第五十三話 『奇策通用するか?』
−右翼砦−
「敵はまずアリヴェラ平原の地盤を固めてからベルジ地方へと向かうつもりか」
「我らの兵数は三百程度。いくら砦で守りを固めても敵を追い払えるかどうか…それに長期戦となると食料も心もとない」
急遽作戦会議が開かれることになった。俺もなんとなくその場に留まってみる。
「敵はこの砦が東国の者達に占拠されていることを恐らく知っているはずなのです。よって敵を誘い入れ打撃を与えるという策はとれないのです」
ジーニアがそう呟くと名前の知らない部隊長が立ち上がる。
「では急遽兵を纏めベルジ地方の砦に戻るべきではないか!」
「それは得策だとは思えないのです」
名前の解らない部隊長の提案をばっさりと切り捨てるジーニア。
「この敵との距離を考えると砦を出て移動中に背後から強襲を受ける可能性があるのです。ベルジ地方に戻るには一度敵を退かせ、その隙に戻るというのが…」
「この兵数でどうやって敵を退かせる!」
なおも喰い付く部隊長。部屋の中がざわめきだした時、
「少し頭を冷やせ。もしこの砦から出てベルジ地方へと向かっている途中に追いつかれ、野戦になったらどうする? それこそ後がねぇだろ」
不機嫌そうにアリシャが言い捨てると部隊長は黙り込んだ。
「……」
ふと、ジーニアに視線を向けてみると、俯き唇を噛み締めているように見えた。驚いてもう一度視線を走らせると何事もなかったかのようにしている。
それからしばらく、撤退するべきか留まるべきかという話は続いた。
「ですから、此処で戦うはあまりにも危険…砦に火を放ち…」
「それじゃぁ敵は真っ直ぐ此方の背を狙ってくるんじゃけぇ」
まだ長らく話は続き、進展すらしていない。なんとなくその場に残った訳だが、置き人形のように黙ったカコウの事が気になっていつものように頭は回らない。
目の前で行われている戦の話よりもずっとカコウの様子が気になって仕方がねぇ。今が会議の場じゃなければすぐさま手を取って話をしたいんだが、そうもいかない。
「だが…それではッ!」
戦の話に時折顔を上げ、口を開いては閉じるを繰り返すカコウ。ずっと様子を見ていた俺は、カコウに何か考えがあって、立場的に言い出せないように見えた。
「…カコウならどうする? 今の状況」
傍聴を決め込んでいた俺の発言に一瞬全ての視線が俺に向き、そしてそれが全てカコウに移動する。
急に話を振られたカコウは驚いたような表情を見せたがすぐさま表情を引き締めた。
「拙者が思うに、敵は十分な休憩を取っては居ないはず。其処を付けば三百程度の兵でも一度引かせる事も可能な筈」
そういえばそうだった。敵は一度東国と戦をしている。
いくら勝ったといえども、その身体は絶対に疲労している。俺だって戦の後にまた戦ってなったら身体が付いてこない。
敵の大将も馬鹿じゃない。連戦で押されているとなれば無理して前に突っ込まず、一度退いて十分に身体を休めてから総攻撃を再開するはず。
これはかなりの確立で敵を退かせれるんじゃないか?
考えろ、より効率的に敵の士気を削ぐ戦い方を。
「射手の数も少なく、戦始めの掃射で大打撃を受けることは目に見えているだろう!」
名前の解らない部隊長は何が何でも数の多い敵とは戦いたくないようで、次々と指摘をしている。
確かに倍以上居る敵とは俺も戦いたくねぇよ。でも、この戦なんか逃げるわけにはいかない。自分でも不思議なんだが、敵が八百って聞いても絶望感なんて浮かばない。
部隊長は兵数、射手の少なさがあるから戦は行うべきではないと言う。
兵数はそのまま、兵士の数で、射手の数ってのは弓隊。六隊いる中で弓隊は一部隊、エリファ隊だけ。六隊三百人、そのうちの一部隊だから三百割る六で五十。五十人の射手が居るということになる。
三百人の中の五十人だから規模としては少ない訳ではないが単純計算で敵は百三十人ほどの射手を持っていると思われる。
三百人で五十人の射手。六百人なら百人。八百人ならおおよそ百三十人。砦に向かってくる敵を迎え撃つには射手が不足してることは丸わかり。
状況を整理してみたら名前の知らない部隊長が言ってることも頷ける。
「射手の数だけはごまかしようがないだろう!」
「拙者らなら一応弓も使えますが……この砦の武器庫には敵が残した弓が多数残っていましたので」
あれ? 弓が使える?
