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第十五話 『流れって何だ?』

 ーオルタルネイヴ、訓練所西ー

 小休憩を挟んで俺はアトレシアの講義を聴く事になったんだけど、本人はずっと飛んでは地面に円を書いて遊んでいる。どうやら山将軍の部隊は一人遊びが上手い奴が集まっているようだ。

「よし、できました。サナダさん、こっちへ来てください。説明をしますね」

 木の枝を置いてアトレシアは円を一番初めに書いた場所に立つと、そこで俺を手招きした。どうやら俺も来いということか。

「サナダさんが一番謎に思っていることは、さっきの打ち合いで必ず二撃目終了時にディレイラさんに攻撃を割り込まれる事だと思います。それはディレイラさんとの実力の差が問題ではなく、サナダさんの『流れ』が悪いからです」

「な、流れ?」

 流れってなんだ? まさか基本ステップとかそんなめんどくさい事じゃないだろうな?

 俺の顔が面白かったのか、アトレシアはくすりと笑顔を浮かべた。

「では、今から流れについて説明させてもらいます。まず、先ほど書いた円が目の前にありますね」

 あ、落書きじゃなかったのか。

「サナダさんはこれを円から足がはみ出さないように一番向こうまで行ってもらいますけど、全ての円を踏んでもらいます。付く足は指定しません。右足だけで行くというのも可能ですね。これだけなら簡単ですが、できるだけ速くを考えてやってください」

 アトレシアが円の方に手を出す。どうやら行けということか。

 目の前の円は規則的に並んでおり、小さい頃にやった遊びの『けんけんぱ』みたいなものに似ている。

「とりあえず、速く全部の円を踏んで駆け抜ければいいのか」

 よし、行くか。

 目の前の円を踏んで右、左と交互に円を踏みながら前へと進む。特に難しい場所に円が書かれてあるということもなく、簡単に向こう側へとたどり着いた。

「おーい、これでいいのー?」

 声を張り上げアトレシアに手を振る。俺の呼びかけが伝わったみたいで、こっちへおいでと手を振る。俺は日本人だからそのジェスチャーでカモンと言うことが解るが、一部の国ではそれをしたら反感を買ってしまうみたいだぞ。

「はい、では少し休憩」

 ディレイラ達のもとに戻ると、アトレシアは俺がさっき飛んだ円のすぐ横に同じような円を描いて戻って来た。

「じゃぁ、次はディレイラさんも加わってやってみましょう」

「……わかった」

 ディレイラはぼそりと呟き、手にしていた剣を地面に突き立て屈伸運動をする。

「では、私の合図でスタートし、全部の円を踏んで先に渡りきった人の勝ちということです」

「ディレイラ……お手柔らかに頼むぜ?」

「……」

 勝ち負けなんか関係ないような口ぶりで呼びかけてはいるが、内心メチャクチャ燃えている。俺は大分負けず嫌いな性格みたいで、勉強以外の身体を動かす事じゃかなり勝敗を意識していたりする。

 そんな対抗心バリバリの俺とは裏腹にレイラは口を殆んど開かず、ただ『うん』と呟いた。ぶっちゃけ口を開いてないのに等しいこの返事は『ん』としか聞こえないし、注意していなければ聞き逃してしまいそうだった。

「それでは、せぇの……始め!!」

 掛け声は『用意ドン!』とかだと思っていた俺は少しスタートダッシュができなかったが、それでもスピードを上げて目の前に見える最後の円まで駆けて行く。

 右、真ん中、左、終了っと!

