第四十六話 『カコウの過去』
−オオエ城近郊−
オオエ城から煙が上る。誰もが東国という国が滅んだということを理解した。
東国、チョウサ国両兵が黒煙を上げる城を眺める。
「お、オオエ城が……」
目の前の状況にカコウは手に握った刀を落としそうになる。
「カコウッ! まだ戦は終わっておらぬ我等にはまだやることがある!」
目の前の光が失われてゆく中、一人の男の強い声がカコウの意識を繋ぎ止める。
「ツキヤど…いえ部隊長殿…やる事…?」
カコウと同じように傷を負いながらもその男の目には強い光が宿っていた。
その目を見るだけだカコウの身体に力が湧いてくる。
「今オオエ城下は敵により蹂躙されているだろう、刀の持てない者たちがまだ大勢残されているそれを救うべく我等はオオエ城下へと引き返す!」
此処で敵に向かい死ぬよりも城下町に残された町人らを救うことのほうが意味があるとカコウらをまとめるツキヤは考えた。
誰もその意見に意義を唱えるものは居ない。
−オオエ城、城下町−
其処は目を疑いたくなるような状況だった。
その土地の者しか知らない抜け道を使い城下町へと入ったツキヤら一行が目にした者は、焼け落ちる故郷だった。
数日前までは合理的に整備された町、生い茂る東国だけにしかない花などが咲き乱れる美しい国だったのだが、たった数日という時間でそれが灰燼へと帰してゆくのだ。
「なんという事を……」
ツキヤは怒りに震える。
チョウサ兵から奪った鎧を身にまとい『残党狩り』と称して城下町を駆け回り、生き残っている者達を見つけようとしたのだが、城下町には誰一人と生き残っているものは居ない。
道では無残に刺し貫かれた町人、逃げ遅れ家屋の下敷きになった者達の亡骸が転がっている。
「これが…人のすることでござるか……」
カコウが強く歯を食いしばる。それはカコウだけでなくその場に居た全員が同じだ。
「休んでいる暇は無い。まだ希望はある!」
ツキヤの言葉を信じ、生存者を探し始める。
何処を探しても屍しか見当たらない。チョウサ兵の手に掛かっていない者は皆自らの手で喉や腹を切り裂いている。
国が滅べば生きてゆく場所がないとは言え、その光景はあまりにも凄惨だった。死というものは戦で見慣れているものの、目の前の情景のように幼い子供、老人を含め無抵抗の者の亡骸を大量に見るのは初めてで情け容赦ないチョウサ国とアド帝国の侵略はカコウを含めその場に居た東国武士全員の闘志に火を付けた。
「ツキヤ殿、もう我慢なりません! これがあやつらの正義なのでしょうか!?」
「耐えろッ! 此処で軽率な行動を起こしてはならん!」
一人の部下が野太刀を抜き放つのをツキヤが制止する。
「ツキヤ殿の言うとおりでござる。此処で我等が足掻いてどうにかなる状況ではない。今はツキヤ殿の意向に従うでござる」
カコウも野太刀を抜きチョウサ国兵士へ斬りかかろうとする同士を止め、生存者探しを再開する。
広い城下町の一区画を徹底的に探し回ったカコウらだが、その成果は無く未だ誰一人生存者を見つけられていない。
「これでこの区最後の屋敷となるか……」
目の前に並ぶ数件の屋敷で一区画をすべて探し回ったことになる。
「では、生存者を……」
ツキヤらが屋敷に入ろうとするが、カコウはその足を前に踏み出せない。
そんなカコウに気が付いたツキヤは一体何があったのだとカコウの傍に歩み寄ると、その理由がわかった。
「…此処はカコウの屋敷だったな……大丈夫か?」
今までに見てきた屋敷の中の悲惨な情景が思い浮かんだツキヤはカコウの肩に手を置く。
「無理にとは言わない。此処で待機しているか?」
カコウを気遣いツキヤは提案するが、カコウは首を横に振った。
「そうか……」
ツキヤらはカコウの屋敷へと足を踏み入れた。
屋敷の中は荒らされ金品など金や食料は奪われ、今まで見てきたどの屋敷の中と一寸違わない。
探索時は効率を上げるために皆分かれて探すのだが、ツキヤはカコウに付き添い長年暮らしてきた自分の居場所を壊されたカコウを気遣いながら探索を開始した。
「ツキヤ殿ッ!」
屋敷内を探索していた一人の武士から声が上がると、すぐさまその武士の下へと駆けた。
「どうした?」
ツキヤとカコウがその部屋に足を踏み入れる。
「は、母上ッ!」
抱きかかえられた血まみれの女性にカコウは駆け寄る。その女性は焦点の定まらぬ目でカコウを見つめる。
「か、カコウ…?」
「うん、カコウ、カコウだよ!」
東国武士団の一員として振舞うカコウは其処には居なく、一人の娘としてのカコウが其処に居た。
「生きて…いたのですね……」
口からこぷりと鮮血を流しカコウの母親は愛しそうに娘の頬を撫でる。
「ごめんなさい、カコウ……家を守れませんでした……」
深く身体に残る傷。恐らくチョウサ兵に斬られた傷だと誰もが思った。
「そんなことどうでもいいよ! だからッ!」
もう喋らないでと言うカコウの口を遮り、カコウの母は続ける。
