第十四話 『ディレイラ隊で訓練』
−オルタルネイヴ・真田槍助自室−
遅い、明らかに遅い。エリファならもうとっくに迎えに来て今頃、準備運動でも行っている時間だ。
行き違いになるわけにもいかないのでしばらく待機していた俺だが、そろそろ我慢の限界だ。
「しょうがない。確か入ってすぐ右でまっすぐだな」
昨日エリファに教えられた場所へと一人で向かうことにしたのはいいが、やはり心細い。
中学校のときにあった職場体験でも俺は一人ぼっちだったような。友達が居ないとかそんなんじゃなくて、その逆。友達と一緒に居ると騒ぐから、という理由で教師達が俺を孤独にしやがった。
あの頃のような気分で俺は一人訓練所の廊下を歩く。
見かけによらず長い廊下に飽きてきた頃に、窓から身を乗り出して何かを眺めている人物がそこに居た。これはチャンス。さぁ、情報収集だ。
「あーすいません……」
窓から身を乗り出していて顔などがわからないが、赤いスカートに白く長いロングコートのような物を着た人間に話しかける。
「……」
返事が無い。
「もしもーし」
「……」
やはり返事が無い。ただの屍のようだ。いやいや、そんな簡単にただの屍だなんて言うなよな。それにただの屍じゃないのも存在する言い方だぞ、それは。
「あ……」
さぁっと一陣の風が吹き、長い黒い髪が俺の目の前で舞い遊ぶ。
黒い髪は今俺が用があるディレイラっつう奴しか居なかったよな。とりあえず気がつくまで待ってるか。俺はディレイラの隣に立って、見つめる先を見つめた。
何を見つめているがイマイチ解らないが、時折顔が動くことからその動きにあわせてやっと見ているものを発見できた。
「あ…子猫か」
ディレイラは何かに取り付かれたかのように一心不乱に子猫を見つめている。
時代劇の姫様のようにぱっつんとそろえられたモミアゲと、漫画の武道娘のようにポニーテールまでぱっつん。左の前髪はポニーテールと一緒に結ってあるのか、デコ丸出し。右前髪は下ろしている。なんか癖のある髪型だが、変な感じはしない。
俺がディレイラに見とれていると、視界の隅に居た子猫がちょろりと何処かへ姿を消す。
「……うん」
ぼそりと呟くと、ディレイラは横、つまり俺の方に顔を向ける。
「……」
じーっと俺の顔を見つめるディレイラ。何かを思い出したように手を叩き、くるりと俺に背を向け歩き出す。
「ちょ、何処行くんだよ、ディレイラ!」
「サナダの部屋。迎え行かなきゃいけない……お前の顔見て思い出した。感謝する」
「ちょっと待てーーー俺は此処に居るっつうの!」
ぴたりと足を止め、そこでクイックターン。俺の傍までまた近づいてきて、マジマジと俺の顔を眺める。
「おぉサナダ。早い……」
「いや、早くもなんともねぇよ!? お前が迎えに来ないから自ら来たんだぜ!?」
もしかして、こいつは……。
「それはそう……約束前の時間で待っていても私が行くはずも無い。……時間になったら迎えに行くつもりだったから」
「うぉおぉッ! この、超・絶・ボ・ケ!! お前がさっきの猫眺めてかなり時間経ってるんだよ! だからなかなか来ないお前にしびれを切らして俺自らやって来たの! ゆーあ、あんだーすたんど?」
「……うむ」
何故か自信満々で頷くディレイラ。意味解ってねーだろ。とりあえず力強く頷くなよ……。
「よーく解った。君がそんな人間だと」
「……とりあえずサナダも来たことだし、やっと訓練に入れる……」
何その俺が遅れてきたのが全て悪いな雰囲気は!? 俺が悪いの、全て俺が!