 勢いよく両足で最後の円を踏みつけ、すぐさま後ろを振り向く。

 俺より数秒送れてディレイラが最後の円を踏んで止まる。

「ゆーうぃん!」

 初めて身体的にディレイラ……というかこの世界の人間に勝ったような気がする。エリファ隊のスピリットらとの訓練でも何度か地面に這わせたりしたんだが、どうも手加減されているような感じがする。

「……」

 ちらりとディレイラの横顔を確認すると心なしかむくれっ面っぽくなっているような気もしないでもない。

「油断した……ちょっと手加減する」

 ディレイラは自分の立っている位置の後ろに三つほど円を描き加えた。

「何が油断だよ、本来ハンディつけるのは俺の方だっての」

 負けたクセに余裕をかますディレイラに対抗し俺は五つほど円を描き加える。

「……」

 ディレイラがまた四つ描き加える。

 しばらく二人で地面に円を書いては下がるということをやって、その光景に呆れたアトレシアが止めに来るまで不毛な争いは続いた。

「それにしても……なげぇなぁ」

 冷静に描き加えた円を見てみると、学校の廊下の端から端までぐらいの長さがある。横で同じように佇むディレイラの表情も暗い。

「こんなに長くしてどうするんですか……」

 呆れ顔のアトレシア。でもその表情は凄く幸せそうな笑顔を浮かべている。庭いじりで綺麗な形の石を競って見つけようとする子供達を見守る姉のような顔っぽい。

「とりあえずもう一度合図を出しますので……」

「なぁ、ディレイラ。此処は一つ賭けをしようぜ?」

 ちらりと横でリベンジを果たそうと闘志を燃やすディレイラに提案する。

「賭け……?」

 はてな? とディレイラは俺のほうを見る。

「じゃぁ、これで負けたほうが勝った方に晩飯のおかずを提供でどうだ?」

「……わかった」

 ぐっと拳を作るディレイラ。俺も同じように握り締める。

 基本晩飯は誰が作っているかわからないが、食堂に用意されていて、パンかご飯とスープみたいなのはお代り自由なんだが、おかずだけは違う。決められた分だけしかなく、時々おかずが足りない時もある。

 確かにご飯やパンだけで腹いっぱいにすることはできるが、それでは食べる楽しみがない。俺の世界みたく娯楽が殆んど無いこの世界では食事ということは遊園地とか娯楽施設に遊びに行くということと同じぐらい楽しみな事なのだ。 腹を満たしつつ、自然のスパイスで味覚を潤し、食感で感覚を楽しむ。

 賭けに勝てば天国だが負ければ地獄。いつもの二倍飯を食うか、いつもの二倍味気ない質素な食事になるか。これだけは絶対に負けられねェ……。

「あ、あの……そろそろ号令をかけますよ……?」

 一瞬俺とディレイラの目が合う。バリバリと電撃が走り、俺たちの背後では龍と虎がお互いの隙を狙って目を光らせている。これから始まる天下分け目の大戦。

「せぇの……はじめッ!!」

 合戦の火蓋が切られ、俺は全力で駆け出す。

 走り初めて五秒ほど。今の所ディレイラは俺の後ろを走っている。よし、このままなら勝てる。

 少し油断した俺の横を黒いものが駆け抜けてゆく。

「ッ!?」

 スタートしたときとディレイラの格好が違う!?

 ディレイラの服は羽織と呼ばれる袖は肩まで、裾は膝の裏ぐらいまであるものを上に羽織って、羽織の下は胴着もどきと、赤いスカートのようなもの。これはよくよく見れば赤い袴っぽい。だが、今は……

 羽織を脱ぎ捨て、スポーツ選手が着る様な身体にフィットするポリエステルとポリウレタン製のシャツというかスポーツブラに近い肌着と赤い袴で俺の前を疾走する。

 け、軽量化なのか!? ディレイラは其処まで勝負を賭けているのか! クソ、此処で俺も気後れしていちゃ負けちまう!

 シャツの首元に手をあて、一気にTシャツを脱ぎ捨てる。履き易い様に紐を少し緩く結んでる靴を走りながら脱ぎ捨てる。よし、これで大分軽量化されたぞ。そして裸足なら文句は無いんだが、靴下でも何とかいける!グリップが弱そだが、俺のドライビングテクニックでなんとかしてやらぁ!

