第六十八話 『騒動に首突っ込んじまう』
−オルタルネイヴ商店街−
とりあえず女の子の傍まで近付いたのはいいが、もしかしたら本当に女の子が悪い事をやっていて、文官がそれを咎めたという可能性もあるだけに短絡的には動けない。
まぁ、女の子の様子からその可能性はかなり低いが。
「一体どういうつもりだ?」
「こんな山の中に行けばいくらでも手に入りそうな物をこんな値段で売るなんてどういうつもりだ!」
「そんな、この実は野生では育ちにくい実で、きちんと世話をしてやらないと実をつけないんです……」
女の子は見たところ十五、六といったところか。文官達三人はそれよりも少し上に見えるが、いいとこ十七、八ぐらいだろう。
言いがかりをつけられた上に、相手は三人。女の子の怯えっぷりが手に取るようにわかる。
「こんな実がかぁ? とてもそうには見えないが」
「もう少し詳しく話を聞かなければなぁ……」
男達は品定めをするように、頭の先からつま先まで、じっくりと女の子を観察している。
「あぁ、かわいそうにな……」
「ん、可哀そうって?」
俺と同じように遠巻きから眺めていた四十ぐらいのガテン系のオジサンがこぼした台詞を聞き返す。
こちらを振り向いたオジサンは俺の姿をいぶかしげに見てきた。そりゃぁ、フードに黒マントじゃそりゃ怪しいわな。
「ありゃ言いがかりだよ。あの子の売っている実は本当に栽培するのが難しいんだ。少しでも手を抜いちまうと実はつけない。クシュの木の実だ。確かに味は良いんだが、栽培に手間が掛るとあって、値段もそれなりに張るんだ」
「へぇ、そうなのか」
「そうなのかってアンタ知らないのか、クシュの実」
「いや、勿論……」
知らない。
そんな木の実があるなんて初耳だ。どんな味なのか気になってきたぞ。手持ちの銀貨で買えるのなら買ってみたいな。
「話には聞いていたが、なかなか目にしたことがなくて……」
咄嗟に浮かんだ言い訳だったが、オジサンは納得したようだ。
「あれは文官だろ。時々居るんだよああやって難癖をつけてそのまま……な」
そのまま何をするんだ、そう聞き返しそうになったが、執拗に女の子の身体を見る文官達の行動でピンときた。
「そんな事許されるのかよ?」
「相手が相手だ。俺ら町人は何をされても刃向えないのさ」
確かに身体能力が赤子と大人ぐらい違うんじゃ抵抗できないな。
「やはりスピリットヒューマンは好きにはなれないな。生活を守ってくれているところは感謝するが、こうも横暴な事をされちまったらな……」
「かといって、このまま指くわえてあの子が路地裏に拉致られるのを見てるってのも気に食わないな」
文官達は女の子の腕を掴んで人気のない場所に行こうとしていた。
このままではRー18だ十七歳の俺にはまだ若干早い方向性になっちまう。
まあ、こっちの世界は十五ぐらいでエロス解禁になってそうだが。
「よっと!」
文官に静かに近付いて太ももの真ん中あたりを横側からひざ蹴り。正式名称とかありそうな気もするが、太ももに喝を入れるから俺はモモカツと言っている。
これを喰らったらまず立ってられない。鋭い痛みが足の力を抜いてゆき、痛みが引くまでろくに動けなくなるんだよなコレ。
「なっ、貴様何を!」
「いやいや、これは失敬でゴザル。拙者の長い足が当たったでゴザル」
モモカツを食らった奴は痛みで身動きが取れない状態。そんな奴に代わって傍に居た文官の一人が腰の剣に手を掛けて俺を睨んで来た……でゴザル。
「拙者、通りすがりの者でゴザル。聞けば、その方らの難癖としか思えぬ所業に憤りを感じた故に……」
確かカコウの……東国独自の喋り方はこんな感じだったよな。日本でいえば時代劇風の喋り方。
「流れ者が何をしたか分かっているのか、俺達を一体誰だと思っていやがる、名を名乗れ!」
こんなに堂々と喧嘩を売られた文官の頭には血が上っており、まともな話し合いは出来そうにない。まぁ、こうなるように仕向けたんだけどな。
「小悪党に名乗る名などござらぬ」
周囲を見渡すと野次馬達が集まっており、俺の返答に小さな笑いが巻き起こる。
「我らを侮辱してただで済むと思っているのか?」
「いくらで済ましてくれるのでござろうか? 生憎と拙者手持ちが少なく、安くしていただけると助かるのだが……」
完全に舐めきった俺の返答に文官の一人が剣を抜く。
流石に刃傷沙汰になりそうになり、野次馬達の中でざわめきが起こる。
よし、目論見通り。あとは隙を見て女の子を逃がすだけだな。
「半端な腕なら向かって来ぬ方がいいですぞ? 拙者加減など出来ません故に」
あー。超難しいよ、この喋り方。カコウはよくこんな喋り方出来るよな。
「貴様ッ!」
文官が剣を掲げ斬りかかってくる。
「よっと……」
何の捻りもない斬り降ろし。つい先日まで戦場で戦ってきた俺にはぬる過ぎる一撃。腰を掲げ少し後ろに飛ぶだけでかわせる。
流れも全然できちゃいない。俺も最初はこんな感じだったんだろうか?
