第二話 女相撲大会開幕 目指せ初優勝! 喜咲風
五月五日。ご存知こどもの日である今日は、喜咲の出場する女相撲大会、『第六四回近畿地方女相撲最強力士決定戦』が開催される。この大会は、出場者(力士)はもちろん行司、呼出、勝負審判、運営スタッフに至るまで全て女性。観客だけは男が多数を占めるという異様な光景が広がるちょっとユニークな相撲大会だ。近畿二府四県各地から意外と大勢の参加者が集ってくるらしい。
今日は清清しい五月晴れ、そのため今大会は、とある神社境内に設けた屋外会場で開催されることになった。
午前中に幼児の部と小学生の部が行われ、午後から出場資格中学生以上の一般の部が行われる。
喜咲は幼児の部が始まる前、早朝七時頃から会場入りし、仮設された支度部屋で四股踏みや鉄砲、股割り、他の出場者の胸を借りるなどして汗を流しながら一生懸命稽古に励んでいた。
「キサキちゃんのお相撲取る姿、楽しみ♪」
「喜咲さんの有志、この目にばっちり収めるよ」
「喜咲ちゃん、年を得るごとにどんどん強くなってるよな」
秋帆、里加子、梶之助の三人は小学生の部終了後の休憩時間中に会場入りし、正面(北側)真ん中より少し後ろくらいの観客席に着く。梶之助はこの二人に挟まれる形となった。ちなみに観戦料はどの席も無料である。
幼児の部最初の取組から観戦していた五郎次爺ちゃんは扇子を両手に持ち、さらにはアメリカ合衆国の国旗が描かれた金色のシルクハットを被り、なんとも恥さらしなド派手な法被を身に纏って、正面最前列座布団敷きの砂被り席に座っていた。彼はこの最も取組がよく見える特等席を取るために早朝五時頃から会場前に並んでいたのだ。そのため梶之助は、今朝は彼から特製ドリンクを振舞われずに済んだわけである。
この女相撲大会は、毎年開催日が五月五日と決まっている。三月三日の女の子の日は普通の日なのに、五月五日の男の子の日が祝祭日になっているなんて男女差別だ、と主張していた女性有志陣が集い、男の子の日に反逆して、女の子だけで男の世界とされている相撲の大会を開こうと提案したのがこの祭典の起源だという。会場周辺には力士幟ならぬ端午の節句の象徴、鯉幟が多数掲げられていた。しかも真鯉と小鯉だけ。
(毎年思うけど、緋鯉もちゃんと飾ってやれ)
と、梶之助は心の中で思っていた。
ちなみに五郎次爺ちゃんは第一回の大会から六〇年以上、毎年皆勤で観戦しに行っている筋金入りの常連客だ。
この大会の土俵は本場の大相撲と同じく直径一五尺。向正面東西土俵脇に塩箱と水桶も備えられている。屋外のため大相撲のような吊り屋根は設置出来ないので、ここでの屋根は四隅四本の木柱で支えられている。柱には向正面東側に赤、西側に白、正面東側に青、西側に黒の布が巻き付けられていた。大相撲の四房に代わる物だ。
女力士の格好は男の相撲のようにマワシが解ければすっぽんぽん、というわけではもちろんなく、公序良俗に則りレオタードや水着、Tシャツ&スパッツorハーフパンツなどを身に纏い、その上に簡易マワシを着けている。
今大会の一般の部出場女力士総数は六四名。八名毎A~Hの計八ブロックに分かれ、トーナメント戦によりそれぞれのブロックの頂点に立った者が準々決勝へと進み、その八名によるトーナメント戦《A対B、C対D、E対F、G対H》が行われる。とどのつまり六回連続で勝てば優勝出来るというわけだ。
今年はたまたま偶数だったが、出場者数が奇数の場合は籤引きで一回戦勝ち抜けというラッキーなことも起こり、運にもけっこう左右されるようである。西方か東方かも、前大会優勝者が東方になれる特権がある以外は全て抽選で決められる。
