第一話 『はじまり』
どこか涼しげな夏の朝。
夏休みに入った高校二年生である俺は朝早くに起きるなんてありえないほど、昼夜が逆転した生活を送っていた。
とは言ってもそんな生活も三日ほど前から。人の順応性に驚かされるが、あと一月半後の事を考えると思わず身震いをしてしまう。
昼夜逆転した生活リズムを元に戻せる自身はねぇ。
「くぉらぁぁぁ、真田ぁッ! 待ちなさいよッ!」
静かで小鳥のさえずりに耳を傾けたくなる場の雰囲気を一人の怒号がかき消す。
そんなに怒鳴っては近所迷惑じゃないだろうか?
とりあえず俺の名前は真田槍助どこでにでも居るようなごくごく一般的な高校二年生の十七歳。
現在の状況としては何故か俺は緩やかな傾斜のある道を全力疾走で走っている。
「諏訪ちゃん、世の中の摂理を知ってるかい? 追えば逃げる、逃げれば追う。そして追われなければ待つ!」
「それってとりあえず放置プレイは寂しいからじゃないの!?」
首だけ後ろに向け、スカートを穿いている女の子の走るスピードとは思えない速度で俺を追う女の子…諏訪加奈に喋りかける。気分はアクションゲームで画面左側からボスが次々に道を壊して追ってくるみたいな感じだ!
やべぇぞこれは。追いつかれたら一発でやられちまいそうだ! 俺の残機は一機しか無いんだな、これが。俺は人間だからね。
「まぁ、ともかくだね、きのこ食べて、星とってひぃあうぃ、ごー!?」
「私は所構わず『?』と書かれた箱の中から出てきた物を食べたりするのは衛生的にどうかと思うのーッ!」
俺の些細なボケにも律儀に反応してくれる諏訪ちゃん。感謝感激、山火事だ。
今日は七月二十四日。
世間一般では夏休みと言われる。学生諸君には待ちに待った連休の真っ最中。
毎日が休日と言うことで、布団に入る時間も遅くなりがち。全国の五割ぐらいの高校生や中学生の姿だろう。残り五割は休みだというのに朝から部活やバイトに縛られている人間が占めているとみた。
そんな夏休みに何で俺は朝っぱらから走っているか…それは簡単だ。風になりたかったから。
いや、嘘だぞ?
夏休み前に大型の台風十何号かが日本列島を直撃、台風による暴雨風雨で臨時休校となる小中高等学校が相次いだ。授業時間がどうのこうの騒がれている時期で、もしかしたら夏休みに登校が…等という噂話があったんだが、俺含め多くの生徒がデマだろうとタカをくくっていたのだが、その噂の通り本日非常に迷惑な話だけど登校日になりやがった。
俺はサボろうかと思っていたんだけど、高校二年になって仲良くなった女友達が有り難い事に朝迎えに来やがった。非常に有り難いね。
コントローラーを握って夢の世界に旅立っていた俺を学校指定の制服に身を包んだ友人が来たことで親にも内緒にしていた計画が水の泡になり、否応無しに学校へ行く事になり、家を追い出された。全くもって家の主は大黒柱たる親父じゃなく、専業主婦たる母親だ。奴に逆らえば俺の生命が危うい。
まぁ、そんなこんなで学校に行くことになり、その登校時のワンシーンである。
「つーかまえた♪」
上機嫌な声で俺は左腕を握られる。言うまでも無く、追いつかれた。
「ひ、人が回想しているときに捕まえるなんて卑怯だ!」
「隙を見せるのが悪いのよね〜真田。この後どうなるかわかってるわよねぇ?」
「そ、そもそもボクチンは何で追いかけられていたんでしょうか? わっつ?」
追いかけられている理由は俺は解っているが、追いかけていた女の子…諏訪ちゃんは多分忘れてる。鳥頭とか、そんなんじゃなくって、怒り猛って追いかけている人間の思考はとりあえず『追いかける』という行動を重視し、なんでそうなったかをおざなりにしてしまう事が多々あるし、走って冷静に頭が働かない状況でこういう質問をされれば、
「あれ、なんで追いかけてるんだっけ、私?」
こうなる。
が、これは人それぞれ違う反応があるから、万人が万人に効くというわけはなく、引っかかる人間は引っかかるといった程度。もし実際に試して成功しなくても、俺は知らないと言うだけさ。
「や、やっと追いついたぁ…はぁ、はぁ」
肩で息をしながら俺と諏訪ちゃんに遅れて合流したのは仁科夏穂。俺を迎えに来た一人である。諏訪、仁科、真田の接点なんか探そうとすんな、俺のトラウマに触れる。
「お疲れさん、仁科。この時間なら遅刻はありえないしゆっくり歩いて学校に行きますか!」
ポケットに入っている携帯の時計で時間を確認し、両手に華というなんとも幸せな場所配置で俺は学校へと向かう。
そして作戦成功、流石俺。
「でもね、いつも登校している時間より遅いんだよね、今日」
仁科が笑顔でそう言って時計を見る。現在の時間七時四十三分。AM7:43。
無駄に二回も時計を読み上げてしまったが、遅刻ギリギリに登校する俺としては奇跡に近い時間帯の登校である。学校で遅刻とみなされるのは八時四十五分を過ぎて学校、教室に居ない事。そう考えるとまだあと一時間も余裕がある。
学校までは今居る地点から歩いて精々十五分から二十分。八時ちょい過ぎには教室に居ることになる。十分すぎる時間じゃないか。もっと早くする必要性は何処に?
