第六十七話 『たまには男どもと』
−オルタルネイヴ商店街−
「頭痛てぇ……」
コメカミの所が痛む頭を振って、何とか痛みを紛らわそうとするが、無駄な抵抗でしかない。
数秒間は痛みの症状は治まるのだが、傷口から血が染み出すように、じわじわと痛みが戻ってくる。完璧な二日酔いの症状だ。
「情けないのう……一晩寝て起きたら痛みなんか全くないって言うのにの」
髪を戦闘民族のスーパーモードのように逆立てたガルディアがのん気に俺の肩を叩く。
「昨日その式典に参加出来なかった俺達への挑戦とみて良いな?」
自室待機だったアトラが頬を膨らませて、俺とガルディアを睨む。
「俺は参加出来なかったが、参加資格がない訳じゃない。一緒にするな」
青い髪で眼帯をした男、ドルフが肩を組もうと手を伸ばしてきたアトラの腕をすり抜ける。
「うっそ、味方は居ないのか!」
周囲を見渡すアトラ。ローチに目が留まるものの、ローチは申し訳なさそうに目を伏せる。不憫だな。
「むくれるなよ。だからこそ、こうして皆で埋め合わせをしようと街に出てきたんじゃねーか」
「それもそうだな!」
復活早ッ!
一瞬で目の輝きを取り戻したアトラは立ち並ぶ店を見渡し、一軒の食堂を指差す。
「じゃぁ、早速飯を食おうぜ。もちろん、料金はさなだんとガルディーとローチの驕りな! 行くぞ、ドルフッ!」
我先にと食堂に駆けてゆくアトラ。負けじとそれを追うガルディア。残された俺とローチとドルフはため息を付いて二人を追って店に入った。
「いらっしゃいませー!」
店に入ると、香ばしい匂いが鼻いっぱいに広がる。あまり腹は減ってはいなかったが、匂いだけで活動を休止していた胃袋が動き出したようだ。
二十代前半の看板娘に席へと案内され、丸い机を五人で囲むように座った。
「えーっと、あれとこれと、それと……」
自分で注文を考えずとも、次から次へとアトラが注文をするので、メニューを見る必要も無い。
というか、少しは遠慮しろよ。いくら驕りだといっても、注文しすぎだろ。
机の上には大量の料理が並んでいる。
その身体のどこに入るんだってぐらいアトラは料理をかっ込む。
「おいおい、落ち着いて食えよ……」
二日酔いであまり食欲の湧かない俺はアトラの食いっぷりを見てるだけで気分が悪くなる。
「やけ食いも入ってるんだよ!」
「自暴自棄になるな。きっと良い事もあるさ」
「昨日の式典に参加した奴らで、何人か部下持ちになったって噂を聞いたんだぞ」
「あぁ、というか部隊を率いるようになるから呼ばれたんじゃ。そこに居る怪しい恰好のサナダも含め」
タイミング、タイミングが悪いよ、ガルディア! 名のある将になる事を目標にしているアトラにそんな事言うんじゃねぇ! 怒りの矛先が俺に向くだろ!
