第二十四話 『ガリンネイヴ戦7』
−ジーニア、ディレイラ隊−
「なっ、敵の増援なのですか!?」
急に丘の上に現れた一軍にジーニアは戸惑いを隠せず、絶望的な表情を浮かべた。
「東国の生き残り部隊……」
「あの一軍は我らの味方です!」
ジーニアとは対照的な表情を浮かべるディレイラとアトレシア。
「そんな保障何処にもないのです、もし東国の者がアド帝国に尻尾を振り、私たちを挟撃するようになっていたら……」
「それはありえません。東国はアド帝国と同盟国である、メイ帝国によって滅ぼされています。東国のスピリットヒューマンは『ブシドウ』という東国独自の士道を持っていますので、まずアド帝国などには尻尾は振りませんでしょう」
アトレシアは知識として持っていた、東国のスピリットヒューマンの事をジーニアへと説明する。実際、東国のスピリットヒューマンがアド帝国などに協力することはないと言い切れないのだが、少なくとも今、丘を駆け下りてくる東国のスピリットヒューマンが敵ではないという確信があった。
「何なら……ご飯でも賭ける?」
真田との一件で味をしめたディレイラがジーニアに賭けを持ち出す。だが、この賭けは明らかにイカサマである。ディレイラも東国のスピリットヒューマンがこちらの敵になる事はないと確信していたのだった。
「そんな冗談を言っている場合ではッ!」
絶対絶命的な状況で、冗談を言っている二人に腹を立て、ジーニアは迫り来る東国の一軍へと身構える。
「あれは……敵じゃない、確信がある……」
「か、確信!?」
「そう……真田、真田 槍助が居た」
一瞬、ディレイラが何を言っているのかわからず、戸惑いの表情を浮かべるジーニアであったが、一つの考えが頭に浮かぶ。
「まさか…この東国の兵達を」
先ほど役立たずと罵った黒髪の男の顔を思い浮かべ、ジーニアは長い不恰好な剣を抜き放ち、奇怪としか思えない鎧や兜を着け、颯爽と敵陣を切り裂いてゆく一団を見つめ、唇を強くかみ締めた。
−東国部隊−
「東国武士の底意地を見せる時ぞッ!」
カコウは腹の底から声を絞り出し、目の前のクロスロビン隊へと駆けてゆく。
「スッゲー頼もしいな……」
戦国時代の武将のような姿の東国のスピリットヒューマンを見て、真田は身を震わせる。
「…真田殿と言ったな、手負いの貴殿は戦闘に参加せず、その守りたい二人の元に。我が馬廻り…近衛兵を三人付けます」
ロウキュウはそう言うと、三人の部下に合図を出し、先頭を駆けるカコウを追った。
「サンキュ……」
心から感謝の言葉を言い、真田は自分の傍で言葉を待っている三人の顔を見て大きく頷いた。
「三人とも、俺と一緒に来てくれ!」
真田は三人にそう言うと、ディレイラとアトレシアの元へと急ぐ。その足取りに迷いはなく、GPSで案内されているとしか思えない。
よほど想定外の事だったのか、クロスロビン隊の一部は統率を無くし、戦場から逃げ出そうとしている。
「レイラにレシアは……居たッ!」
敵を避けながらディレイラとアトレシアを探し出した真田は表情を緩める。二人とも手傷は負っているようだが致命傷ではない。
「レイラッ! レシアッ!」
仲間とはぐれた人間が、人ごみの中からやっと見つけ出せたような声を上げ、真田はディレイラとアトレシアの傍に駆ける。
「真田……」
「サナダさん……」
真田を置いて来た手前、二人の表情は冴えない。
「ったく、もう少し自分を大事にしろ! この戦で勝っても、お前らが此処で死んだら何にも何ねーだろ。百回負けても、百一回目で敵を打ち滅ぼせばいいじゃねぇか。だから……簡単に命なんて捨てようとしないでくれよ……」
二人の肩を掴み、心の底から嘆願する真田。その姿を見て、東国の三人は戸惑いを覚え、ディレイラとアトレシアは言葉では言い表せないような感情をを抱いた。
「でも……真田だって……」
