第五十六話 『右翼砦戦2』
−右翼砦−
「サナダ、準備は良いか」
「おう、任せろ!」
もうすぐ門が開く。アリシャ隊は先鋒として一番に敵にぶつかってゆく役割。その後ろにカコウらが続くということだけは覚えている。
「数は敵のほうが少し多いが……まぁなんとかなるだろ」
アトラは非常にリラックスした様子で槍と剣をあわせたような武器を肩に担ぐ。
戦前に落ち着いていられるという神経は信じられない。だがそのように落ち着いていられるのにも理由はある。
俺が戦に参加してからというもの、全てが敵より少ない兵数で戦ってきた。俺が此方の世界に来る前にも同じような戦闘ばかりだったのだろう。昔から少数で戦ってきた戦友らのアドバイスを聞き、揺ぎ無い自信を手に入れてもおかしくない。
それで俺はどうかと聞かれれば答えに困る。何度戦に参加したとしても、徒競走前の緊張感に似たものが俺の身体の中で騒がしく走り回っている。
「よし、アリシャ隊出るぞ! 後続の東国、遅れるなよ!」
アリシャの掛け声。門が開く。競馬のゲートが開いた時のように周りの奴が前へと進みだす。
俺も遅れちゃならねぇ。
駆け出すこと数分、砦の近くに居た敵と向き合う形で陣を整える。
アリシャ隊の後ろには東国の奴ら。右手側にはジーニア隊。左手側にはガルディア隊。そして陣の一番後ろにエリファら弓隊が構えている。
これから合図があって、矢が一斉に飛び交う。とりあえずは敵からの射撃の被害を抑え、殴り合いに持っていく。此処が一番気を使う。
戦始めに怪我をするわけにはいかないが、必要以上に疲れるわけにもいかない。
『弓、放て!』
後方からの号令か、前方からの号令かわからないが、無数の矢が空を埋めつくす。
くるぶしまでしかない雑草の足場に無数の矢が刺さる。右を見ても左を見ても矢と覇気障壁がぶつかる閃光が周囲を包み込んでいる。
「障壁展開、守れ!」
アリシャの怒鳴り声に我を取り戻し、急いで自分の前に障壁を張る。薄っすらとサークル状の壁のようなものが視界に入ってくる。
「くっそッ!」
矢が障壁にぶち当たるたびに身体に衝撃が走る。
ベニア板を身体の前に掲げ、それにピッチングマシーンで容赦なく野球ボールをぶつけられているような衝撃。
歯を食いしばって意識を集中していないと障壁が今にも割れそうだ。この障壁が割れたら最期。何の守りも無い俺に矢が飛んでくることになるだろう。
「矢が止んだ、攻めるなら今だ!」
肩で息をする俺だが、アリシャの号令に従って一気に敵との距離を詰める。
右手でしっかりと刀の柄を握り、脇を締め西洋風の鎧を身に纏った敵にタックル。後方でアリシャが槍を掲げろと叫んでいる。
すぐさま身体を丸くし、その場にしゃがみ込むと後ろから綺麗に一列に並んだ槍が振り下ろされる。
二度三度と俺の頭上擦れ擦れを槍が振り下ろされる。先ほど俺がタックルをした敵もしゃがみ剣を構えて槍の叩き降しが終わるのを待ち構えている。
「そうは行くかよ!」
足元の土を握り敵の顔目掛けて投げるとすぐさま後ろに飛び退き刀を抜刀する。
「散開、てめえら、一人でも多く敵を倒すぞ!」
集団戦闘から一気に個人戦闘へと切り替わる。俺の目標は目の前の剣士だな。
「真田槍助行くぜ!」
顔を親指で擦る敵に一閃。咄嗟に剣で受けられたが、手に力を入れて押し返す。
バランスを崩したところに横薙ぎ。障壁でガードされたが、まだ俺のターンは終わっちゃいない!
手を休める事無く切り伏せ、突きを繰り出し、敵を疲労させる。
「奴がコールヒューマンだ! 討ち取れば出世が出来るぞ!」
敵を疲れさせる前に俺の周囲に敵が集まってくる。
一人だけ頭の色が違う俺は戦場では結構目立つようで四人に取り囲まれてしまった。
何これ、いじめかよ!
