第二十二話 『ガリンネイヴ戦5』
は、旗!?
注意してそれをよく見ようとすると、その旗は発見されて欲しく無いように周囲の木に隠れた。
味方か!? 味方なら、目の前でヤバイ状況になってるのを見捨てたりしないはずだ。でもあれが敵だった時も同じ事が言える……。
よく周りを見ろ、真田 槍助。
自分自身に言い聞かせ、敵と味方の位置と、不審な旗の位置関係をよく見る。
駄目だ、解るはずねぇ。俺は名探偵じゃねーんだ。
「ん……?」
視界に二つの旗が目に止まる。
ルノ帝国の国旗とアド帝国の国旗。戦場にある旗は将によって色や大きさが違うんだけど、全て統一してその国のマークが何処かに書いてある。
「あれ、ちょっと待て……まさかッ!」
よく旗を見ると、ルノ帝国の旗もアド帝国の旗も正方形で、運動会とかで見る応援団が振ってる旗や優勝旗に似ている。でも、あの旗はガソリンスタンドやパチンコ屋でよく見かけるのぼりに似ていたな。
あれがアド帝国の味方なら手柄が一つでも欲しいはず! だけど動く様子も無いとなれば、どちらに加勢するか悩んでいる第三勢力か!
そんな上手い話あるわけねーけど、レイラやレシアだって命賭けてんだ、置いてけぼり喰らった俺も命張らないでどうする!
「なんとか奴らを味方にするッ!」
誰かに聞かせる訳じゃないが、宣言することで俺の挫けかけた心と身体を奮い起こす。
距離は大して離れてねぇ。走って行くには遠すぎるが、今の俺には車みたいに一気に移動する方法が使えるんだ。
こっちに来た時に見たアリシャの超人的なジャンプ力。あれは靴の裏で覇気障壁を出し、弾けさせた力をを利用してたんだ。そのやり方だってみっちり練習させられてきた。今からやるのはそれの応用編だ。
出来るだけ飛び出すときに上に跳ぶんじゃなく、前に。
「はぁッ!」
靴の裏で障壁を弾けさせると、トランポリンでジャンプしたように高く空に舞い上がる。
「クソ、失敗ッ!」
真上に飛んでは移動できるはずねぇ!
「もう一度ッ!」
落ち着いて、次はもっと前に。
「だぁッ!」
次は真上じゃなく、前に飛ぶことが出来た! よし、次……。
迫り来る地面。俺の身体はまっすぐに伸びきっていて、もう一度障壁を弾けさせるために足を無理矢理前に突き出すが……。
「どわぁぁぁぁっ!」
次は真上に飛んでしまい、そのまま地面に叩きつけられる。
「くっそぉ、なんでッ!?」
これじゃ走っていったほうが早い気がする。一回前に飛び出して上に飛んじまって、ダメージを受けていれば、あと数回後には体力が深刻な状況になっていそうだ。
「このままじゃレイラやレシアらがッ!」
頭の中に一つのアイディアが浮かぶ。
「やってみるか……」
最初走って、加速して飛ぶ。それからも走る! レイラらと訓練した『流れ』のあのけんけんぱの訓練。あれは走るだけだったが、大丈夫、あれに少し加速が加わるぐらいだ。
呼吸を整え走り出す。十分に加速して飛ぶ!
まずは右足をッ!
右足で丸い円を踏み、その場で前に飛び出すイメージで。
障壁が弾け、俺の身体はまた前に進む。
次に左足ッ!
同じように左足で踏み込み前に飛び出す。永遠に右左と繰り返しながら。
数分飛んだ頃には身体も慣れ、その行為自体を楽しむ余裕すら生まれてきた。
「右、左ッ、次も左、右と見せかけフェイントで両足ッ!」
旗の見えた場所までもう少し!
「よし、もうそろそ……」
両足で飛んだ時、目の前に木の枝が迫って来ていた。
「ヤベェッ!」
そう叫ぶと、咄嗟に身体を捻り、木の幹で障壁を弾けさせる。
幹を蹴って高く斜め上に飛ぶはずが、斜め下に向かって、地面に吸い込まれるように俺の身体は進んでゆく。
ちょ、このままじゃマジでヤベェッ!
せめて足だけでも突き出せば障壁を弾けさせられる! って、何も足じゃなきゃ駄目ってルールはねぇんだ、足の裏でも出来るなら、手でも出来るだろ!
