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第三十二話 『上着を脱げってそんな!』

 −ベルジ地方中央砦−

「こんなにも楽に砦を奪えるとはな……シュレイム地方ではまだ戦が続いているというのに」

 戦闘のすべての処理を終え、中央砦攻めに参加した将らが集まっている。西砦にはジーニア、エリファなどを筆頭に六十人程度待機している。その他の将兵らはすべてこの中央砦に居る事になる。

「では、次の動きじゃが……東砦にも兵を向かわせることで、ベルジ地方の砦はすべてこちらのものになるな」

 赤髪で、目に獣の爪で引っ掻かれたような傷を持つガタイのいい男、ガルディアが発言すると、アリシャや他の将らも頷く。

 ようやくこれで、暇で平和な日々が訪れるだろう。それが束の間の安息であっても。

『戦は終わったけど……本当にその行動が正しいのかしら。それにまだ他に敵は居ると思うんだけれどね』

 誰が発言したかわからないが、俺の耳には確かにそう聞き取れた。

 周囲を見渡してみるが、そんな発言をしそうな人間は居ない。

 どういうことだよ、敵はすべて追い払ったじゃないか。西砦に布陣していた敵、中央砦の敵……ちょっと待て。東砦の敵は何処行った?

 俺達が東砦を抜け、西砦の連中と合流。そして中央砦を落とした。いくら俺達の居なくなった東砦に駐在しても、中央砦がこうして攻められている事が解らないはずが無い。

 敵はそのままガリンネイヴ平原に展開する味方を襲いに行くにしろ、兵力が少ないし、それに万一落とせたとしても敵の援軍は来ない。そんな孤立無援の場所に誰が好き好んで行くものか。

 じゃぁ、敵は今何をしている?

「それでは、西砦の守りは引き続き、エリファ、ジーニア隊に行ってもらうとして、東砦には俺、アリシャ隊とガルディア隊。中央砦はディレイラ、ドルフ隊。そして西砦で待機しているローチ隊も中央砦に呼ぶ。それでいいか?」

 アリシャが今後の話を進めてゆく。各砦、五十人程度で守りに入る予定……ちょっと待て、敵はまだこのベルギー地方にまだ百五十人近く居るんだぞ!?

「ちょっと待て! おかしいって!」

 思わず俺は声を荒げ、アリシャの元へと歩み寄る。

「何がおかしいって言うんだよ、サナダ?」

 今回の働きで多少アリシャの俺に対する態度が軟化したように思える。あぁ、タイミングわりーなぁ。また此処でこんな事言ったら、良くなっていたものが悪くなりそ。でも、そんなの気にしてる場合じゃねぇ。

「俺達が囮になって引き付けた東砦の連中の動きがだよ。俺達が全部の兵士導入して西砦を攻めたのは理解できたはず。そしてその次に中央砦を攻める事だって……そうなったら敵は逃げ場を失う。平原を攻めても孤立しちまうし、残された兵力でこの地方を奪還するなんて無茶な話だ」

 俺の話に皆耳を傾け始める。ある者は副将と話を始め、またあるものは地図を眺め始める。

「普通ならすぐに兵をまとめて逃げ出すもんだろ? だが、敵はそれをしてない……相手の動きがわかんない以上、少ない兵を分散するのは不味くないか?」

 アリシャは腕を組んで考え始める。しばらく無言の時間が流れる。

「確かに。サナダの言うことに一理あるな。まずは砦を占拠するよりも、地方内からの敵の駆逐を優先しよう」

 それからの流れは早かった。アリシャ、ガルディアらが敵の陽動のため、一度東砦に向かうようにし、途中で引き返す。俺達は西砦の守りに向かう。それから兵をまとめ、東砦を挟撃するというもの。


 −ベルジ地方、西砦−

 俺達が西砦に再び足を踏み入れる頃、西砦の守備は完璧で残ったエリファ隊、ジーニア隊、ローチ隊がどれほど頑張ったかというのは一目瞭然だった。

 俺達の不振な行動にも東砦に布陣した敵は動きを見せない。敵の行動が全く読めないというのは、これほどまで不気味なものだとは思いもしなかった。

「お疲れ様です、皆さん。此度の戦功聞きましたよ。サナダ様の大活躍だったようで」

 かなり久々にエリファとゆっくり話す気がする。

 エリファも砦の修復とかで疲れているのだろうけど、そんな表情など一切見せず、見ていて安心できる笑顔を俺にくれる。

「いや、俺は何にもしてないよ……」

 今回の中央砦攻めは他の奴らの働きが凄すぎて、俺も頑張っていたんだけど、そいつらの足元にも及んでないと思う。

 そんな俺に、エリファはもう一度笑顔をくれると、その場を立ち去り、何か服のようなものを持って再び姿を現した。

「はい、サナダ様」

 エリファにその服を差し出され、俺はおそるおそるそれを手にする。

 きれいに畳まれた白い上着のようなものと、皮の茶色いベルト、そしてダンゴ虫の甲羅のような銀色の小手と脛当て。あとはコルセットのような細い銀色の鉄。

「これは?」

 エリファに問いかけると、エリファは小さく笑い、俺の背後に回りこむ。

「上着を脱いでください」

 疑問符をたくさん頭に浮かべたまま、言われたとおり学ランの上着を脱ぎ、Tシャツ姿になる。

 エリファはその上着を受け取ると、手ごろな柵にそれをぶら下げ、足元に屈み込みズボンの裾を上げ、脛当てを俺の脚につける。エリファの少し冷たい手が足に触れたとき、なんだかこそばゆかった。それに、急に俺の足元に屈み込んだ時、どきりとしたのは解る人にだけ解ってくれ。いや、何を期待してるのかとか、そんな無粋な突っ込みは無しで。