「……行く」
そう言って一メーターほどの長さに、俺の横幅以上ある剣を引きずってディレイラはトコトコと歩き出す。
確か合流したのはあの三つ前の窓のところだよな……アレから確実に十五分は時間が経っている。今俺らは窓三つ分の距離しか進んでいないんだ。柱とかあわせておおよそ七メートル。えっと、確か速度を出すのは時間÷距離だっけ? あ、違う逆だ。
とりあえず一分で四十センチしか動いてない事になるな。ドンだけ歩幅ちいせぇんだよって話だけど、今の位置に立ったのはおおよそ十四分前。今の位置でおおよそ十四分足踏み。
「丸くなったまま元に戻らない……」
としゃがみ込んで丸くなった虫を指先で突付くディレイラ。お前は小学生か。
「もう、何分その団子虫弄り倒しゃ気が済むんだよ!? 団子虫は外部からの刺激を感じると丸くなるから触り続けていても元には戻らんぞ?」
「……」
突付くのをやめてディレイラは次は眺めはじめる。というか団子虫は何処から侵入してきたんだ。お前も災難だな、見つかったのがこんなアレな奴で。
「だぁぁぁぁッ! お前待ってたら日が暮れちまう、さっさと行くぞ!?」
ディレイラの襟首を掴み、全身に力を入れて引きずる。
「滅茶苦茶おめぇ……」
まるで教科書やノートが滅茶苦茶詰まった机を一列分押しているような感じだが、何とか進める。遥か向こうに見える外へと繋がる扉。多分あの向こう側で訓練を行うつもりだろう。
「……」
団子虫から離され大人しくなったディレイラの顔をちらりと覗き見ると微妙に笑顔を浮かべていた。
「まて、お前楽しんでネーか? 自分の足で歩け!?」
「……だぅー」
手を離すとぐでーっとその場にやる気なさげに横になるディレイラ。こいつ、殺していいですか?
やる気の無いディレイラを引きずって歩き、扉が徐々に近づいてくる。がんばれ、俺の二の腕!
「ひらけぇ、ごぉまッ!!」
俺の中にある感情を扉に叩き付けて開け放つ。すまん、お前に八つ当たりをしてしまった……。
『でぃ、ディレイラさんッ!?』
扉を開けると、剣を打ち合っていた人間達が一斉に俺の方を向く。
「皆さん、そのまま訓練を続けてください」
緑色の髪のスピリットが俺の方へ駆け寄ってくる。
いかん、この状態は誤解されるぞ!?
「いや、これには深い訳があって、決して俺が乱暴したとかそんなんじゃなくって……」
緑髪のスピリットは剣を鞘に仕舞いながらクスクスと笑った。
さりげなく引きずってきたディレイラを見ると、しっかりと両足で立っている。切り替え速えぇぇ。
「始めまして、サナダ・ソースケさん。私は山副将のアトレシア・クレナードです」
ぺこりと頭を下げるアトレシア。セミロングなのか、ロングなのか見分けがつきにくいさらさらのストレートヘアーが風に遊びなんだか綺麗だった。
「あ、あぁ。俺は真田槍助、よろしくアトレシア」
すっと手を差し伸べると、アトレシアは俺の手を両手で握って『よろしくお願いします』と笑いかけた。
「で、ディレイラさん。サナダさんを迎えに言って何分経ってると思うんですか」
「…真田が部屋に居なくて、探してた……」
ちょっとまて、何さりげなく嘘ついてんだよ、お前!?
「ディレイラさん?」
ニコニコと愛想の良かったアトレシアの目が一瞬恐ろしく光った。俺の後ろに立っているディレイラは俺の後ろに隠れている。顔色が心なしか悪いようだが、バッチリ俺をアトレシアの盾にしている点は抜かりない。
「まぁ、行き違いになっちまってよ、会うまでに時間掛かったから遅くなったんだわ、待たせちゃって申し訳ない」
無理に騒動を大きくする必要も無いだろう。誤魔化せれる所は誤魔化しておくか。
「ふふ、サナダさん優しいんですね。そういうことにしておきましょうか。ディレイラさん、肘と羽織の裾汚れてますよ」
あぁ、多分アトレシアは全てお見通しのようだ……。
「さて、皆さん私たちは少し抜けますので相手を作って打ち合いを行っていてください」
アトレシアがそう告げると皆一斉に訓練を再開した。
「では、サナダさん。少し離れた場所で訓練でもしましょうか」
うぉ、なんだこの大きく心躍るお誘いは!? オーケーオケー。まだ経験なんかねーがはじめっからそんなプレイでも大丈夫だぜ。あぁ、男はやるときゃやるのさ!
