第二十話 『ガリンネイヴ戦3』
ーガリンネイヴ平原・アリシャ隊ー
真田 槍助が敵の十将の一人、歩将ゲイアを打ち倒したところで、戦の流れは大きくルノ帝国側に傾いていたかに見えたが……。
「ディレイラ隊から鬨があがったぞ! 我らもこの余勢をもって、敵本陣へと一気に突入するぞッ!」
本陣を攻める役割の総大将のアシュナ・ラスワードは剣を掲げ叫んだ。周囲に居る兵達も声を上げ、目の前に居る敵の陣地へと切り込んでゆく。
「やべ、滅茶苦茶こえーよ……」
槍の様に長く、矛先は剣のように長い不恰好な武器を手にしたアトラッシュ・ラッシュは奥歯を震わせて呟いた。
「アリシャ隊も続くぞッ! 戦う意思のある奴は俺について来い! そんなのねェ奴は指くわえて震えてろ!」
青い髪の女、アリシャ・ルースが槍を掲げ、自軍の兵を鼓舞する。彼女の一言でアトラッシュの震えは止まった。
「あの男女……クソ、俺はこんなとこで脅えてるわけにはいかねぇんだ! そう、俺は四将以上に出世するんだ、そん為には此処で止まってる暇なんてありゃしねぇ!」
『いくぞぉぉぉぉっ!』
力の限り声を出し、アリシャ隊も敵陣へと切り込んでいった。
ーガリンネイヴ平原・敵本陣ー
「……ゲイアがやられたのかッ!?」
陣幕の中央に座っていた赤い髪の男は拳を強く机に叩き付けた。
「…本陣ッ、今すぐ敵山将へと進軍ッ! 王将であるオレの軍略、示してくれよう!」
男はそのまま踵を返し、具足を締め始める。
「エンルフ隊、マッシュ隊、そしてクロスロビン隊はすぐさま兵を纏め、陣移動してください! 出来るだけ火は絶やさないように、幟も上げ、敵に我らが此処に居ると思わせなければいけません!」
青い髪の女は手に持っていた本を閉じ、指示を出す。その指示は適切で十分もすれば号令を待つだけになっていた。
「さすがオレの自慢の軍師様だ」
赤い髪の男は真っ赤な鎧に身を包み、大きな剣を片手に号令を待つだけとなった兵士達を見る。
「いえ、当然の事をしたまでの事です」
青い髪の女は疲労などを一切見せず、冷静に口を開いた。
「クロス、我らはこのまま迫り来るアシュナと戦うべきだと思うが……」
三十代ほどの男が真っ赤な鎧を着けた男……クロスロビンに問いかける。
「わっはっは、マッシュのおっさん、よーく状況を見てみろ、まず陣の左翼であるゲイアは打ち倒された。右翼のケルヴィンは何とか持ちこたえているが…このままではアシュナ隊とディレイラ隊に挟まれる事になる。戦力的には十分渡り合えるが、これ以上このつまらん場所で悪戯に仲間を減らすべきでは無い、それに、あのゲイアを打ち倒した男も見てみたいしな」
クロスロビンは三十代ぐらいの男の肩を叩いて言う。そんな姿を呆れた表情で見つめる軍師と呼ばれた女。
「殿、御ふざけはその程度にして、号令をお願いします……」
「おっと、そんな怖い顔で見るな、リーネよ……じゃ、いっちょ山将に一泡吹かせてやりますか!」
クロスロビンは先ほどまでの気の抜けた表情を引き締める。
『行くぞ、クロスロビン隊! エンルフ、マッシュ隊はオレに続けェェェェ!!』
ーガリンネイヴ平原・ディレイラ隊ー
「ひとまず此処で傷の手当てをします、戦闘続行が不可能な方は本陣へと引き返してください!」
アトレシアが傷を負っている者を見て言うが、誰一人動こうとする者は居ない。それもそのはずである。確実にこの戦は勝てる。誰もがそう思っている。
「…これまたひどくやられた……真田」
「うぉぉぉ、いてぇ! しぬ、死ぬーーー!?」
上半身の服を脱がされ、傷ついた箇所に傷薬を塗られる真田 槍助。傷口に触れられるたびにもがくのは解るが、その反応が大げさすぎるのだ。周囲で同じように傷の手当てをしているスピリットヒューマンらは笑って見ている。
「真田は大げさ……そんなに痛くない」
ディレイラは労わる様子も無く、無造作に傷口に薬を塗りこんでゆく。悶える真田。此処が戦場であるということを忘れてしまうような時間である。
「皆さん、敵の後詰が来たようです! 全隊、陣形整え、応戦準備!」
アトレシアが遠方からこちらに迫ってくる旗印を見つけ、号令を掛ける。
「くっそ、休む暇もねーのかよ!?」
真田はそう吐き捨てると刀を手に取り立ち上がる。そんな真田をディレイラは押し止める。
「無理はしない、左手の傷は深くは無かった……けどいつもと同じように武器が振るえるわけじゃない。もう十分な働きはした……後は後ろで……」
