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第三十八話 『それぞれの思惑』

 −オルタルネイヴ領主の館、大広間−

「各々方、此度の戦、真にご苦労であった」

 シュレイム地方へと出ていた者達も無事に戦を勝利で締めくくり、堂々と凱旋してきた。

 大広間に並ぶ将の数は二十人いかない程度。出陣前には三十数人居たのに、随分と減ったもんだ。

「此度の戦でシュレイム地方で二つ、ベルジ地方で三つ。ガリンネイヴ平原とオルタルネイヴ領の半分まで我等の勢力下に戻ってきた。このまま勢いに乗り、一気にアド帝国を駆逐せん」

 十六人衆の一人、エドラが当然のように話を進めている。

 それに加え、待ち望んでいた戦功発表は先送りとなり、なんだかスッキリしねぇ。

 どうも俺はエドラとは気が合わないだろうな。アイツのやって当然、出来て当然という物言いは嫌いだ。

「では、数日間は召集はないと思われるので、各々方、十分に休まれよ」

 それだけを言い残すとエドラはその場を去ってゆく。

 社交辞令の言葉ばかり並べやがって。本当にお疲れ様って思ってるんなら包帯を巻いた奴とかに声を掛けてやれよ。いくら国の重役だからこそ自分より地位の低い奴らを気遣うべきなんじゃねぇのか?

「皆さん、良くご無事で……」

 大広間では将らが世間話を話し始めていた。そんな時にクレアが血相を変えて俺たちの元に駆け寄ってきた。

「まぁ、一人無事かって言えそうにない程の怪我人が居るんだけどさっ。ねぇ、そーちゃん」

 アリアがケラケラと笑いながら俺の背中を叩く。

 包帯下の傷に響き、俺は短い悲鳴を上げる。

「サナダソースケさん、お怪我は大丈夫ですか? 此度の戦では平原、それにシュレイム地方での活躍は私の耳にも入ってきております。やはり、コールヒューマンは大きな流れを作ってくれる存在のようですね。ですが、本来戦などという事とは無縁の生活をしていた貴方が傷ついてゆく様を見れば、いくら国の為とはいえ貴方を召喚したことがまちが……」

「おっと、それ以上言っちゃ駄目です。今俺は俺なりに戦う理由があるんですから。それを今そんな事言われてしまえば、また迷ってしまいます」

 俺をこの世界に呼び出した事を悩むクレアの言葉を手で遮る。

 なんとなくだが、アリシャやレイラ、エリファにジーニア達がクレアを慕う理由が解る気がする。

 俺達の上に立って、オルタルネイヴという国を纏める立場に立っていながらも、偉そうな態度一つ取らない。

 自分が行ったことが正義で、結果がそうであるように、何も間違いなどではない等といった感情を抱いていないと言う事が解る。

 身体に刻まれた傷の痛みもクレアの言葉一つで軽くなった気もする。そんな不思議な錯覚を覚える奴なんだ。

「クレアこそ俺達が戦に行っている間に領主としての仕事をしていたんだろ? どうだった領主の仕事とやらは」

 アリシャが問いかけると、クレアの表情が曇る。

「それが……領主になった今でもやる事は自警団の頃と変わりません……次の戦の方針などはエドラ様の配下の方が全て執り行いますし、せめて領内の治安や街に住むヒューマンスピリット達の生活改善だけでもと考えたのですが、それも出来ず……」

 つー事は何か、領主というのは名ばかりで、実際は領主という椅子に座らせられているだけなのか?

 戦場での部隊配置もエドラが行い、この領内の事もエドラの配下、つまりはエドラの意思で動く。

 確かに理由は解る。裏切るという可能性を考えてクレア一人に全てを任せられない。だから物事に口を挟む。

 だが、アイツのやっていることは口を挟むというレベルではないだろ。

 次の戦の方針を決めるのは確かにエドラの配下で適任である。だが、治安維持などもさせないって言うのはおかしくないか。

 其処まで徹底してクレアを動かせないようにしているのは……。

「危うい傾向でありますね」

 エリファも俺と同じ事を考えたのか、顎に人差し指を当て、頭の中を整理しているように見える。

「…危うい傾向……?」

 レイラは理解できないのか、それともあまり物事を深く考えていないのか、まだ俺とエリファが出したであろう結論にたどり着いていない。

「はい、表向きではお目付け役としてこの地方へと来たエドラ様ではありますが、先ほどのクレアの言葉を聴くと、意図的にクレアの動きを制限しているように思えるのです」

「意図的に制限して、何か……得があるようには思えないけど……」

「得はあるさ」

 エリファに変わり、俺がレイラに説明を始める。

「クレアの行動を制限することによって、町人……ヒューマンスピリットとクレアが結びつくのを防いでいる。この推測は後で説明する。そして戦闘方針などはエドラが全て決める。これによってこの戦はクレアが組み立てた戦ではなく、エドラが組み立てた戦と他の将が認識する」

 部活などで例をあげると、頂点が部活動顧問の先生で下に行けば格の一番低い一年生となる。

 まず先生が部長に部室の掃除をしろと言ったとする。それを聞いた部長は二年生へとその旨を伝える。そしてその二年生の代表が一年生へと部室掃除を頼む。

 その部室掃除の伝え方によるが、もし『汚いから部室を掃除しろ』とだけなら一番下の一年はまずその二年の先輩からの指令だと思う。もしくは部長からの指令だと思い、先生が指示を出したものだと思う人間は少なくなる。