髪を染めようと決意するよりも早く槍を突き出される。
「ッ!」
刀でそれを裁くが、そう長くもちそうに無い。
周囲を見渡し、仲間と合流しようと思ったが、他の奴も同じように二人を相手にしていたりと俺を助ける余力はなさそうだ。
「一人で何処までやれるかわからないが……やんなきゃなんねーだろ」
覚悟を決めて刀を握る手の力を込める。
ったく、俺がスーパーヒーローならこの時点で不思議な底力を出してもおかしくないが、俺は普通の人間だ。
無いものねだりをしても意味がねぇな。他の奴らが助けに来てくれるまで一人で戦うか。
「行くぜッ!」
虚勢を張るということはこういうことだろうな。
怖くて逃げ出したくなるけどそれをする訳にはいかない。相手に俺の心の内を読まれないように強がらないと。
一番近くに居た敵に斬りかかる。
攻撃は障壁に阻まれ、反撃で槍を突き出される。
身を屈め槍をかわし相手の槍を掴み刀を突き出す。敵は攻撃に集中していたようで障壁展開のタイミングが遅れ、俺の繰り出した突きによって障壁が突き崩される。
ガラスをぶち破ったような感触が刀を通して俺の手に伝わる。
攻めるなら今ッ!
「こんのッ!」
右手でも敵の槍を掴み、敵の胸を右足で蹴るが、あまり効果は無いらしく少しよろめいた程度。
槍を引いて俺の手を離させようとする勢いを生かし、両足でもう一度敵の胸を蹴る。
俺は槍を握ったまま地面に腰から落ちる。
手には敵の槍が残っている。ドロップキックで無理矢理武器を取り上げたようだな。
しかし凄く重い。アリシャやアトラが持っている槍とかと長さは変わらないはずだが、かなり重い。右手に握っている刀の軽さがありえないのか、それとも単にこの槍が重いのか。
「このッ!」
槍を奪われた敵が素手で俺に向かってくる。
「寄るんじゃねぇ!」
槍術など知るはずも無い俺は槍をバットのように振る。槍の重さに振り回されているが、力のこもったフルスイングは敵の左肩にジャストミート。敵は左肩を押さえてうずくまる。
あと三人。
目の前の敵と距離を取りながら動向を探る。
槍を持つ左手の筋肉が悲鳴を上げている。がんばれ俺の左手。
じわりと距離を窺う俺の頭上を矢が飛んでゆく。
風切り音を立ててその矢は敵の障壁にぶつかる。
「真田殿、大丈夫でござるか」
弓を構えたカコウが俺の隣に立つ。
戦前に会った時と同じ姿で、鎧と兜は装着していない。
小手と脛当ても一番最初に会ったときの金ぴかに輝くものではなく、シンプルな黒い小手と脛当て。
「なんとか大丈夫だ」
手に持っていた槍が邪魔に思え左手から離し地面に捨てる。
「拙者が先に仕掛けるでござる。真田殿はその後に」
カコウは腰にぶら下げていた矢筒からありったけの矢を取り出し弓に番える。
二本ずつ矢を放ちそれを三回繰り返すと弓を捨て背負っていた刀を抜き放つ。俺より刀身が長く取り出しにくそうな刀なのに、カコウは簡単に抜刀した。刀を構えるその姿は俺の数倍カッコよく見えた。
「いざ」
カコウの呟くような声。カコウは目の前の敵ではなく、少し離れた敵へと駆け出す。
駆け出した勢いを乗せた斜め上からの切り下ろし。切っ先が地面に近付くと足を擦って身体を捻り水平に刀を走らせる。
「フッ」
息を短く吐くと態勢を低くしたまま三度突きを別の敵に行う。
「カコウ、危ねぇッ!」
一番最初に仕掛けた敵が剣を振り上げる。フォローに入ろうとするが、カコウは敵の動きを先読みしているかのように刀を振り上げた敵を見ないでその剣を刀で受け流す。
カコウが静かに刀を下方向に流すと剣と刀から火花が散る。
刀から左手を離すと敵の胴鎧の隙間を狙って小手の堅い部分で殴りつけ突きを繰り出す。
むき出しになった身体を思いっきり殴られたことで敵が前屈みになると、その隙を逃す事無く一気に攻め立て覇気障壁を打ち破ると素早く敵を斬りつける。
本当に見事という言葉しか思い浮かばなかった。
カコウ一人で俺が相手をしていた三人を打ち倒した。
しかもその動きに無駄な動きなど一切無く舞うように一人、また一人と打ち倒す姿は戦いを忘れ、見とれるほどだった。
「さ、サンキュ……カコウ助かった。ありがとう」
「礼には及びません」
カコウは刀を一度振り血振りをすると額を小手で拭った。
「さぁ、まだ戦況は五分。少しでも多くの味方の士気を上げこの戦に勝ちましょう」