「このっ!」
文官は返す刀……剣といった方がいいか。返す剣で振り下ろした剣を下から上に、袈裟切りの要領で振るう。
鞘を付けたままの刀で剣の腹を叩いて軌道をずらす。流石に力はあるようで、手が少し痺れた。
二回の動きで身体能力に頼りきった一撃であるという事は解った。本気を出すまでもない。軽くあしらえる相手だ。
カコウ曰く、あまり鞘で人をぶっ叩くべきではないとの事だが、守りもおぼつかない文館に本気でかかって行ったらそれこそ怪我人が出るし、そもそも刀と鞘はガッチリと紐で結ばれて抜けないし。
「多少痛い思いをするが、我慢しろよな!」
俺はそう叫ぶと、文官の足を重点的に狙って鞘でぶっ叩く。
この相手がカコウやレイラだったら態勢に影響のない一撃はよけずにわざと当たったりしてカウンターをしてくるのだが、剣術に詳しくないと思われる文官はご丁寧に一撃一撃を避けようとしてくるので、自然と隙が出てくる。
「はい、終わりッ!」
身体に三発づつ打撃を与えられた文官は苦しそうに呻く。
そろそろ逃げ出したいところだが、女の子を連れて逃げるのは少々厳しいか。もう少し自由を奪わないとな。
『一体何事だ!』
野次馬の向こうから数人の声が聞こえてきた。
やば、兵士来たか? 流石に捕まるわけにゃいかねぇぞ。いくら文館に落ち度があるとはいえ、俺が捕まればクレアとかに迷惑が掛かりそうだ。
どうする、女の子だけを残して俺だけ逃げるか?
「何の騒ぎだ!」
人ごみをかき分けて出てきたのは見知った顔が四つ。
いわずとも、アトラ、ガルディア、ドルフ、ローチだ。
「よし、逃げるぞ!」
ひたすらオロオロしていた女の子の手を荷物を掴んで人ごみをかき分けて逃げ出そうとする。
「貴様、またんかッ!」
叫ぶドルフ。視界の隅でアトラがウインクをした。どうやら逃げろと言う事か。
戸惑う女の子を連れ路地裏を駆け抜ける。
背後で野次馬達が「いいぞ、東国のにーちゃん!」だなんて俺に声援を送っていた気もするが、とりあえずこの場から離れる事を優先しよう。
「はぁ、ここまで来ればもう大丈夫だろ」
市場から外れた場所まで走ってきた俺は石の上に腰を下ろす。
住宅街のようで、人通りもあまり多くはない。
「あ、ありがとうございました……」
女の子は不安げな瞳で俺を見つめてくる。視線からはあんな事をして大丈夫なんですか、そう言っているようだった。
「いいって。困った時はお互い様。悪いのは明らかにあの文官達だし」
マントにフード姿での全力疾走は流石に熱い。フードをずらして少しでも熱を放出しようと胸元を仰ぐ。
「え、と、東国の方だと思っていたのですが、その髪の色……」
女の子に言われて気がついた。やべ、何やってんだよ、俺!
「いやぁ、あはは……」
急いでフードをかぶり直した。
「せ、拙者は正真正銘東国の者でゴザルヨ?」
慌てて取り繕う俺の姿がおかしかったのか、女の子は声をあげて笑う。
「で、でも、大丈夫なんですか……兵士さん来ましたし……」
「あー大丈夫、あいつら俺の知り合い。今頃うまくやってくれてるだろ。文官叩きのめしたからと言って手配されないって」
目の前の女の子はいったい俺がどんな人間なのかわからなくなったようで、不思議そうな表情を浮かべて俺を見つめる。
「なんだ、俺この国の兵隊やってんの」
「へ、兵隊さんなんですか!?」
急に畏まる女の子。それほどに違うのか。町人と俺達の身分は。
「いや、そうはいっても偉くも何ともないから畏まらなくてもいいって」
「いえ……」
そう言ってもという表情。もう少し話したかったんだが、これ以上話してもぼろが出そうだ。出来るだけ真田槍助という人物はこの出来事に関わらない方がいい。
文官とのいざこざはクレアの方に影響がないってわけでもなさそうだし、部下の問題行動は上司の責任にもなるしな。折角表彰されたんだ。顔に泥を塗るわけにはいかない。
「じゃ、俺行くな。露天やるんだったら訓練所の近くの通りのほうがいいぜ。客は変わるけど、問題は少ないぜ」
クレアやエリファとかは毎回口うるさく町人に迷惑をかけるなと言っているから、今回みたいに難癖をつけてくる奴は少ないだろうし。それに訓練所の近くなら俺も会えるかもしれないしな。
「あ、ありがとうございました! お、お名前を聞いてもよろしいですか?」
真田槍助と答えるべきか悩んだが、ギメイとだけ告げて足早にその場を去った。
元の通りまで戻った俺は遠くからアトラ達が居るか探したが、店の中にも通りにもその姿は見つけられない。一足早く戻ったのか。
薄情者と文句の一つでも言いたい気分になったが、もとは俺が騒動に首を突っ込んだからこうなったんだ。寧ろ、俺の方が文句を言われる立場だな。
溜息をついて、俺は訓練所へと向かい一人で歩き始めた。
更新です。
なかなか書けない。どうしてだ?
きっと景気だ、景気が悪いから書けないんでしょう。
そんなことないですよね。
連休中に何とか二話分書いたので一気にUP。