第六話 『何が何なんだ!?』
−オルタルネイヴ、領主の館の一室にて−
まだ日が昇っておらず周囲は明かりが無ければ一寸先も見えない、そんな状況で机に座って話す人影が二つ。
「一ヶ月、彼を見てどうですか?」
「えぇ、クレア。確かに彼は戦い方を知りませんし、話を聞けばこちらよりずっとずっと便利な世界のようで」
「便利な世界?」
はてな、と首をかしげて人影の一人、クレアは自分の頭の中で『便利な世界』というのを想像したが全く検討がつかない。
「はい、道は整備され、『くるま』というモノが人を乗せ走っているんだそうですよ? 此処から隣町までなんてあっと言う間らしいですよ」
クスクスと嬉しそうに声のトーンを上げて喋る人影。小学生が学校で先生から聞いたことを親に喋るような雰囲気にクレアはくすりと笑った。
「一度、見てみたいですね。で、単刀直入に聞きます、彼は戦えますか?」
場の空気を持ち直して、もう一人は考える。
「…今は、無理です」
「今は?」
クレアの疑問に答えるようにもう一人は口を開く。
「一ヶ月共に過ごして判ったことがあります。まず、彼は日に日に『覇気』の事を覚えてます。本人は無自覚でしょうが。それにしても全くその事が解らないはずなのに感覚として掴んでいる……」
「才能…あるかもしれないですね」
二人はコクリと頷いた。
「では、彼には悪いですが、理由をつけて軍事訓練にも参加させて下さい」
「はい、わかりました」
クレアは最後に口を開こうが迷ったが、気がつけば口を開いていた。
「エリファ、すいません。いつも貴方にこんな役割を……」
「いいえ、友達の頼みですもん、気にしませんよ。そして、謝らず、礼を言って欲しいな」
にっこりとエリファは笑い、部屋を出た。
「ありがとう」
誰も居ない部屋でクレアはそう呟いた。
ーオルタルネイヴ、朝ー
真っ暗闇に一筋の光が差し込む。頭の中で、朝が来たんだなと認識すると俺の意識は急に夢の世界から全力で逃げ出す。
この夢は愉快な内容だったからもう少し見ても良いだろう、と頼んでも意味は無い。
ぼんやりと目を開けた。視界に広がるのは見慣れた天井。一ヶ月も寝泊りすればそうなるか。
上半身を起し、頭を掻いてしばらくぼうっとする。
深呼吸を一つ。
「一ヶ月か……」
今までは不安などが多く、考える暇など無かったのだが、最近は殆んど暇である。
エリファ達は忙しいのか、最近は朝少し姿を見せて、その日一日の予定を言って姿を消す。此処ずっとそんなパターンだ。
勉強の甲斐あってか、最近は一人で街まで言っても迷うことは無い。まぁ、危ないときもあるが。
暇なときこそ余計な考えが浮かんでくるもんで、今の俺の頭の中には俺の居た世界がどうなっているかということばかり。
高校二年生が行方不明、神隠しか! なーんてニュースで騒がれているんだろうか。
親父やお袋は心配してくれているだろうか。何人俺の家に来てくれるだろうか。
「帰りてぇよ……」
ぽつりと呟いた言葉は風に混じり、消えていった。
その日、俺は珍しくエリファに連れられ、訓練施設のようなところまで連れて来られた。
中世を舞台にした映画や漫画でしか見たことの無いようなものが沢山ある。案山子のようなものが鎧を着けていたりとか、案山子がハリネズミになっていたりとか。
「こ、こんなとこに来るのは初めてだな……」
エリファに語りかけるが、何も答えてくれない。
「残念なお知らせがあります」
くるりと振り返り、俺の瞳を見つめエリファは深刻な面持ちで口を開く。
「元の世界に帰る方法を取ろうと思ったんですけど、それには一つ問題があります」
「も、問題って!?」
帰ることを諦めかけていた俺に、思いもよらぬ好転機。
どんな無理難題でも乗り越えてみせましょう、俺のため!
「はい、元の世界とこちらの世界を繋ぐゲートを通る時、身体を覇気障壁というもので身体を包む必要があります」
は、ハキショーヘキ……確か教えてもらったぞ。
バリアーみたいなもので、矢や斬撃、打撃から身体を守るんだったよな。
それを俺が使わなければならない?
無理、無理、無理ッ!
んな事出来りゃ、俺はヒーローにもなれるぜ。
「俺がそれを使うだなんて無理じゃね?」
「いいえ、真田様は気がついていないかも知れませんが、無意識のうちに使っています」
「マジかよ……」
何時の間に俺は人間を超越してしまったんだ。俺の親父かお袋は実は地球外戦闘民族なのか?
「まず、使いこなす為にはある程度危険を冒してもらう必要があります」
ちょっと待て。
俺の意思とは関係無しに物事が進んでいっていないか?
ある程度とか若干なんて付く事は大抵少しなんてレベルの問題じゃない。何を基準にしてるかなんてわかるわけがないから。
「では、今日から訓練矢を使った訓練を行います」
「ちょっと待ってくれ、俺の意思は聞かないのか?」
これ以上放置しておけばとんでもない方向に話が進みそうなので、ここらでエリファを止めなければ。
「真田様には他に選択の余地はないと思いますが?」
今まで見た事のない険しい表情を浮かべ、エリファは壁に立てかけてある弓を手に取った。
「ちょっと待てぇッ! 死ぬ、矢とか当たったら絶対死ぬ!」
「大丈夫です、鏃は付いていませんから、当たっても死にません」
エリファは矢の先にちょっと茶色い色に変色した布を巻きつけた矢を一本手に取った。
腰の辺りで弦に矢を当て、絞りながら俺に狙いを定める。
風切り音を立て、矢が俺に向かって飛んでくるのは解っているのだが身体が動かない。
「ちょ……うげぇっ!」
へそより数センチ上の部分に矢が当たり、反射的に前屈みになると食道を何かすっぱいものがせり上がってくる。
「真田様、避けるか覇気障壁を使うことを考えないと身が持ちませんよ!」
次の矢をつがえながら俺に向けて叫ぶ。おおよそ一ヶ月間優しかったエリファの顔が凄く怖い。
俺が何かしたか?
気に障るような事をしてしまったのなら、してしまったで言って欲しいマジで。
「マジで、何がなんッ……」
喋り終えないうちに次は肩へと矢がぶち当たる。
歯が妙なものを噛んだ感覚があり、電流が走るように舌が痛む。
「あがッ!」
思わず口を押さえて顔をしかめるが、エリファの弦を絞る手は休まらない。
俺は涙目でエリファを睨む。
何を聞いても説明してくれないし、何だこの仕打ちは!?
マジでなんなんだよ、この状況を説明できる責任者が居たら出て来いッ!
「ッ!?」
エリファが何本目かになる矢を放ったとき、少し驚いたような顔をする。
ってヤベェ、ヤベェッ!
なんか思いっきり顔面に向かって来てるんですけど!?
俺の意識はそこで綺麗に途切れた。