表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あるパン屋さん(竜人ハーフ娘)のバラード

作者: すすす

 この町で人気のパン屋さん「トレロカモミロ」。


 安くてボリューム満点。

 食パン、菓子パン、惣菜パン。ジャム、バター、チーズ。パンの耳ラスクや、クッキーもあるよ!

 毎日の朝ご飯に。子供のおやつに。学生の買い食いに。お父さんの昼ご飯に。お年寄りのお腹の足しに。


 各商品取り揃えている。


 私は「トレロカモミロ」に住み込みで働く、トスカーナ。


 パン屋店主のマヌエロは、私の恩人の友人だ。

 ふっくらした顔と体形。気は優しくて力持ち。

 マヌエロは、いかにもおいしそうなパンを焼きそうなおじさんだった。


 僻地育ちの私にとって、この世界は不思議な事ばかりだ。


 最近、特に不思議な事は、この竜騎士見習いさんの挙動だった。









「これ、おねがいします!」


 竜騎士見習いさんは、明るい色の髪と瞳をしている。

 そう言って、お会計にどっさりと商品を置いた。


 パン各種を、ざっと三十点ほど。


 食べ盛りとは言え、全部ひとりで食べるのか。

 それとも、友人のお使いを兼ねてるんだろうか。

 あまりない購入量に、私は思わず、竜騎士見習いさんのプライベートに思いを馳せる。


 竜騎士見習いさんは、パン屋「トレロカモミロ」の常連だ。

 私と同じ歳くらいの少年で、この町にある竜騎士養成学校の制服を着ている。

 深緑色の飛行服は、町中でよく見かける服装だった。


 竜と言うと、牛のようなクジラのような、大型の動物であるが、竜騎士というのは、私はこの国に来て初めて見た。


 それ用の竜も、初めて見た。


 この国の特色であるようだ。観光的な押しもある。

 たまに催し事を飾っている、整えられた格好の竜と竜騎士は、なるほど、かっこいい。









 私が不思議に思う、この竜騎士見習いさんの挙動と言うのは、以下の通りだ。


「えっと、あの、僕……」


 例えば、私にそう話しかける。

 すると、友達らしい同じ服装の少年が、常連竜騎士見習いさんにツッコミをいれる。


「なんだよ僕って! 僕ってなんだよ! 気持ち悪い!」


 お友達は、クススーッと、超ニヤニヤする。

 思わせぶりなやり取りに、私は、少しだけ眉を寄せる。仲良しなんだな……。


 どうやら竜騎士見習いさんは、いつもは「僕」呼びではないらしい。

 いやまあ、自分の事くらい好きに呼べば良いですよ。アチキでもオイドンでも、好きにすりゃ良いんじゃないですかね……。


 私は困ったような、曖昧な顔をして、じゃれ合ってる竜騎士見習いさん達を眺める。

 お会計が終わった。次のお客さんが来る。


「ありがとうございました~」


 私は、お会計あとの挨拶をする。

 竜騎士見習いさんは、我に返って商品を受け取る。

「アッどうも……」

 流れで、竜騎士見習いさん達は、店の外に出て行く。


 小さい店内で申し訳ないです。

 私はこの店内の規模、好きですけども。


 竜騎士見習いさんは、何か言いたそうしながらも、外に行く。


 大体いつも、こんな感じだ。

 不思議な挙動をする常連さんだった……。


 パン屋店主のマヌエロは、奥歯に物が挟まったような表情で、こちらの様子を見ていた。


 それも含めて、私には不思議な事ばかりだ……。









 今日は、お客さんの出入りがなだらかだ。


 私はその合間に、店内外の軽い掃除や片付けを済ませようとする。


「あっ」


 声がかぶった。

 店のすぐ外に、まだ竜騎士見習いさん達がいた。


 常連の竜騎士見習いさんは、私の方に居直って、言葉を続ける。


「あの俺」


 けっきょく俺にしたのか?


