第四十五話 『アリヴェラ平原戦4』
−アリヴェラ平原、東国武士団−
「敵本陣までの道が開いた! 皆一斉に攻める時ぞッ!」
周囲のアド帝国兵は勢いのついた獣のような東国武士団の前に立ちはだかるようなことはせず、その道を一斉に開ける。
その隙間を放たれた矢のような勢いで東国武士団が突撃を行い、本陣まであと十数メートルと迫った時、アド帝国本陣から大きな太鼓の音が鳴り響く。
「敵は怯んでるよッ!このまま一気に敵本陣へと切り込み、速やかにこの戦場から離脱するよッ!」
チュウショウが手にした大きな槍を振り回し、周囲の兵を鼓舞する。東国武士団の士気は最高まで高まっていた。
「カコウ殿ッ!」
敵本陣を目の前にしてロウキュウが先を急ぐカコウを静止する。
「何?」
カコウは走りながらロウキュウにその先を促す。
「敵の動きが不穏ですいくらなんでも弱すぎる。数で此方に勝っている帝国兵がその数に任せて攻めてこないというのは…それに先ほどの敵の太鼓、何かあるのでは?」
「それは確かにそうでござるが、まともに相手をしていては此方が不利なのは明白。此処はこの勢いを持って一気に敵本陣を蹴散らす。それしか無い!」
目の前に現れたアド帝国兵を軽くいなし、カコウらはさらに前へと進む。
「このッ!」
さらにカコウらの前に数人の敵兵が立ちはだかるようになり、一斉に槍を振り下ろしてくる。
「ッ!」
カコウが左手でその槍を受け止めると熱が左腕から全身へと突き抜ける。
痛む左手で槍を握り締め、一メートルほどの刀でがら空きになったわき腹を叩きアド帝国兵との距離を開く。視界の隅では同じようにアド帝国兵と槍を合わせるチュウショウらの姿も見える。
打ち倒しても打ち倒しても次々に現れるアド帝国兵を見てカコウの背中に嫌な汗が噴出す。
おかしい。明らかに敵が増えてきている。今まで攻勢に出なかった敵が今何故? 敵の統率が先ほどとは比べ物にならない位取れている。敵本陣に近付けば近付くほど焦り、各隊の動きが乱れるはずでござるが……。
カコウが思案を巡らせ周囲を見渡すと、其処には絶望が広がっていた。
前方に敵が回りこむのは当然としても、左右、後方の四方が敵の集団で囲まれていた。
先ほどまでは道が開けていた平原も敵が所狭しと集結し、敵という大海原に残されたちっぽけな小船のような状況。
そう、アド帝国兵は一度本陣までの道を開け、本陣まで東国武士団を切り込ませその隙に東国武士団を包囲したのだった。
「キュウッ!」
自分達が置かれている状況に気が付いたカコウは声を荒げロウキュウの名前を叫ぶ。
ロウキュウやチュウショウ、それに東国の指揮を取る者たちもカコウと同じように自分達の置かれている状況に気が付いた。
「敵に囲まれちまったねッ! 今まで敵が逃げ腰だったのはこの為だったのかねッ!」
余裕のあるようなチュウショウの言葉。だがその表情は暗い。
「円陣を組め、カコウ殿を守り通すのだッ!」
ロウキュウは即座に号令を掛けカコウを陣の中央に引っ張り込む。
カコウを守るために東国武士団が固まりきる頃にはその包囲網は狭まっていた。
「皆、此処で耐え敵に生ずる一瞬の隙を突くぞッ!」
ロウキュウの掛け声の下東国武士団の長く辛い戦が再開された。
容赦なく射掛けられる矢を障壁で防ぎ、迫り来る敵の刃を身体で防ぐ。
包囲され追い詰められた東国武士団はその時間が僅か数分の出来事なのか、それとも数時間にわたるものなのか解らなくなって、ただ目の前の危険をどう凌ぐかだけを考えていた。
時間が経てば経つほど一人、また一人と屈強な兵は倒れ、当初の兵数の半分以上を失いカコウを守る円陣も少しずつ縮小している。
「カコウ殿、これ以上は耐えられません。敵の包囲にも綻びが生まれている模様。此処は形振り構わず戦場を抜け出し、右翼砦を放棄それから戦力の立て直しを……」
身体中から鮮血を流し慢心相違のロウキュウがカコウの元に歩み寄る。
「そう……この戦は拙者の失敗でござった。この戦場に入る前にルノ帝国と示し合わせておけばこのような結果にはならなかったはず。皆で生き残りこの教訓を次に生かそう……」
悔しそうに唇をかみ締め、ロウキュウの言葉に頷いた。
この戦は負けた。敵本陣までこのままたどり着くことは不能。今まで行ってきた負け戦の中でも一、二を争うほどの完膚無き負け戦。これから先の戦はもう少数で何とかなる戦ではない。どのような対応であってもルノ帝国の傘下に入り確実な勝利を掴み取らなくては。
アリヴェラ平原の戦を通してカコウの中にこれから先の戦というのが見えてきた。