「それはできねー相談だ! 最後まで戦い抜くぜ?」
真田の返答にディレイラは微かに唇を緩めた。
「レシア……盾の陣……」
「わかりました。皆さん! 盾の陣で行きます! 私たちはアシュナ様たちが敵本陣を落とすまで、此処で敵を引き付けましょう!」
号令が掛かると兵士らはディレイラとレシアを中心にし、陣形を組み始める。
『なっ……数が多く無いか?』
誰かが声を出したのか、迫り来るアド帝国の兵の数を見て驚愕の声を上げる。
「て、敵の数が! 何でこんなに!?」
アトレシアが敵の数を見て驚愕の声を上げると、周囲に動揺が走る。予想以上の数が自分らに向かってくるから、当然といえる反応であろう。
ーガリンネイヴ街道ー
「戦闘はもう始まっているようなのです、一刻も早く駆けつけるのです!」
街道を駆け抜ける三十人程度のスピリットヒューマン。指揮する幼さの残る少女は後ろを振り向き、もっとスピードをあげるように急かす。
「小さな怪我の所為で今まで足止めを喰らっていたのですから、ここらで麒麟児の名を知らしめるのです!」
少女は前を向き、またスピードを上げる。もう少しで、もう少しで戦場だと、自分に言い聞かせて。
ーガリンネイヴ山道ー
「カコウ殿、いやはや、まさかオルタルネイヴがこんなに早い状況で戦を仕掛けるとは思ってませんでしたね」
「もう少し様子見をするって思ってたんだけどね、まぁ、あいつらも腑抜けじゃなかったって訳だね」
黄金の鎧を着けて進軍するこの集団のリーダー格の人物の横に、猛獣のような角を付けた兜、面頬により性別は解りそうにないの者と、シンプルな装飾の兜をかぶった二人が笑いあう。そんな二人の表情を見て、カコウと呼ばれた黄金の鎧を着けた女は顎紐を一度触った。
「だが、この戦にてオルタルネイヴがアド帝国に勝てば、我らの無念も晴らせるでござるよ。そのためにも我らは少数でもアド帝国に一矢報わねばならん、皆には迷惑を掛けるけど、チュウショウ、ロウキュウ、拙者についてきてくれるでこざるか?」
チュウショウと呼ばれた角の兜は笑い、ロウキュウと呼ばれた外見はカコウにそっくりなこの女も笑う。
『貴女が無駄死しようとする我らを止めてくれたんです、私らは貴女に付いて行きますよ、カコウ』
「ありがとう……」
カコウが礼を言い、また顎紐を触る。それに気がついたロウキュウが笑う。
「カコウ殿、あまり紐を触ってはいけませんよ? カコウ殿はお一人で紐を結ぶのがとても苦手ですからね」
周囲が笑いに包まれる。カコウは顔を赤くして俯いた。
「ロウ、そろそろ戦場に近づくよ、気合入れなさいよ?」
「勿論よ、ショウ。アンタの槍今日も頼りにしているからね」
「全軍、戦闘態勢を!」
カコウの号令と共に百ちょっとの鎧をした人間が一斉に刀を抜いた。
ーガリンネイヴ・ディレイラ隊ー
「ちょっと待て待て! いくらなんでも多くねぇか!?」
敵の数の多さに驚いた真田は情けない声をあげる。それは真田だけでなく、他の兵士としてのスピリットヒューマンの口からも漏れる。
「確かに多いですよね……」
冷静に言うアトレシアの顔も心なしか強張っている。この状況で落ち着いて居られる者などいる訳が無いんだ。
「だ、ダメだ、逃げよう……」
盾のように二十人が円陣を組み、その中心にディレイラ達が居る陣形。一箇所に固まり敵を引き付ける陣形も敵の数が同等、それよりも少し多いのあれば十分にその陣形での連携を生かせるのだが、数が違いすぎる。
一人が弱音を吐けばそれが陣形を組む他のスピリットヒューマンにも伝染する。
「でも、それでもやるしか無いのか……あぁ、そうだな、俺が!」
独り言のように何かを呟く真田。まるで誰かと話しているかのような口調である。
「…真田?」
不審に思ったディレイラが声を掛けると、真田は円陣をすり抜け、先頭に立つ。
「お、俺だって怖ぇ……でも、俺らは此処で逃げれないんだ! もうこの距離だ、逃げるにしたって敵に囲まれちまう! それだったらいっそ、こっちに援軍が来るまで踏ん張ろうじゃないか!」
真田はそう言いながらも、全く恐怖感を露にして無い。
「そ、そうです! 戦って、踏みとどまりましょう、皆さんッ!」
アトレシアが喉の奥から声を張り上げる。その力強い声を聞いて、浮き足立っていたスピリットヒューマンらも落ち着きを取り戻し、武器を構えた。
−ガリンネイヴ・アリシャ隊−
「もうすぐで敵本陣近くだぞ、気を抜くな!」