「ラッララ、ライオネストって言います」


「あ……私はトスカーナです」


 常連さんと自己紹介しあった。

 この竜騎士見習いさんが、常連だと気付いてから早数ヶ月。今更感もある。


 竜騎士見習いさん改め、ライオネストは、顔をほころばせる。

 笑うと人懐っこい印象だった。


「ト、トスカーナッ」


「噛み噛みだな」


 ライオネストの友人が、もちもちとパンを頬ばりながら、滑舌を冷静に評価した。


「うるさい! もう休み時間が終わっちゃうのはお前のせいだ!」


 ライオネストは、友人にラリアットしながら、顔を両手で押さえて、恥ずかしがる乙女みたいに走って行った。


 という一連の出来事を、お隣のパッキャラマド文房具店の娘、シェリーに見られていた。


 シェリーは茶色い髪と、理知的な緑の瞳をしている。

 ちなみに私は、短い黒髪と、金色の目だ。


 シェリーはふわふわの茶色い髪を細かくふるわせて、ダメージを受けたように壁にもたれていた。


「なにやってんのあの人……」


 腰が砕けてるようだ。

 あきれたような声を出している。


 シェリーは、生まれた時からこの町にいる。町の人たちや、その人間関係に詳しい。


「シェリー、知り合いなの?」


「……私は直接には知らないんだけど、たまに大会で優勝したりする人よ。

 今の見た限り、……。……きっと可哀想な人なのよ。友達になってあげて。私は別に知り合いじゃないんだけど」


 知り合いですらないのに、酷い言いようだな。


 シェリーは申し訳程度に、「たぶん変な人じゃないから」と付け加える。申し訳程度過ぎる。









 私がこんなにも人間の心に疎い理由を、ここらでひとつ、弁明したい。


 私は、この町から遠く離れた、砂漠地帯から来た。


 母は人間で、父は竜の血を引いていた。

 そして、私は成長するにつれて、まるっきし竜の姿に近付いていった。

 父の祖先らしい種類の竜だ。


 強固な黒い鱗と金色の目。太い足と、小さい両手。背中に大きな翼。


 あとから知ったが、その種類は北の山脈の奥地にいる種で、成長すると竜の中では大型の、普通の竜の五倍から十倍以上になるらしい。

 私はそんなに大きくならなかったけど。


 私の元いた国では、竜は凶暴な動物だと見られていた。

 そんな偏見が強かった為、父と母は、人目を避けて私を育てた。

 私たち家族は、追われるように、人里離れた荒れ地にたどり着く。


 人間の母は、父と私より体が弱かった。その生活に耐えきれなかったようだ。

 自分の人生に後悔してなかったようだが、体力が伴わなかった。

 父も、体調を崩してからは、息を引き取るまで早かった。









 父はぎりぎりで、荒れ地を定期的に通りすがる旅団に、私の事をゆだねた。

 私が人間に姿を変えられるすべを身につけるまで、旅団は私の面倒を見てくれた。


 旅団は、私をそのまま荒れ地に住まわせていた。


 その荒れ地は、私にとって父と母と暮らした所だったから、それは私が望んだ事でもあった。

 私は旅団の助けを借りながら、しばらく一人で暮らした。


 でもある日、さびしすぎて、夕日を見て涙を流した。


 旅団は数ヶ月に一度しか来ない。

 思い出だけで、一人で暮らしていくのはつらい。

 誰かと、この赤い夕日を見たい。


 誰かと、この荒れ地以外の所も見たい。


 と思って、お世話になってる旅団の仲間に入った。

 その旅団が、殺し屋の集団だったのは、びっくりした。









 私は殺し屋的には優秀だった。

 竜の血がうまいこと働いて、丈夫、俊敏、怪力の三拍子。


 パン屋店長マヌエロも、その旅団出身だ。

 今は引退している。


 要するに、色んな理由で浮世離れしてるのだという事でひとつ、すみません。


 ふと、私は妙な気配を感じる。

 ……来客のようだ。

 私は店を出て、通りを見据える。


 予感通り、前方から、のたりのたりとやってきた太鼓腹の男は、殺し屋旅団の一員だった。


「トスカーナ。お前に仕事を頼みたいんだ」


 太鼓腹の男は、不穏な表情を隠そうと、無理に笑った。

 店の前で、そんな話をおっぱじめるのも何なので、私は太鼓腹を裏口側に通す。


 店長まで「待ちな」とか良いながら、ノッソリ出てきた。

 太鼓腹の男を睨みつけて、


「トスカーナは、もう足を洗ったんだ」


 私がカタギじゃなかったようなセリフを言って下さる。

 太鼓腹の男は、寂しげに言う。


「はは……、そうだな。そういう約束だったし、元々俺たちゃ、トスカーナを殺し屋に育てるつもりはなかった。

 でも才能が開花しちゃったんだから、仕方ないじゃん!?