「え、エリファ…スピリットヒューマンは覇気とかの関係上、その覇気にあった特定武器で戦うのが常識じゃなかったっけ?」
三歩進んでエリファ先生に耳打ちをする。
エリファに少し聞いた事。ジーニアに無理矢理渡された書物にはそう書いてあった。
スピリットヒューマンらは覇気という特殊な力を使うことが出来、その力が一番発揮できる武器こそがそいつの生涯使ってゆく武器だと。
「まぁ、剣を日々使ってる人が槍を手にしてもいいのですが、やはり剣を持った時のように戦えるわけではありませんから……」
なるほど。スピリットヒューマンらは決まった武器しか使えない訳じゃなくって、使わないのか。まぁ、いつもの実力を発揮できない武器の技術を鍛えるぐらいなら、一点集中、長所を伸ばすって訳ね。
「じゃぁ、東国の奴らって結構変わり者?」
俺の質問にエリファは微笑を浮かべる。
「まぁ簡単に言えばそうですね」
難しく言えば何なんだろうか?
それは置いておいて。カコウらが弓を持つってことは射手に二十人から三十人プラスって訳か。それでも射手が少ないな……。
こうなったら俺が弓を持って……って無理無理! 変な方向にしか飛ばせる自信しかねぇ!
あれ、そんな手があったなぁ。
「敵と一戦交えようぜ! これは絶対に勝てる!」
急に声を上げた俺にまた視線が向けられる。
「お、コールヒューマンがまた何か思い浮かんだようじゃ」
俺よりも身体がゴツイ男、ガルディアが待ってましたとばかりに手を打つ。何度見てもこいつの動物に引っかかれたような、目周辺の傷が目に留まる。
「砦の守りに二百人。砦の外に林みたいな所があったろ? 其処に百人程度隠れる」
「それだけか?」
アリシャが肩透かしを食らったような表情を浮かべ聞き返す。
「あぁ」
ギャグ漫画なら盛大に周囲の奴らはこけて居ただろうが、そんな素敵な動きをする奴は一人も居ない。こけられても反応に困るんだがな。
「それで勝てるわけがないのです…自信満々に口を開いてそれなのですか……」
いろんなツッコミを受ける。その数の多さからどれ位此処に居る奴らが案を求めているか解った。
「いいや、これで勝てるね」
自信が満ち溢れる俺の言葉に皆黙り込む。
「そして条件がある。全隊…自分らの武器の他に弓と矢を数本持つんだ。これで射手の問題はなくなったろ?」
「確かに射手は三百人ぐらいになりますが、それで戦闘を行うとなれば被害が……」
「いや、エリファ隊とカコウら以外最初の掃射で弓を捨てる」
エリファの表情が変わる。どうやら理解できたようだ。
「まず在るだけの弓を持って砦や砦付近の林から掃射。その後は林に伏せている百人が弓を捨て突撃。砦からもエリファ隊、カコウらを除いた奴らが突撃。とにかく勢いで敵を押し切る。敵が退いたらすぐさまベルジ地方へと戻る…これでどうだろうか?」
今あるカードで最も敵を追い払える策じゃないだろうか。
当たらない矢でも数は数だ。膨大な矢を見て敵は此方の射手の多さに戸惑いを覚える、そして射手の命中精度を疑わせる時間を与えず、突撃をする。
この策の要の弓だが武器庫に一体どれぐらいの数があるか不明だが、カコウの口ぶりからして結構な数があると思う。
「…よくもまぁそんな常識はずれな事を思いつくもんだ」
アリシャはそんなことを言いながらも笑顔を浮かべ俺の肩を叩く。
「今出た案の中で最も理の通っている案だと思うのですが、皆さんはどうなのです?」
ジーニアの問いかけに一瞬静まり返るが、すぐさま部屋の中は俺の案に賛同する声が次々に上がる。
策は決まった。あとは下準備だけか。
−武器庫−
「おわ、結構な数の弓があるなぁ」
弓の数を調べ、使えるように弦を見るというエリファ隊、東国の者達に付いて武器庫までやってきた。湿っぽく、押入れの中のような臭いのする武器庫には弓と矢が沢山保存され、他にも剣や槍が存在する。
「こりゃぁ全員分なくとも、百五十人分ぐらいは弓があるよなぁ…一体なんでこんなにあるんだ?」
他の武器も弓ほどではないが何十本と保管されていて、この武器庫を任されていた奴が武器フェチじゃないかって思うぐらいだ。
「これはいざというときの為ですよ。サナダ様はあまり武器庫などは見たことがないでしょうが、他の砦でもこれと同等かそれ以上の武器を保管していますよ? この砦にある弓などは他の砦に比べ数が少ないようですが」
はぁ? このあふれんばかりの弓でもまだ少ないってのかよ?