味方を鼓舞するアリシャを背後から狙う手負いのスピリットヒューマン。
「男女ッ、しゃがめッ!」
近くに居たアトラッシュは声を張り上げる。
叫んだ人物が自分に向いていることと、背後に何か居る気配を感じたアリシャは指示の通りにしゃがみ込む。
「らぁっ!」
アトラッシュの一閃が敵の首元を凪ぐ。
「す、すまない……貴様、名前はなんと言う?」
自分の危機を救った男へ視線を向け、名前を聞くアリシャ。
「俺はアトラッシュ・ラッシュ! いつかはアンタを越える男さ、だから簡単にアンタに死んでもらっちゃ困る!」
それだけを告げるとアトラッシュは武器を片手に他の敵へと向かってゆく。
「ふん、なんつー無礼な奴だよ、まぁ、名前ぐれー覚えてやっとくか」
アリシャは今一度槍を構える。
「敵本陣は近いぞ!」
−ガリンネイヴ・アシュナ隊−
布を裂き、敵陣へと切り込んだアシュナ。
「て、敵が全く居ないとは!?」
敵の数が少ないことに疑問を抱いていたが、本陣に敵が居ないとはアシュナも想像していなかった。
「敵本陣は何処に!?」
頭を切り替え、少し高い場所に上り戦場を眺める。
何処の場所でも戦闘はまだ続いているが、その中でも一箇所だけ配置がおかしい場所を見つける。
「アシュナ様ッ、これは!?」
遅れて着いたアリシャが敵の本陣の有り様を見て驚愕の声を上げる。
「クソ、左翼に敵本陣が移動している! 左翼に居る隊はディレイラ隊だけ!? なんで本陣は動かないんだ!」
アシュナが力任せに敵本陣の机を叩く。
「嘘だろ!?」
アトラッシュも本陣へと突入したのだが、敵が誰一人おらず、しょうがなくアリシャとアシュナを探して歩いていた。
「…俺らが行っても多分ディレイラは持たない!」
アリシャが唇をかみ締める。
「敵は左翼を突破、そのまま本陣へと突っ込む気だったのか! くそ、間に合わない!」
「そ、そんなの関係ねぇ! 此処で足止めてても意味ねーだろ!? 早く援軍に行くぜ! ディレイラ隊っつったらさなだん居るじゃねぇか! アイツ面白い奴だから絶対に死なせねぇぞ!」
アトラッシュは一人で敵本陣を追おうと駆け出そうとするが、その手をアシュナに握られる。
「一人で行動しても意味が無い! お前名前は?」
「アトラッシュ・ラッシュ! アンタをいつかは追い抜く男だ!」
しっかりとアシュナの目を見て告げるアトラッシュ。そんな表情を見て笑うアシュナ。
「良い目をしてるね、よしわかった! 援軍に行くぞ、アトラッシュ、アリシャ、付いて来い!」
「はっ」
「おう!」
アシュナは振り返ると近くに居た自分の親衛隊に告げる。
「今から敵本陣を追う! 行くぞ!」
ーガリンネイヴ平原・クロスロビン隊ー
「うぉ、山将の奴ら、盾から反撃へと陣を変えたぜ?」
軍団の先頭に居たクロスロビンは目の前の隊の思いもよらぬ行動に声を荒げた。驚きというよりもこれから何をするのかという期待の方が大きいようだ。
「この数を見て撤退を始めないとは、なかなかやりますね。クロス様、ゲイア殿を打ち倒したのはサナダソースケという男のようです」
「ふぅん、聞かない名前だな、リーネ、そいつってコールヒューマンっちゅー奴?」
クロスロビンは身の丈ほどある剣を担ぎ直し、横を歩く軍師のリーネに問いかける。
「多分、コールヒューマンでしょう……それよりも」
「それよりも?」
クロスロビンは先を促すようにリーネの言葉を繰り返す。
「私は噂に聞く山将軍の方が気になるんですが……」
「フィンレルム・ディレイラか……名家フィンレルム家の名を継ぎ、その容姿は他のスピリットヒューマンらとは全く違うという……」
「えぇ、どのような人なのか気になりますからね……」
「じゃ、フィンレルム・ディレイラはお前とエンルフに任せるわ、オレとマッシュのオッサンは、サナダに」
クロスロビンがそう告げ、目配せをしていると、マッシュが異を唱えた。
「お前一人で十分じゃろ、こっちは兵を纏めるから、三人は思う存分やってくれ」
マッシュはそう言うと兵士達に指示を出し始める。
「さすがマッシュのオッサン。じゃぁ、俺たちはそれで行きますか」
「クロス様、一応申し上げます、クロス様はオルタルネイヴ侵略の総大将ですので無茶な真似はくれぐれもしないように」
リーネが子供に注意するような口調で言うと、クロスロビンは口を尖らせ、子供そのものの反応。
「解ったよぅ……」
「では、そろそろ号令を」
「よし、全隊、突撃開始ぃぃぃぃッ!」