第十七話 『お偉いさん登場!』
−オルタルネイヴ領主の館−
久しぶりに此処に来たような気がする。戦うって誓ってもう一週間以上経っているのか。あの五人の前で誓った場所と同じ場所に立っているのだが、今の状況はちょっと違う。
広間に集まった人間の数三十数人。ルノ帝国の各領から集まった兵士達の将軍ら。俺が居ていいのかわからない空間だが、コールヒューマンだとか言う理由で此処に呼ばれた。
ルノ帝国。国の大きさ的には中の下と言った小さな国。その隣国のアド帝国の侵攻を防ぎ、奪われた領土を取り戻すために大きな戦が起ころうとしている。
周囲の人間らの髪の色は赤青緑。基本この世界の人間の髪の色らしい。地域によっては髪の色が薄かったり、突然変な色の子供が生まれたりするそうだが。
「皆様、遠方からこの領の援軍に参じていただき、真に有難う御座います」
クレアは頭を下げた。
「ネイド領、バルドス領のからの援軍がありながら今も領内への侵攻を止めることが出来ず……」
クレアの並べる言葉を聞いていたのだが、どうもわけが解らん。もう少し簡単に言えばいいものを。
「挨拶はそれぐらいにして、今後の事を今から説明します」
一人の男がすっと前に出て話を途中で打ち切る。髪の色は赤でロンゲみたいな髪の長さと釣り上がり気味の目で何となく人付き合いが悪そうな人間っぽく見える。
「オルタルネイヴ内にある大きな砦は七つ、小さい砦は二十三。合計三十の砦があるのだが、敵の侵攻により十八もの砦が落とされている。これは楽観していられる状況ではない」
えっと、三十の内の十八だから、おおよそ半分以上取られちまってんのか。って、待て待て、ヤバイくねぇか?
「我らが取る策としては今までの戦い方では勝つのは無理である。今までは命を第一に考えて戦を行ってきたようだが、そんな生ぬるいやり方では勝てるはずも無い」
赤い髪の男はそう告げると地図を取り出した。
「まず、このガリンネイヴの平原にて敵を打ち破り、其処を拠点にして周辺の砦を奪い返す」
ガリンなんとかが一番最初の戦になるわけか。それにしてもアイツは何者だ? いきなり流れを仕切っているが。
「なぁ、れい……レシア。アイツ何者?」
近くに居たディレイラに聞こうと思ったが、レイラでは少し不安だったのでアトレシアに質問する。
「エドラ・ラディー、ルノ帝国十六人衆の一人です」
「十六人衆?」
「国の今後の政策や各領での問題が起こったときに策を考える人たちです、この中では一番地位があります、くれぐれも言葉だけには気をつけてください」
要するに大臣系の偉い人か。ということはこいつの指示で俺たちは動くことになるんだな。
「まずオルタルネイヴ領、ルンディー領、アシュナ領の三領の軍で戦を始める。エメリエル領、ウィリッカ領、バルドス領、ネイド領の軍は防衛。防衛四領の兵を他三領の軍にも編入させる」
まてまて、全くわけがわからん。
「今オルタルネイヴで動かすことのできる兵数は八百。攻めに三百三十。守備に四百七十で行う」
あーもうこんな話になると分けがわかんねぇ。
必死に状況理解をしようと考えても無理な話で、いつの間にかに今後の説明も終わったらしく、三十人居た人間がもう数人までに減っている。
「あーすいません、エリファさん、アトレシアさん……状況を説明してくれませんか?」
アリシャとクレアが話を始めたので俺はエリファとアトレシアの元へと駆ける。
「あ、真田様。お久しぶりですね、どうやらディレイラさんたちとも上手くやれているようで安心しました」
にっこりと笑顔を浮かべ会釈するエリファ。
「まずサナダさん、さっき言った三領総兵数三百三十で平原に陣を構えているアド帝国軍四百と戦う事になります」
なんか桁の小さい戦争だけど、俺もその数字の中の一人なんだ。もしかしたら死ぬかも知れねェ。
「顔が強張ってますよ、真田様。大丈夫です、私が必ず守りますから」
「そうそう、一応私達山の部隊も結構強いんだから、心配しなくてもいいですよ」
二人して俺を心配してくれている。緑色の髪の人間は皆優しいのか?
