第六十三話 『訓練禁止期間実施中!』
−オルタルネイヴの街−
修練所に戻ってきて十日が経った。何日か振りに部屋に戻ってきたのだが、荷物も何も無い殺風景な部屋なので居ても面白くもなんとも無い。
外に出れば丁度合同訓練を行っていたアリシャとレイラ隊を発見。俺も訓練に混ぜてもらおうと思ったのだが、声を掛けて三秒で追い返された。怪我人は大人しくしてろだってさ。まぁ、十日間このやり取りの繰り返しだけどな。
まぁ、実質今日もやる事が無いので自由気ままに修練所内を歩く。
「あぁ、違う、そうじゃないでござるよ」
庭の方から見知った声と独特の喋り方が聞こえてきたでござる。
人が居るところに集まる寂しがりやの様に声に惹かれてフラフラと声のする方向へと歩いてゆく。
「そう、そうやれば良いでござるよ」
「いやはや、訓練ご苦労様でゴザルよ?」
手を叩きながらカコウの元へと歩み寄る。カコウの周りには五人ほどの東国の奴らが居て、全員刀を抜いている。
「おや、真田殿ではないですか」
カコウが俺の存在に気が付いて訓練を一度中断させる。
「いや、気にしないでくれ。そのまま続けて」
俺が話し掛けた為に訓練を中断させるのはしのびがたい。俺のような不真面目人間ならば訓練が中断されるのは嬉しい事だが、此処に居る東国の奴らは皆、真剣に訓練に取り組んでるようで、訓練が中断される事を良しとしないだろう。
「かたじけない。ヤタ!」
カコウは一度礼をすると、少し離れた場所で斬撃の捌き方を教えていたヤタに声を掛ける。
ヤタは指導していた奴に手のひらを見せて訓練を中断させると、此方に駆け寄ってきた。
「カコウ殿、どうなされました? っと、申し訳ありません。真田殿が居ながら、挨拶を後回しにしてしまって。真田殿、本日はお日柄もよく……」
「あーそれ長くなりそうだからカットな。とりあえずおはよう、ヤタ」
ヤタの言葉を遮るように無理矢理、言葉をねじ込んでヤタとの挨拶を済ませる。
挨拶を途中で途切れさせられたのが悔しいのか、ヤタは少し眉を寄せる。ごめんな、ホントは聞いてやっても良いけど、天気から入って体調、此処最近の出来事を言われ、ここぞとばかりに色んな事を『挨拶』と称して言われる俺の身にもなってくれ。修練所に戻ってきた翌日にそれを言われた時は正直焦ったぞ。
「で、カコウ殿何か用で?」
「拙者、真田殿と話があるので、後は任せます」
「承知」
ヤタは頷くと手早くカコウが訓練を受け持っていた者達を集め、訓練を再開した。これが人の上に立って指導する人間の手際なのかな、なんて思いながら、離れてゆくヤタの背中を見守った。
「さて、拙者に何用ですか、真田殿」
カコウは懐から手ぬぐいを取り出すと、汗を拭った。どうやらどっかりと腰を下ろして話す気になっているようだ。カコウには悪いが、話し相手になってもらわずとも、遠くから訓練している様子を眺めているだけでよかったのに。
変なところで融通の利かないカコウだが、まぁ其処が良さなのかも知れない。
「まー用って程じゃないんだけどな。ただ、姿を見かけたから声掛けただけ」
「左様でござるか。まぁ、ここ数日アリシャ殿やディレイラ殿の元に行っては追い返される姿を目撃してましたから、相当暇を持て余してはいるだろうとは思っておりましたが。拙者でよければいつでもお相手しますよ?」
カコウはそれが当たり前と言う様な口調で言い放つ。本人は全く気にしてないようだが、そんな事を言われたら、カコウの指導の時間を割いてしまったことが申し訳なく思ってきてしまう。
「まーでも連日カコウのところに来てたらカコウが訓練できなくなるから、遠慮しておくよ」
一瞬カコウの表情が曇ったようにも見えたが、一度視線を外し、再びカコウの顔を見ると、そんな雰囲気なんて全くなかった。
「では、今だけでもお付き合い致しましょうか」
ヤタらから少し離れた場所に腰を下ろすカコウ。少し悪い気もするが、此処は言葉に甘えときますか。適当に切り上げてしまっても暇なだけだし。
「こうも連日することがないと、逆に落ち着かねぇよ」
「身体を休める事も大事ですよ?」
そうはいっても、夏休みの盆明けのように、長い休みに飽きてきて、そろそろ学校はじまんねぇかな、って思うのと同じで、今は少しきつい訓練でも受けたくなっている。
体育系の部活動などでは一日休めば、その一日分の遅れ、身体のなまりを失くす為に三日は掛かるって話を聞いた事がある。その原則を今の俺に当てはめてみると、三十日は頑張んないといけないらしい。無理。
「カコウ、今からちょっと動きとか確かめたいから、少し刀合わせねぇ?」
「駄目でござるよ、真田殿は今、療養中の身。焦って身体を動かす事よりも、一刻も早く傷を治す事を優先した方が良いでござる」
台風の日に外に出たがる弟を嗜めるような口調でカコウが言う。少しは俺の提案を了承してくれると思っていただけに、ショックはでかい。しょぼくれる俺を見て、カコウが微笑む。
「でもよー、こっちに来てから、正式に戦に参加する事になって、戦、移動、戦、訓練、戦とずっと怪我が完治しないまま駆け回ってきた身としては、こうも暇だと不安になるんだよ」
戦が終わってから何日か暇な日はあったが、その日にも訓練を行っていたので、俺自身暇だと思う事もなかったが、今回は違う。全面的に訓練禁止令が施行され、隠れて刀なんか振った日にゃ、何処で監視されているかわからないが、すぐさま誰かが飛んできて注意を受ける。今回は皆訓練中でカコウさえ黙っててもらえれば何とかなりそうだったのだが、カコウすら駄目らしい。
