あるパン屋さん(竜人ハーフ娘)のバラード
この町で人気のパン屋さん「トレロカモミロ」。
安くてボリューム満点。
食パン、菓子パン、惣菜パン。ジャム、バター、チーズ。パンの耳ラスクや、クッキーもあるよ!
毎日の朝ご飯に。子供のおやつに。学生の買い食いに。お父さんの昼ご飯に。お年寄りのお腹の足しに。
各商品取り揃えている。
私は「トレロカモミロ」に住み込みで働く、トスカーナ。
パン屋店主のマヌエロは、私の恩人の友人だ。
ふっくらした顔と体形。気は優しくて力持ち。
マヌエロは、いかにもおいしそうなパンを焼きそうなおじさんだった。
僻地育ちの私にとって、この世界は不思議な事ばかりだ。
最近、特に不思議な事は、この竜騎士見習いさんの挙動だった。
「これ、おねがいします!」
竜騎士見習いさんは、明るい色の髪と瞳をしている。
そう言って、お会計にどっさりと商品を置いた。
パン各種を、ざっと三十点ほど。
食べ盛りとは言え、全部ひとりで食べるのか。
それとも、友人のお使いを兼ねてるんだろうか。
あまりない購入量に、私は思わず、竜騎士見習いさんのプライベートに思いを馳せる。
竜騎士見習いさんは、パン屋「トレロカモミロ」の常連だ。
私と同じ歳くらいの少年で、この町にある竜騎士養成学校の制服を着ている。
深緑色の飛行服は、町中でよく見かける服装だった。
竜と言うと、牛のようなクジラのような、大型の動物であるが、竜騎士というのは、私はこの国に来て初めて見た。
それ用の竜も、初めて見た。
この国の特色であるようだ。観光的な押しもある。
たまに催し事を飾っている、整えられた格好の竜と竜騎士は、なるほど、かっこいい。
私が不思議に思う、この竜騎士見習いさんの挙動と言うのは、以下の通りだ。
「えっと、あの、僕……」
例えば、私にそう話しかける。
すると、友達らしい同じ服装の少年が、常連竜騎士見習いさんにツッコミをいれる。
「なんだよ僕って! 僕ってなんだよ! 気持ち悪い!」
お友達は、クススーッと、超ニヤニヤする。
思わせぶりなやり取りに、私は、少しだけ眉を寄せる。仲良しなんだな……。
どうやら竜騎士見習いさんは、いつもは「僕」呼びではないらしい。
いやまあ、自分の事くらい好きに呼べば良いですよ。アチキでもオイドンでも、好きにすりゃ良いんじゃないですかね……。
私は困ったような、曖昧な顔をして、じゃれ合ってる竜騎士見習いさん達を眺める。
お会計が終わった。次のお客さんが来る。
「ありがとうございました~」
私は、お会計あとの挨拶をする。
竜騎士見習いさんは、我に返って商品を受け取る。
「アッどうも……」
流れで、竜騎士見習いさん達は、店の外に出て行く。
小さい店内で申し訳ないです。
私はこの店内の規模、好きですけども。
竜騎士見習いさんは、何か言いたそうしながらも、外に行く。
大体いつも、こんな感じだ。
不思議な挙動をする常連さんだった……。
パン屋店主のマヌエロは、奥歯に物が挟まったような表情で、こちらの様子を見ていた。
それも含めて、私には不思議な事ばかりだ……。
今日は、お客さんの出入りがなだらかだ。
私はその合間に、店内外の軽い掃除や片付けを済ませようとする。
「あっ」
声がかぶった。
店のすぐ外に、まだ竜騎士見習いさん達がいた。
常連の竜騎士見習いさんは、私の方に居直って、言葉を続ける。
「あの俺」
けっきょく俺にしたのか?