「まだ詳しいことを知らされていませんが、多分正面衝突の戦になりますので、両者とも相当な被害を考えなくてはなりませんね」
「え、真正面からの戦になるのか!? 確か俺たちは三百、相手は四百で数で負けてるんじゃ……」
数が違うのに正面から殴り合っても勝てるわけが無い。普通数が少ないなら何らかの策を使ってやるもんじゃないのか? そうじゃないと歴史シュミレーションゲームじゃ勝てない。
「数の違いは質でカバーだね」
後ろから近づいてきた人間が俺の肩を叩く。
『アシュナ様!?』
エリファとアトレシアが一斉に膝を付いて頭を下げる。俺が振り返ると青い髪の豪華な鎧に身を包んだ二十代半ば辺りの女性が立っていた。
「あ、アンタ誰?」
エリファらが名前を出したがイマイチピンと来ない。
『真田さんっ!』
そして一斉に叱られる俺。え、これって無意識的にスッゲーやばいことやっちゃったわけ、俺?
「あはは、いいよ気にしないでも、私はアシュナ・ラスワード。」
「なるほど。始めましてアシュナ。俺は真田槍助、えっと、肩書きは……研修兵? とりあえずよろしく」
『真田さんっ!』
え、なんでまた怒鳴られるのよ? 普通に自己紹介しているだけなんだけど。
「その髪の色……コールヒューマンだね。まぁ、自分の世界と戦のやり方が違うかも知れないけどさ。君の活躍、期待しているよ」
「あんまり期待されても困るんだけど……」
「そんな謙遜するなよ、わざわざこっちの世界に召喚されたんだ、さぞ武勇に優れているんだろうね、今度手合わせを願いたいよ」
ちょっと物凄い勘違いしていないか、この人。俺は戦なんて全く経験したことがないって言うのに。
「いや、本当に俺弱いですって……」
「はは、そういうことにしておこうか。なかなか私相手に頭を垂れず、目を反らさずに話をする事ができる人間は居ないんだ、気に入ったよ。真田ソースケ、その名前覚えておくわ」
そういい残すとアシュナはクレアの元へと歩いていった。
「真田さんっ! なんて事しているんですか!」
いきなりアトレシアが表情を険しくして俺に詰め寄ってくる。
「そうです、ホントみているこっちを心配させないで下さい!」
エリファも目を吊り上げて色々と小言を言ってくる。
「いや、今の人って将だろ、地位として見ればエリファやアトレシアと同じだろ?」
二人とも呆れた表情を浮かべ額に手を当てる。なんだよ、そんなに俺はおかしな事を言ったのか?
「まずアシュナ様はアシュナ領の領主様であります」
「領主…あぁ、クレアっつうのと同じ立場か。それだったらエリファだってよく仲良さげに喋ってるからいいじゃん」
アトレシアはもう手遅れと判断したのか、頭を抱えて黙り込んだ。
「クレアさんは元はこのオルタルネイヴの自警団団長で、今は臨時で領主をやっているだけに過ぎません。それに、クレアさんにある権限はオルタルネイヴに所属するスピリットヒューマンの戦闘指示程度。ですから、領主と言ってもそんなに権限があるわけじゃないんですよ」
ふむ、臨時のバイトっぽい感じなのか。確かにクレアが街の事にアレコレと口出ししている姿は俺の見ている中ではなかったな。
「そして、私達もそうです。元は自警団の団員なんですから、いくら臨時の将とは言え、正規将と将軍と比べると権限が違うんですよ」
「ちょっと待ってくれ、そんなポンポンと将軍代理だの臨時だのって将軍作っていいのかよ!?」
将軍といえば国にもよるけど、そんなに数が居るわけではないだろう。
「私達は肩書きは将や副将なんですが、所詮臨時の将ですから権限なんてあまりないんですよ、元は自警団の団員ですから」
「え、ならレイラもレシアもエリファとかも自警団の団員から将まで出世したんだから、それなりの手柄とか持ってるんじゃないの?」
いきなりアルバイトから正社員の部長とか課長クラスまで一気になれるわけが無い。地道にコツコツがんばってこそ道が開けるんじゃないか。そう考えるとアトレシアの言は謙遜しているだけっぽいな。
「いいえ、私たちが将軍になったのは領主暗殺事件の後、アド帝国の侵略が始まり正規将らの戦死が相次ぎ、人を指揮するだけの力を持つ人材が居なくなった為です」
「なんでそこでレシアらの名前があがるんだよ……普通軍の中で後継者を決めるものだろ」
「まぁ、私たちは実力はあるにしろ、色んな事情で軍に入れない、入っても出世することができないですからね」
何、それは初耳だぞ。入れないということは皆少なからず何かスネに傷を持つ過去を持っているのか? 殺人狂だったりとか、元極悪犯罪者だったりとかか?
