第二十八話 『ベルジ戦1』
−ベルジ地方−
歩き続けて二日が経つ。ただレイラたちと並んで二日歩くなら何て事ないんだが……いや、それでも辛いが。
それよりも夜間問わず、昼間でも敵に注意しながら歩くのは流石に精神的に疲れてくる。
平原を取り戻したからといって、すぐにその周辺から敵の残党が消えるわけも無く、何度か敵と戦った。
夜は基本陣で休めるし、見張りが居るのでそう不安は無いけれども、昼間は敵を探したりしながらあるかなければいけないのがもどかしい。
「…真田、そろそろ次の戦の場所、敵の砦に着く。傷は大丈夫……?」
隣を歩いていたレイラが急に話しかけて来る。
平原での戦闘で負った傷は不思議ともう治っていた。毎日薬を塗っていたからだろうが、こっちの世界の薬より効き目がある。やっぱり怪我なんかが多い世界では、傷薬とかが発展するんだろうか?
「あぁ、大丈夫だ」
そんな時、一番先頭を歩いていたアリシャの隊から伝令が走ってきた。
「レイラ様、アリシャ様より伝言です。我が陣に来たれ、後続の隊にも報告をお願いいたします」
何かアリシャの隊で何かあったんだろう。このタイミングで何かあったとするならば、きっと戦の事だ。
「…レシア行こう。後の指揮は……」
「えぇ、大丈夫です。今日このあたりで陣を張れば。と、言うわけで、ディレイラ隊はもう少し前進し、陣を張ってください。それからは各自の判断に任せます」
「レイラ、レシアッ、俺も連れて行ってくれ!」
もう少しで戦が始まる。俺がそんな会議に出ても意味が無いだろうが、戦の事を少しでも知っておきてぇ。
二人はお互いの顔を見て、一度頷き、走り出す。俺はその後を追い、アリシャの陣へと向かった。
−アリシャの陣−
アリシャの陣に付くと、もうその場所で今日は夜を明かす事が決まっているらしく、テントや火を起こし、兵士達は休憩している。
テントの間をすり抜けながら、アリシャが居るであろうテントの前に立つ。
「……アリシャ」
「ディレイラか。入ってくれ」
アリシャの声を聞き、俺達はテントの中に入る。
中はシンプルそのもので、壁に地図が掛けられてあるといったところだ。他の隊の奴らはおもい胴鎧などを脱いでいるというのに、アリシャはまだ全ての小手、鎧を付けたままで、椅子に座って地図と睨めっこをしていた。
テントの中に明かりが入ると、アリシャはちらりと俺を見たが、そのまま視線を落とす。何か文句を言われるのかと思っていた俺は、なんのアクションも無い事に安心する。
「……何かあった?」
「じきにエリファ、ジーニアも来る、それまで待て」
無言で待つ事数十分、遅れてジーニアとエリファ、アリアと、名前の知らない男が三人ほど入ってきた。
眼帯をした青髪の男、赤い髪の髪が逆立った男と、男の癖にポニーテールにした男。
「一体どうしたんですか?」
エリファがアリシャの質問する。皆理由の説明も無しに呼び出されたから、何が何だか全く検討がつかない。
「まず、俺達が先頭に進軍していたんだがよ、目の前にある二つの砦の妙な動きを察知したんだ」
「妙な動きとは何なのです?」
ジーニアが口を挟む。このメンバーの中で一番若いジーニアだが、周囲の視線など気にした様子は無い。
とりあえず俺は女六人のことよりも、今初めて顔を見合わせた男三人が超気になる。
「敵が砦から兵を引き上げているようなんだ」
と言う事はこの戦、俺たちの勝ちなのか!? 敵が恐れをなして逃げるんだったら、確実に俺たちの勝ちだろ!
人知れず、ガッツポーズをして、この戦で痛い思いをしなくて済むということに安堵する。
「……これはまずい事になりましたね……」
エリファが地図を眺めながら唸る。
ちょっと待て、何がまずいんだよ、敵は逃げ出してるんだぜ? 俺たちの勝ちなんじゃないのか?
