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第十八話 『ガリンネイヴ戦1』

 −オルタルネイヴ・大手門−

 晴れ渡った青空の下、守備兵や街人などから声援を受け、三百三十人が列を作って進軍を開始する。

「な、なんか英雄になった気分だな……」

 ディレイラの部隊に組み入れられた俺は小さくなっていく人々を振り返って呟く。

「勝って凱旋したらもっとこれより凄い声援が待ってますよ」

 横を歩くアトレシアはくすりと笑い一度身体を揺らす。いつもの姿ではなく、銀色の鎧に身を包み、いかにも中世の騎士のような出で立ちである。

「なぁ、周りを見て思ったんだが、鎧って不足しているのか? レシアだって兜を被ってないし……」

 周囲を歩く騎士達の殆んどはフルメイルという全身を覆う鎧を着けていなく、ひどい奴にいたっては鎧すら付けていない。

「東国の者なら頭の先から足まで鎧を着けますが、私たちは障壁がありますので、あまり鎧は意味を持たないのですよ。まぁ、あるに越したことは無いんですけど。サナダさんは鎧が着けたかったんですか?」

「まさか」

「それもそうですよね」

 クスクスと笑うアトレシア。

 俺も一応胴鎧とはいえないが、腹を守る防具をつけて、小手と脛当てぐらいは用意してもらった。当初の予定なら俺も鎧を着けて戦う予定だったが、あまりにも鎧が重くて動き辛かったので軽装にしてもらった。

「真田は焦らず、まずは戦場の空気に慣れるといい……」

 いつもの格好のディレイラが振り返って口を開く。こいつのように防具一切無しってのはちょっと遠慮したい。

「とは言っても、私たちは本陣の守りですからあまり大混戦とは程遠いですけどね」

「そうあって欲しいもんだねぇ……」

 口では軽口を叩いてはいるが、内心メチャクチャ不安でたまらない。皆冷静になっているようだが、誰もが死ぬ可能性がある事態で心穏やかで居れる筈が無い。

 最初はどの陣営でも騒ぎあっていたのだが、戦場に近くなるにつれて空気が変わってきた。目を閉じれば回りに居る奴の心臓の鼓動が聞こえてきそうだ。高鳴る己の鼓動、胸に手を当て念じる。

 落ち着け。


 進軍が止まり、何やら話し合いがあるのか、ディレイラとアトレシアは数人の人間と一緒に何処かに歩いていった。

 周囲を見渡すと皆鎧や剣の手入れをしている。鎧の紐や金具を締め直す者、武器を磨く者。弓の弦を巻き始める者。数時間前のムードは何処にも残っては居ない。此処にある空気は戦という重く苦しい空気だけ。

「大丈夫、きっと大丈夫」

 不安に押しつぶされそうになり、俺は刀を抱いて丸くなる。まだ、死ぬわけにはいかねぇ。何とかなる、何とかするさ。

 再び進軍が再開され、無言のまま歩いて、開けた場所に出てきた。

 時間は十五時を少し過ぎたぐらいか。その場所に停滞したまま、テントのようなものが張られ始めた。張り方なんか全然わかんないけど、何にもしないより何か身体を動かしていた方が不安を忘れられる。