「地下…地下の物置の奥の壁にもう一つ扉があります……其処に……」
今までに無い量の血を吐き、表情を歪めながらも母は言葉を続ける。
「カコウが東国の武士として一人前になった時に渡そうと用意していた具足があります……それを持って行きなさい」
「まだ全然一人前じゃッ!」
「聞きなさい、カコウ!」
母の叱咤に身を縮ませるカコウに母はくすりと笑いその頬を撫でる。
「東国武士の母としては此処で私と一緒に逝きましょうと言わなければならないものですが、一人の娘の母としてはそのような事言えるはずもありません……私はカコウがこうして生きていてくれるだけでいいのです……だから、カコウ、あなたは東国武士として腹を斬らず、東国武士としてこれからを生きていってください……」
この言葉が母の最期の遺言になる事はカコウにも解っていた。最後の言葉だからこそしっかりと返事をしなくてはいけない筈なのに、カコウの喉からは声が出てくれない。泣きながら母の言葉に二度三度と頷くだけで精一杯だった。
「ここに居る…皆さんもそうですよ…オオエ城が落ちた今…東国は滅びるでしょう…だが、そのときに自刃だけは行ってはいけません。割腹はただの犬死になってしまいます…皆さんはこれから自分で考え、これからも東国の為に戦うか、己の思うことをやるのです。あなた達の行動を咎める者は居ません」
周囲の者達にも言い聞かせるようにカコウの母は言葉を言うと、周囲の者達はまるで自分の母から言い渡されたような気分になり、強く頷く。
「…ツキヤさん…カコウの事頼みましたよ。幼い頃からの付き合いのある貴方なら安心して任せられます」
「はい」
ツキヤが重々しく頷くとカコウの母はもう一度カコウの頬を撫でる。そしてその手から力が抜け地面に落ちる。
「はっ、母上ッ!」
力の抜けた母の手を握り締めカコウは泣いた。
「もう大丈夫か?」
誰も居なくなった屋敷でツキヤは泣き腫れた目のカコウに声を掛ける。
「もう、大丈夫でござる……」
口ではそう言うが、まだかなり辛そうである。
「他の者が戻ってくるまでまだ時間はある……まだ泣いても…」
「いえ、大丈夫でござる…ツキヤ殿も御自分の館には…?」
ツキヤは静かに首を振る。
「もう今更行っても遅いだろう…家族の亡骸を見るのはもう…それに今は…」
ツキヤはそう言いかけて言葉を途切れさせる。そのまま無言の時間が流れる。
「約束の刻限になったが、まだ誰も来ないな……」
家族の最後を看取らせようとツキヤは皆に時間を与え個人の館に帰るように言ったが、約束の刻限になっても誰一人と現れない。
ツキヤはもう誰も現れないということは解っていた。実質部隊は解散をするという宣言を言い渡したのだから。
「カコウ、これからの事だが…もしお前さえ良ければ各地を放浪しどこか落ち着ける場所で暮らさないか?」
今までは部下の手前東国武士として戦うと言っていたツキヤだったが、こうして他の部下が自分の下に現れないことは解りきっていたので、素直に自分の考えをカコウに言った。
落ち延びた東国の兵と合流し次なる戦を望んでも勝てる見込みはなく、チョウサ国はもう打ち倒せないとわかっていた。
「つ、ツキヤ殿…それは……」
顔を少し赤らめうろたえるカコウを見て、あわててツキヤは言葉を継ぎ足した。
「他の国に仕官してそこでと言う意味でだ……」
此処でストレートに『お前と一緒に暮らす』と言えない自分自身の根性の無さに苦笑を浮かべる。
もうカコウにも自分の気持ちはばれているだろうが、その一歩が踏み出せず幼い頃から親しい友という関係が続いている。
「そう…でござるよね。はは、これ以上ここに留まっては危険でござるよ、別の国に行くなら早く出立するべきでござるね」
カコウは立ち上がり、地下の物置へと進む。
「此処も荒らされているな……」
地下の物置も荒らされて役に立つような物は何一つ残っていない。
「母上殿の言葉なら隠し扉があるらしいが……」
ツキヤは壁を念入りに探すと、一箇所だけ壁に線の入った場所を発見した。
その壁を強く押すと奥へと壁がへこみ、横にスライドできた。
「此処が……」
畳二畳ぐらいのスペースに一振りの野太刀と具足と弓。カコウはその具足を手に取る。薄暗い部屋の中でもその具足がとても変わっているものと理解できた。
具足がすべて黄金色に輝いているのだ。
「すごい具足だな……」
ツキヤもその具足の見た目の派手さに驚きを隠せない様子である。
「母上……」
この具足を隠すためにこの部屋に籠もなかった母。カコウはこのような鎧の為にとは思わず、母から託された鎧を強く抱きしめた。
カコウはその具足を箱に詰めそれを背負い、ツキヤと一緒にオオエ城下町を後にした。
回想始めの場所を間違えました。
一話で終わらせる予定だったのですが、後一話ぐらい必要みたいです。
主人公たる真田という単語をしばらく打ってないような気もします。
きっと気のせいでしょう。気のせいだと思いたいです。