第四十四話 『アリヴェラ平原戦3』
−アリヴェラ平原、東国武士団−
「敵を殲滅することを考えてはいけないでござる! 目の前の部隊を崩し、敵の喉元へと突き進むのでござるよ!」
カコウを中心に東国武士団は矢印のような陣形を取り前へと突き進む。
アド帝国の先陣と東国武士団の先陣がぶつかる。
「そんなもんじゃこの東国武士団一の鬼のチュウショウが止められるもんかねッ!」
チュウショウの手にした大きな槍が目の前のアド帝国兵士を吹き飛ばす。
他の東国武士よりも一回りも二回りも大きいチュウショウの存在はアド帝国の兵にとって恐怖そのものだった。
切れ味の良い大きな槍を振り回すチュウショウを先頭に突き進む東国武士団を止められるものは何処にも居ない。
「所詮はこの程度かい! そんなに雁首揃えてもアンタ達は我等の敵じゃぁないね!」
返り血で鎧を朱に染めたチュウショウが叫ぶと、アド帝国兵が三人チュウショウに斬りかかるがそれをチュウショウは容易く薙ぎ払う。
士気の低かった東国武士団はチュウショウの活躍により士気を高めてゆく。
「皆ッ! ショウに遅れを取ってはいけないでござるよ! 前に、前に進むでござるッ!」
カコウは声を張り上げ、切りかかってくるアド帝国兵の一閃を交わし、切り捨てる。
東国武士団は寡兵ながらもアド帝国を押し始めていた。
−アド帝国本陣−
「まさか前に出てくるとは…流石だな東国の者達よ」
本陣で情報を聞いたマッシュは表情を歪める。
当初の予定では数での劣勢を知り退却を始める東国武士団の背中を突く作戦だったが、思わぬ反撃にその予定は崩れ去った。
「敵の勢いもありますが、これ以上味方の被害を広げれば戦線が崩れるでしょう」
ケルヴィンは落ち着いた様子で二度自分の肩を中指で叩く。
「余裕だなケルヴィン。何か考えでもあるのか?」
笑みを浮かべマッシュはケルヴィンに問いかける。当然彼にも考えはあるのだが、自分より若い者に意見を言わせるという癖を持っているようだ。
咳払いを一つして、では…とケルヴィンは頭の中にある策を話し始める。
「敵は鋒矢の陣にて一丸となり我等の突破を目論んでいる模様。我等の陣形を動かし、一度我等の本陣近くまで切り込ませ、一気に包囲します」
ケルヴィンは左手人差し指を右手に近付けさせ、その人差し指を右手で握り締める。
言わずとも人差し指は東国で、右手はアド帝国だということは明白だった。
ケルヴィンの応えに満足したのかマッシュは笑みを浮かべる。
「流石だ。そうじゃないとやつらを誘き出した意味が無い。包囲後は必ず『黄金甲冑』を討ち取れよ。合図を出せ、鶴翼だッ!」
−東国武士団−
勢いの付いたまま東国武士団は前へと突き進む。
個々の戦闘能力の高さ、そして統率の高さにアド帝国兵は距離を取っていた。
「カコウ殿! 敵は怯えていますよ、敵本陣も近くこのままいけば……」
東国武士団は厚かったアド帝国の陣形を乱し、敵本陣まであと一歩というところまで踏み込んでいた。
だが、皆無傷というわけでもない。
敵を打ち倒しながら前へと進んできたのだからそれぞれ身体に傷を作っている。体力的にも限界が近い。
「このッ!」
ロウキュウが見せた一瞬の隙をアド帝国兵は見逃さず、剣を振り下ろしてきた。
「ッ!」
咄嗟に反応したロウキュウだったが、その一閃を避けきることが出来ず、左腕に傷を作る。
強く歯を食いしばってロウキュウが袈裟斬りで相手を打ち倒す。
「キュウ!」
カコウが急いでロウキュウに駆け寄る。白銀の鎧に真新しい血が滴り落ちていた。
その傷の深さを見てもかすり傷のようでカコウは安堵のため息をつく。
「油断しました…でもこれぐらいのかすり傷……」
ロウキュウも戦で初めて負った傷というわけではなく、身体のいたる所に傷を作っている。
傷を見てカコウはロウキュウの肩を叩く。
「まだまだでござるな」
他に戦っている者の援助に向かうためカコウは足早にその場を去ってゆく。
その後姿を眺めロウキュウは頭の中で状況を整理し始めた。
此方の必死の抵抗により敵の本陣近くまで切り込むことが出来たが、敵の動きが鈍すぎる。このまま前に突き進めば敵の包囲を逃れベルジ中央砦まで行ける事が出来るが、それを敵が許すだろうか。今までの状況を見れば敵は一度中央砦近くに陣を敷き我等に戦をしていると思い込ませ此処まで誘き出しているのだ、まだ何か策があるのかもしれない。
「ッ…」
動かすと痛む左手を庇いながら立ち上がり、近くに居る者を傍に呼んだ。
「これしきの兵力じゃアタシ等は打ち破れないよ! 今の倍の兵を連れておいでッ!」
叫びながらチュウショウは手にした大きな槍を振るう。
彼女の威圧はアド帝国兵士怯えさせ、攻めることを躊躇わせている。
近場に居た兵に突きを繰り出すと覇気障壁がぶつかり合い閃光を放つ。彼女の手には確かな手応え。この分ならいける、とまた自らを奮い立たせる。
目の前に立ちふさがるチュウショウという存在はアド帝国兵士の士気をそぎ落としてゆく。
「まだまっ……」
チュウショウがもう一声雄叫びを上げようとしたとき、敵本陣から太鼓の音が鳴り響く。
撤退の合図? いや此方の士気が高いとはいえまだ此方が劣勢なのは変わらないってのに、何をする気なんだい。まぁいい。何があってもアタシは東国武士としての意地を突き通すだけさね。
アド帝国の合図に戸惑いを覚えつつもチュウショウは目の前の兵士を薙ぎ払う。この時まだ彼女を含め果敢に戦う東国の兵はアド帝国の陣形がゆっくりと変わっていることに気が付いていなかった。
−アド帝国本陣−
東国武士団が目の前まで迫っているアド帝国本陣からは平原の状態が良く見える。
静かにそして素早くアド帝国の陣形は変わり、東国武士団を飲み込もうとする大きな口のようになっていた。
「包囲完了したか」
マッシュは目前の状況を見て口元を緩める。
「さぁ今からが本当の戦の始まりだ…」
いつまでこれが続くのか私にはわかりません。
いや、冗談ですけど。
あと二、三話でこの戦は終える予定です。
面白いの一言でボカァまだがんばれます!
では、また次回。