 円を確実に踏みながらディレイラとの距離を詰める。ゴールまで後数メートルという時点でディレイラに並んで、ゴールへと目指す。もしゴール地点にテープが張ってあるなら確実に俺の方が数センチ分不利だが、今回はテープなんて軟弱なもんなんかありやしねぇ!

「もらったぁぁぁッ!」

「させない……」

 同じタイミングで地面を蹴って最後の一つの円に足が付く……あと数センチ!

「ちょっと待ちなさいって」

 いきなり目の前に何かが出てきて、迫り来る一本のライン。

「うごぉッ!?」

 喉にめり込む腕。何処からどう見てもラリアット。喉の仏さんが天に召されてしまいそうになったが、何とかまだ現世で徳を積むつもりらしい。仏ってもう死んでたっけ?

 そんなどうでも良い事を一瞬で喉を駆け抜ける痛みが吹き飛ばす。何とか息はできているが、それでも息苦しい。

 涙目で横を見ると、俺と同じような情けない格好でディレイラがのた打ち回っている。

 くそう、誰がこんな卑劣な罠を……。

 恐る恐る顔を上げると笑ってるんだけど、背景が怒りのオーラで歪んで見えるアトレシアが仁王立ちしていた。

「何をやってるんですか、貴方達は! 確かに早く走れとはいいましたが、頭の中を空っぽにしてただ走れとは言ってないですよ!? ほら、自分達の走ってきた道を見てください!」

 ビシッと俺たちの遠方に広がる円を見ると、足を付いた後が殆んどの円の外側近くか、はみ出していた。

「レイラ、卑怯だぞ! いくら勝ちたいからって、ルールを無視するなんて!」

「それは真田も同じ……」

 ギャァギャァと上半身裸とほぼ裸で騒ぎあう俺とディレイラの頭頂部に鉄拳が降り注ぐ。クソ、最近の天気予報見れないからわかんないが、絶対鉄拳落下注意報なんて出てないはずだぞ、責任者出て来いッ!

「まぁ、時間もないことですし、サナダさん、次は私が右か左かと方向を円の中に書きますので、それの通りの足で円を踏んでください」

 アトレシアは円の中に文字を書く。七つほど書いた時点で『さぁどうぞ』と手を叩いた。

「………」

 一向に足を踏み出せない俺。そのまま数分が流れる。

「さ、サナダさん…どうしました?」

 アトレシアが心配して俺の傍に駆け寄ってくる。

「も、文字が読めねェ……」

 場の空気が凍りつく。

 時間をかけてなら、この象形文字みたいな文字の解読はできるんだが、動きながら咄嗟に文字を解読するなんてレベルが全然足りねェ。あらかじめ方向を覚えて進もうとするが、方向覚えられねェ。

「あ、あははは……すいません、では△が右足、□が左足で飛んでください」

 アトレシアは文字を足で消して、記号を描き出す。ごめん、メッチャごめん。

「じゃ、じゃぁ、気合を入れて……」

 まずは右足……前に飛んで左足、そのままもう一回左足で左前の円に着地。

 書かれた記号どおりに飛んでみるとメチャクチャ飛び辛い。右足で付いた方がいい場所を何故か□…左足の記号が描かれてあったりとメチャクチャ。

「あ、アトレシア!? 何これ、人間の動きじゃちょっと無理があるってか、バランスが崩れるんだけど!?」

 戸惑い顔でアトレシアに訴えると、さぞ満足したような顔でアトレシアは頷く。

「先ほどはサナダさんの好きなように円を踏んでましたが、今回は私の指示で飛んでもらってます。サナダさんの判断で飛ぶと、無意識でも自然に自分の一番動きやすい『流れ』で動いていきます、でもこうやって踏みつける足を指定すると『流れ』は崩れ、次の動作への繋がりが遅くなります」

