第四十二話 『アリヴェラ平原戦1』
−アリヴェラ平原近郊、アド帝国軍−
大降りになった雨に打たれながらアド帝国軍は進む。
「…ケルヴィン、ルノ帝国の奴らは我等の目論見に気がつくと思うか?」
マッシュは横を歩くケルヴィンに問いかける。
彼の無造作に跳ねた短い髪や伸びた頬や顎の髭から雨水が滴り落ちる。その姿は色は緑色と違うが毛先の色が茶色ならば間違いなくタワシに見えることだろう。
ケルヴィンは言葉に対する笑みか、それとも彼の外見から何かを連想したのか口元を緩ませる。
「多分、気がつくと思います。だが気が付いたところで兵を動かすとは到底思えません」
濡れた髪を掻き揚げてケルヴィンは続ける。
「同盟国ならありえる事だとは思いますが、ルノ帝国と東国の者たちは同盟を結んでいません。今の状況は…そうですね。勝手に東国の者たちが流れてきて、戦に首を突っ込んでいる程度にしか捉えていないでしょう」
アド帝国側の人間の見解としては正にその通りだった。
同盟国であるチョウサ国とアド帝国の侵略により滅びた東国。
その生き残りの一部がルノ帝国内で儚い抵抗を行っている。当初の見解はそうだった。
「国に対する最後の義理か、それとも死に場所を探しているかわからんが、不憫な奴等だな」
マッシュも同じ事を思っていたようでケルヴィンの言葉に頷く。
「私個人としてはあまり東国の兵とは戦いたくないんですがね……」
ケルヴィンはそう呟くと視線を逸らす。
「確かにな。東国の兵は強く、そして妙な長さの剣を振り回し戦いにくい。それに奴らは槍や弓などの武器を一通り扱え状況に応じてその戦い方を変えるからな」
「それに……」
マッシュの言葉を繋げるようにケルヴィンは一言付け加えた。あれを目にしては…と。
「あれ…か」
ケルヴィンの言葉にマッシュは目を細める。
あれ…とは東国という国の最後の戦だった。
シュヘイ家治める東国へとチョウサ国が侵略し、戦となった。
東国全土で大きな戦が繰り広げられ、その戦の最中でシュヘイ家当主は討ち死に。その知らせが東国全軍に広まると、戦の流れは完全にチョウサ国へと傾く。
東国の中心にあるシュヘイ家の城、オオエ城が陥落し、東国での戦は終わった。
だが、惨状はそれからが始まりとなった。
戦は終わると、チョウサ国の兵達は各地で戦を続ける東国の兵達を止めようとオオエ城が落ち、シュヘイ家の血筋を持つものは皆死んだと伝え、降伏を勧めた。
当初の見解では、主の死を知り嘆き悲しみ降伏勧告を受けるだろうと思っていたチョウサ、アド帝国の兵達だっが、彼らの目の前で信じれない光景が広がってゆく。
次々に鎧を脱ぎ捨て、懐に忍ばせてあった十センチほどの短刀を自分の身体に突き刺し、自害を始めたのだ。
降伏し捕虜となる事を嫌う一部の兵がそれを行うことは珍しくはないが、各地の戦場で次々に死んでゆく東国の者たち。それは戦を行うスピリットヒューマンだけではなかった。
オオエ城ふもとにある町やその周辺にある町でも、戦と関係のない町人であるヒューマンスピリットらがその屍を晒していた。
ケルヴィンやマッシュ、クロスロビンを含め、今ルノ帝国に行軍している兵達の殆どは、目を覆いたくなるような惨状を目の当たりにしていた。
少なからずとも東国の者達に同情感を抱いて、各地で微々たる被害が出ようともそれに目を瞑ってきたが、これ以上情けを掛けていたら此方が負けると、ようやくクロスロビンは現状の重大さを理解した。
「クロスもまだまだ甘い。確かにあの東国の有り様は悲惨だったがそれで情けを掛けていてはな……」
マッシュは東国の惨状を受け止めてはいるが、戦とはそういうものと受け止め、クロスロビンやリーネに進言をしている。
「また『元訓練生』に対する小言ですかね?」
ケルヴィンは笑うとマッシュの言葉に耳を傾ける。空の底が抜けたと思わせるような大雨の音を聞きながらでもその声ははっきりと聞き取れる。
