第五十八話 『右翼砦戦4』
−ゼフィロス隊の陣−
カコウの名乗りが周囲に響く。疲労感など全く感じさせない澄み切った声。
「ふう……」
急に肩に掛かる力が強くなった。カコウは恐らく今ので全ての力を使い果たしただろう。
「大丈夫か?」
「大丈夫でござる。さぁ前に……」
いつの間にか俺達を追い越していったアリシャ隊の背中を追うように、カコウが前に進もうとするが気持ちに身体が付いてきていなく、よろめき倒れそうになる。
「危ねぇって。無茶するなよ、十分がんぱった。後はアリシャ隊や他の奴らに任せて少し後ろで休憩しようぜ?」
カコウを支えるためにカコウの右脇下から入れた俺の手のひらに何か優しい感触があるのはきっと気のせい。ばれないうちに手を離しておこう。これは故意じゃなくアクシデントだからな。
あれ、おかしい、右手がなんか俺の意思を受け付けない。そうか右手が反乱を起こしたか。しょうがない奴だ。
優しい感触を二度楽しむと、ふとカコウの顔が視界に入る。
なんか頬が赤い。良かった。血色はよさそうだ。結構無茶してたようだから貧血とか心配したんだよな。
「あ、あの……真田殿」
「なんだ?」
「み、右手が……その……」
おぉう、右手がなんと胸にジャストフィット! すいません、白々しいですよね。
「悪い、つい」
「真田殿は『つい』でその……」
「そういうわけじゃなくってな」
カコウの追求を受け少し言葉に答えに困るが、カコウの表情は何処かリラックスしているような気もした。俺の気のせいだろうけど。
戦況は恐らくこのままいけば此方の圧勝になるんじゃないだろうか。敵先鋒を打ち倒したわけだから、動揺は水面が波を打つように敵に広がっているはずだ。
士気も高い。これなら俺達が後方で傷の手当てをしている間に戦は終わっちまうかもしれないな。
「傷ついた奴らは俺達と一緒に砦まで戻るぞ!」
そこら辺に落ちていた旗を拾い、布を外し竿の部分だけにして遠くからでも見えるようにして声を張り上げる。
数分もすれば傷ついた兵士達を抱えた奴らが集まってくる。
「コールヒューマンか。悪いが仲間達の撤退を任せる。無事に砦まで連れて行ってくれ」
俺の掲げた旗と言うか竿の元に結構な数の負傷者が集まってきた。
負傷者は今にも死にそうな奴こそいないが、傷の手当てを早くしてやった方がいい奴も居る。
殆どの怪我人が聞き手を怪我してたり、片足を怪我してたりする程度で済んでいて、片腕が千切れた奴とか両足が無い奴は居ない。
時代物の映画などの合戦シーンのように惨たらしい光景が広がってる事も無い。
覇気障壁というものが存在するから命を賭ける戦でも切り傷や擦り傷、打撲ぐらいで済むんだろうな。
「手を怪我している奴らは脚を怪我してる奴らを支えてやれ、荷物は他の奴に預ければいい!」
俺の元に集まった奴らを纏めていると、背後で大きな声が上がる。
きっとアリシャ隊や他の奴らがまた敵を倒した……。
「真田殿、矢ッ!」
カコウの叫び声で背後を振り返ると俺の目の前を矢が通り抜けていった。
地面に刺さり上下に暴れる矢。冷や汗が頬を流れる。
視界の先には十人程度の部下を連れた体つきのしっかりした男が立っていた。
男の傍に居る一人が弓を構えているところから、先ほど矢はそいつが放ったものだろう。
「動ける奴は盾を拾い負傷者を守れ!」
カコウの号令で比較的傷の浅い奴らが一斉に地面に投げ捨てられた盾などを拾い、負傷者の前に壁を作る。
なんだ、敵が何でこんな所に?
急に現れた男の背後では激しい戦闘が繰り広げられている光景が広がっていた。
なんで? こんなに早く動揺している兵達を落ち着かせ攻勢に転じるなんて可能なのか?