「ちょっと待つんじゃけぇ、ワシには何が何だかわからんのじゃが……」
髪の逆立った赤髪の男が前に出る。予想以上に大きく、身長は百八十センチを軽く越えてそうな男。右目には三本、爪で引っかかれた傷のようなものがある。
「もし、敵が砦から兵を引き上げていたのなら、砦攻めで時間を稼ぐという私たちの行動自体が無意味になります」
えっと、元々俺達はもう一つの地方を攻め落とす時に、このベルギー地方から敵が平原へ向けて兵を出さないように時間を稼ぐ事だったんだが、余計に有利になるじゃないか。とりあえず砦に篭もって、味方が助けに来るのを待てば。
「何故じゃ? ワシらが二つの砦に篭もり、シュレイムを落とし、味方の援軍が来るまで持ちこたえればいいんじゃろう?」
顔つきは二十代前半のこの赤頭の男と俺は意見が合うな。後で声を掛けておくか。
「恐らく、敵はそれを狙っています。私たちの兵の数は二百少々。それを分けるとおおよそ百。敵が放棄する砦二つを繋ぐ道はありません。一度この先の西ベルジ、東ベルジへと分かれる道へと兵を戻さなければなりません。となると砦間で援軍を出す事は不可能。孤立した状態で敵を迎え撃たねばなりません」
エリファはそう言うが、こっちには敵が捨てた防御施設があるんだから、こっちが有利になるだろう。百二十ぐらいの敵だったら何とかなるだろ。
声には出せないが、俺も必死にこの先の戦の流れを想像する。
「敵は三つの砦を守るため、均等に兵を分けていましたが、二つの砦を手放した事で戦力を一つの砦に集中させれます。恐らく敵は兵力を二つに分けてこちらの篭もる砦に攻撃を始めるでしょう。防戦で手が一杯になり、残りの砦を落とす事は不可能……」
「じゃぁ、敵が二手に分かれてもいいようにはじめっから一つの砦に篭もれば良いんじゃないかのう?」
「それでは敵に兵の居ない砦がばれてしまって、我々を無視して平原へと攻め込むでしょう。そうなれば挟み撃ちにされる可能性すら……」
手詰まりだな……。
二つの砦に篭もれば、敵は多くの敵を出してきて、一つの砦に篭もれば、もう一つの砦から平原を攻められるか、もしくはこちらの背後に回り、挟み撃ちにするか。
『………』
その場に居る誰もがその先、どうなるかが理解できた為、言葉を失う。
「あ、明日俺のところから砦に敵が伏せてないか偵察を出す。その結果しだいで、砦に篭もるか、野に陣を敷くか考えようじゃねぇか」
アリシャは暗くなった雰囲気を吹き飛ばすため、手を叩いて解散の合図を出す。
その場に居ても何も始まらないので、俺とレイラとレシアは自分達の陣へと戻った。
−ディレイラの陣−
俺達が陣に戻る頃には日が落ち、陣の中は焚き火で明るく照らされていた。
「それにしても困りましたね……一応平原の駐留部隊には援軍要請を出しておきましたけど、動いてくれるかは……」
焚き火に当たりながらレシアはため息をつく。
明日。明日次第でどうなるかが決まるんだな。この先の砦に篭もるか、それとも前の戦みたいに原っぱで敵と戦うか。
不安になって、目標の砦のある方向に目を向けてみる。
今まで何回も陣を張って休んできたんだが、その時にある法則に気が付いた。少し高い丘の上や遠くまで見渡せるような場所に大抵陣を張っている。
遥か遠くで綺麗に並んだ赤い光が、更に遠ざかっている。
「あれが夜道を進む時に火をつけている明かりだよな。こんなに離れていても見えるなんて……もう少し明かりを弱くするべきじゃないか? あれでは敵に動きがまる解りだ」
「真っ暗で月の光などを頼って夜間歩くのは危険ですからね。なるべく明るいようにしてあるかないと危険ですから。戦の前に崖から落ちちゃいまして、兵士が居ませんなんて事になっちゃだめでしょ?」
笑いながらレシアは俺の疑問に答えてくれる。
しかしあんなに明かりを焚いていたら敵にまる解りじゃん。奇襲の時とかはどうすんだろうか? やっぱ真っ暗な場所を音を立てずに歩くのかな?