 ……この業界、そんなに簡単に足を洗えねえ。トスカーナの評判を聞きつけて、俺を脅してでも、トスカーナを使いたがる奴がいる。

 断りたいなら俺を倒せ。正直スマンかった」


 誰かから脅されたので、引退したはずの私に連絡を取りに来た。

 不可抗力だが、仲間を売った、と言うことだ。

「そういう事なら……」

 私は、ご要望通りに太鼓腹の男をやっつける。

 太鼓腹を、満身創痍の返り討ちにした。


 太鼓腹の男は、感慨深げにうなだれる。


「……グフッ。トスカーナ、強くなった、な……」


 とか言いながら、町を去って行った。


 私はひと運動後の柔軟体操をしながら、その後ろ姿を見送る。

 そうそう、このワンセットは、昔、太鼓腹の男に教えて貰ったものだ……。

 私まで感慨深くなった。


「二度と来るんじゃねえぞー」


 太鼓腹の男を見送る店長の言葉は、夕焼けの町に、どこか優しく響いた……。









 今日はよく目撃される日だ。

 そもそも、この町は、お隣との距離が狭い。

 私が育った砂漠とは大違いだ。

 裏道や小道も、入り組んでいる。

 店長は、そそくさと店内に戻ってった。


 私に丸投げだというのか……。


 私は、パン屋の影で立ち尽くしている、常連竜騎士見習いさんの名を呼ぶ。

 今日、教えてもらったばかりの名前だ。


「ライオネスト……」


 ライオネストの、明るい髪と目のはしばしは、夕日を反射していた。


 ライオネストは、夕ご飯前のおやつでも買いに来たのだろうか……。

 さっきまで言い争うような声を出してたから、様子を見に来てくれたのかもしれない。

 私は思わず、渋い顔になる。


 人間と言う集団は、異物に対して厳しい。


 竜の血を引いている。殺し屋であった。

 それを知って、嫌われる事は多い。

 私はまた嫌われるのだろうか。

 そうだとしたら……、少し残念だ……。


 私は、自嘲して視線を落とす。

 それに対して、ライオネストは、意を決したように顔を上げた。


 その澄んだ瞳が、私には眩しい!

 私はつい、ウッ、と目をしばたいた。

 それは、夕日の逆光のせいだけではない。はず。


「また……パンを買いに来てもいいですか!!!」


 私には、よい常連さんを拒む理由なんてない。

 でも、とっさに「はい! ぜひ!」とか「いつでもお待ちしてます!」とかの、営業言葉が出てこなかった。


 多分、すごく嬉しそうに笑って、思いきり頷いた。 


「……っ」


 自分の思いがけない嬉しい気持ちに、一瞬、声が詰まる。

 言葉が出てこない。

 許容されるというのは、嬉しい。


 今なら、淋しい悲しい以外の理由で、涙ぐんでも良いよね!


「ライオネスト……。あの、ありがとう……」


 この町の夕日もきれいだ。









 私は立ち尽くしていた。

 ライオネストは、涙ぐんだ私へのフォローを絞り出す。


「トスカーナの、物理的に強いところ、俺は好き!」


 ……物理的?


 私は顔を上げて、ライオネストの表情を見た。何とも清々しい顔つきだった。


 私はパン屋での仕事中、こっそりしてた諸行を思い出す。

 暇つぶしの、鉄板重量挙げ。

 無精して、素手で灼熱の鉄板を持ち運んだ事もある。


 ……こっそりしてたと思うんだけどな。もしかして目撃されてたのかな……。


 後ろめたい気持ちと、ライオネストの言葉を飲み込むのに、ゆっくりとまばたきをする。

 渾身の一撃をして満足したようなライオネストは、逆にいたたまれない様子になった。

 私は、無精行為の後ろめたさをごまかすように、はは……、と力なく笑う。


「……」

「……」


 ライオネストは、俯いて後ずさった。


「えーと、じゃあ、また明日……」


 そう言って、走り去って行く。

 跳ねて喜ぶような足取りだ。


 そうか、ライオネストも嬉しいことがあったんだね。良かったね!





 おちまい



モチーフ。合唱曲の怪獣のバラード。

http://ncode.syosetu.com/n5681br/3/ とはパラレルワールドです。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