喜咲はDブロック第一組、梶之助達は彼女の出場までしばし他の取組を観戦しながら待つ。
あいつ、本当に女か? どう見ても男だろ。と疑いたくなるような男顔&角刈り、さらには並みの男以上に筋肉質な女力士もやはり見受けられた。
一方、この子、相撲を取らせて大丈夫なのかなぁ? と心配になるような大人しそうで華奢で、けっこう可愛らしい子も少なからずいた。喜咲もそんなタイプなのだ。
観客席では、
「ママーッ、頑張れーっ!」
と大声で応援する無邪気な幼い子どもの姿もあった。
「五郎次爺ちゃん、よくあんな危険な場所に毎年懲りもせずに座れるよなぁ」
Bブロック第二組の取組終了後、梶之助は呆れ顔で呟く。
先ほど土俵際で投げの打ち合いをしていたわりと大柄な両力士が、勢い余って五郎次爺ちゃん目掛けてダイブして来たのだ。勝負審判や控えの女力士の方々が咄嗟にガードしてくれ事なきを得た。このように砂被り席では、女力士の直撃を食らうリスクもある。
それからさらに数十分が経ち、
【続きまして、Dブロックの取組を行います。出場する力士の皆様は、土俵横力士控え席までお集まり下さい】
このアナウンス。いよいよ喜咲の出番がやって来た。
「ひがあああああしいいいいい、きさきいいいいいかあああぜえええええ。にいいいいいしいいいいい、ぼうふうううりゅううううううう」
呼出から独特の節回しで四股名を呼び上げられると、喜咲と相手力士、暴風竜は二字口と呼ばれる所から堂々と土俵に上がった。徳俵の横で両者向かい合って一礼し、向正面東西土俵脇に分かれる。清めの塩を撒く前に喜咲はCブロック第四組の勝者から、暴風竜は次のDブロック第二組の西方控えの女力士から力水を付けてもらった。
【東方、喜咲風、兵庫県西宮市出身、一五歳。昨年は大会始まって以来の一般の部最年少優勝なるかと思われたのですが惜しくも準優勝、しかし中学生ながらたいへん健闘していました。高校生になっての初出場。今大会優勝候補の一人です。西方、暴風竜、和歌山県東牟婁郡串本町出身、四四歳。幼稚園の先生でいらっしゃいます。今回で二六回目の出場。過去に優勝の経験もございますが、最近三年は一回戦負け続き。やはり年には勝てないか。四年振りの二回戦進出を目指して頑張って欲しいです】
続いて場内アナウンスにて四股名、出身地、年齢、最後に簡単なコメントが添えられる。
仕切りのさい、『きさきかぜえええっ!』と、会場のあちこちから大きな声援が巻き起こる。喜咲はこの大会で一、二を争うほどの大人気力士なのだ。
「喜咲ちゅわぁぁぁーん 好きじゃ好きじゃ、大好きじゃあああああああ、アイラブユウウウウウウウーッ! 今年も全身全霊スピリットパワーで応援するからねーっ」
五郎次爺ちゃんは扇子を激しく振り回しながら大声で叫ぶ。
「恥ずかしいから止めろ。ていうか近くの他の男性観客らも釣られて叫び回ってるし。喜咲ちゃん、緊張しちゃうじゃないか」
梶之助は呆れ返りながら、騒がず静かに見物。
「カジノスケくんのお祖父ちゃん、相変わらずとってもお元気だねー。キサキちゃーん、頑張って」
「喜咲さん、優勝目指してね」
秋帆と里加子もあまり大きな声は出さずに応援する。
目指せ! 初優勝 喜咲風 と墨で書かれた縦四〇センチ横幅一メートル二〇センチほどの横断幕を三人で持ちながら。これは秋帆と里加子の手作りだそうだ。
「「「「「「「「ぼうふうりゅううううう! 頑張れぇぇぇぇぇ」」」」」」」」
相手力士、暴風竜が勤務していると思われる、幼稚園の園児達からもしきりに応援の声がかかる。
塩撒きと仕切りを何度か繰り返し、いよいよ制限時間いっぱいとなった。
両者、土俵中央に二本、白く引かれた仕切り線の前へ。そして向かい合う。