あれ、ちょっと待てよ?
「レシア。此処から砦まであと何時間ぐらいなんだ?」
「えっと、東ベルジへは四時間といったところですね、西ベルジにはあと八時間程度でしょうか」
敵に近い砦にはあと八時間。敵から遠い砦にはあと四時間。
これなら何とかなるかもしれない!
「レシア、今から俺の話すのはどうだろうか?」
俺の頭に浮かんだやり方をレシアに伝えてみる。
レシアは驚いたような表情を浮かべ、地面に俺の話した流れを書いてみる。
「確かに、確かにこのような行動をするとは敵も思わないはずです! ですが、この仕掛けはどうやって作りましょうか? これを解決しなければ……」
「それなら大丈夫。こうやって、こういうもん作れば……材料は周辺の木や竹を切り倒して作ればいいし」
学校の歴史漫画で見たようなものを地面に書いてレシアに説明する。
「なるほど……」
その後、すぐさまレイラの元に言って説明。明日もう一度アリシャの陣でこれからの事について会議があるようなので、そこで言ってもらう事になった。
−アリシャの陣−
夕方、敵の砦を調べに行っていた奴が帰って来たらしく、レイラとレシアが呼ばれた。
この会議でレシア達が俺の思い付きを他の将らに説明し、今後の流れが決まるんだと刀の素振りをしながら考えていると、俺もレイラに拉致されて、再びアリシャの陣へ。
「俺はお前を呼んだ覚えは無いのだがな。昨日といい、今日といい、幾ら呼び出された奴にしても決まりは守んなきゃいけねぇんじゃねぇのか?」
テントの中に入ると、アリシャからいきなり小言を言われる。
俺だって今日は大人しく待機しているつもりだったっつーの。いちいち俺に辛く当たってくる男女野郎め。
「…今日は訳あって、連れて来た。アリシャ、気にせず進めて」
何事も無かったかのように椅子に座り、席の無かった俺は使われていなかった椅子に座る。
レイラの言葉にまだ納得はいかないアリシャだが、渋々と報告を始める。
「やはり敵は砦を放棄した。そこで我等は今後どうするかを決めなければならねぇ。野戦をするか、砦に篭もるか、どちらか意見を言ってくれ」
周囲を沈黙が包み込む。
誰しもが自分の頭で何をどうしたほうが勝てるか、生き残れるかを考えているようだ。
「にしてもレイラ、レシア……マジで俺が言うのかよ?!」
他の将らが相談を始め、テントの中が騒がしくなってきた頃、俺はレイラとレシアに問いかける。
「あれを考えたのは真田……私が言うよりいい」
そういう問題じゃねーんだが。
まぁ確かに俺が考えてそれを他の奴に言わせたら、責任すらそいつに被せることになるしな。こうなりゃ俺が責任もって最後まで言ってやる!
