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第三十話 『ベルジ戦4』

 −ベルジ地方東砦−

「門、打ち破れッ!」

 ケルヴィンの号令と共に門へと打ち込まれる杭。十回ほど杭打ち込んだとき、門は開いた。防御施設に籠もる場合、まず破壊されてはいけないのは門である。此処を突破されれば、中に籠もる者達は完全に追い詰められてしまう。

「……脆すぎる」

 ケルヴィンは呆気無く開かれた門を眺め呟く。

「まさかッ!」

 ルノ帝国側の狙いは中へと誘き入れ、何らかの方法を用いて殲滅する事なのでは。という疑念が浮かぶケルヴィン。彼は大声で叫んだ。

「ま、待てッ!!」

 彼の制止の声は遠く離れた兵には届くはず無く、門を破壊していた二十名ほどの兵士らは次々に砦の中に入ってゆく。

 何も起らないまま、数分が経過した。

 嫌な時間だ、とケルヴィンは中に入っていった兵たちの安否を気遣いながら待つ。

「で、伝令ッ!」

 慌てた様子で砦の中から兵士の一人が飛び出し、ケルヴィンの元へと走ってくる。

「何があったッ!?」

 尋ねながらケルヴィンは兵士の身体を見回す。五身の何処にも傷一つ無く、鎧にも矢傷などは存在しない。

「と、砦の中、誰も居ませんッ!!」

「何だと!?」

 そんなはずは無い。百の兵がこの砦に入るのを見たし、その兵がこちらに驚いて引き上げるならば、その行動がわからないはずは無い。

 ケルヴィンは自らの馬廻りを連れ、砦内へと足を踏み入れる。

「……」

 敵が潜んでいるか解らない以上、気を抜くわけにはいかなかった。何時、何処で何が飛び出してくるかわからない状況でケルヴィンは気を張り巡らせる。

 周囲を見渡すと竹などで門を補強した後や、竹によって旗が倒れないようにもされている。木材が燃え尽き、白煙を上げている暖取り場の状況を見ても、先ほどまで人が居た筈なのだが、敵は全く居ない。探しても探しても敵は見当たらない。

 ケルヴィンは白煙を上げている木材を眺め、ルノ帝国側の不可解な行動を思い出す。

 兵士を進めるのは夜と昼どちらでも良いが、夜にあまり兵を進めるのは得策ではない。

 夜ならば周囲を照らすのが月明かりだけ。必然的に明かりを灯し、周囲を照らしながら進まなければならない。

 そして昼間と違い、距離感などが変わり、隊列などが乱れがちになる。もしその場合に何か起った場合、混乱を収めるのが一苦労である。

 夜通し進軍すれば、夜明けの頃には体力が落ち、其処を突かれればひとたまりも無い。そんな数々のデメリットを抱えて移動するならば、昼間に移動した方が兵の疲労や不安も少なく済む。

 が、ルノ帝国はそれをしなかった。

 ケルヴィンの頭の中で一つの結論が出される。

「やられたッ!!」

「ケルヴィン様? 何がやられたんでしょうか?」

 馬廻り衆の一人が問いかける。ケルヴィンはその場に拳を叩きつけると唇をかみ締める。

「敵は百は囮だ! なんらかの手を使い、敵はこの場所から退いた! 恐らく、だが敵は少数だったものだと思われる!」

「ですが、昨夜の松明……あれはどう見ても……」

「あれすら偽装であった可能性が高い! 敵が出発をした分かれ道からこの砦まで何分掛かる!? 昼に出てもどんなに休憩を入れても日落ち前には此処に付くはずだ! 敵もそれを知っているはずなのに、なぜ日が落ちてから出発した?」