まるで学校で色ペンを沢山持ってる奴にノートを煌びやかに仕上げるためペンを借り『いっぱいペン持ってるなぁ』なんて感心して呟いたらそいつの机からもう一つペンがいっぱい詰まったペンケースが出てきたときのような衝撃だ。
ホントアレは驚くよな、一体何本持ってるんだよって。テスト時間が余ったときはペンを『#』の形で組んでペンでキャンプファイアーの枠をドンだけ高く作る気だって思えるよな。
「弓が少ないのは拙者らが前の戦で持ち出したものと、敵が持ち出したものと思われるでござるよ」
カコウが弦を二度引きながら答える。
「持ち出す?」
「外での戦の時に弦が切れてしまったとき、弦を巻いてる暇などないので、あらかじめ弓は多く持っていっているのでござるよ」
「それに砦などに武器が多く保管されている理由は敵に砦が囲まれてしまった場合の為です。武器の備蓄がないと武器が壊れた時などに支障をきたすので」
エリファとカコウによる講義を受ける。確かに言われて見ればそのとおりだな。
「そうだ、俺にも弓を渡してくれ」
弓を弄っていたエリファに声を掛けると驚いた表情を見せる。
「サナダ様も弓を…?」
そりゃぁ当然じゃねぇか。俺が言い出したことだから俺がやんなきゃはじまんねぇよ。
弓をひったくる様にして受け取り弦を静かに引いてみる。
「ッ!」
びくともしねぇ…。
ちょっと動きそうな感覚があればがんばれるんだけどそんな感覚は一切なく、弦を引く右手の指先だけが痛む。
「ふふっ……」
笑いを堪え様と懸命に閉じた口から漏れた声が聞こえてくる。
声の主に視線を向けてみると、其処に居た全員。何これ、新手のいじめ?
「何だよ……」
不機嫌そうに俺が呟くと、
「いえ、真田殿の顔が面白くて…笑っては失礼かと思ったのでござるが…」
カコウが申し訳なさそうな表情というか、笑いを我慢しているような表情で答える。
もういっそ声を出して笑ってよ。
「サナダ様、無理に弓を持たなくても良いですよ。その…数も少ないですし」
遠回しに戦力外通知を受けた。ちょっとへこむわ。
でも俺が弓を持ったところで矢を飛ばせるか厳しい所だし、しょうがないか。
「この戦…勝てるでしょうか?」
武器庫内に居た一人が声を上げる。
そう、誰もが不安に思っている事だ。言い出した俺ですら不安である。
この戦に勝つ。それは敵を打ち倒すことじゃなく、此方がベルジ地方へと戻る時間を稼ぐ。これが居の戦での勝利。それを皆が理解しないことにはどうしようもなんねぇな。
「いいか、この戦は敵を倒すことが勝ちじゃない、皆が無事にベルジ地方まで逃げることが目標なんだ!」
大丈夫、今回も何とかなるさ。
ちょっとスパン開きましたが更新です。
そろそろサブタイトル地獄が始まります。
最初からつけとけって話ですけど…まぁ事情ありということで。
これからも頭使わなきゃいけない描写は嫌いですががんばっていきます。