「私としては、やはり当初の予定の通り、砦に篭もるしか道は無いと思います。砦に篭もり時間を稼ぎ援軍が来るのを待ちます」
エリファが代表としてその場に立ち上がり、砦に篭もる派の意見を言う。男ポニーテールや、青い髪の眼帯男もその意見に同調する。
「私は反対なのです。砦に篭もったところで、倍近い敵から何日も持ちこたえれるとは思わないのです。その方法では食料なども気にしなければいけないのです。此処は大胆に野戦を仕掛け、一気に敵の本陣を叩き、追い払うのが得策なのです」
ジーニアが断固反対とエリファの意見に食いつく。俺と気の合いそうな男もそれに同意しているようだ。
それでは駄目だ、この方法があるという感じに、学校の文化祭の出し物を決める時のように中々話が進まない。そろそろ、頃合かな。
大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせ、レイラとレシアに視線を配る。二人は頷いて、俺を元気付けるように拳を握る。
「俺は両方とも反対だッ!」
大声を張り上げて、俺は椅子から立つ。
皆の視線が俺に集まる。緊張で頭の中の考えが吹っ飛びそうになったが、俺は持ち直す。
「じゃぁ、お前には別に策があるって言うのか?」
アリシャが俺を睨む。そんな眼光に怯んじゃいられねぇ。
無言で地図の前まで歩き、地図を指せそうな棒を机の上から拾い上げて地図を指す。
「今俺達は此処に居る。そして二つの砦に陣を布く事にする。だが、半分半分に分けたんじゃ、ゼッテェ勝てねぇ。まず、敵陣に近いこの西ベルギーの砦、仮にAと言っておこう。そちらに兵を百八十! 敵から遠い東ベルギーの砦に二十人向かわせる!」
「それでは二十の兵に死ねと言っているようなもんじゃねぇか。その役割をディレイラ隊がやるっつーのか? 誰も死ぬと解った役割をするとは思えねぇが」
アリシャがやはり食いついてくる。だが、このような反応をするのは予想済みだ。というか、俺も同じ立場だったら絶対文句を言うからな。
「あぁ、このBへ行く役割、ディレイラ隊が受け持ってもいいぜ?」
「お前の指揮する部隊じゃないだろうに! ディレイラ、アトレシアはそれでいいのかよ!」
二人はアリシャの問いに頷く。驚いた表情を浮かべ、アリシャは俺を睨む。
「よし、続きを言う。砦に進むのは絶対よるじゃないと駄目だ。まず、Aに行く兵達は松明を百人分しか灯さないでくれ。俺達も百人分灯し、砦に入って人が居るように細工や、敵が簡単に乗り込んでこないようにして、Aに合流する」
「な、なるほど! そういうことですか、サナダ様!」
エリファがその意図に気が付き手を叩く。
俺の考えは敵から遠い砦に入って、其処に敵が向かってくるまでいかにも人が居るように思わせ、敵が来るギリギリで抜け出し、他の味方と合流する作戦で、これで実質敵は兵力を二つに分ける。
まず西ベルギー地方での戦は二百対百五十から七十程度。これは勝てる。東ベルギー地方は零対百五十から七十。勝負にならん。というか勝負する気もねぇ!
「つまり、敵を二手に分かれさせ、確実に一方向の敵を倒すわけですね」
「だが、そんな事をしてしまったら、挟み撃ちになっちまうじゃねぇか!」
柱を叩きながら否定するアリシャ。大丈夫だって、ちゃんと考えてある。
「挟み撃ちの場合も大丈夫。敵がこちらの背後を突くまでには時間がかかる。それまでに攻めてくる敵を倒しゃいいんだろ? それに敵が平原へと向かっても、平原の兵力じゃまず負けはないだろうし、いざって時はこっちから助けに行けばいい。これこそまさにワンオール・オールフォアワンだ」
『わ、わんおーるおーるふぉーわん?』
俺は拳を天高く掲げ、片足を椅子の上に乗せる。
「一人は皆のため、皆は一人のためッ! 隊で考えると、一人は俺達個人。皆は隊の事だ。一人が駄目なら、其処から部隊が崩れちまう。それはどんなに規模が大きくなっても同じだ。それにさ、俺達が囮に使われてるんなら、俺達も平原で楽してる奴ら囮にして、デッカイ勝利を得ようぜ!」
静まり返るテント内。
これでこの場の意見が全て俺の考えに同調してくれなきゃ意味がねぇ!
「私はその意見に賛成です。この状況で最も有効な手段かと」
エリファの声を皮切りに、次々に将が同調してくれる。
アリシャは一人悩むように地面を見続けて、重々しく顔を上げると、俺の目の前にやってきた。
「……癪だが、今回はお前の考えに賛成してやる。今回の作戦の立案はお前だ、しっかりやれ」
俺の肩を強く叩いてアリシャはその場を去る。
それが解散の合図となり、皆その場を去ってゆく。静かになったテントの中で、俺の心は大きな鼓動を立て、興奮しきっていた。