 脛当てをつけ終わり、ズボンの裾を下げると、次は俺の右手を取って、肘までダンゴ虫の甲羅のようなものを取り付ける。そして二の腕にも似たような物をつける。少し右腕が重く感じたが、嫌な重さではない。

 エリファに身を任せ、左手と腹当てをつけてもらい、駅伝のたすきのを掛ける様に、骨盤から斜めにベルトをつけてもらう。少し大きいベルトではあるが、これに刀をぶら下げるのであろう金具が付いていた。

「あとはこれを上に羽織って終わりになります」

 エリファは百五十センチほどある白い上着を広げ、俺の後ろに立つ。

 何処かの高級料理屋とかでのお帰り時のサービスを受けているみたいだと考えながら、エリファの持つ上着に腕を通す。

 着た感じは袖の無いロングコート。本来、これは鎧の上に着るものだろうが、鎧を着けてない俺からしてみればぶかぶかで少し大きかった。

「うん、よく似合ってますよ。サナダ様」

 少し小手などでたくましく見える俺を見てエリファが手を叩く。お世辞なのかもしれないが、女の子に褒められて悪い気はしない。

 自分自身でその姿を見ることは出来ないが、きっと俺のことだから滅茶苦茶似合ってるんだろう。

「これは?」

 急にこんなものを着せられて不振に思わない奴は居ないだろう。

 これで、はい合計十万円になりますとか言われたら、俺泣くぞ。手持ちは全く無く、俺はその場でこれを脱ぎ、綺麗に畳み、いち、にの、さんで全力で走り出す。

「サナダ様の上着、随分とボロボロになっていましたので、僭越ながら勝手に用意させていただきました。それにその上着はサナダ様は随分と大切にされているようで、綻びや破れた場所を撫でては悲しそうな顔をしていましたので」

 そんな所まで見られていたのかよ。確かにこれは唯一俺と、元居た場所を思い出させる物で、これが傷つくとそれだけ元居た場所と離れてゆく感じがして、嫌だったんだが。それに、学ランの上は高い。

「じゃぁ、これはくれるわけ?」

「はい。差し上げます。私とディレイラさん達で選んだものですから大切にして下さいね」

 俺の事を考えてそこまでしてくれるエリファたちに思わず泣きそうになった。

「うん有難う。大切にするよ。でも悪いね、年下に此処までしてもらうなんて。本来俺がするべき事なんだろうけど」

 年下は可愛がってやりたいのだが、こっちでは俺の収入は殆ど無い。まぁ、三食飯付きってだけで十分ありがたい条件だけどね。

「へ? 年下…誰がですか?」

 エリファは不思議そうな表情を浮かべ、周囲を見渡す。いや、お前だよ、推定十六歳少女!

「あれ……もしかしてサナダ様、私の事ですか?」

 微笑を浮かべながら、エリファは後ろで手を組み、前屈みになって俺に聞いてくる。

「いや、そうとしか言えないだろ」

 俺の答えに満足したのか、エリファは笑顔を俺に向ける。

 何か悪戯を思いついた子供のように舌をぺろりと見せるエリファ。

「実は、私二十歳なんですよ?」

 へー。二十歳なんだぁ……やっぱり俺の見立てどおり……二十歳ッ?!

 オーケー。少し整理しようか。俺は高校二年生の十七歳。二十歳まであと三年。つまり、エリファとは三つ違いなわけで、俺が中学二年生だった頃、エリファは高校二年生だったわけか。いやいやいや、学校エリファ行ってねぇし、というかそんな問題じゃねぇ!?

 正直かなり動揺している。例えるなら、クラスに転校生が来てセーラー服に身を包んだ可愛い女の子が実は男だったと言うような。いや、それは正直ショックでかすぎるな。そうだ、芸能人の実名がテレビで知られている名前と違うとき程度だ。もはや自分でも何を考えているかわからんが。

「うっそ、嘘だろ、冗談きついぜ」

「嘘言ってどうするんですか、何ならディレイラさんや、アリシャさんに聞いてみては? 絶対私は二十歳ですから」

 胸を張って答えるエリファ。近所の年下の子がテストで百点取れたと自慢するような素振り。そうか、解ったぞ。なんで俺がエリファを年下だって思い込んでいたかを。こういう仕草だ。エリファはよくガッツポーズやお茶目に舌を出したりする。そういうことで、俺のフィルターはエリファを年下だと思い込んでいたのだ。

「うん、とりあえず信じるよエリファ。でもなぁ、歳聞かないで勝手に思い込んでいた俺も悪いけど、エリファだってそんな風にガッツポーズや自分で自分の頭を叩く仕草とかしてるのも悪いんだぜ?」

 聞きようによれば完璧に責任転嫁だが、これは事実だ。

「いいですよ、気にしてませんから。でも歳がわかったんだから、これからそーちゃんは私をお姉ちゃんとして扱うように」

 エリファはそういって人差し指を立てる。

「そーゆー仕草が勘違いさせるって言ってるんだよぅ……つか、急にお姉さんぶるなよ!?」

 エリファの冗談は時々冗談には聞こえない時がある。そんな事を話しつつ、久しぶりにエリファと長い時間話していたのだった。 

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