今まではアド帝国の広い占領地域を支えるために各地方の守りや兵は少なく少数精鋭によるゲリラ戦法でも勝利を掴む事が出来たが、ルノ帝国が戦線を押し戻し、戦況を五分以上まで盛り返した時から少数精鋭によるゲリラ戦法は通用しなくなっていた。
今までの戦法が通用しないとなれば次の方法はどんな待遇を受けようとも耐え、この地方からアド帝国を駆逐し、東国再建の希望をルノ帝国に託すしか道は無いのだ。
「ロウキュウ…これから我等は敵包囲網を突破し、速やかにアリヴェラ平原から離脱。そのまま迂回路、山岳を通りルノ帝国領まで落ち延びよう…」
カコウの言葉を聞いて傷だらけのチュウショウが笑みを漏らす。
「じゃぁ殿はアタシらが受け持つよ」
誰もが解っていた。この包囲網を突破するのは容易ではなく、逃げる味方の背中を守る殿は追っ手を食い止めなくてはならず、その危険は誰もが知っていた。
それをすべて知った上でチュウショウはその役を買って出た。
誰もがチュウショウと共に殿を受け持つ者達は此処で命を散らすであろう事を予感しその姿をしっかりと瞼に焼き付ける。
「チュウショウ…死ぬことは絶対に許さないでござる。落ち延び…ガリンネイヴ平原の一枚岩で再び」
カコウは頷き、落ち合う場所をチュウショウに伝えその手を握る。
「…チュウショウ、この役は決して失敗の許されない役です。身を変わり…共にカコウ殿を生き延びらせましょう」
ロウキュウの言葉に驚きの表情を浮かべるチュウショウ。唇を少し緩ませ、カコウの手を強く握る。
「絶対に我等三人でまた東国再建の為戦うでござるよ……」
手を強く握られているカコウはロウキュウの言い回しの変な言葉に気が付いていない。
「カコウ殿の鎧を剥げッ!」
ロウキュウがそう叫ぶとカコウの傍にいたロウキュウの配下がカコウの腕を掴み、数人掛りで抵抗するカコウから黄金の鎧を剥ぎ始める。
「な、何をッ!」
突然の事態に驚き暴れるカコウ。鎧を脱がせまいと身体をよじらせ抵抗するがその抵抗虚しく鎧をすべて剥がされる。
「ロウキュウ、これは一体ッ!」
羽交い絞めにされたままロウキュウを見据えると、ロウキュウも自らの鎧を脱いでいた。
「まさか……」
カコウが呟くとロウキュウは一度だけ笑みを浮かべ兜を被った時に髪が邪魔にならないように額に巻きつけた布を解き、自らの負傷した左手に巻きつけ、カコウの黄金の具足を身に着け始める。
ロウキュウが兜の紐を結び終え手馴れた様子でカコウに自らの具足をつけ始める。
「駄目ッ! そんなことは許さないッ!」
カコウは目の前に佇む者達に叫ぶが、皆薄っすらと笑みを浮かべるだけだった。
「…其処の者、名前は?」
怪我をし、本陣まで戻ってきていた一人の少女にロウキュウは声を掛ける。何が起こっているか解らないという表情の少女は身体を強張らせ、ロウキュウの前に立つ。
「り、り…リィシエですッ! しゅ、出身はイルガの里の……」
緊張のあまりか、リィシエは聞かれても無いことを喋りだし、完全にパニックに陥っている。
「イルガ…って事は情報収集とかを主な任務とする者達の里だったね……まぁ、適任といえば適任さね」
チュウショウがガチガチに緊張しているリィシエの肩を叩き、力を抜けさせる。
「いいか、今から我等が突撃し敵の注意を引く。その隙に数名の我等の配下と共にカコウ殿をこの平原から離脱させるんだ。失敗は許されない。出来るな?」
ロウキュウの言葉で、自分がいかに重要な任務を与えられたか理解したリィシエは方膝を突き、片手を前方に突き忍者ポーズで頷いた。
「はっ、命に代えましても!」
リィシエの言葉に満足したロウキュウはリィシエの頭を撫でると刀を構える。
「ショウ、キュウだけ死なせるわけにはッ! 拙者も皆と共に此処でッ!」
カコウの言葉を遮る様にロウキュウは手をカコウの口元にかざす。
「我等の大将はカコウ殿です。この負け戦での重要な点は大将をなんとしても逃がす事。カコウ殿ならこの負け戦を挽回できると信じている……のでござるよ」
幼い子供に言い聞かせるようにロウキュウはカコウの頬を撫で、使わなくなった東国の言葉を発する。
「実の事を申しますと拙者、東国を再建するとか、アド帝国に一矢報いるとかどうでも良いでござるよ…我等があの時の事を覚えているでござるか?」
ロウキュウがゆっくりと口を開く。
ちょっと間が空きましたが投稿です。
最近はこればかりの更新になってますが、しばらく落ち着くまでこっち一本で行きたいと思います。
これからも面白い作品が書けるように精進です。