「だからこそ、今の療養期間を大事に過ごすでござる。怪我が治れば嫌でも訓練に参加させられるでしょうから、今は焦らない事です」
アリシャやレイラ達のように『大人しくしてろ、馬鹿』とか、『怪我人は休んでて』と一言で済ませず、論で諭されればもう何もいえない。
「カコウが言うならしょーがない。許可出るまで大人しくしておきますか」
「それが得策でござる」
そういえばカコウに聞いておきたい事があった。
修練所に戻る前、俺が隊を率いる事になると告げられた。未だに実感はないが、ジーニアに難しそうな本を読んで置くように手渡されたりした。恐らく将の中では、俺が隊を率いるという話は確定事項らしい。まだ話は将の中で留めて置くように言われているのか、兵士クラスの奴らからはまだ一言もその事について質問はされていない。
「俺が隊を率いるって話はマジかよ?」
「何を今更。もうそれは決定事項で、真田殿の他にも働きの良かった者たち数名が兵を率いるという話は進んでいるでござるよ。今回の帰還もそれにあわせて行われたと思いますし」
それだったら尚更聞いておかなければいけない事がある。
「なぁ、隊を率いるのってどんな感じかな? やっぱ気苦労とかあるのか?」
俺の質問にカコウは眉を寄せる。
沈黙すること数十秒、一度頷いてカコウが口を開く。
「確かに戦の時では撤退などの判断が遅れれば、取り返しの付かない事態になりますが、兵を扱う事は考えるより難しくないでござるよ」
カコウはそう言うが、実際カコウは東国武士団をまとめてきたからそう言えるのかもしれない。今の俺からしてみれば、いつ攻めれば良いのか、いつ退けば良いのかなんて判断付かない。今までの戦は戦闘の合図や戦い方なんてのは他の奴の指示があったからこそ、的確に行えてきた。
「習うより、慣れろと言うように、これは考えるよりも実際やってみた方が良いでござるよ。拙者らでよければいつでも模擬戦闘の相手になります」
「そっか、サンキュ。そん時はお願いするよ」
カコウが一度言うか言うまいか迷ったように、言葉を途切れさせ、しばらく無言になる。
「それともう一つ。近日中に国王と領守導員が此方に来るようでござる」
「リョウシュドウイン?」
国王は聞いたまま。説明する必要も無い解りきったものだが、リョウシュドウインというのは初耳だ。
「あ、真田殿は知りませんか。領守導員」
「あぁ、全然。初耳」
こっちに来てから色んな事を教えてもらったが、どうも歴史や国についての話では意識が飛んでしまって記憶に無い。恐らく記憶が途切れ途切れの時に教えてもらったに違いない。こうも頭の中にリョウシュドウインという単語がないところから見るときっとそうだ。
「領守導員とは、簡単に言えば、領主を監視する人達の事です」
いかん、意識とばなくてもなんで監視する必要があるかなんてわかんねぇ。
「えっと……領守導員ってのはなんで監視するんだ?」
「うーん、まず基本から説明するでござるよ。何故領主は存在していると思うでござるか?」
なんで領主が居るかって? とりあえず必要だからしかおもいうかばねぇぞ?
俺の明確な回答がなかった為か、カコウが話を進める。
「国というものは大きくなればなるほど、問題が増えるでござる」
そりゃぁそうだ。国が、土地が広くなればなるほど、其処に住む人間の数も増えて、来るのは当然だな。
「ならば、その中には、支配から逃れ、自分の土地を持とうと考える者も出てくるでござる」
国が広けりゃそれだけ監視の目は行き届きにくいしな。そういった野心家も中には居るだろうな。
って、そういうことか。
「つまり、領主ってのは、その土地に住む者が反乱を起こさないように監視する人間で、領守導員ってのは領主が反乱を起こさないように監視する役割か」
「その通りでござる」
やった、大正解! なーるほど、こっちの世界にはこっちの世界なりにルールがあるんだろうな。
「サンキュ、カコウおかげでまた一つ賢くなれたよ。でもなんでこんな事言うのをためらったんだ?」
その領守導員と国王がこっちに来るって事は確かに大事だが、ためらう内容でもあるまい。俺からしてみれば、学校に市長と文部省の人が教育状態を視察しに来るのと変わらないぐらいのレベルにしか思えないのだが。
「何もなければいいのでござるが……」
「何もなければって?」
「聞いた話によると、クレア殿やアリシャ殿らはこのアド帝国の侵略戦争の騒動の最中に自警団という街の自衛集団から領主や将といった地位になったのでござるが、果たしてそれを領守導員が許すかどうか……」
んー、難しい話はよくわからないな。とりあえず、近日中に国王とかが来てから悩めばいいか。
「っと、結構時間経ったな、すまん、訓練の邪魔して。俺はそろそろ行くよ」
「あ、そうでござるか。ではまた後で」
まだ話したい事はあったりするが、いつまでもカコウの訓練の邪魔をしてたら、後々アリシャとかから文句を言われかねない。運がよければ、夕食の時にでもまた会えるだろうし。
「さーて、夕飯まで何してようかな……」
日はまだ高く、夕飯の時間までかなりある。隠れて身体でも動かそうかとも考えたが、ヤタらの所に戻ってゆくカコウの背中を見つめ、その考えを振り払った。
もう少しだけ辛抱してますか。
少しアップまで時間掛かりましたが、なんとか。
思いのほか長くなり、途中で分ける事にしました。
これから二、三話は謁見になります。
では、次回もお楽しみに。