「時間です。待ったなし、手を下ろして」
行司から告げられると両者ゆっくりと腰を下ろし蹲踞姿勢を取ったのち、仕切り線に両こぶしをつける。
「はっけよぉーい、のこった!」
軍配が返され、いよいよ立合い。
暴風竜は喜咲より二〇センチ近くは背が高かったが全く物ともせず。暴風竜が張り手を繰り出してきた腕をサッと掴んで両手に抱え、引っ張り込み捻り倒した。
一回戦、これにて勝負あり。相手力士は全く何も出来ず喜咲の圧勝であった。
両者、徳俵の横に立つと再び向かい合って一礼。土まみれになって敗れた暴風竜、苦笑いを浮かべながら土俵から下りていく。敗者復活戦は無いため、負けたらその時点で取組での出番は終了である。応援に駆け付けた園児達からも残念そうな声が漏れていた。
「きさきいいいかぜえええ」
勝った喜咲は蹲踞姿勢になり、きちんと右手で手刀を切って行司から勝ち名乗りを受けた。
「さすが喜咲ちゃんじゃ。うおおおおおっ!」
五郎次爺ちゃんは扇子を激しく振り回しながら熱く叫び回る。
【ただいまの、決まり手は、とったり、とったりで、喜咲風の勝ち】
場内アナウンスで決まり手も発表された。
「喜咲さん、瞬発力凄いわね。百メートル十二秒0台で走れただけはあるわ。去年よりもずっと動きが良くなってるわね」
「あっという間だったね。勝ち名乗り受けてる時の表情も、凛々しくてすごく格好良かったよ」
里加子と秋帆はとても感心する。
「俺、喜咲ちゃんに一生相撲で勝てる気がしない」
梶之助は恐怖心も芽生えた。
喜咲によると、この大会は思い出作りの遊び半分で出場している人が大半らしく、それなりに稽古して来た人にとってはわりと勝ち進めるものらしい。一回戦で不運にも優勝候補と当たってしまったらそれまでだが。
四股名も『狸おばさん』、『琵琶トソン』『食戟の有馬』『養父ライバー』『京大目指して七浪中』などなど、けっこうふざけて付けている人も多かった。さらにアニメキャラのコスプレ姿で土俵に上がる者も複数名。
また、この大会では初心者にも気軽に参加してもらえるよう、現役または引退から五年以内のプロ格闘家の出場は禁止にしているとのこと。
「とりゃぁっ!」
二回戦、喜咲は豪快な〝櫓投げ〟で勝利。相手力士に先に両マワシを取られてしまったものの、喜咲もすぐに相手力士の両マワシを取り、休まず自分の膝を相手力士の内股に入れて吊り上げるようにして振り上げ投げ飛ばしたのだ。
喜咲は三回戦の相手にはマワシを取らせる隙を与えず突っ張りを目にも止まらぬ速さで断続的に繰り出した。一七〇センチ近くはあった相手力士、勢いに負けて尻餅をつく。
勝負は五秒ほど。決まり手は、〝突き倒し〟だ。
喜咲は瞬発力のみならず、突き押しの圧力もけっこうあったのだ。
これにてDブロックの頂点に立ち準々決勝進出。ベスト8に残った。
準々決勝。喜咲は〝首捻り〟というこれまた豪快な決まり手であっさり勝った。準決勝へとコマを進める。
準決勝。相手力士、大阪府門真市出身の『家電おばちゃん』は体格がかなりでかかった。背丈だけでなく横幅も。
「まるで子どもと大人だ。あの家電おばちゃんっていう四股名の人、体重百キロは超えてそうだな」
「梶之助さん、女性の体重を推測するのは失礼ですよ。でも、確かにそんな感じね」
「まともにぶつかったらキサキちゃん、一気に土俵の外まで突き飛ばされそうだよ。どう攻めるのかなぁ?」
三人は心配そうに見守る。
「小錦‐舞の海戦を思い出すわい」
五郎次爺ちゃんはこの取組をとても楽しみにしている様子だった。
塩撒きと仕切りを五回繰り返し、いよいよ制限時間いっぱい。
「時間です。待ったなし。手を下ろして。はっけよぉい、のこった!」