「例を挙げますと、ディレイラさん。彼女は名家フィンレルム家の当主で実力も申し分無いのですが、異色だということで軍に入れなかったんです」
「なんだそりゃ。髪の色なんざ関係ないだろ。一人だけ違う髪の色しててもいいじゃんかよ。それでそいつ自身が駄目だとか嫌な奴であるとかそんなん決めれねぇ訳なんだしよ」
やっぱりどんな世界でも一つ変わったものを持っていればそれだけで爪弾きされる事もあるのか。
「そうなんですけど、やはりしきたりとか色々あるみたいですからね」
アトレシアはそう呟くと表情を暗くし俯いて拳を強く握った。そんな彼女の表情をみて次の言葉をつなげられなかった。
ーオルタルネイヴ訓練所・中庭ー
「イチ、ニ、サン……」
月明かりを頼りに俺は刀を振る。最も明かりの存在の有無なんて関係ねぇけど。ただ刀を振るだけ。
風斬り音が周囲を包み込む。身体から汗が滝のように流れ落ちる。
「ッ!?」
芝生に足を取られて大きくバランスを崩し、その場に横たわる。身体限界を迎えようとしていた俺の身体は指一本動かすのも億劫な状態。肩で息をしながら星空を見上げる。
「こんな夜分に訓練たぁいい根性してんな、お前」
不意に声を掛けられ、視線を泳がせその人物を探す。
「よっ」
親しい友人に声を掛けるように顔を覗き込んで手を挙げる緑髪の男。
「アンタは?」
軋む身体に鞭を打って上半身を起し胡坐を掻いて男を見上げる。
「俺か? 俺はアトラッシュ・ラッシュ夢は天下に名高い将軍になることさ。夢を目指して漢の花道大爆走中!」
まるで小学生が芸能人になる! って親や先生に語るときのような曇り一つ無い表情で夢を語るアトラッシュ。
「そう、今はまだ一介のしがない騎士だが、戦場で大きな手柄を打ち立てまずはオルタルネイヴの四将以上、次にルノ帝国八剣になるんだ!」
「……?」
イマイチこのアトラッシュという男の語る夢物語が理解できない。出世したいと言うことはわかるんだが、引き合いに出された人物が訳わかんない。
「なんだよその馬鹿にしたような目は。笑うんだったら大いに笑え! 俺は俺の夢を叶えるんだ、絶対に」
拳を握り締め夜空を見上げる。俺もこの世界に生まれていたなら、この様にまっすぐ夢を追い続けるんだろうか?
「いや、馬鹿になんかしちゃいないさ。ただ、俺トウゴク出身だからあんまり四将とかヤツルギって言われてもピンと来ないのさ」
「へぇ…アンタ東国出身なのか。同じ歳のようだけど、俺以上に修羅場を潜ってきてんのか……」
今までトウゴクって訳もわからず使っていたが、どうやらとても凄い所らしい。もしかして自分で自分の首を絞めているのか?
「まぁいいや。まず四将って言うのがオルタルネイヴ自警団でありながら、臨時の将を勤めている奴らさ」
臨時の将?
「風のアリシャ、林のエリファ、火のジーニア、山のディレイラ。まずはこの四人を追い抜かないことには始まんねぇ。皆は臨時の将だから実力が無いとか抜かすが、あの四人はそれぞれちゃんとした力を持って将になっている」
アトラッシュは目でお前もそうなんだろ、四人を追い抜いて出世する気なんだろ? と訴えかけているような気がする。
「おっと、わりぃ。俺まだ自己紹介してないな。俺は真田槍助、夢ってか目標は俺の周りを奴らを幸せにすることさ、誰も悲しませねェ、失わねェ」
自分で行っておいて何だが、ギャグで行っているような目標だな。戦争中なのにそんな都合の良い事できるはずが無い。
アトラッシュも肩を震わせて笑いを堪えているように見える。
「笑うなら笑えよ!」
俺は半ば自棄になってそっぽを向く。
「いや、お前すげぇよ! かっこいいぜ!? 夢を聞けば皆同じような答えなのに、お前…いやさなだんのそれは聞いた事がねぇ!! お互い夢目指してがんばろうぜ!」
笑われると思っていた俺は面食らった気分だが、何故だか知らないが笑いがこみ上げる。
「あっはっはっ、アトラお前変な奴!」
「お前にゃ負けるぜ!」
と二人肩を組んで笑いあった。