第二十九話 『ベルジ戦2』
−ベルジ地方東砦へ続く街道−
日が落ち始める頃には俺を含めたディレイラ隊二十数人が百人分の松明を灯し、砦へと向かい行進を始める。
背中には二本の竹を平行に並べ、それに等間隔で短い竹を垂直に置き、縛り上げた梯子のようなものを背負って俺たちは歩く。これで少なくとも、遠目には百人の人間が砦に向かうように見えるだろう。
この地域に詳しい奴を先頭にして俺たちは歩く。夜の道では距離感が鈍り、実際の距離より長く歩いているように思える。
頭上で周囲を照らす月の光を眺めていると、自分の居なくなった世界がどのように動いてるかが気になってしょうがなかった。なし崩し的にこの世界で戦ってゆく事になった俺だが、元の世界に未練が全く無いわけじゃない。漫画の続きも気になるし、友人らとまたカラオケやボーリングなどで遊びたいって思う。でも、そう思ってみても帰るに帰れないと言う現実が待ちうけている。
もう、こちらの世界に来て数ヶ月が経つ。日本の夏のように暑くないこの世界、年中長袖で過ごそうと考えればそれも可能である。一度、年中半袖半ズボンで過ごし、高熱を出した事ある俺はそんな事を使用とは思わないが。やはり気温に合わせて服装を変えるべきだ。ちょっと待て、夏に冬の学ラン? あっはっは、可笑しな事を言うね。夏に長袖を着て何が悪い?
「って、駄目だ駄目だ」
頭の中は学校の事、家族の事を考えていた俺は頭を振って現状を受け入れる。クレアは暫くすれば元の世界に帰れると言ってはいたが、多分それは無理だろう。今この国が直面している事態と、俺個人の事、どちらを優先するかなんて考えるまでも無い。
俺はこの戦争はどうやって始まったかなんて深く知らない。ただ、敵国のアド帝国が侵略してきたとしかわからない。それが実際本当で、どんな理由があるかなんて解らない。戦争を始めるのは国の一部の人間。巻き込まれた人間はその原因すら知ることなく戦をする。どの世界でも、どんな時代でもこれだけは変わらないようだ。
この戦争にどんな意味があるか解らないが、俺はそんなの気にしねぇ。俺はこの地域の戦を全て終わらせて、平和な場所を作るんだ。それが俺の約束だから。
腰にぶら下げた水筒のようなものを取り出し、水を飲む。どれぐらいあと歩かなければいけないのかわからないが、今回の戦もきっと上手くいく。大丈夫、俺は死なねぇ。
−ベルジ地方中央砦−
「ケルヴィン様、ルノ帝国が一斉に行動を開始しました。こちら、ベルジ地方では敵はこちらの思惑通り西、東に兵力を分散しております。シュレイム地方では敵主力と戦闘を開始、戦況は互角と言ったところです」
「ご苦労、やはりガリンネイヴ平原での敗北は痛いな。クロスロビンはアリヴェラ平原へと一度退き、態勢を整えている。一度の勝利で勢いに乗ったか…だがそれも此処までだ!」
報告を受け、ケルヴィンは机に広げられた地図の西ベルジ、東ベルジ両砦にナイフを突き立てた。
「両砦に百六十、守備に残りの兵を置く! 夜明けと共に出陣するぞ!」
−ベルジ地方西砦−
「もうすぐ夜が明けるな…くれぐれも敵に気取られぬようにしなければいけないな」
アリシャは明るくなり始めた空を眺めて呟く。
「敵が二つに戦力を分け、東の砦まで到着するまで砦に籠り攻撃をしのぎます。そして一斉に打って出て敵を撃破。くれぐれも勝手な行動は慎んでくださいね」
エリファがアリシャにもう一度説明を行なうと、アリシャは不機嫌そうに表情を歪める。
「解っている。確かにあの男はまだ信用ならんが、俺は決められた事には従う。しかし、エリファといい、ディレイラといい、あの男に少々甘すぎないか? 確かにアイツは古道具によって召喚された者だが、言い伝えに聞くほどの力があるようには思えんがな」
コールヒューマン。いつどのようにして作られたか解らない道具により、呼び出される者。その多くが一騎当千力を持ち、英雄と呼ばれてきた。だが、アリシャ達が呼び出した者は全く言い伝えとは違った。
「いいえ、そんな事はありませんよ。サナダ様はどの言い伝えに聞くコールヒューマンよりも素晴らしい働きをしてくれるものだと私は信じていますから」
「そんな自信、どこからでてくるんだっつーの。買いかぶりすぎじゃないか?」
アリシャはエリファの答えを聞き、苦笑を浮かべる。
実力は自分に劣り、知識も乏しい。確かに一部の兵士に比べれば使えなくは無いのだろうが、期待していたコールヒューマンとは思えない。そんな真田に必要以上の期待を寄せるエリファとディレイラの考えがアリシャには理解できなかった。
「アリシャも一度、サナダ様と共になれば解りますよ。不思議と彼は人を惹き付ける力がありますから」
「…そんなの何の役にも立たないね」