 作業中に周囲を見渡すと、どこの陣営でもテントや幕を張っていて、今夜は此処で寝るんだな…なんて楽観的に考えている自分が居た。

 なれない場所で落ち着かずソワソワしていると、レシアと一緒に居た赤い髪のスピリットヒューマンが俺を呼び出した。

「アトレシア様が呼んでいます、一緒に」

 それだけを言うと歩き出した。どうやら付いて来いということか。

「アトレシア様」

「入ってください」

 他のテントより二割ぐらい大きなテントの中からアトレシアの声がして、恐る恐るその中に足を踏み入れる。

 中は他のところと違うところは、中央に机のような物が置かれてあるということぐらいで、他は殆んど変わりない。

「調子はどうですか?」

「落ち着かないよ、全然」

 冗談を言うような口調のアトレシアと、その奥で剣を抱え、テントの中の灯りを見つめるディレイラと他数人のスピリットヒューマンら。

「一応サナダさんにも明日の戦の説明を行います」

 アトレシアは机のようなものの上に石を並べ始める。

「まず我らはこちら側の石になります」

 と三角形のように並べられた十個ほどの石を指す。

「で、相手の布陣はこの様になっています」

 三角形の頂点が向いている先に長方形のような形で十一個の石が並べられる。

「まず私たちの布陣から。まず一陣目はこの一部隊。二陣目はその下の段の二部隊。三陣目はその下の三部隊。四陣目、本陣は一番下の四部隊の右から二個目の石です。そして私達ディレイラ隊はこの位置に陣を敷いております」

 アトレシアは三段目の一番左の石を指す。ということは本陣に近いような遠いような微妙な距離だな。

「戦は明日早朝から始まり、二陣目までが敵の陣に向かいます。そこで敵を打ち崩せればいいんですけど、多分無理でしょう。エドラ様の見立てですと、突っ込んできた三部隊を包囲するため、敵の右左側が迂回をしながら背後に回ろうとするところを第三陣で押さえ、第四陣目が一、二陣目と合流し、中央突破をする作戦です」

 動かした石の動きをみると確かに勝てそうな気がする。

 敵一陣目は四部隊、二陣目も四部隊。三陣目、多分本陣がある場所が三部隊。こちらの陣容は先ほど説明を受けたとおり。

 戦始めにこっちの二陣目までが正面突撃をし、敵一陣目の中央側の二部隊とぶち当たる。敵は一陣目と二陣目の最左右四部隊を迂回させ囲む。其処をこちらの三陣目で抑える。

「これで勝てるのか…? それに敵がこの通りに動くかどうかも定かではないんだろ……」

「まぁ、一番これが兵法の理に敵った敵の動きですから、多分こうなるかと」

「…明日は大勝負になる……真田もちゃんと休んで身体を整えて……」

 ディレイラはそう言うと俺を自分のテントに戻るように促した。

「解ったよ、おやすみ」

 それだけ呟くと俺は自分の割り当てられたテントに戻った。

 物音を立てないようにテントに忍び込むと、数人のスピリットヒューマンの寝息が聞こえてきた。

「絶対に死なねぇ」

 そう呟くと安っぽい布に包まり目を閉じた。


 −ガリンネイヴ平原・朝−

 流石に野宿に近い状態なので、朝は凄く冷える。朝日が昇る前に目を覚ますと、テントの外に出る。

 朝の清々しい空気は何処に行っても変わることは無いのだが、目の前を忙しそうに動き回るスピリットヒューマンらを見ると、何処か運命の朝が来てしまったんだと実感する。

 顔を洗って腹当てなどを付け直していると鍋をお玉で叩いたような音が響き渡り、テントから眠そうに目を擦りながらスピリットヒューマンが出てくるが、一部は一睡もできなかったんだろう、目の下にくまを作ってる奴も居た。そんな姿を見てぐっすり眠れた俺の神経はどうなっているんだと苦笑が浮かぶ。

 数分も擦れば皆鎧や武器を手に取り、陣形を整えて合図を待っている。

 後ろのテントで戦が終わるまで丸くなっていたいのだが、そんな事は許されない。震える身体を何とか落ち着けようと試みながら、刀を握る手に力を入れる。

『ドンドンドンドンドン……』

 後ろの方で太鼓のような野太い音が鳴り響くと、前方の部隊が大声を上げ始めた。

『ワァァァァァッ!!』

『ウォォォォォッ!!』

 地響きを起しそうな叫び声を聞いて、思わず足がすくむ。

『ドンッ!』

 一際大きく太鼓のような音がなると、土煙を上げて声が遠ざかってゆく。一陣と二陣目が突撃を開始したんだろう。

「ディレイラ隊、前進ッ!」

 力強く、澄み切ったアトレシアの号令と共に、三十数人のスピリットヒューマンが前進を始める。俺も唇を噛んで、止まりそうになる足をひたすら前に動かす。

 怖ぇ……。でも、此処で逃げ出すわけにゃいかねぇッ!