 そりゃぁ、動きづらいような動きしていたら、次の動作が……。

「あ、アレ!? それってもしかして……」

 アトレシアはにっこりと笑い、枝を剣に見立て、その場で素振りを始めた。

「右上からの叩き降ろし。次に左上からの叩き降ろしを行うと、次の動作準備のためどうしても腕を移動する距離が増え、それだけ時間が掛かるようになるんです」

「ふむ……ということは次の動きの事も考えて剣を振れと?」

「そうです、速く鋭く次の動作につなげれば繋げるほど隙がなくなりますからね。初撃から攻撃終わりまでの一連の動作を『流れ』と言います。サナダさんはその『流れ』があまり上手くできてないんですよ」

 とは言われても、どう動けば速いとか遅いなんて全然わかんねーぞ。

「大丈夫です、私とディレイラさんが身体に叩き込みますんで気にする必要ないですよ」

「……真田」

 にっこりと微笑むアトレシア。ディレイラは不自然に胸を張って足元を指差している。

 ディレイラの指差した場所を見てみると、最後の円をきっちりと踏んでいた。

「うっそ、そんなのアリかよ……卑怯だぞ、レイラ!?」

「勝負に卑怯も臆病もない……私の勝ち」

 満足げに笑顔を見せるディレイラの肩にふわりと白い羽織が掛けられた。

「ディレイラさん、もう少し外見を気にしてください……貴方は山将軍なんですよ? 数日後には貴方の下にもまた部下が増えるのですから。サナダさんはもう論外です」

 俺にTシャツを手渡しながらアトレシアは渋い顔で呟く。

「……そろそろ夕飯。早く行く」

「ちょっと、ディレイラさん! 他の部下にも指示を出してから行って下さい! ……あぁ、もう人の話を聞かない」

 ご機嫌なステップで食堂の方向へと駆けて行くディレイラ。アトレシアの呼びかけが聞こえているかも不安である。

「サナダさんも食堂へと向かっていいですよ」

 頭の切り替えが早いのか、単に慣れているからなのかアトレシアは呆れ顔を引き締め少し遠方で個人訓練をしている部下達の元に歩き出す。

「まぁ、無理に時間を割いて付き合って貰ったんだ。そんな人より先に飯食うわけにゃいかねーよ」

 刀の先っちょにTシャツを引っ掛けそれを肩に担ぎアトレシアの横に並んで歩く。

「サナダさん、そういえば街には何度か出ましたか?」

「あんまり出てないかな。何処に何があるかわからないし……」

 訓練はおおよそ十五時か十六時に終わっている。それから寝るまでは基本自由時間。何人ものスピリットヒューマンらがはしゃぎながら外へ出かけているのを良く見かける。俺はやることが特に無いので基本訓練所の周辺を適当にぶらついてるんだが。

「じゃぁ、明日は早めに切り上げて町を散策しましょうか」

 名案を提示したかのようにアトレシアは両手を叩いた。さらさらと緑色の髪が舞い遊ぶ姿を口をあけて見ている俺はあほの子か。

「いや、そんな適当に決めちゃっていいの!?」

「えぇ、時には休養も必要ですし、毎日根気を入れて訓練をするとやる気をなくしてしまう人が居ますので……」

 へぇ……やっぱりどんな世界でもボケやツッコミ気質の人や三日坊主やコツコツ努力家が居るもんだな。

「やっぱ人の上に立ってアレコレと訓練を取り仕切ったりするのは大変なんだな、一人一人のやる気とか疲れ具合も考慮してやらなきゃならないなんてさ」

「はは、確かに下の人間なら叱って動かせるんですけど…それが一番上の人間なら……」

 頭の中でその困った人を思い浮かべたのか、アトレシアは一段と疲れた表情を浮かべる。

 ぜってーディレイラだ。まだ一日程度の付き合いしかないのにすぐその場面が想像できるのは何故だろうか。

「あ、サナダさん今の顔、私が何を考えていたかわかりましたか?」

「まー何となくは……」

 二人顔を見合わせクスクスと笑いあう。俺たちの笑い声を聞いて自由訓練していた奴らも集まってきて、しばらく冗談などを言い合っていた。


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