「に、仁科はまだ早いのか!?」
「うん、そうだね。今日は遅刻の多い真田君迎えに行くことになっていたから時間に余裕を見て正解だったよね」
仁科サン…此処は軍隊じゃありませんよ? 軍隊でも五分前行動、もしくは十分前行動ぐらいだと思いますよ? 貴方の仁科ルールは三十分前行動ぐらいなのですか?
当然だと言わんばかりの仁科の言動に戸惑いを覚える。
「ま、朝からとんだハプニングもあったけどね」
諏訪が鞄を肩に引っ掛けて、おおよそ十数分前ぐらいの出来事を思い出す。
「………」
場を沈黙が支配する。これはやばい流れっぽいぞ?
「あぁ、思い出した! なんで追いかけていたかを!」
しまった、思い出された! やべぇぞこれは。ポケットから三枚の運命をゆだねるカードを出すか。『言い訳』『言い訳』『言い訳』…全て同じじゃねーか! 変な期待抱かせるんじゃねぇぞ!
「というか仕方が無いんだ、アレはしょうがないんだって! お前にもあるだろ、不意に一部分が…独・立・宣・言! なーんて!」
「確かにあるわ……」
うんうんと頷く諏訪ちゃん。流石運命のスリーカードの効果だぜ、効果は抜群だ。一種類しかなかったがな。
「けないでしょ、このアンポンタンッー!」
「あ、あっれーぇ?」
目の前に迫り来る右ストレート。
どうしますか、脳内議長!? 回避は無理じゃ。
そ、そんなッ!
なんとか言ってくれ、議員B! 無理だろ。
嘘だ、Cお前ならなんかいい意見があるだろ? 梅にぎり美味ー。ちょ、おまッ!
脳内の会議でどうしようもならないと判決が出、俺は綺麗にその右ストレートを喰らった。
「で、真田。その服、何処をどう見ても夏の制服に見えないんだけど。寧ろ冬に着る学ランじゃない?」
殴ってすっきりしたのか、痛みに悶える俺を放置して諏訪は俺の服装を見て誰もが思いつく疑問を投げかける。
「まぁ、これには理由があってだね」
「復活早いわね。もう少し内角深めに打ち込むべきだったかしら?」
ひどいんじゃないんですか、それは。自分が復活するように話を振ってきておいてさ。ぐれてやる。
「その服に理由を求めても、今の時期じゃ暑いケドダイエット、頭がおかしいぐらいしか理由が思い浮かばないよ?」
仁科ちゃんは言葉という凶器でボクの軟なハートを抉ってきやがりますね!?
「甘い、甘いよチミ達! そんな印キな理由じゃないよ! 普段の授業でもサボり、遅刻が多い我がクラスメイト。そんな猛者達が夏休みの貴重な時間をこんな学校なんかに割くと思うか?」
「それ言っちゃうと真田君はその猛者筆頭クラスだよ?」
仁科ひでぇ、仁科ひでぇ! 確かに否定できないが、こうやって面と向かって言われるとすげぇダメージ!