 今の状況を整理しつつ、ケルヴィンは次の一手を考えていた。

 今頃、西砦へ向かった兵とネルバは劣勢、今から援軍に駆けつけても遅い。もし此処で西砦へ向かっても、平原の兵と挟み撃ちにされる可能性もある。

 どんなに考えをめぐらせ、現兵力を比べても、行なう行動は一つしかなかった。

「ケルヴィン隊……中央砦へ退きかえす!」


 −ディレイラ隊、西砦到着−

 俺達が砦に付く頃には戦は終わり、砦の周りには矢や槍などが散乱していた。地面に折れ踏みにじられたアド帝国の旗を見れば、その結果は一目瞭然だった。

「ディレイラ隊……無事合流……」

 戦勝祝いを行なっていたアリシャらの元へ行く。

「無事だったか!」

 身体に少し傷を負ったアリシャらが俺達を迎え入れる。酒こそ入ってないが、皆、上機嫌で語り合っている姿を見るに、こちらの被害も少なかったのだろう。

「はい、アリシャ様の方もご無事のようで」

「ディレイラさん、明日早朝中央砦へ総攻撃を掛けます。ディレイラ隊の皆さんは砦の守りを……」

 エリファが凛とした表情で明日の予定をレイラに告げようとするが、エリファの言葉を遮り、レイラが口を開く。

「嫌。この戦、私達は何もしていない……明日の戦は先陣を任されたい……」

 エリファたちの話し振りからすると、もう先陣は決まっているようなのだが。

「やはりそう答えますか。と、言うわけで、当初の通り先陣はアリシャさん、ディレイラさんでお願いします。砦の守りは任せましたよ、ジーニアさん、ドルフさん」

 口の悪かった巨乳の赤髪娘ジーニアと、眼帯をした青い髪の男が頷く。

「さて、もう少し騒いで、明日のために休みましょうか、皆さん」

 また砦の中が騒がしくなる。俺達はその場に居ていいものか解らなかったし、長時間の移動の疲れもあってその場を後にした。

 身体は疲れているものの、宴会の騒ぎが耳に入ってきて中々寝付けない。あと一時間もすれば静かになるだろう。

 夜風に当たりながら明日のために神経を集中させようと外に出て、一人刀を抱え空を眺める。

 日本のド田舎以上に綺麗な星空を見上げる。

「こんなとこでなーにしてんだ♪」

 軽い感じで肩を叩かれ振り向くと、緑色の髪を風になびかせながら、アトラッシュが立っていた。

「お、おぉう、アトラ……か」

「この砦攻めで姿見なかったから死んじまったのかと心配したけどよ、さなだんはディレイラ隊に居たのか」

「まぁな」

 アトラは俺の隣に座って自分の槍なのか、剣なのか判断し辛い武器を抱えて口を閉ざした。

「……俺さ、今四将の一人、アリシャの下に居るんだけどよ、最初俺はこいつを超えてトップになるんだ! って意気込んでいたけど、やっぱすげぇよ……俺の目標はトップになる事だけどよ、当面の目標はあの人に追いつく事だな。さなだんはどうよ? あれからなんかあったか?」

 アトラは笑顔を見せて鼻を擦る。

「俺か……まー、当初言ってたように、俺は皆を幸せに、戦の無い世界を作るって事には変わりないなぁ」

 そっか、と言い残すとアトラは立ち上がった。つられて俺も立ち上がる。

「なぁ、この戦終わったらさ、一度手合わせしてくれないか? 俺、コールヒューマンのさなだんの実力が知りてぇんだ」

「…死ななかったらな」

 俺がそう言うと、不思議と笑いがこみ上げ、お互いに肩を叩く。

 アトラとそのまま言葉を交わし、自分の寝床へと戻る。いつの間にか宴会も終わっていたようで、すぐに眠る事ができた。


 −朝、出陣−

「真田……今日は手柄を立てる」

 いつに無くやる気のレイラ。よほど昨日戦闘に参加できなかった事が悔しいんだろう。

「怪我をしない程度にな。死んじまったら何にも何ねーからな。ま、そんな事俺がさせやしないけどよ」

 俺に何が出来るかわかんないけど、とりあえず目の前のレイラやレシアは絶対守る。

「ふふ、頼もしいですね、サナダさん。じゃぁ私はサナダさんを守りますか」

 笑いながら俺の背を叩くレシア。とまぁ、誰かを守ると意気込んでみても守られてるのは結局俺で。情けねーったらありゃしない。

「いいですか、サナダさん。今回の戦は砦攻めです。これは野戦のように皆、散開して戦うのではなく数人のグループで戦います。まず盾などで頭上から降り注ぐ矢を防ぎ、門を破壊し、中に切り込みます。此処までが一番負傷者が出やすい所なので注意をお願いします。そして、敵の集団と戦う時は囲まれないように細心の注意をお願いします。野戦と違って場所が限られていますからね」