「此方の攻め手を破った奴らを見に来たら思わぬ奴らに出会えたもんじゃな」
リーダー格と思われる体格のしっかりした男が一歩前に進み出てくる。
声のトーン、顔からして戦場では珍しいオッサンのようだ。
俺が召喚される十年以上前にあった事件で歳をとったスピリットヒューマンらの数は少なくなっているってエリファに教えられたっけ。
お偉いさんでおっさんらは一杯居るのだが、戦場で士気を取るオッサンと会うのは初めて。明らかに他の奴らと違うオーラに気押される。
「アンタ何者? こんなに早く混乱収めるなんて予想外なんだけど?」
軽口を叩きながらもオッサンから注意は逸らさない。
「コールヒューマンと言うのは口の利き方もわかっとらんのか。礼儀のなっていない奴に名乗る必要も無いんじゃが、名乗っておこう。マッシュじゃ」
「聞かない名前だな……」
マッシュと名乗ったオッサンを睨みつけながら負傷者から距離を取る。
俺自身も五体満足って訳じゃないが、他の奴らよりかは動けると思う。
「マッシュ? マッシュだって! あの……」
「アリヴェラ平原の総大将じゃないか!」
なんかとても有名な人らしい。
ファッションモデル指差してあの人スタイル微妙と言ってしまった時の様に気まずい。というか恥ずかしい。
「俺は真田……真田槍助」
「名前は知っておる。だが、見るのは初めてじゃな。手合わせ願おうか。お前らは背後の戦闘の援護に行け」
マッシュは部下に指示を出すと、十人ほどいた奴らは身を翻しアリシャ隊の元へと駆けて行った。
このオッサン阿呆か? 一人で俺達を相手にするつもりか。いくら怪我してるって言ったって、その力はゼロじゃないんだ。
「なめるな!」
負傷していた二人が剣を掲げ、オッサンに斬りかかって行く。
「手負いの者が束になったところで!」
無駄の無い素早い動きで二人を切り伏せるオッサン。斬りかかった二人は死んではいないようだが、相当強い一撃をもらったのか、うずくまっている。
ヤベェ、滅茶苦茶強いぞ! 明らかに強いって解ってる奴と戦いたくないんだけど!?
「真田殿、拙者が時間を稼ぐので、その隙に負傷者を安全な所に!」
カコウは自らの長い刀を抜き放ちオッサンに向かってゆく。
自分一人で立ってられないほど疲れていた奴の動きとは思えない。
「カコウ!」
長さを生かした斬り伏せをオッサンは難なく避ける。
「ッ!」
避けられるのを見通していたのか、カコウはすぐさま突きを繰り出す。
決定的な一撃はまだ決められてないが、明らかにカコウはオッサンを押していた。
もしかしたらいけるんじゃないか?
そう思った矢先だった。急にカコウのスピードが落ちる。
「大した意思を持って居るな、だが!」
オッサンの一閃がカコウを捕らえる。
カコウは障壁を展開したが、力を全て抑えることが出来ず、その場を転がる。
「満身創痍のその身体でワシを相手するにはちぃっと無茶だったようじゃな。カコウと言ったか。主の境遇には同情するが、だからといってこのまま捨て置くと此方が危うくなるのでな。ここらでその命絶たせてもらう!」
ヤベェ! なんだかしらねぇが、あのオッサンはカコウを容赦なく殺す気満々だ!
させやしねぇッ!
戦いたくない相手だが、此処で見てるだけじゃカコウが危ねぇ。やるっきゃない。
「そいつに手を出すんじゃねぇよ!」
靴底で障壁を弾けさせオッサンとの距離を一気に詰める。
「ッ!?」
流石に俺の飛距離に驚いたのか、オッサンがカコウに向けていた剣の先を俺に向ける。
着地と同時に刀を大きく振り、オッサンとカコウの距離を開けさせる。
「カコウ、下がれ! 俺が何とかする!」
「かたじけない!」
カコウは態勢を整えると俺の後ろに下がった。
「行くぞ、オッサンッ!」
まだ少し敵数人と戦った後遺症で左腕が痛むが、問題は無い。
最低限の振りで隙を少なくし、オッサンに斬りかかるが、あまり効果は無い。
「そのような腰の入ってない一撃など!」
オッサンのかなり重い一撃が俺の展開した障壁にぶち当たる。
マジで本気でやらなきゃ危ない。
心を黒く塗りつぶせ。相手の痛みなんか考えるな。
「だぁぁぁっ!」
「感情を剥き出しにした攻撃など!」
オッサンの剣に刀を押し当てる。
常識で考えれば力のあふれる十代にオッサンが力で対抗できるはず無いのだが、歳を感じさせない力が俺を押し返そうとする。
歳はそういえばスピリットヒューマンには関係なかったっけ?