軍配返されてからわずか二秒後、家電おばちゃんはうつ伏せにばったり倒れていた。
「うおおおおおっ、さすが喜咲ちゃんじゃ。上手いっ!」
五郎次爺ちゃん、扇子をぶんぶん振り回し大興奮。
「喜咲さん、ちゃんと考えてたのね」
「相手の動き、見切ってたね。すごいよキサキちゃん」
秋帆と里加子はパチパチ拍手を送り、褒め称える。
「そう来たか。それにしても、なんという強さだよ。去年はけっこう危なっかしい取組が多かったけど、今年は全部圧勝じゃないか」
梶之助はかなり驚いていた。
喜咲は立ち合った瞬間、家電おばちゃんが両マワシを掴みに来ようとした所をサッと横に身をかわし、家電おばちゃんの大根のように太い足を蹴り上げバランスを崩させ、さらに手で肩をポンッと叩いて前のめりに転倒させたのだ。
【ただいまの決まり手は、蹴手繰り、蹴手繰りで、喜咲風の勝ち】
これにて準優勝確定。決勝戦つまりは優勝決定戦進出。
喜咲は勝ち名乗りを受け土俵から下りると、梶之助達三人のいる席へ。準決勝もう一組の取組を一緒に観戦する。
「あ~あ、やっぱりあの人が勝っちゃったかぁ。私、次は絶対勝てないよ。去年は全く歯が立たなくて、一瞬で肩越しに上手取られて波離間投げで負かされた相手だよ。怖いよぅ」
結果を知り、喜咲は嘆きの声を上げる。決勝戦は、去年と同じ対戦相手になったのだ。
「俺にも気持ちは良く分かる」
梶之助は、少し怯えていた喜咲に深く同情出来た。
「キサキちゃん、頑張って。キサキちゃんは去年よりもずっと強くなってるから大丈夫だよ」
「喜咲さん、あんな豪快な技繰り出せるんだから、きっと勝てるわ」
秋帆と里加子は優しく励ます。
「喜咲ちゃん、メンタルを強く持つのじゃ。そうすれば絶対勝てるぞっ!」
五郎次爺ちゃんも駆け寄ってくる。
「みんな応援ありがとう。対戦相手、去年はあの大柄な家電おばちゃんを三回戦で〝つかみ投げ〟で破ってるような人だし、きっと無理だろうけど私、精一杯頑張ってくるよ。思いっきりぶちかましてくる!」
こぶしをぎゅっと握り締め強く宣言するも、喜咲はぎこちない足どりで土俵へと向かう。
「ひがあああああしいいいいい、まやさんんんぞくううううう。にいいいいいしいいいいい、きさきいいいかあああぜえええええ」
呼出の合図。両者、土俵の上へ。
観客から割れんばかりの拍手喝采が起こる。
【東方、摩耶山賊、兵庫県神戸市灘区出身、三二歳。優勝回数十一回を誇る超実力派。今回八連覇なるかっ。西方、喜咲風、兵庫県西宮市出身、一五歳。昨年決勝の雪辱なるかっ。今大会最後の大一番です!】
場内アナウンスもこれまでの取組以上に気合が入っていた。
喜咲の話によれば、摩耶山賊はメキシコ生まれの元女子アマレスラーとのこと。
ちなみにこのお方の本名は、マヤ・モンタネスというらしい。肩の辺りまで伸びた黒髪と青い瞳が特徴的だった。背丈は一七〇を越えているように見え、横幅も家電おばちゃんに負けないくらい広かった。ただ、お顔は体型のわりに痩せていて、けっこう可愛らしかった。
「大鵬‐柏戸の千秋楽相星決戦が偲ばれるわい」
五郎次爺ちゃんは懐かしさに浸っていた。
仕切りの際、両者激しい睨み合いが続く。
「女同士の争いって、すげえ怖いな」
その迫力に、梶之助は少し仰け反ってしまう。
「キサキちゃぁーん、ファイト!」
「頑張って下さぁい!」
秋帆と里加子は熱く叫ぶ。
六度目の塩撒きと仕切りで、制限時間いっぱいとなった。
最後の塩。喜咲は山のようにがっちり掴み、高々と舞い上げた。摩耶山賊もそれに負けるものかと豪快に撒き散らす。その勢いは喜咲の方が勝っていた。
これが勝負にどう響いてくるか?
