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第五十五話 『こうなったら戦うしかねぇ』

 −右翼砦、近郊−

「てめぇら、深追いだけはするんじゃねぇぞ! 逃げる敵は捨て置け、手が開き次第近くの敵へと向かえ!」

 流石はアリシャと言うしかない。俺なんかは近くの敵を追い払うのが精一杯だが、アリシャは俺以上に敵と戦い更に自分の隊員の動きも把握している。

 これが戦で人を束ねる奴の実力か。

 レイラも同じように隊を纏めているのだがレシアの助力があってこそ。アリシャは一人でそれをこなしている。口が悪いし手も早いがこれだけはすげぇな。

「サナダぁッ! 右側の味方が押されている! 手伝いに行け!」

 アリシャの動きを眺めていた俺に仕事が与えられる。俺と同じようにアトラも指示を受けていた。

 すぐさま視界を右側へと向けると味方が苦戦している事がすぐに解った。

 隊からほんの少し離れただけだが四人の敵に囲まれたアリシャ隊の隊員二人。歩数で言えば五十歩にも満たない距離だが、どうやら戦ではそのほんの少しの間違えたら目の前の二人のようになってしまうのか。

「当たれぇッ!」

 足元から小石を拾い少し離れた場所に居る四人の内一人に目掛けて全力投球。小石は味方に当たる事無く敵の右胸あたりに直撃した。

 流石に小石一つで敵を吹っ飛ばすなんて出来るはずも無く、敵の注意が俺に向く。

「お前の相手は俺ッ!」

 左手で鞘を握って敵へと駆け出す。よく時代劇とかで鎧武者が刀を抜き放ち鞘を握って走っているシーンがあるが、実際に刀を持ってみると良くわかる。鞘を押さえずに走ると腰にぶら下げた鞘が暴れるのなんの。走りにくいこと、この上ない。

 敵までの距離あと十歩と言った所で力を込めて両足で跳ぶ。特に意識はしていないが、勝手に身体の方で足元に覇気障壁を張り弾けさせる。その反動で大きく跳ぶ事が出来る。走り幅跳びでオリンピックに出場すれば世界新記録を樹立し、金メダルをゲットできるだろ。

 目の前に迫る相手の驚いた顔。

「邪魔だ、退けぇぇぇッ!」

 目の前の敵に俺の全体重とまだ前へと進もうとする惰性を全て刀に乗せて敵にぶつける。

 敵が覇気障壁を張り俺の一撃が見えない壁のようなものに阻まれ、目を覆いたくなるような閃光が走る。だが、こんなちゃちい障壁じゃ俺の一撃は受け止められやしねぇ!

 刀に込める力を更に加え、目の前にある障壁を押す。

「がッ…」

 敵の呻き声が聞こえたと同時に刀が障壁を突き破った感覚が手に伝わる。

 それは金属バットで段ボール箱に穴を開けたような感覚にバランスを崩しそうになるが、無理に態勢を整えようとせずに一回その場の勢いで身体を回転させ、勢いを流れに乗せる。

「其処で寝てろッ!」

 回転する流れの途中で右足を上げ、スニーカーの靴底を敵のみぞおちに入れる。綺麗に回し蹴りが決まったな。

 蹴りを喰らった敵はよろめきながら木に背を預け、そのまま力なく腰を下ろす。

 残る敵はあと三人。アリシャ隊の二名と俺を合わせて三人。数は同じ後は勢いだけで押していくだけだ。

「さぁ、これからこれから! コールヒューマンの真田槍助が来たんだ、元気出して行こうぜ!」

 アリシャ隊の二人の間に立つようにして敵を見据える。まだ兵士として一人前じゃない俺が何を張り切ってんだって思われるかも知れないが、この戦は勢いが大事。いかに多くの敵を怯ませれるかが勝負になるんだ。