「うぉぉっ、死ぬ、死ぬーーーッ!?」
腹の上で死ねるならまだどれだけマシか。今の俺は本当にヤバイ。
「……次」
ディレイラはそう呟くと大剣を振った流れに身を任せ一回転。そしてまた一撃が繰り出される。
「ふざっけんなぁッ!」
連続的に放たれてくるディレイラの一撃を殺すために俺は刀をぶつける。
「うぉぉぉっ!?」
指三本程度の鉄と、何十センチかある横幅を持つ大剣に重量で敵うわけが無く、両手に物凄い衝撃が走り手が千切れそうになる。
ディレイラから距離を取り、右手、左手の順で手を振ってみるがしびれは取れそうにも無い。
俺がもう一度強く柄を握るとディレイラも同じように柄を握った。
この状態でまた打ち込んでもさっきの二の舞になるだけだ。何か有効な手段を考えろ、考えろ。
「…ッ!」
ディレイラが俺より一瞬早く踏み込んでくる。クソ、考えたた分だけ反応が遅れたッ!
咄嗟に刀を打ち合わせようとしたとき、ディレイラが両脇を閉めるようにして力を入れた。
またも同じように弾かれ、俺は大きく後退する。じりじりと後ろに退けられそろそろ後がない。でも、今閃いた!
「…ッ!」
またディレイラが踏み込み一撃を打ち込もうとしてくる。俺も打ち合わせるように刀を掲げ、ディレイラが力を入れたタイミングで後ろへとバックスステップで下がる。
俺の胸元ギリギリをディレイラの剣が通り過ぎる。
……攻めるなら今ッ!
空振った流れを生かして回転し、もう一撃を繰り出そうとしているディレイラの懐に飛び込むと右斜め上から刀を振り下ろす。
「くッ……!」
大剣を寝かせ、盾のようにしたディレイラの思惑通り俺の一撃は大剣にぶち当たり、覇気障壁が激しい光を放つ。
「まだまだ!」
振り下ろして左下に来た切っ先を手首をひねり、横に払う。
それを見通していたようにディレイラは大剣をずらし、また俺の一撃を防ぐ。払い終わり、上段へと刀を持って行くと体勢を整えたディレイラの一撃が襲い掛かってきた。
「うぉぉッ!」
横に飛んでもう一度懐に飛び込んで攻撃を繰り返すが、決まって三撃目には体勢を整えられてしまう。それを繰り返すこと数回、俺の息は上がり刀を握る手の力も無くなってきた。
「はぁ、はぁ…くっそ、何でだ!?」
もう一度ディレイラに接近し、一撃を繰り出す。
「うらぁぁッ!」
もう一撃も防がれる。くっそ、何で!?
俺と同じように重さを感じてないのはわかるけど、何で大きさの差があるのに追いつかれるんだよ!
「だぁぁ……うぉぉぉっ!?」
またも割り込まれ一撃を障壁でガードする。
一方的に防がれ、上手く行かない動きにイライラする。焦れば焦るほど攻撃に割り込まれやすくなる。
「そこまでです、ディレイラさん、サナダさん」
俺とディレイラの間にアトレシアが入り込む。
「サナダさんの癖がわかりましたので、休憩を挟んでそれの説明にいきましょうね」
俺の考えて動いた動きを全て防がれ内心かなりショックを受けている。そんな俺の肩をディレイラが叩く。
「真田。動きは面白い……後は流れを覚えればきっと……」