「なんだと!? さなだんはもうそんな所まで、畜生!」
パスタを吹き出しながらしゃべるアトラ。こっちの世界では他の呼び名があったが、パスタの方がしっくりくる。
うどんをそばと言って出す地域があったら適応しにくいだろ。それと同じさ。
「はぁ、これもコールヒューマンの力かぁ……」
「確かにサナダさんは意見の言いやすい立ち位置ではありますが、それだけで一兵から出世できるとは言えませんよ。常識に縛られない考え方が出来るからこそ、手柄に繋がる助言をできるのです」
不貞腐れるようにこぼすアトラをたしなめる様に言う。正直そこまで言われるとむず痒い。
「俺は自分に出来ることをやってるだけさ。途中で無理だってあきらめたくないだけ」
「なるほどね……すまん、さなだん! 俺が悪かった!」
「別に良いって。気にしてねーし。誤られる方が気色悪い」
そう言うと、アトラは苦笑いを浮かべた。
「サナダ、一度聞きたかったんだが、東国の大将とはどういう仲なんだ?」
今まで話を聞いてるだけで口を開かなかったドルフが口を開いた。
「ど、どうって……いったいどんな意味でだ?」
ドルフは寡黙で取っつきにくい。ガルディアやローチ、アトラと違って冗談もあまり言わない。あまり深く付き合ったことのないタイプの人間なので対応に困る。
「そのままの意味だ。東国の者を除けば、義勇軍、正規軍の誰よりも親しいように見えるが」
「まぁ、見かけたら話し掛けるぐらいだぞ? んーどんな仲って言われても戦友とか友達としか言いようがないな」
もしかしてドルフはカコウを狙ってるのか? 確かに外見も良いし、性格だって悪くないしな。
「何か勘違いしているような顔だな」
半目で俺に釘を刺してくるドルフ。あれ、違ったか。
「カコウだけでなく、誰にでも慕われとるからの、サナダは」
串焼きの串を加えたままガルディアが笑う。俺やアトラと同い年らしいが、中身はまんまおっさん。外見も少々老け気味だが、ここは言わないでおいてやろう。それも優しさの一つだ。
「基本飯の時や自由時間は何かしら誰かと一緒にいますよね?」
「大抵お前らとつるんでるだろーが。それは俺だけに言えるセリフじゃないだろ」
「いつも一緒に居るような口ぶりですけど、サナダさんが思ってるより僕らとつるんでないですよ?」
「うそ、俺仲間外れ!?」
今明かされる衝撃の事実。今日は涙で枕を濡らすことになるだろう。つか、今泣いていいですか?
「いや、そんな泣きそうな目でこっちを見るな馬鹿。俺達がお前を避けてるんじゃなくて、お前が女将達と一緒に居るのが多いからだろ?」
言われてみれば何だかんだでアリシャやレイラ達と一緒に居るような気もする。だが比率でいえば半々だと思うぞ。フィフティーフィフティーだ。
『なんだ、これは!』
店の表から男の怒鳴り声と何かをひっくり返したような音が響く。
何事かと俺たちは店の窓から外を窺った。
店の向かいの道で男三人が行商の女の子に絡んでるようだ。
「あの身なり、王都の人間ですね。おそらく、この領の実情を調べるために付いて来た文官といったところでしょう」
「じゃあ、あの子がああやって文官に目を付けられるって事は、悪いもんでも売っていたのか?」
「いえ、憂さ晴らしでしょう」
「は? 憂さ晴らし?」
もう一度聞くと、ローチは頷く。他の奴に視線を移しても静かに首を振るだけだった。
「文官といってもワシらと同じじゃけ。そこらの商人なんかとは身体能力が違うんじゃ」
「つうことは、弱い者いじめか?」
「まぁ、そうなるの」
窓の外では女の子が怯えた表情で助けを求めているが、誰もが係わりたくないのだろう。足早に通り過ぎるか、遠くから事の成り行きを見守っているだけ。
「おい、サナダどうした?」
「どうもこうもない、奴らぶっ飛ばしてくる!」
「やめとけ。文官といざこざを起こしてもいい事はない。どんなに向こうが悪くとも、こちらが悪くなる。文官とあまりもめない方が……」
「じゃあばれない様にぶっ飛ばす!」
「おい……」
呆れた表情を浮かべるドルフ。
「すまん、アトラ。もしかしたら俺はこれで今日一日逃げ回るかもしれね。穴埋めはまた今度ね!」
アトラに手を合わせ、フードを深くかぶり、顔が見えない様にして外に飛び出した。
「全く、あの馬鹿」
真田の駆け出す背中を眺めてドルフが額に手を当ててぼやく。
「まぁ、でもさなだんらしいと言えば、らしいじゃん?」
アトラッシュはそう言うとコップの水を飲み干した。
「自分に得が無いと知ってもなお、駆け出す。そんな人の良い性格だからこそ、皆に慕われるんじゃないですか?」 ローチが苦笑を浮かべながら言うと、ガルディアが大きく歯を剥いて笑う。
「そうじゃな。さて、ワシらはどうする?」
真田が文官達のところに辿り着いたのだろう。足早にその場を去ろうとする者たちが足を止め、店の前の通りには人だかりができていた。
一同はガルディアの問いに頷いた。
はい、しばらく更新が途絶えてましたが、ようやく再開の目処がつきました。
いろいろと忙しかったんですが、なんとか落ち着きました。
楽しみにしていた皆さんには迷惑をかけました。
これからもがんばりますので、よろしくお願いいたします。