アリシャは踵を返し、砦内の修復をする部下の元へ歩いてゆく。
一人その場に残されたエリファは苦笑を浮かべ、東の空を眺める。
「信じていますよ……」
−ベルジ地方東砦−
「そろそろ砦を出て他の奴らと合流しようぜ? 流石にこれ以上此処に居る勇気はねぇよ」
蟻の行進のように小さかった敵の軍団がこちらに向かって段々とその大きさを変えてきている。流石にそろそろ離脱しなければ相当辛い戦になる。ってか生き残れるわけがねぇ。
「そうね……全隊速やかに砦を離脱、急いで西砦へ向かう」
レイラの掛け声と共に俺たち二十数人は砦を離れて森を走り抜ける。敵の砦に近かった西の砦では籠城から打って出て野戦が始まっている頃だろう。あれだけの兵力があれば、俺たちが付く頃には戦が終わっていてもおかしくは無いな。命を賭ける機会は少ない方が絶対良い。
「サナダさん、もう少しスピードを落としてください! 兵の中には遅れる者も出ています! 私でも付いて行くのがやっと……そんなに早く移動できましたっけ?」
自分では早く移動しているつもりは無かったのだが、レシアの様子を見ればそうなのだろう。ガリンネイヴでの戦で覚えた移動方法にすっかりと慣れてしまって、他人のスピードがわからなくなっていた。
「悪ぃ、俺はそんなに飛ばしてないんだけどなぁ……オーケー。もう少しスピード落とすよ」
レシアたちのスピードに合わせながら、少し遅れ気味だったレイラの横に並ぶ。
本当はもう少し急ぎたかったんだが、俺一人出すぎて迷子になっちまったら笑えねぇ。
「レイラ、大丈夫か?」
「……何とか」
俺の刀のように、レイラも自分の大剣の重さを感じてないらしいのだが、移動速度にはかなり差があるらしい。
「もう少しスピード落として西砦を目指すか?」
「……大丈夫、まだいける」
口ではそう言うものの、レイラの速度に伸びが無い。疲労が溜まって西砦に着く前にヘロヘロに弱られちゃ困る。ちらりとレイラと並走する奴らを見ても、全て疲れているような表情を浮かべている。
レイラを気遣いながら、俺は前方を走るレシアを追った。
「レシア、すまんがまだ速度緩められるか? レイラ含め、大剣を持った奴らが疲れ始めている」
「……確かにレイラ達、大剣持ちには辛い速度でしたね……敵の追手を撒ける位置まで来たらもう少し速度を緩めます。サナダさん、それまでレイラをよろしくお願いします」
俺はまたそのまま速度を緩め、レイラ達と一緒に移動を開始した。
−ベルジ地方西砦−
「エリファ隊、弓……放てッ!」
砦の四方を埋め尽くす敵の軍団。エリファの号令で弓から矢が放たれ、次々に押し寄せてくる敵を確実に矢で減らしてゆく。敵からの矢も放たれるが、そう大きな被害は出ていない。
時折砦の門を杭で叩く音が聞こえる。
「アリシャ様ッ、門……そろそろ持ちません!」
全身を使い数名の兵士らが門を抑えているが、閂の方に限界が来ているらしく、一撃ごとに大きく軋み、今にも砕けそうな状況である。
「敵の弓も少なくなってきたのです、表、搦め手から一気に打って出る……これがいいと思うのです」
「ジーニアか。よし、じゃぁ表門からは俺とドルフ隊で出る。裏はジーニア、ガルディア隊に任せる!」
ジーニアは頷き、補佐のアリアも頷く。
「門、開けぇぇぇぇぇッ!」
アリシャの号令で門を押さえていた塀が閂を一気に引き上げ、その場を離れる。その直後、大きな音を立て門が打ち破られる。数名の敵兵が勢いを余らせ、その場でバランスを崩す。
「打って出るぞッ!」
門に群がる敵兵目掛け、五十数人のスピリットヒューマンが武器を構え外に飛び出してゆく。
籠城するとばかり考えていた敵兵に動揺が走る。
「アリシャ・ルース……いざッ!」
掛け声と共に敵を目指し駆け出すアリシャ。並ぶようにアリシャを中心に五人が一斉に槍を突き出す。これが合図となり、砦の中から出てきた兵と、外に居た兵が入り混じって戦闘を始める。
「か、覚悟ッ!」
アリシャを目指し振り下ろされてくる剣。アリシャはそれを受け流すと、柄で相手の右腕を打ち、すかさず喉元に槍を突き入れる。
「恐れるなッ! 敵は怯んだ、この勢いをもって、敵を打ち崩すぞッ!」
返り血に染まりながらもアリシャは声高く号令を掛ける。
「敵は弱いッ! 皆、行けるぞ、行けるぞッ!」
緑色の髪をなびかせ、穂先が剣のように長い武器を振り回し、アトラッシュが叫ぶ。
「油断するな、馬鹿ッ!」
興奮気味に叫ぶアトラッシュを石突で軽く叩くと、アリシャは笑顔を見せた。
「背中は任せるッ、付いてこれるな!?」
「勿論ッ!」
アリシャとアトラッシュを中心に、敵陣へと切り込んでゆくアリシャ隊。完全に戦の流れはルノ帝国側に傾いていた。