 これをクレアたちに当てはめて考えると……。

 オルタルネイヴ領内のアド帝国駆逐の命を受けたクレアが最高責任者、ピラミットの頂点に位置する。そしてそれを補佐するエドラが将らに命令をする。

 将や下々の兵らはこの時点でクレアという存在が居ることがわからず、この戦はエドラが考え動かすものだと認識をする。

「そして、敵を全て追い払ったらこの領をどうにでも出来るのさ。領主であるクレアにはその素質がないなんて文句をつけて領主の座を引き摺り下ろせるし、万一負けたとしても、その責任をクレアに被せる事も出来る」

 アド帝国を駆逐し、その立役者であるエドラがクレアを弾劾しても将らは誰も文句を言わない。

 そして治安維持などをさせない理由は、余計な場所に火を立てないため。

 クレアが町人達の信頼を得ることで、クレアを領主の座から引き摺り下ろせなくなる可能性が生まれてくるからだ。

 今クレアから聞いた現状から、そんな推理が出来る。

 エドラが何を考えてこの戦に望んでいるか知らないが、最悪そういうこともありうるということだ。

「まぁ、何とかなりますよ」

 とクレアは大した問題ではないといった様子で笑う。

 もし、この先エドラの目的がそうであれば、絶対止めて見せるさ。


 −アリヴェラ平原、砦−

「ケルヴィン様、無事退却してきました」

 残存する兵力を計算していたクロスロビンはその手を止める。

「此処へ通せ」

 それだけを伝えると、クロスロビンは入り口に背を向け、一人思案を走らせる。

 数分後、甲冑を引きずるような音と共に、部屋の扉をノックされる。

「ケルヴィンか、入れ」

 扉が開くと、傷ついた状態のケルヴィンが入ってきた。

「随分とこっぴどくやられたもんだな」

 クロスロビンはケルヴィンの身体の状態を見て苦笑いを浮かべる。

 それに釣られるように、ケルヴィンも表情を緩める。

「あぁ、随分とな」

 緩めた表情を引き締めるとケルヴィンは膝を着く。

「すまない、兵を無駄に減らしただけでなく、砦を三つも奪われてしまうとは!」

「あぁ、報告は聞いている。随分と小賢しい手を使われたものだな。なかなか考えも付かない策、そしてそれを成功させるだけの各部隊での連携。これでは俺が守りに付いてても防げたどうか定かではないな。俺もてっきりベルジ地方へ攻め入ってくる部隊は陽動だと思っていたのだが……」

 クロスロビンはある懸念を抱いていた。

 この先、ベルジ地方で姿を確認された各部隊の兵力が増えれば、もっと多くの砦が奪われてしまうのではないかと。

 今回のベルジ地方での戦は、まぐれで勝てるほど甘いものではない。ケルヴィンが行った行動を全て読み、その上で自分達の行動を読まれないように行動をする。

 口にするのは簡単だが、実際に行うとするならばかなり難しい事であるということはクロスロビンも理解していた。

「ベルジ地方に居た隊の半数以上が元自警団の連中だと侮ってはいけない相手だ。兵の統率、己たちの実力、どれを取っても他の将と変わりない。惜しいものだ、それだけの実力を持ちながら、今までその才を埋もれさせていたとは……」

 ケルヴィンは先の戦を思い出して呟く。

 クロスロビンもそれに相槌を打つ。

「ケルヴィン。お前はこれからマッシュのおっさんと一緒にこの砦からベルジ地方の中央砦へ攻め入ってくれ。俺は兵をまとめ、一旦アド帝国領へと戻り、援軍を要請する」

「承知」

「あと、中央砦に攻め入る前に、東国の者達がここらに居るという報告がある。ガリンネイヴの二の舞いにならぬよう、まずはそちらから叩け」

 もう、この現状では僅かな障害を無視しておくことも出来なくなってきている。

 確実に戦の流れがルノ帝国側に傾いていっているのだから。

「では、任せたぞ」

 ケルヴィンの肩を叩くと、クロスロビンは部屋を後にした。

 廊下では出発準備を整えたリーネが待っていた。

「お話は済みましたか、クロスロビン様。では、行きましょうか」

 リーネはクロスロビンの言葉も聴かずに歩き始める。置いていかれてはたまらないと、クロスロビンもその横に並ぶ。

「なぁ、リーネ……お前の考えが聞きたい。もし、援軍がなければどうする?」

 リーネは歩きながら少し考えて口を開く。

「早急に停戦協定を結んだほうが良いかもしれませんが、アド帝国はそれを許さないでしょう。では、私たちに残された道は勝つことです。ですが、今こちらの士気よりも、勝ち続けのルノ帝国のほうが明らかに高いということは明白。適度に戦っては退き、広がりすぎたこちらの戦線を狭くしたほうが良いでしょう」

 クロスロビンも同じ事を考えていたのか、リーネの言葉に強く頷く。

「そして……ある拠点を中心に、敵の兵力を着実にそぎ落とし、弱ったところを一気に攻勢に出ます」

 此処まで考えておらず、クロスロビンは目を丸くしてリーネに問いかける。

「ある拠点とは……?」

「ヘルムランドです」

 クロスロビンは頭の中でヘルムランドという場所を考える。

「…そうか、あの場所か! 確かにあの場所は攻守共に優れているが、砦を作るにしても、時間が……」

「その点は大丈夫です、こういった事態に備え、ヘルムランドを手中に収めたときから砦を作らせていますから」

 リーネの観察眼、戦況を考える力に驚きクロスロビンは口を開けたまましばらく黙り込む。

 しばらくして、リーネの背中を叩く。

「流石だな、リーネッ! これからの戦が見えた! しばらくはルノ帝国の兵らにはひと時の栄光を味あわせておいてやろうか……」

 彼の頭の中にもこれからの事が思い描かれ、その瞳には強い光が宿った。

次から戦パートに突入です。

またも疲れそうな内容になりそうですが……。

では、次回の展開にこうご期待を。

あまり期待されすぎても困りますけどね。

お付き合い、有難うございます。

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