咳払い一つで場を持ち直し、俺は二人に指を突きつけて声高らかに言い放つ。
「と、とにかくだね、今日学校に来るなんて輩は半分にも満たないと俺の推理ね。そしてあの鬼教師と言えども、灼熱地獄の教室で授業なんかするわけが…な・いッ!」
「すっごいご都合主義な推理ね…で、その服装は冷房がガンガン効いた施設で有意義にお昼寝するための備え?」
呆れ顔で問い返してくる諏訪。
「もっちろん! でだ、今朝の独立宣言はお前にも責任の一端があるんだぞ、諏訪ちゃん。君が床で寝ている俺の遥か上空で仁王立ちしているから、見えるもんが見えてだね…」
「もうその話はいいちゅーねんッ!」
一発追加で右ストレートを喰らいながらも日常的な会話を楽しみながら、ゆっくり、ゆっくりと俺たちは学校へ向かった。
ホームルームで俺の素晴らしい甘美な提案を鬼教師は華麗にスルーし、俺は午前中の三時間を超・灼熱地獄でがんばった。
休日出校ということもあり、午前中で学校は終わり、だらしなく学ランのボタンを外し、与えられた夏休みという開放感を味わいながら帰宅していた。昼間で車も通りを結構走るようになっているが、夏の開放感が手伝って、喧しいエンジン音やマフラー音もそう気にならない。
「夏休みはいいけど宿題がねー」
とほほっと、苦笑を浮かべながら、学校に忘れていた課題を詰め込んだ鞄をパンパンと叩く。
「ちゃんと課題はしろよ? 夏休み終わりに終わんないから見せてなんて頼んで来てもみせねーぞ?」
どうやら俺は意地悪そうに笑っていたようで、諏訪は少し顔をむくれされ、俺の鼻頭に指を突きつけて言い返す。
「こっちの台詞よ。アンタの方がこういうのやらないんだから、いざって時に頼んでもお断りよ!」
予想しきった回答に俺は思わず口が緩む。そんな俺の表情を見て、指に食いつかれる危険性を察知したのか、諏訪は指を引っ込める。
「な、なによ、その気持ち悪い笑顔は……」
「いやなーに、俺はもう課題終わってるからね」
授業中、夏に課題を出しそうな教師の授業でクラスメイトの何人かが課題何処から何処を出すんですかーって聞いていたのを俺はひっそりとメモし、テスト前にぐらいしかやらない自宅学習を始め、夏休み開始一日目…二十一日に課題を全て終えた。
「嘘ぅ!? そんな馬鹿な!」
驚きを隠せない諏訪に俺は一番範囲の長い数学テキストを見せつけ、漢字テキストなども見せる。
「本当に終わってるんだ。私なんかまだ半分だよ?」
仁科も諏訪の横からテキストを覗き込んで心底驚いた表情を浮かべた。
「何せ俺にはこの夏やるべき事があ……」
「ハイハイ、毎年恒例って言うチャリンコ旅行の事よね」
もうその話題は聞き飽きた。という雰囲気を出して諏訪はもうその話はいいからというように手を振った。まぁ、一ヶ月前から口癖のように言ってりゃそんな反応にもなるよな。
「チャリンコで自分の力で旅してな、ビジホや美味い飯…って、何処に行くんだよ?」
交差点の途中で左折し、別方向に歩いて行こうとする二人を呼び止める。
「あれ、言ってなかったけ? 私たち今日洋服とか買い物に行くって?」
「初耳で御座います」
「じゃぁ一緒に来る?」
言っておいて当然という態度で言う諏訪と、にこやかに俺を誘う仁科。
「いや、貴方達の行く店は男のボクはスッゴク居づらいんですよぅ!?」
それも当然か。と笑う二人と別れ、俺は一人で家を目指して帰る。途中の自動販売機でペットボトルのお茶を買う。ふと見上げた空には雲が様々な形で伸びていて、何となく夏って気分にさせる。毎年そうなんだが、夏休み前半は夢や希望で溢れ返っている。今年はいつもと違う夏になりそうだ! なんて根拠の無い自信も浮かんでくるぐらいに。
「あれ?」
不意に視界が揺れた。揺れた視界の先がチカチカと光ってるような感覚。首なのか、頭なのか微妙に判断に迷う部分がズキリと傷む。この感覚は、アレだ。と冷静に考え答えに行き着くと待ってました! と言わんばかりに感覚が暴れだす。
立ちくらみだ……。
少し青空見て急に視界を戻したぐらいでなっさけねーなんて思ってみても、一向に立ちくらみは治りそうに無い。
グラグラと揺れる視界と揺れる視界と一緒に何処かに流れそうになる意識を繋げる痛み。
グラグラ…ゆらゆら…チカチカ。
立ちくらみから何秒何分経ったのだろうか? ずっとこうやって痛みと戦っているような感覚がある。眩暈と痛みによって冷静に脳が働かない。
ズキズキ…ズキズキ…ズキズキ。
これは…立ちくらみじゃ…ねぇ!?
いつもの立ちくらみと感覚が違う。脱水症状? いや違う。一度なりかけた事があるがこんな感じじゃねェ。じゃぁ一体何なんだ!?
この感覚が立ちくらみじゃないと理解すると同時に膝から力が抜ける。後ろから膝裏をこつんと曲げられる通称膝かっくんという悪戯をされたように膝から力が抜ける。膝かっくんをされたような衝撃は無く、自然に。
何なんだよ、何なんだよ、これは!
苛立ちを覚えながらも俺は下唇をかみ締める。血は出てこないが、歯が肉を噛む感触とそこからじわりと広がる痛みで俺は力の抜けた膝を立て直した。が、それも長くは持たず、全身に疲労感が漂い、壁に背を預ける。一人では立ってられそうにも無い。
手に握った冷えたペットボトルの感覚はあるのかないのかわからない。ただ視界にはチカチカと光があるだけ。自分が立っているのか、座っているのかそんな簡単な事さえもわからない。
俺に止めを刺すようにデッカイ眩暈の波が襲ってきた。第一波でもうこれは耐えられそうに無いと諦め、第二波目で俺は意識を闇に手放した……。
異世界召喚ファンタジーのお話です。
ヤッパリコメディっぽい流れ行っちゃうと思いますが。
とりあえず更新はやめにがんばって行きますので見守ってください!