第四十七話 『カコウの過去2』
−オオエ城近郊−
「此処までくれば大丈夫だな」
オオエ城から離れた森の中でツキヤはチョウサ国兵士から奪った鎧を脱ぎ捨てた。
「ツキヤ殿、これから何処に…?」
カコウも鎧を脱ぎ捨て、軽装になった。
「今のところ予定は無いが…カコウは何処か行きたい場所はあるか…?」
「…特に…いや一つだけ…最後にこの東国という国を目に焼き付けておきたい」
ツキヤも同じように頷き、オオエ城周辺を見渡せる山に移動を始めた。
「此処も戦場だったのでござるね…」
賛同にはおびただしい数のスピリットヒューマンの屍が残されている。
西洋風の鎧を着けたものと東洋風の鎧、まったく印象の違う二つの鎧を着けた者達が無造作にその場に転がっている。
「これで東国は滅び、東側の大陸の東部はチョウサ、アド帝国の物となったか……次なる連合国の目標は恐らくルノ帝国だろうな」
ツキヤはアド帝国に隣接する国を思い浮かべる。
「…カコウ次はルノ帝国へ向かおう。その場所ならばこの国へと戻ることも容易い」
「ルノ帝国領でござるか……」
東国から出たことの無いカコウにとっては外の文化に触れるまたとないチャンスに心躍らせる。そして初めての世界で隣にツキヤという存在が居てくれることも一層カコウの心を高ぶらせる。
山の頂上付近の開けた場所に出ると目下には美しい自分達の故郷が目に入ってくる。
「いつかまた、ツキヤ殿…この場所に帰りましょう」
カコウが呟くと、ツキヤも頷く。足元の花を一厘摘むとその花弁をカコウは風に舞わせる。
母上、カコウはツキヤ殿と国を離れ、生きてゆきます。此処で散り逝く同士達には申し訳ないですが、カコウは行きます。そしていつの日か、ツキヤ殿と一緒にこの場所に帰ってきます。
頬を撫ぜる風がまるで母が自分の言葉に答えているように思え、カコウは頬を緩ませる。
「其処の者達!」
背後から声を掛けられ、ツキヤとカコウは急ぎその声の主へ視線を送る。
西洋風の鎧と両刃の短い剣を持つスピリットヒューマン。どう見てもアド帝国かチョウサ国の兵だということは解りきっていた。
「いえ、私らは怪しいものでは……」
ツキヤが口を開くものの、目の前の兵士はその言葉を信用していない。
「此処周辺に東国の抵抗勢力が逃げ込んだ…怪しき者は斬れという命令を受けている」
兵士との衝突は避けられそうになく、二人は野太刀を抜き放つ。
「その剣…やはりッ! 皆、東国残党が居たぞ!」
確認の取れた兵士は大声で応援を呼ぶ。
ツキヤとカコウの背中に冷たい汗が流れる。
数分としないうちに十人ほどの兵士が二人を取り囲んだ。
カコウは背負った箱を地面に置き、ツキヤと背中合わせで敵と対峙する。
「…カコウ、まともに相手をしていては勝てん。俺が合図したら俺の目の前の敵を倒し、坂を下って逃げるぞ…」
十対二では圧倒的に不利。一人で五人を相手にしなければならないわけで、相手の実力のわからない上に、二人は防具が無い。
覇気障壁がある分戦えないことは無いのだが、明らかにウイークポイントをさらけ出している二人には分の悪い勝負だった。
「俺が突破口を開く。カコウは具足を持って先行してくれ…では行くぞ!」
ツキヤの合図で一斉に振り返り、カコウは足元の箱を拾い一歩先へ足を踏み出すツキヤに続いた。
「逃げたぞ、追えっ、追えッ!」
ツキヤが瞬く間に二人をなぎ払い、坂を駆け下りる。ツキヤが目の前の二人をなぎ払っている時にカコウはツキヤを追い越し、ツキヤを先導するように山の中を走る。
背中から伝わる息遣いでツキヤがついてきている事を確認したカコウは追っ手との距離を開き、安全な場所へと移動する。
「ツキヤ殿、あそこに湧き水が流れている場所があります、そこで一度休憩を」
小さい水路で喉の渇きを癒し、カコウがツキヤへと視線を走らせる。
「何とか…無事に追っ手を撒けたようだな……」
顔色の優れないツキヤは木を背にしていて水を飲もうとしない。
「ツキヤ殿も……」
「いや、俺はいい…カコウお前が先頭を走ってくれ。俺はその後に続く。早くしないとまた追いつかれるかもしれない」
