

 既に流れはアリシャ隊が握っており、此処から形勢逆転などまず不可能だと解る。目下の原っぱでは策など何もない消化試合みたいな流れで模擬合戦が進んでゆく。

「やっぱ強いなぁ……アリシャ隊」

「当然だ。何度も戦を戦い抜いてきた奴らだ。訓練でしか戦を知らない奴らに後れをとるものか」

「実戦に出るとそんなに成長するもんなのか?」

「当たり前だ。訓練で命を賭けるような事があるか? 命懸けで戦えと言った所で、所詮は訓練。心のどこかに甘えが残っちまう。土壇場で諦めが出ちまうからな」

「それは実戦でも同じじゃないか?」

「いや、まったく違う。実戦で諦めちまった奴は今この場には居ない」

 言われてみればそうだよな。今此処に居るアリシャ隊のすべての隊員は危険な状況でも諦めずに持てる力を全て出し切ったからこそ、今こうして此処に居る事が出来るんだよな。

 戦死した奴全てが戦場で諦めの心が前面に出ちまったとは言えないが、生き残るために必要なものはどんな状況でも諦めない事だ。

 諦めなければ土壇場で運を引き寄せる事になるかもしれないし、俺だって何度も死にそうになってきたが、ヤバい状況に晒されたとしても、これまで一度たりとも生きる事を諦めた事はない。

「サナダ隊が残り六人。アリシャ隊残り十二人。すでにダブルスコア決まってるな」

 終了の時点で0になるわけだからダブルスコアもへったくれもないんだが。此処まで実力に差があるとは思わなかった。

 俺もこの模擬合戦を提案した時は勝てはしないが、そこそこいい勝負出来るんじゃないかって考えていたのだが、甘く考えすぎたようだ。

 実際の戦じゃ相手に損害を与えたとしても部下二十人全てを失う。相手が名の知れた将であっても、相手が悪かったじゃ済まされない。

 皆で生き残るために早く、早く俺も自身の手でまだ戦を知らない部下達を持てる知恵や経験を全て使って導いていきたい。俺は今こんな所で何をしているんだ。自分の右腕になるような人物を見つけるためだとはいえ、こんな所で眺めているだけなんて時間が勿体無い。

 早く、早く怪我よ治ってくれよ。

「ッ!」

 また頭痛だ。最近は思い出したかのようにやってきて、痛みも一瞬だけでかき氷を一気に頬張ってしまった時に来るキーンみたいな感じだったのに、今回のは今まで痛みが緩かった分の穴埋めをするかのような痛烈な痛みだ。

「どうした、サナダ。しかめっ面なんかして……傷でも痛むのか?」

「いや、違う。ただ、少し頭痛がな」

「それは気負い過ぎだ。最初から出来るやつなんていねえ。どうせお前の事だ、全部を一人で抱え込もうと考え過ぎたんだろ。いいか、お前は一人じゃねぇ。お前が困った時があれば俺が手を貸してやるし、ディレイラだってエリファだっている。そう考え過ぎるな」

「そうだな」

 アリシャは俺の頭痛の原因を考え過ぎとみたようだ。間違いかどうかはわからない。俺もこの頭痛の原因が何なのか理解していないからな。

 アリシャの言うとおり考え過ぎなのかもしれないし、もっと別の何かなのかもしれない。しかし、アリシャに声を掛けられて頭痛が治まってきた事だけは事実だ。本当にただ考え過ぎていただけなのかもしれない。

「さて、模擬合戦もそろそろ終わるな。俺達も移動するぞ。立てるか?」

「大丈夫だ。もう治まった」

「全く、あまり無茶はするな。先日の文官との一件もそうだが、まだお前は怪我人なんだ。あまり身体を動かさず部屋で待機しているべきだと言うのに、毎日毎日フラフラと出歩いて完治が遅くなっても知らねえぞ」

 俺が何か言い訳しようと口を開きかけたのだが、先手をアリシャに抑えられた。

「ま、そうは言ってもじっとしておけない性分だがな、お前は」

 その通りだ。アリシャのもっともな言い分に俺は苦笑を浮かべるしかない。

「とりあえず隊員達の自信がなくならない様にちゃんと皆に声を掛けるんだぞ」

「あぁ、解ってる」

 そう答えると俺はアリシャと模擬合戦が終わった原っぱに向けて歩きだした。

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