「停止!」

 号令と合図でピタリと進軍を止める。

 少し前方で土煙を上げながら第一陣と二陣目の部隊が戦をしている。ゲームとか漫画とかの空想の世界じゃなく、現実の世界で。

 断末魔なのか、雄叫びなのか両方なのか、声を上げながら戦うスピリットヒューマンら。

 頭を切り替えろ、真田 槍助。これは夢でも妄想でもねェ。これは現実なんだ。楽観して見るな。今までやってきた事を余すことなく発揮しろ、頭を真っ白に、身体に叩き込んだことを信じてッ!

「ディレイラ隊……」

 ディレイラが大剣を構え、アトレシアが剣を掲げる。

「突撃ッ! 目標は迂回する敵部隊ッ!」

 そう叫ぶと、一斉に正面に向け走り出す。

「だぁぁぁぁッ!」

 何で叫んでいるか自分でも解らないが、とにかく恐怖を吹っ飛ばす為には叫んで、頭を真っ白にしてとにかく身体を動かすッ!

 目の前に居たスピリットヒューマンが敵とぶつかり、剣をぶつけ合う。覇気障壁のぶつかり合う光が記者会見のようなカメラのフラッシュのように生み出される。

『ウワァァァッ!』

 目の前で命のやり取りが始まる。腕を少し斬られ腕を庇う者、腹を殴られたのか、その場にうずくまり、動かなくなる者。そんな現実離れした情景に足が全く動いてくれない。

 動けよ、動けっての、俺の身体ッ!

 無駄に刀を握る手の力が増すだけで、肝心の足は一歩も動いてくれない。

「……」

 ジリっと、手持ちぶさだった敵兵が俺を見つけにじり寄ってくる。

「来るのか…?」

 じりじりと距離を詰められながらも俺の身体は鉛のように重く、一歩が踏み出せない。

 そんな俺を格好のカモと思ったのか、もう一人同じように近づいてくる。二人の間に見覚えのある兜がちらりと目に付いた。

 キャッチャーメットのような兜。あれだけは忘れるはずがねェ。

 チリチリと背中の辺りが粟立つ。今まで心を覆いつくしていた不安や恐怖が薄れてゆく。

 歯軋り以上に奥歯をかみ締める。

 にじり寄ってきた敵兵の顔がはっきりとわかるようになってきた。

 てめーらの相手をしている暇なんかねェ。俺は絶対やらなきゃいけないことが見つかった。死んでも殺すッ!

「がぁぁぁぁッ!!」

 喉の奥から獣の様な雄叫びを上げ、目の前の奥に居るキャッチャーメットに向け駆け出す。

 視界の先に見える二つの壁、退け邪魔だッ!

 障害物を難なくすり抜け、手持ちぶさになりかけたキャッチャーメットに飛び掛る。

「真田 槍助ッ! いざッ!」

 懇親の一撃はキャッチャーメットの左腕を掠ったぐらいだが、何とか一太刀浴びせたッ!

「……」

 無言のまま打ち合いが始まる。

 打ち込みは鋭いが捌ききれないわけがねェ! これならディレイラらの方がもっと厳しいッ!

「ぜぇ、ぜぇ……」

 打ち込み始めてお互いに小さなかすり傷は増えたが、決定打になるような攻撃ができねェ……。

 クソ、何でまた最後まで攻撃が繋げられないんだよッ!

「せいッ!」

 防がれるんなら力任せに打ち叩けばいい!

「ッ!?」

 ギャリっと鈍い音を立てて俺の手から刀が滑り落ちる。まずったッ! 手が滑った!

 相手がその隙を見逃すはずが無く、一閃が俺の左腕を掠めた。

「ッ〜〜〜〜ッ!?」 

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