カコウはツキヤの言葉に頷き、ある程度道の解る山道を下る。
走っているとツキヤとの距離が開きがちになってしまう。カコウは背後を振り返ると、周囲を気にしながら自分の後を追うツキヤが見えたので、そのまま前へと進む。
「ツキヤ殿?」
それから十分ほど走ったところでツキヤの気配が消えた。
カコウは慌てて振り返ると少し離れた位置に横たわるツキヤの姿があった。
「ツキヤ殿ッ!」
駆け寄ったカコウが目にしたものはツキヤの背中に走る二本の斬り傷だった。
「怪我を!? 今手当てをッ!」
「よせ…この傷ではもう……」
ツキヤが弱々しく答える。
「何をッ!」
カコウは弱気になっているツキヤを抱き起こし肩に手を掛け、ゆっくりと山道を下り始める。
「山を下るまでの辛抱でござる…最寄の村で手当てを…」
ツキヤにはもう答える力も無いのか、押し黙ったままである。
もうすぐ山の麓というところで声が上がる。
「居た、いたぞッ!」
敵の声がし、足音が近付いてくる。これ以上逃げられないと悟ったカコウは具足の箱を置こうとするが、それをツキヤが止めた。
「…俺が敵の足を止める。その隙にお前は逃げろ」
カコウにもたれ掛かっていた身体を起こし、手でカコウの背中を押してツキヤは野太刀を構える。
「その傷では…ッ!」
「いいから行けッ!」
ツキヤの強い言葉に一瞬怯んだカコウの隙をついて、ツキヤは迫り来る敵の追っ手に向かって駆ける。
「ツキヤ殿ッ!」
勝負はすぐについた。
自力で立っているのが精一杯の状態のツキヤが戦闘を行えるはずはなく、剣合わせの一太刀で一人敵を倒したが、残る剣を裁く事が出来ずにその身体に剣が吸い込まれてゆく。
血飛沫をあげ、ゆっくりと倒れてゆくツキヤ。その時、カコウの中で何かが弾けた。
「うわあぁぁぁッ!」
自分でも何故声を上げているのか解らない状態でカコウは野太刀を手に、残る敵へと向かった。
返り血で全身を赤く染め、呆然と立ち尽くすカコウ。
三人を切り倒したカコウの力に怯んだ残る四人の兵士はその場を急いで離れてゆく。
心臓が高鳴り、己の息遣いしか聞こえない状況で、カコウの視界の隅でぴくりとツキヤの身体が動く。
「ツキヤ殿ッ!」
カコウは急ぎその身体を抱き起こす。
「うく…カコウ…無事か?」
虚ろな瞳でカコウを見つめるツキヤ。カコウは何度も頷いた。
「す、すまない…お前と一緒に他の土地に行くのは無理だったようだ……」
「何を弱気な事を……」
カコウはそう答えながらも、ツキヤはこれ以上もたないということは解っていた。
「いいか、カコウ……これからお前はお前の思うように生きてゆくんだ……」
ツキヤの言葉はその力を弱め、今にも命が尽きようとしていた。
「これが最後だから…言っておく…俺はお前を…いや、つま…らない過去…にとら…われるな…」
ツキヤの身体から力が抜けてゆく。ゆっくりとツキヤの目が閉じてゆく。
「ツキヤ殿?」
問いかけても答えは返ってこない。手を握っても握り返してこない。
「あぁ……ッ」
強くその身体を抱きしめる。いつかこうしたいと願っていた事が叶っても、喜びは無い。
手や身体には冷えてゆく感覚だけしか残らない。
強くツキヤの身体を抱きしめたとき、ぺたりと喉下に何かが付着する。手でそれを拭ってみると指先が真っ赤に染まった。
赤…赤。真っ赤。
少し前までは自分に力強い言葉を掛けてくれていた者はもう動かない。自分の腕の中で動こうとしない。
「うあッ!」
思わず動かなくなったその身体を突き飛ばす。
地面に重々しく横たわる音が周囲に響き、はっとしてその身体を抱き起こそうとするが…触れない。
怖い、怖い。
触らなければ、その身体を手厚く葬ってやらねば……。
触れない。
「あぁぁぁッ!」
半狂乱になりながら、具足の入った箱を手に取り、逃げるようにカコウはその場を走り去った。
おかしい。後一話で終わるはずだったのに。
すいません、もう一話です。
これは本当です。
ロウキュウらの出会いというよりもカコウの過去の話になってますが……
では、次話も早めに投稿しますのでよろしくおねがいします。