「その程度か!」
オッサンに力負けし、後ろへと飛ぶ。
「先ほどのカコウといい、そのような貧相な剣でよく戦うものだ。君は異世界人というより、東国の若武者だな」
「日本武士の底意地、見せる時ぞ!」
カコウの台詞をパクってみる。
「ニッポン? それが若武者君の国の名前か。いいだろう、ニッポンブシの力を見せてみろ!」
オッサンが力任せに剣を振り下ろしてくる。
刀でその切っ先を受け、勢いを殺しながら小手に剣を打ち当てる。
右手一本で突きを繰り出す。
流石にオッサンも俺の行動は予想しきれて居なかったらしく、刀の切っ先が鎧を掠め、装飾品と思える飾りが地面に落ちる。
「油断した……やるなぁ、若武者君」
さっきの一撃でオッサンにダメージを与えられなかった事は痛い。
オッサンの構えが変わり容易に打ち込めない状況になった。
「もう少し時間を掛けて若武者君の手の内を見たいところだが、此方の足元をすくわれかねないのでそろそろ決めさせてもらう」
オッサンが剣を振り上げる。
「ッ!」
先ほどとは比べ物にならないスピードと威力をもった剣戟。刀で受け流しても手にそのまま強い衝撃が走る。
攻撃の隙を突いて一撃をお見舞いしようにも、オッサンの攻撃は止む事が無い。
「真田殿ッ!」
背後でカコウの声が聞こえる。
受けるだけで精一杯で、状況を落ち着いて見ることが出来ないが、カコウの口ぶりからかなり俺は追い詰められてるんだろうな。
障壁を貫通し、カマイタチのようなものが何度も俺の身体を掠める。
一撃を受け止めるごとに身体に鉛を付けられている感覚。
「これだけ打ち込んでも障壁を破れないとは……流石じゃな」
「舐めんなよ……」
強がっているものの、かなりヤバイ。全身は針で刺され続けているような痛みがあるし、足も重い。
このままオッサンの攻撃を受け続けていれば障壁を破られ、斬られる。
何とかしてオッサンに隙を作らなければ。
でもどうやって?
「守る一方では勝てんぞ!」
またオッサンの嵐のような攻撃が始まる。
「ッ!」
地面を転がるようにして攻撃を避ける。
俺の身体も限界が近い。身体を動かすたびに全身が軋む。そろそろ起死回生の一撃を考えなきゃ。
何かつかえそうなもんは無いか?
周囲にあるのはオッサンの鎧の装飾品だけ。
いつのまにか、マラソンした時のようにわき腹が痛みを覚えている。
左手でわき腹を押さえると指先にある者が当たった。
頭の中である危ない考えが思い浮かんだ。
これならもしかしたら何とかなるかも知れないが、身体の方が付いて来るかどうか……。
待て、そういえば……いつもやばい時は刀を強く握って力を込めたら不思議と力が湧いてこなかったか?
こっちに来た時エリファに覇気とトーキって奴について話を聞いたよな。
アリシャとレイラが打ち込みに集中してしまい、俺とエリファはそのまま放置して別のとこに行ったっけ。もしかしたらそのトーキってのは武器を強く握って力を引き出すように念じるやつなんじゃないか?
駄目もとでもやってみるか。
柄を強く握る。
俺に力を貸せ、時々俺が見せるようなすげぇ力を。
引き出せ、俺の中にあるもの全てをッ!
「ッ!」
いつもの頭痛。だが、なんとなくそれの抑え方が解るような気がする。痛みに意識を集中せず、刀に意識を集中させる……。
「……」
頭痛の痛みが引いていく。頭痛だけじゃない。身体の痛みもなくなってゆく。
身体は嘘のように軽い。
これなら……いける!
「そろそろ終わらせよう、若武者君」
オッサンが剣を構える。
来る!
刀を右手で持ったままベルトの金具に手を当て、金具を外しベルトを一気に引き抜く。
ウエストサイズぴったりのズボンはずり下がることは無い。腰のベルトは服装検査で引っかからないように付けているだけだ。
手にしたベルトを鞭のようにオッサンの顔に叩きつける。
「何ッ!?」
予想外の俺の動きにオッサンは強く障壁を張る。
ベルトと障壁がぶつかり光を放つ。
足元に転がっていたオッサンの鎧の装飾品を掴み上げ、オッサンに駆ける。
ラリアットをする様に左手をオッサンの首元に当てる。
左足でオッサンの両足の膝の後ろを払い、体重を前にかける。
左腕は首を捕らえ前へ。脚は両膝を捕らえ後ろへ。オッサンの重心は崩れ、そのまま左腕を振りぬいた。
「ぐっ……」
力任せに地面に叩きつけられたオッサンが呻き声を発する。仰向けに倒れたオッサンに馬乗りになって、両膝でオッサンの両腕を固める。
マウントポジション。左手でオッサンの右腕を殴り、手から剣を離させる。
俺の左手はオッサンの装飾品を握り締めていて普通に殴るよりも何倍も拳は硬いだろう。
「このッ!」
払いのけようと身体の下で暴れだすおっさんの頬を二度殴りつける。
「ッ!」
殴られてもオッサンの抵抗は続く。俺を引き剥がそうと身体に爪を立てる。
オッサンの左手のロックが外れ、左手で腹を三度殴られる。
「畜生、こんな時にか!」
一番大事なところで頭痛が俺を襲う。
オッサンを殴り、殴られ、俺の意識は朦朧として、誰かの笑い声が耳に響いたかと思うと急に視界が真っ暗になった。
ちょっと時間かかりましたが、次話投稿です。
まだまだ話は中盤ぐらいかなぁ?
とにかくがんばって続きを書きます!
次回もお楽しみに!