「はは、言いおるな。まぁ、幼少のころから剣や用兵などを叩き込んできた此方から見ればまだまだ危なかしくて安心して見てられんぞ」
マッシュのその表情は親が子供を見守る姿に似ていた。
身体が出来始めたクロスロビンに剣の振り方を教え、自分の部下として盗賊などを討伐に行った事、さまざまな出来事を通して彼の成長を見守ってきた。だからこそ、まだ足りないところや、まだ上へ昇れるような所が嫌でも目に止まる。そんな自分をマッシュは苦笑を浮かべ、自笑する。
「さて、東国の者たちの動き楽しみだな……」
マッシュは遠く離れた右翼砦を方向へ向け呟いた。
−アリヴェラ平原右翼砦−
「皆押せ、押すのでござる。敵の守備は崩れたでござる一気に敵を倒し砦を手に入れるのでござる!」
雨の中カコウの声が響く。黄金の鎧の下の服は水分を吸い少し重たいが彼女にとってはそんなことは些細な事であった。
統率を乱し我先に逃げようとするアド帝国の兵士の背中を一閃し、カコウは次の相手を探すが敵の姿はもう見えない。
「カコウ此処は我等が圧勝だな、これにより片方の翼の折れた鳥は空を飛べまい」
チュウショウは大きな槍を肩で担ぎ、勝敗がほぼ決定的となった砦内で笑う。
砦守備兵は東国武士団の奇襲を予想しておらず、大きな犠牲が出ることもなく簡単に戦闘に勝つことが出来た。
アリヴェラ平原にある砦は全部で二つ。その砦の間にある広い平原。この二つの砦が機能してこそ平原での戦が有利に運べるのだが、一つの砦を失ったアド帝国とルノ帝国が平原でぶつかっても、その勝敗は目に見えている。
「もう形振りを構っていられないのでござる。我等を頼る者達が増え、いつまでも流れの生活を続けている訳にはいかないでござる。ルノ帝国に義理はないでござるが、我等が生きるためにルノ帝国に手を貸し、増えてゆく仲間達を何とか生かさねば」
砦の制圧が完了したという報告を受け、カコウは鎧と兜を脱ぎ、砦の壁に背を預ける。
髪から滴り落ちる雨粒が濡れてない服に染みを作る。カコウは自分の髪を一度撫で髪に付いた水分を手に移し、それを払う。
戦の始まる前は先が見えないほどの雨だったが、今はその雨も強さを弱めあと小一時間もすれば雨は止むだろう。
「それにしても守備兵は他愛なかったな。本隊も今頃ルノ帝国と戦を始めただろうし、このままその背後を突けば……」
チュウショウは大きな角の兜を脱ぎ雨で濡れた髪を布で拭く。東国独特の灰色髪が布で水分をふき取った事によりその色を薄くし、銀髪のような輝きを持つ。
安心して休める場所を手に入れたことで東国兵達の士気は高く、どの兵も満足そうな表情を浮かべている。そんな姿を見てカコウは口元を緩める。そして自分の中で新たな決意をする。
各地で貧しい生活を行っている同志たちを一人でも自分の下に集め、国が健在だったころの生活を取り戻そうと。
「カコウ殿、砦内に敵は残っておらずこの砦は我等のものになりました。次の行動は如何に?」
砦の見回りを終えたロウキュウが戻って来る。
次の行動は決まりきっていた。
カコウは表情を引き締め、野太刀と呼ばれる一メートルほど長さの刀を抜き放ち宣言する。
「砦に最低限の兵を残し、我等はアリヴェラ平原へと向かう。そこで敵の背後を突きこれからの戦をルノ帝国と共に行うでござるよ!」
カコウの宣言で砦内は大いに沸き立つ。
数時間の休憩を取り、次なる戦場へ向かおうとするカコウら東国武士団に思いもよらぬ出来事が襲い掛かろうとしている事をまだ誰も予想してなかった。
何とかがんばって書いてます。
編集作業とかしたいんですけど、時間が。
一日二十五時間あればな…と日々思います。
次からしばらく主人公の出番がない話が続くようです。
では、次話も出来るだけ早くアップしますので……。