「皆、コールヒューマンに続け! 異世界の英雄に続くぞ!」

 てっきり何を張り切っているんだお前はと笑われるもんだと思っていた俺に思いも寄らぬ言葉が掛けられ、驚きを隠せない。

 視界を少し外すと砦正面の部隊に切り込んでゆくカコウらの姿が目に入った。当初の予定通り戦は進んでいるようだ。

「これからが正念場、皆行くぜッ!」


 −敵本陣−

「敵の数予想以上に多いようです! 前線では統率乱れ、敗走を始める部隊多数!」

 二度ルノ帝国による合図が出た事からケルヴィン、マッシュ両名はルノ帝国側は周到に策を巡らしている事を予想していた。

「またやられたか、ケルヴィン。報告や前線の動きを見るに相手はかなりの数の兵を此方に裂いてきたようだな」

「はい、その数少なくて四百、多くて六百程度」

 ケルヴィンはそう答えると唇を緩める。

「恐らく考えは同じだとは思うが、ケルヴィン何か考えがあるのか?」

「はっ、一度撤退の合図を出し、兵を二つに分けます。此方は四百の兵で敵を足止めし、残り四百の兵で中央砦を奪回、そうすれば敵を挟撃することが出来ます」

 マッシュは満足そうに頷く。

「確かに敵の策は見事。電撃的な進軍で兵を集め平原で勝負をかけるつもりだったようだが、詰が甘い。目先の利に追われ、本当に守るべきものを見失っておる」

「中央砦の攻めは私にお任せを。マッシュ殿は……」

「応よ」

 マッシュ、ケルヴィンはすぐさま部下達に指示を出し始めた。

「兵を分けるぞ!」


 −右翼砦近郊−

「敵が退き始めた! 皆、砦へ戻るぞ!」

 アリシャの号令で俺達は一目散に砦へと戻る。良かった、何とかなった……あとは中央砦に戻るだけね。

 砦に戻ると戦に勝ったかの様に沸き立っている。その気持ちはわからんでもないが。

 俺も大した怪我は無く、撤退開始まで休めるかと思ったが、アリシャに拉致られ軍議へと駆り出される。

「何とかサナダの思惑通りに進んだな」

 濡れ布で汗を拭いながらアリシャが安堵のため息をつく。戦に参加していた奴らも同じように安心して小手などを外しはじめている。

「まったく、敵の慌てっぷりっと言ったら思い出しただけでも笑えるのう」

 赤髪を逆立てた目に傷のある男、ガルディアは確かアリシャ隊と同じように砦の外に伏せていた部隊の隊長だったな。

 戦勝ムードで会話を進めている時、慌てた様子でエリファが駆け込んで来る。

「皆さん、敵が再び進軍を開始しました!」

『何!』

 ざわめくテント内。

「ご、誤報ではないのか?」

 名前のわからない隊長が驚きながらエリファに問いかけるが、エリファは静かに首を横に振る。

 嘘だろ、何でこんなに早く立ち直れるんだよ。もう少し攻めるべきか、撤退するべきかって意見が分かれるもんだろ、普通。

「敵が攻めてきているとすれば、当初のように撤退は出来ない。背中を見せればたちまち追撃を受けてしまうでござるが……」

「エリファさん、敵の数は一体どれぐらいの数なのです?」

 ジーニアが問う。

「おおよそ四百程度かと……」

「残りの敵は?」

 もう一度ジーニアが問いかけるとエリファは確認できなかったという。

 と、言うことは背後に敵が控えている可能性もあれば、先に撤退をし、俺達に背中を狙われないように四百の兵で足止めをしているという可能性も捨てきれない。

「目前の敵の後ろに四百の敵が控えていれば、我らの戦の二の舞でござる……しかし、敵が四百の兵だけならば戦は解らないが……」

 テント内に重い空気が圧し掛かる。

 はっきり言って賭けだな、こりゃぁ。

「一か八か敵と戦おうじゃねぇか」

 沈黙をアリシャが破った。

「ですが、敵の背後に」

「まずは目の前の四百の敵と戦う。それで背後に控える敵が居るようなら砦に籠もり戦うしかねーだろ。戦闘が始まる前に中央砦に援軍を要請しておけばなんとかなる。幸い此方の士気はまだ高い。援軍が敵の背後を付くまでなら持ちこたえれるだろ」

 アリシャの考えが正解だとは思えない。でも間違っているとも思えない。要するにその行動が間違ってるか正解かなんてわからない。

 優柔不断に悩むより、きっぱりと方針を決めた方が良いのは確かだ。此方がどうするか迷っている間にも敵は前へと進んできている。ギリギリまで悩んで準備や意思伝達が不足するよりもマシだろう。

「それしかないんじゃないか? 当初の予定のように動けないならその場に合わせ臨機応変に対応していかなきゃいけないだろ」

 このままでは敵が砦の前に到着するまでどうするかと悩んでそうなので、俺もアリシャの案を後押しする。

 一人が賛同すればまた一人と悩んでいた奴の意見が流れる。

 数分後には敵ともう一度戦う事に決まっていた。


 方針が決まれば後は早い。平地に陣を築く敵に比べ最初から防御施設を要している此方の方が準備は簡単である。

 行う準備といえば、援軍要請のための伝令を迂回路を通り中央砦に向かわせる事と、戦の時の役割分担だけ。いち兵士である俺は部下も居なけりゃ、伝令となって中央砦まで走る必要も無い。ぶっちゃけ合図があるまで暇になる。

 やる事が無く呆けていたらモチベーションが下がりそうなので、見知った顔の居る部隊に足を運んで時間を潰すしかない。

 今配属になってるアリシャ隊で話すのもいいが、他の隊に顔出した方が新しい出会いとかあっていいかもということで、各隊を放浪。

 エリファ隊は守備の要。エリファやその部下達は忙しそうに矢の補充などをしているので邪魔をしてはまずいだろう。

 ジーニア隊を覗いてみるとジーニアとアリアが深刻な表情で話し合っていた。深刻な顔をしていたのはジーニアだけで、アリアはそれをおちょくっているようにも見えたが。今俺が顔を出してもジーニアの気苦労がアリアだけでなく、俺もプラスになり本気で起こられそうなので別の隊に撤退。

 ガルディア隊……顔を出す気にもなれない。男所帯で上半身裸の男らが一生懸命何か賭け事をしていた。賭けに負けたのか、鎧を着ていたまともそうな隊員の身ぐるみを皆で剥いでいる。きっとあそこに俺が加われば有無を言わさず身包み全部はがれ、アリシャ隊に戻って隊長様から殺されかねないので遠慮しておこう。君主危うきに近付かねーだっけ?