カコウと共にアリシャ隊を走り回る。
少しでも不利な味方を見つければすぐさまカコウが駆け出し、味方の援護を行う。
カコウの戦闘能力は相当高く、アリシャやレイラ達に引けを取っていないどころか、それ以上に思える。
接近戦は舞うような動きで敵を翻弄し、離れた敵には矢を打ち込む。敵の槍を奪えばアリシャも目を丸くなるような突きを繰り出す。
オールラウンダーとはこのような事をいうのかとカコウの実力に驚きを隠せない。
必死に後ろを付いて行っている俺はカコウの半分にも満たない敵と戦い苦戦している現状。実力の違いをありありと思い知らされた。
ふと視界の外れに敵の隊を知らせる旗を見た。
剣を吐き出す犬。狼かも知れないがそんな旗が見えた。
「そろそろ敵の部隊長近くだが先行して大丈夫か、カコウ!」
すぐ傍に居るカコウに問いかけるとカコウは足を止める。
「確かに我らだけ先行しても意味が無いでござるね。味方との足並みを……」
カコウがふと敵の旗を見ると表情が変わった。カコウが見た旗を見てみると旗の先に輝くものがぶら下げられていた。
太陽の光に反射してよく見えないが其処まで大きいものじゃない。
「カコウ……あれは一体な……」
質問をしようとカコウの方へ向き直ると其処にはカコウは居なく、敵と味方の間をすり抜け光るものが取り付けられた旗の下へと駆け出している。
明らかに一人で突っ込んでいることが目に見えて解る。このままでは一人対四人なんて目じゃない数の敵と戦う事になるのは明白だった。
「待てよッ!」
急いでカコウの背中を追う。
カコウが走り抜けた後には手傷を負って戦闘続行不可能と思える敵が何人もその場でうずくまっていた。
マジで一体どれだけ強いんだよ、カコウ。
一人で一騎当千の働きをしそうだな。だが、実際一振りで敵が気持ちのいい声を上げながら倒れていくなんてありえない。一人で百人の敵を倒すなんて不可能だし千人なんてもってのほか。
どうしちまったんだよ、さっきまで冷静に敵を一人一人倒していたじゃねぇか。
旗が近付くにつれてその先に取り付けられていた物の姿がはっきりしてくる。
いつか見たカコウの兜がぶら下げられていた。
「なんなんだよ、何も自分の兜一つで命を危険に晒すこと無いだろ……」
そう呟いてカコウの背中を追った。
「やっと追いついた……」
俺がカコウの背中に追い付くと、其処は敵の隊長の目の前だった。
周囲にはカコウに切り伏せられた奴らの姿が目立つ。
先ほどまでの軽快な動きを見せていたカコウの背中は見るからに疲労し、肩で息をするほど体力を使っていた。
「其処の者、名を名乗れ!」
カコウは刀の切っ先を部隊長と思える男に向ける。
「東国の生き残りが主の敵を討ちに来たのか?」
男はそう言うと不適に笑い剣を構える。
東国の主? ってぇ事はコイツがカコウらの大将を殺した奴なのか?
そう思うとカコウの行動にも納得行く。
カコウがコイツの旗を見てから人が変わったように一人で突っ走り始めた。
念願の相手を見つけたんだ、冷静じゃいられる訳ねぇよな。
「一つ聞く。旗にぶら下げられている兜の主を倒したのは貴殿でござるか」
は? 兜……アレはカコウのじゃ無いのか?
いや待てカコウの大将が付けていたのをカコウが真似して使ってたというのもあるわけで……訳が輪からねぇ。
「いかにも。長く我らを翻弄してきていたカコウを討ち取った誉れは高いぞ」
男は自慢げに旗にぶら下げられた兜を仰ぎ見る。
待て待て、カコウを討ち取った? じゃぁ俺の目の前に居るカコウは影武者か? いやそんなわけねぇ。
「……冥土の土産に一つ教えてやろう。我こそがカコウ! 東国武士の意地を見せる!」
まだ状況を把握できてない俺を置いてけぼりにして話は進む。
「主の名を騙るか!」
「偽りかどうか拙者の力を見て言ってもらおう!」
お盆を挟んでちょっと時間空いちゃいましたが更新です。
もう少しで今の戦も終えれそうです。
次の当面の目標は影の薄いキャラのキャラ立てになりそうな予感が……。
次の更新も出来るだけ早くがんばっていきます!
あと、評価ありがとうございます。
まとめて返信するもので結構時間空いちゃったりしますが、面白いとかがんばってという言葉でかなりテンションはあがってます。
これからもがんばりますよ!