自分達以上に危ない事ばかりしてきた真田にディレイラが文句を言おうとしたが、真田はそのまま二人の後ろに回り込んだ。
「返事がねぇッ!」
紙鉄砲を鳴らしたような音が響き、ディレイラとアトレシアが自分の尻を撫でながら、涙目で真田を見つめる。
「俺の、俺の夢と目標は、俺の周りにいる奴を、俺が大切だと思う奴を誰一人不幸にしない事なんだよ……こっちに来て、レイラとレシアには超世話になった。俺からしてみりゃ、お前らはもうダチ公なんだよ。ダチが死ぬのを快く思える奴なんていやしねぇよ」
もう一度、肩を握り真田はディレイラとアトレシアへ語りかける。
「……解った」
ディレイラが頷き、真田の手を取る。
「……私は絶対に死なない…約束する。でも、真田も約束して、絶対に死なないって。うん……一緒に、その夢と目標を叶えよう」
「勿論だッ!」
テストで満点を取った子供のような笑顔を見せて、真田はディレイラと拳を軽くぶつけ合う。
本来、このような行為はこの世界では見られないものだが、真田が拳を突き出すとディレイラもそれに習って、何をすればいいか解っているようだ。
−クロスロビン隊−
「クソッ! 東国の奴らに横っ腹を突かれたのか!?」
「そのようです」
東国のスピリットヒューマンの奇襲を受け、扇状に広がっていた陣形が崩れ、散っていたリーネ、エンルフと合流したクロスロビンは周囲の混乱を収めつつ、状況を冷静に考えていた。
「東国がこの戦場の近くに居た事は解っていましたが、圧倒的に不利な状況で戦闘に参加するとは考えてませんでした……」
リーネは歯痒そうに唇をかみ締める。
「それは俺だって同じだ。最悪の状況を考えて行動をしていなかったのは大きな痛手だ。目の前の勝利に気が逸ったか…残念ながらこの戦、俺たちの大敗だ。エンルフ、退却の合図を出してくれ」
クロスロビンも顔をしかめ、地面に転がっていた矢を二つに折る。
「…承知」
エンルフは親衛隊から弓を受け取り、鏑矢を空に向けて放つ。
甲高い音が戦場に鳴り響いた。
−アシュナ隊−
「マッシュ隊の抵抗激しく、足止めを喰らっている……が、東国の参戦で勝敗は決したか」
独特な形をした旗を掲げ、敵本陣へと突っ込んでゆく東国の一団を眺めてアシュナは号令を掛け、突撃を止めさせた。
「何で止まるんだよッ! 此処で突き進んで金将マッシュを打ち倒し、一気に王将の首を取る好機じゃねぇか!」
アトラッシュは攻勢から守勢に移ろうとするアシュナの采配が気に食わず、詰め寄る。将軍の命令は絶対で、この様に真っ向から不満を口にする者はあまり居ない。
「現状をよく見ろ、馬鹿。今此処で攻め立ててもマッシュ隊の後ろには敵本陣が控えている。いくら本陣の統率が乱れていても、まだ将は打ち倒せていねぇじゃねぇか。混乱はすぐに収まり、敵は巻き返し始める。どんな行動をするかわからない状況で前に進みすぎるのはよくねぇ」
アリシャはアシュナに詰め寄るアトラッシュの胸を叩いて諭す。そんな二人のやり取りを見て、アシュナは笑みを零す。
「いや、違う。敵は軍をまとめ退き始める。戦闘で兵力が減ろうとも、敵で最も強い部隊と、それに勝るとも劣らない部隊が他に三つも居る。そしてそれらの退却路は私らの後ろだ。となると、我等が立ちはだかれば多少の犠牲には目を瞑り、敵は障害を必ず突破するだろう。我等の背後には少数の味方しか居ない状況で、それとやり合うのは得策ではない。此方も被害を抑え、次の勝負に再び勝つことを考えなくてはならない。目の前の小さな勝利に拘り、後の大きな勝利を逃すの将は愚将である。そのような者はその上の将軍にはなれないし、寧ろその座すら危うくなる」
ルノ帝国の頂点とも言える、八剣衆の一人、アシュナの見解にアリシャとアトラッシュは口を開け関心していた時に、敵本陣から甲高い音が上がった。
「退却の合図だ。よし、全隊…敵との必要以上の交戦を止め!」
アシュナの号令とともに、ガリンネイヴ平原の戦は終結へと向かってゆく。