 諦めてアリシャ隊に戻ろうかと思った矢先、砦の隅で固まって話をしている一団が目に留まる。遠目からでも解る特徴的な髪の色でそれが東国の奴らだとすぐに解った。カコウの様子も気になったのでその一団に近付く。

「よ、何はやってるんだ?」

 軽くカコウに挨拶をすると、カコウは驚いて四歩以上俺から距離を開けた。

「こ、これは真田殿、見回りご苦労様でござる」

 俺に頭を下げるカコウ。堅苦しいことこの上ない。

「そんな堅苦しい挨拶は抜きでござるよ」

 冗談交じりで東国の口調を真似して一団の輪に加わる。

「ですが、真田殿はこの中でも地位が高く……」

 カコウは勘違いしているようだ。俺の地位が高い? んな訳ないない。

「地位云々で言うなら俺よかカコウの方が高いんですけど? 俺なんて名も無き一兵なんです」

 カコウのように俺を慕う部下なんて居やしない。

「ですが、真田殿は他の将と同じように軍議に参加されるではないですか」

 俺達を砦に案内した奴が俺に質問する。

 あの時は兜をしていて顔がはっきり見えたわけじゃないが、今回は頬当ても兜もしていない。髪は全体的に長く、襟足の一部が長いカコウとは違い、全体的に長い。灰色のストレートヘアーで、前髪を切りそろえてあり、戦国時代のお姫様っていう感じ。瞳の色は緑色。

 俺の今までの経験から緑色の瞳を持つ女は優しいし、気配り上手。きっとこの人物もそうだろう。

「あーっと、結構見知らぬ顔増えてるけど、其処の人はなんていう名前?」

 俺達を砦に案内した女性に問いかける。

「ヤタです」

「ヤタね、了解。で、俺は真田槍助」

 軽く自己紹介を済ませていると、ヤタの後ろで奇声が上がると同時に背の小さい女の子が前へと飛び出て、俺の目の前でこける。

「あの、あの……すいません! あや、何がすいませんなんでしょうか!」

 完全に薬物決め込んでるよ、この女の子。

 って、どっかで見たことあるな……。

 目の前で幻覚でも見てそうな女の子を眺める。記憶の糸を手繰り寄せると、一件ヒット。

 アリシャに向かっていって、俺が人質に取った女の子だ。

「カコウ……この子は酒でも飲んでるのか?」

 親戚の前ではしゃいでいる子供をみて赤面する母親のようにカコウは顔を赤らめる。

「この子は……」

「り、リイシエでふ! あの、あの、サナダソースケ殿とお見受けしました! り、リイシエです!」

 二回も自己紹介をされてしまった。こんなタイプの子は初めてで、どう対応すればいいんでしょうか?

「あぁ、わかったわかった。リイシエちゃんね、よろしく」

 握手を求めると、リイシエは茹でた蛸の様に真っ赤になり、芸能人と握手でもするかのように両手で俺の手を握った。

「も、もうこの手は洗いません、洗えません!」

 いや、手は洗おうよ。此処は日本と違って結構木とか土触るから、それだけ雑菌が手に付着するよ。

「なんか、凄い扱いだけど、何なの?」

 たまらずカコウとヤタに救いを求めると……。

「ガリンネイヴの戦での話で真田殿に憧れを持ったようで」

 と申し訳なさそうにカコウが答える。

「あの、あの……真田殿とカコウ殿はどんな間柄なんでしょうか?」

 どんな事にも興味心身のリイシエ。見ているだけで面白いなぁ。此処は一つからかってやるか。

「んーっと、こんな間柄かなー」

 素早くカコウに肩を回し、肩を組んでみる。

「ぎょ、ぎょえぇぇぇっ!」

 思わぬ大絶叫。声の主はリイシエじゃなく、カコウ。なんで?

 ひとしきり大絶叫した後、カコウはぴくりとも動かなくなった。

「……ヤタ後は任せた」

 ヤタに全てを押し付けて足早にその場から立ち去った。ってか逃げた。

 なかなか面白いひと時だったな。後始末がんばれ、ヤタ。

 


結構この作品読者様の数がいいようで、皆様には感謝しております。

これだけの読者様が目を通してくれてるって思うだけでも励みになります。

これからもがんばっていきます!

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