「ラッララ、ライオネストって言います」
「あ……私はトスカーナです」
常連さんと自己紹介しあった。
この竜騎士見習いさんが、常連だと気付いてから早数ヶ月。今更感もある。
竜騎士見習いさん改め、ライオネストは、顔をほころばせる。
笑うと人懐っこい印象だった。
「ト、トスカーナッ」
「噛み噛みだな」
ライオネストの友人が、もちもちとパンを頬ばりながら、滑舌を冷静に評価した。
「うるさい! もう休み時間が終わっちゃうのはお前のせいだ!」
ライオネストは、友人にラリアットしながら、顔を両手で押さえて、恥ずかしがる乙女みたいに走って行った。
という一連の出来事を、お隣のパッキャラマド文房具店の娘、シェリーに見られていた。
シェリーは茶色い髪と、理知的な緑の瞳をしている。
ちなみに私は、短い黒髪と、金色の目だ。
シェリーはふわふわの茶色い髪を細かくふるわせて、ダメージを受けたように壁にもたれていた。
「なにやってんのあの人……」
腰が砕けてるようだ。
あきれたような声を出している。
シェリーは、生まれた時からこの町にいる。町の人たちや、その人間関係に詳しい。
「シェリー、知り合いなの?」
「……私は直接には知らないんだけど、たまに大会で優勝したりする人よ。
今の見た限り、……。……きっと可哀想な人なのよ。友達になってあげて。私は別に知り合いじゃないんだけど」
知り合いですらないのに、酷い言いようだな。
シェリーは申し訳程度に、「たぶん変な人じゃないから」と付け加える。申し訳程度過ぎる。
私がこんなにも人間の心に疎い理由を、ここらでひとつ、弁明したい。
私は、この町から遠く離れた、砂漠地帯から来た。
母は人間で、父は竜の血を引いていた。
そして、私は成長するにつれて、まるっきし竜の姿に近付いていった。
父の祖先らしい種類の竜だ。
強固な黒い鱗と金色の目。太い足と、小さい両手。背中に大きな翼。
あとから知ったが、その種類は北の山脈の奥地にいる種で、成長すると竜の中では大型の、普通の竜の五倍から十倍以上になるらしい。
私はそんなに大きくならなかったけど。
私の元いた国では、竜は凶暴な動物だと見られていた。
そんな偏見が強かった為、父と母は、人目を避けて私を育てた。
私たち家族は、追われるように、人里離れた荒れ地にたどり着く。
人間の母は、父と私より体が弱かった。その生活に耐えきれなかったようだ。
自分の人生に後悔してなかったようだが、体力が伴わなかった。
父も、体調を崩してからは、息を引き取るまで早かった。
父はぎりぎりで、荒れ地を定期的に通りすがる旅団に、私の事をゆだねた。
私が人間に姿を変えられるすべを身につけるまで、旅団は私の面倒を見てくれた。
旅団は、私をそのまま荒れ地に住まわせていた。
その荒れ地は、私にとって父と母と暮らした所だったから、それは私が望んだ事でもあった。
私は旅団の助けを借りながら、しばらく一人で暮らした。
でもある日、さびしすぎて、夕日を見て涙を流した。
旅団は数ヶ月に一度しか来ない。
思い出だけで、一人で暮らしていくのはつらい。
誰かと、この赤い夕日を見たい。
誰かと、この荒れ地以外の所も見たい。
と思って、お世話になってる旅団の仲間に入った。
その旅団が、殺し屋の集団だったのは、びっくりした。
私は殺し屋的には優秀だった。
竜の血がうまいこと働いて、丈夫、俊敏、怪力の三拍子。
パン屋店長マヌエロも、その旅団出身だ。
今は引退している。
要するに、色んな理由で浮世離れしてるのだという事でひとつ、すみません。
ふと、私は妙な気配を感じる。
……来客のようだ。
私は店を出て、通りを見据える。
予感通り、前方から、のたりのたりとやってきた太鼓腹の男は、殺し屋旅団の一員だった。
「トスカーナ。お前に仕事を頼みたいんだ」
太鼓腹の男は、不穏な表情を隠そうと、無理に笑った。
店の前で、そんな話をおっぱじめるのも何なので、私は太鼓腹を裏口側に通す。
店長まで「待ちな」とか良いながら、ノッソリ出てきた。
太鼓腹の男を睨みつけて、
「トスカーナは、もう足を洗ったんだ」
私がカタギじゃなかったようなセリフを言って下さる。
太鼓腹の男は、寂しげに言う。
「はは……、そうだな。そういう約束だったし、元々俺たちゃ、トスカーナを殺し屋に育てるつもりはなかった。
でも才能が開花しちゃったんだから、仕方ないじゃん!?