「ッ!」
右手を突き出し、柔道の受身を取るような形で障壁を弾けさせるとまた空へと飛び立つ。
「なんとか……なったぁ」
ほっと安心し目を閉じて一呼吸。目を開けると鎧を着、白い髪、灰色の髪のスピリットヒューマンらが俺に接近して来る。
いや、俺が接近してんだ! 一難さってまた一難かよ!?
「どけぇ、そこのけぇぇぇぇぇ!!」
目の前の奴らにぶつからない様に大声を上げ、このすぐ後に来る衝撃に耐える準備をする。
『カコウ殿!』
皆、退いたと思ったのに、一人だけ白い髪の女の子が俺の存在に気が付かず、目の前に割り込んでくる。
「どいてくれぇぇぇぇ!!」
「え?」
俺の存在に気が付いた女の子が表情を固める。目を瞑り、衝撃に耐える準備をする。
ダンッと、室内バスケットで勢い付きすぎてそのまま壁にぶつかった様な衝撃が俺を襲う。
「痛ぇ……」
二度頭を振って周囲を見渡す。
目の前に居るスピリットヒューマンらの鎧は何処かで見たような気がする。
鉄だけを加工したような鎧ではなく、皮なども取り入れた鎧。そして何よりも目立つように作られた兜。
そうだ、この鎧は戦国時代の甲冑に似ているんだ。教科書とかに妙な方向に足の先が向いた合戦の絵の中に居る武者のような。
『カコウ殿!』
かなり目立つ兜を被った奴と、かなりシンプルな兜を被った二人が槍先を俺に向けて来る。
ちょっと、確かに登場は手荒だったが、其処までする必要あるか!?
焦り、手に力を入れると、手のひら越しに何か柔らかい感触が。
「ん……」
少し俺の手の下にあるものを見ようと、視線を落とす。
「……」
泣きそうなのか、怒っているのか微妙に判断し難い表情を俺に向ける、明らかに目立つ金色をした小手と脛当てをした銀髪の赤い目の女の子。特徴的なのは、襟足の両端が長いところか。他の箇所は結構はねっ毛の強いセミロング。
だが、その尻尾のように長い襟足があるために、平凡的な髪型から目が離せない。
「きっ……」
女の子は大きく息を吸い込み始めた。
あぁ、これから俺の真下で騒がれるんだな……。
「ぎゃわぁぁぁぁぁっ!?」
悲鳴というより断末魔のような声を上げて、女の子は口から魂が抜けたかと思うほど、ぐったりとその場に気絶した。
「ちょっと、おい!?」
「者ども、であえ、であえッ! 曲者なるぞ!」
獣の様な角を生やした兜は大声で叫ぶ。男の声より高い? ということはこいつも女か! つか、でけぇ……。
百七十ちょっとの俺と変わらないぐらいか、それよりもでかい。こっちの世界の人間は少し小柄で、男でも俺より小さい奴が多い。そりゃぁ、デカイ奴も居るけど。
統率が取れているのか、兜の大女の一声で刀にしては少し長い武器を持った奴や、槍を持った奴が俺をぐるりと囲む。
ヤベェ、マジでこれヤベェ!
「ちょっと待て、話を聞いてくれ!」
必死に訴えかけてみるが、効果は薄い。
クソ、どうすりゃ良いんだよ!
背中を嫌な汗が伝う。周囲には武器を持った人間が俺に襲い掛からんとしている状態で、顔色一つ変えないなんて無理なことだ。
とりあえず、身の潔白を証明して、話を聞いてもらわなければならねーな。
「とりあえず自己紹介からするわ、俺は真田 槍助。あんた達に一つ願いがあって此処まで来た」
カチャリと刀を地面に置いて、立ち上がると、俺の動向を気にしながら鎧を着けた人物がすぐ真下で伸びている女の子を安全な場所に連れてゆく。
「とりあえずカコウ殿の安全は確保した。暗殺をしようとした主は此処で死んでもらう!」
大女は腰を落とし、槍を構える。
「だから、人の話を聞けっての! 俺が暗殺者ならもうとっくにその子の命は無い! 俺はあんた等に力を貸して欲しくて此処に来たんだ!」
「何をいまさ……」
「ショウ!」
大女のすぐ傍に居たシンプルな兜を被った奴が、その動きを止めさせる。
「それで真田殿とやら、貴殿の願いとは?」
「……このままここに居る皆の力を借りたい」
シンプルな兜はくすりと笑い、背中を向ける。
「我々が貴殿のような怪しい人物の言を聞くかと思うか?」
「くっ……」
流石に最初が不味すぎたか!?
「その話、乗ったでござる」
諦めかけ、肩を落としかけていた俺に願っても無い言葉が掛けられた。