第十三話 『エリファとの授業』
−オルタルネイヴ・訓練所−
そろそろ日が一番高い位置に昇ろうとしている中、俺は珠の汗を流しながら矢を射掛けてくる緑髪のスピリットを睨む。
「こんなちゃちい矢じゃ俺は止めらん無いぞ!」
矢を寸でのところで障壁にて弾き、一気に加速し、緑髪のスピリットの弓を持つ手を木剣で弾く。
すぐさま俺は遠方で狙いを定めているもう一人の緑髪のスピリットへと駆け出す。
「ッ!」
左肩に矢が当たり、バランスを崩したが、それを建て直し加速の勢いをつけて突きを繰り出す。
木剣の切っ先が胸当てへとめり込み、俺は地面を強く踏みつけ両手を更に前へと突き出す。
両手が衝撃で痛む。
この数日で俺の手はマメだらけになり、破れたりしながらも少しずつ手の皮が硬くなっている。
「この数週間で何があったんでしょうか……真田様は」
エリファは驚きを隠せない様子で俺の元に駆け寄ってきた。
「すっかり障壁も使いこなして…一体どうしたんですか?」
驚いた顔のエリファに笑いかけ、木剣を肩に当てて、俺はサムズアップ!
「そりゃぁ、やる気あるからな!」
「なんですか、それは」
二人でクスクスと笑う。今の俺の心はこの青空のように一遍の曇りも無い。
「そういえば真田様、あと十日ほどで各領から援軍が到着いたします。援軍が到着してから本格的な戦が始まりますけど、大丈夫ですか?」
援軍? なんだかわかんねーけど、事態は確実に動き出してるんだな。ならばその前に確かめておかなければいけないことがあるな。
「なぁ、前も聞いたけど、この戦の始まりって一体何なんだ?」
エリファは訓練をするスピリットたちに一言告げ、俺を木陰へと呼んだ。
草の絨毯の上に腰を下ろすエリファを見習い、俺も胡坐をかく。
「まず、今より数ヶ月ほど前でしょうか、オルタルネイヴ領主ガディア・ルガディー様とその重臣五名が何者かに暗殺され、屋敷に火を放たれました」
「あ、暗殺とかあるのかよ……」
歴史のゲームのコマンド一つでどうにかなるもんじゃない、ありえないって思ったけど、実際に暗殺とかあるんだ……。
「それを皮切りに隣接する革命派の思想をもつアド帝国が侵略を開始」
「革命派って? 前も聞いた気がするが……」
「革命派とは戦にて領土を広げ、より良い国を作ろうとしている思想をもつ国の事です」
「で、逆にこっちは擁護派で、そのままの形で次世代に国を残そうとしているわけね」
「そうですね」
話が上手く行きすぎだろ、領主が暗殺の混乱に乗じての侵略。恐らくは暗殺ってのは十中八九アド帝国の奴らだろう。
「そして大陸各地での戦が起こり始めました」
「大陸? 此処だけじゃないのか?」
此処の世界地図を見たことが無い俺はどんな感じの世界なのかイマイチ理解できてない。
エリファは木の棒を拾い、地面に絵を書き始めた。
「此処、東側にオルタルネイヴがあります。その隣、大陸中央、北南西と大きな大陸があります」
案外広いな…気分はまるで世界地図を始めてみた江戸時代の人間のようだぜ。
「まぁ、情勢はこんなところですかね」
エリファは木の枝を置く。まだ俺の頭に理解してないことが多すぎる。
「次に何とか隊ってあるけど、大体何人ぐらい居るの?」
「部隊ですか?」
「あぁ、今日一緒に訓練したのはエリファの部隊だろ?」
皆、緑髪で武器は弓。この世界の部隊構成って言うのは得意な武器で固めているんだろう。
「大体二十名程度ですね」
二十人? 確かエリファと同じ地位の人間はアリシャ、レイラ、あと話で聞いたジーニア。皆二十人として八十人しか兵士が居ない。
いくらなんでも少なすぎないか?
「数が少ないんじゃないのか? 俺の世界だと戦っていえば小規模でも一部隊何百人とかで、大きければそれこそ万単位……」
「将の下にそんなにスピリットが居るんですか!? それに指示は届くんですか?」
目を丸くして数を頭の中で考えるエリファ。二千で考えるとおおよそ百倍、二万なら千倍。規模がわからないだろう。
「いや、こっちは平民とかも戦に出るし……多分指示は幾つもの小さな集まりの長が居るんだろうし……」
「皆一緒に戦うんですか……」
頭の状況整理が追いついていないエリファ。
「オルタルネイヴの街に駐留するスピリットはおおよそ百ぐらいですが、各町にもスピリットは居ますよ。国全体で言えば八千とかそれぐらい……」
そういえばオルタルネイヴは一つの国ではなく、領だったな。それでも国で一万に満たないのか。
まぁ、俺は兵士の数が多いのか少ないかなんて判断はできないがね。
「援軍の合流でオルタルネイヴ領内のスピリットは少なくても八百は行くと思います……」
「相手はどれぐらい兵力があるんだ?」
「おおよそ千ニ、三百程度だと思います…」
おいおい、八百対千二百かよ。三分の一ほど兵力差があるんじゃねェかよ。これは勝つのは難しくないか。
「マジかよ……国内で八千居るんなら三千ぐらい一気に集めて追い払えっつうの」
「それができたら楽なんですけどね……国は今侵略だけじゃなく、盗賊団などの被害にも手を拱いていますからね。それに三千もの兵士に戦をさせるだけの食料が無いと言うこともありますけど」
かなりやばい状況じゃん。数が少ないうえに食べ物も無いって。どうやって勝つって言うんだよ。
「ふふ、不安が顔に出ていますよ、真田様。大丈夫です、この戦がどんな結果に終わろうとも絶対真田様を死なせはしません。必ず」
エリファはそう呟くと俺の手をぎゅっと握り締めてきた。
おもいもよらぬエリファの行動に少し焦ったが、俺は空いている片手で日本刀を強く握った。
もう誰も死なせやしねぇ。
「あ、真田様。明日から訓練は私ではなくディレイラさんと一緒に行ってもらいます迎えに来ると思いますが、来なかった場合は訓練所入ってすぐ右の道をまっすぐ行ってくださいね」
「俺もう矢を避ける訓練はいいの?」
「ええ、ある程度動きが安定していますのでもう大丈夫でしょう。あとはその剣の使い方をもう少し覚えなければいけませんから」
少し寂しい気もするが、俺は確実に前進している。
最初の頃は、動き方とかをどんなに説明してもらってもやり方がわからなかったんだが、今では何年もやってきたかのように解る。色々と不思議な事だが俺の隠された能力が開花してきたのか?
「それでは、私はまた訓練に戻りますね。真田様は適当に休憩して部屋にお戻りください。明日はもっと大変な訓練になるかも知れませんから、身体を十分に休めてください」
「あぁ、サンキューな」
去り逝くエリファの姿を見つめ、俺は日本刀を手にし鞘から抜き放つ。
神経を落ち着かせ、一度宙を斬ると、ぶわぁっと花弁などが舞い遊び、俺の肩などにひらひらと舞い降りる。
「大丈夫、俺はやれる」
『ふふふ……』
何か女の笑い声がして俺は周囲を見渡すが、誰も居ない。
「空耳か。予想以上に疲れているのかもな」
鞘に刃先を収め、日本刀を担いで俺の部屋へと向けて進みだす。背後でエリファが号令をかけ、それに従い一生懸命訓練を行っているスピリットの声を聞きながら。