……この業界、そんなに簡単に足を洗えねえ。トスカーナの評判を聞きつけて、俺を脅してでも、トスカーナを使いたがる奴がいる。
断りたいなら俺を倒せ。正直スマンかった」
誰かから脅されたので、引退したはずの私に連絡を取りに来た。
不可抗力だが、仲間を売った、と言うことだ。
「そういう事なら……」
私は、ご要望通りに太鼓腹の男をやっつける。
太鼓腹を、満身創痍の返り討ちにした。
太鼓腹の男は、感慨深げにうなだれる。
「……グフッ。トスカーナ、強くなった、な……」
とか言いながら、町を去って行った。
私はひと運動後の柔軟体操をしながら、その後ろ姿を見送る。
そうそう、このワンセットは、昔、太鼓腹の男に教えて貰ったものだ……。
私まで感慨深くなった。
「二度と来るんじゃねえぞー」
太鼓腹の男を見送る店長の言葉は、夕焼けの町に、どこか優しく響いた……。
今日はよく目撃される日だ。
そもそも、この町は、お隣との距離が狭い。
私が育った砂漠とは大違いだ。
裏道や小道も、入り組んでいる。
店長は、そそくさと店内に戻ってった。
私に丸投げだというのか……。
私は、パン屋の影で立ち尽くしている、常連竜騎士見習いさんの名を呼ぶ。
今日、教えてもらったばかりの名前だ。
「ライオネスト……」
ライオネストの、明るい髪と目のはしばしは、夕日を反射していた。
ライオネストは、夕ご飯前のおやつでも買いに来たのだろうか……。
さっきまで言い争うような声を出してたから、様子を見に来てくれたのかもしれない。
私は思わず、渋い顔になる。
人間と言う集団は、異物に対して厳しい。
竜の血を引いている。殺し屋であった。
それを知って、嫌われる事は多い。
私はまた嫌われるのだろうか。
そうだとしたら……、少し残念だ……。
私は、自嘲して視線を落とす。
それに対して、ライオネストは、意を決したように顔を上げた。
その澄んだ瞳が、私には眩しい!
私はつい、ウッ、と目をしばたいた。
それは、夕日の逆光のせいだけではない。はず。
「また……パンを買いに来てもいいですか!!!」
私には、よい常連さんを拒む理由なんてない。
でも、とっさに「はい! ぜひ!」とか「いつでもお待ちしてます!」とかの、営業言葉が出てこなかった。
多分、すごく嬉しそうに笑って、思いきり頷いた。
「……っ」
自分の思いがけない嬉しい気持ちに、一瞬、声が詰まる。
言葉が出てこない。
許容されるというのは、嬉しい。
今なら、淋しい悲しい以外の理由で、涙ぐんでも良いよね!
「ライオネスト……。あの、ありがとう……」
この町の夕日もきれいだ。
私は立ち尽くしていた。
ライオネストは、涙ぐんだ私へのフォローを絞り出す。
「トスカーナの、物理的に強いところ、俺は好き!」
……物理的?
私は顔を上げて、ライオネストの表情を見た。何とも清々しい顔つきだった。
私はパン屋での仕事中、こっそりしてた諸行を思い出す。
暇つぶしの、鉄板重量挙げ。
無精して、素手で灼熱の鉄板を持ち運んだ事もある。
……こっそりしてたと思うんだけどな。もしかして目撃されてたのかな……。
後ろめたい気持ちと、ライオネストの言葉を飲み込むのに、ゆっくりとまばたきをする。
渾身の一撃をして満足したようなライオネストは、逆にいたたまれない様子になった。
私は、無精行為の後ろめたさをごまかすように、はは……、と力なく笑う。
「……」
「……」
ライオネストは、俯いて後ずさった。
「えーと、じゃあ、また明日……」
そう言って、走り去って行く。
跳ねて喜ぶような足取りだ。
そうか、ライオネストも嬉しいことがあったんだね。良かったね!
おちまい
モチーフ。合唱曲の怪獣のバラード。
http://ncode.syosetu.com/n5681br/3/ とはパラレルワールドです。