 中央の砦に向かうまで俺はレシアのレクチャーを受けながら進軍する。

 命が掛かっているだけあって、すぐに頭の中に入ってくる。

 簡単な話、戦ってのは囲み合いで、それは野戦でも、砦攻めでも変わらないらしい。どんなに強い奴だって一気に三人も四人も相手にしていたら、最後には弱い奴に倒される。それはどんなに規模が大きくなっても変わらない。

 中央の砦まで距離はあまり無い。昼前ぐらいには敵と対陣し、戦の開始を待つだけ。戦に出るのは二度目だが、きっと何度体験してもこの恐怖に慣れる事は無いのだろう。


 −昼、ベルジ中央砦付近−

 説明の通り、昼前には敵の籠もる砦を囲み合図が出るのを待つ。砦に籠もる敵の数はこちらの三分の一程度。こちらの兵数百五十人では砦を完全に囲む事は難しく、大手門……家で例えるなら玄関、搦手門……家の裏口といった場所に兵を配置し、声を張り上げ、中に居る兵を威圧する。

 一度この威嚇をリカーベルの街で受けた俺は、これがもたらす精神的不安を身をもって知っている。ホラー映画とかで凶器を持った殺人鬼が家の中に隠れた人間を探すシーンがよくあるが、気分としてはまさに丸くなって怯える身を隠している人間そのもの。

 敵が抱える精神的恐怖はどれ程のものかと考えていた時、味方の陣から赤い布をつけた鏑矢がかん高い音を立て、空に吸い込まれてゆく。

 戦が始まる……真田槍助、気持ちを切り替えろ。中途半端な気持ちじゃ死んじまうぞ!

「ディレイラ隊……掛かれッ!」

 レシアの号令と共に、大きな盾を空にかざした者を先頭に、木槌のようなものを手にした者が数名門へと掛ける。先陣たる彼らの仕事は門を破壊する事。そして、俺たちの仕事は……其処から切り込んで敵の守りを打ち崩す!

 門の破壊が始まり、俺は黙ってその光景を盾の隙間から覗き見ていた。

 先陣が門に取り付くまでは、こちらにも矢が飛んできていたのだが今は全く飛んでこない。

 門の上側に居る射手は門を壊そうとするスピリットヒューマンを狙い、射手じゃない物も塀にから木材などを投げつけている。

 目の前では一進一退の激戦を繰り広げられている。己の身を守る覇気障壁が無ければ今頃門の破壊に向かった者達は皆、死んじまっているだろう。前の戦では自分の事で手一杯で周囲に気を配る余裕が無かったのだが、今改めて思う。これがこの世界の、スピリットヒューマンと呼ばれる者達の戦なのか。

 俺の考えはそこで中断される。目の前の門の状態が変わった。門を破壊していたスピリットヒューマンらが木槌を投げ捨て、己の武器を抜き放ち、砦内へとなだれ込む。

「ディレイラ隊、突撃ッ!」

 レシアの掛け声で周隊員全員が武器を抜き放ち、砦へ向かい走り出そうとする。俺も遅れてなるものかッ!

「…ッ!?」

 また頭が痛む。だが、その頭痛も二、三度痛めば引く。多分これは極度の緊張が引き起こすものなんだろう。少し痛むのは嫌だが、これが来れば不思議と頭の中がクリアになって、余計な事を考えないで済む。今は敵を倒す、そして生き残る事だけを考えるんだ、俺。

「がぁぁぁぁっ!!」

 喉の奥から獣のような叫び声を上げ、俺は砦へと向かい、駆け出した。

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