「待ったなし、手を下ろして。はっけよぉい、のこった!」
行司が軍配返した次の瞬間、
「まだまだまだ!」
注意の言葉を告げる。
立ち合い不成立、喜咲の両こぶしがちゃんと仕切り線についていなかったのだ。
「相当緊張してるな、これは」
「リラックスして頑張れ、キサキちゃん」
「喜咲さん、落ち着いて」
梶之助、秋帆、里加子の三人は静かに見守る。
「喜咲ちゅわぁん、こんな照國みたいなやつ張り倒してしまえーっ!」
五郎次爺ちゃんは大声で叫んだ。
「相手力士に失礼だろ」
梶之助はすかさず突っ込みを入れる。
「待ったなし、手をちゃんと下ろして。はっけよい、のこった!」
二度目の立ち合い、今度は上手く立った。
すぐに両者激しい張り手の打ち合いが始まった。
パチンパチンパチンパチンと叩き合う音が絶え間なく聞こえてくる。
土俵中央で凄まじい突っ張りの攻防が繰り広げられているのだ。
「うおおおおおっ、まるで平成十年名古屋場所の武双山‐千代大海戦を見ているようじゃ!」
五郎次爺ちゃん、大興奮。瞬きもせずに取組に見入る。
「キサキちゃんの張り手、すごい威力だね。もはや相撲というより殴り合いのケンカだよ」
「運動エネルギーも凄そう。喜咲さんを怒らせない方がいいわね」
「俺、あんなのまともに食らったら十メートルくらい吹っ飛ばされそうだ」
秋帆達三人も食い入るように眺める。
やがて、がっぷり四つに組み合う体勢に変わった。乾坤一擲互いに力比べ。
だが喜咲、組み合ってまもなく摩耶山賊に一気に押し込まれる。そしてついに俵の上に足がかかってしまった。もうあとがない。喜咲、懸命に堪える。非常に苦しい表情。
しかし次の瞬間、
「うりゃあっ!」
喜咲はこう叫び声上げ、渾身の力を振り絞り、自分の三倍以上は体重がありそうな摩耶山賊を吊り上げた。そしてそのまま土俵外まで運ぼうと試みる。けれども途中で力尽き、下ろしてしまった。しかし休まず喜咲は上手投げを打った。だが摩耶山賊に堪えられ決まらず、再びもとの体勢へ。
「ヤアッ!」
今度は摩耶山賊が投げを打とうとしてくる。
喜咲、必死に堪え、何とか残すと休まず寄りに出た。摩耶山賊を土俵際まで追い詰める。
たが摩耶山賊、そこから負けるものかと喜咲を寄り返す。
再び両者、土俵中央へ。動きが止まる。意地と意地のぶつかり合い。大相撲だ。
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」
場内も激しい歓声が絶え間なく響く。
(こうなったら……)
喜咲、咄嗟の思いつきで摩耶山賊に〝蹴返し〟を食らわした。しかし決まらず。
次の瞬間、摩耶山賊がもう一度打った投げで喜咲の足がふらついてしまった。喜咲は何とか残したが、摩耶山賊に対し背を向けた状態になってしまった。
「喜咲ちゃぁぁぁん、後ろもたれじゃ、後ろもたれを狙うのじゃ!」
五郎次爺ちゃんは思わず立ち上がり、さらに大声で声援を飛ばす。
だが、彼の声援空しく摩耶山賊はすかさずそのチャンスを逃すまいと後ろからがっちり喜咲の両マワシを捕まえた。喜咲、こうなったらもうどうすることも出来ず、ふわり軽々と持ち上げられてしまった。
これはもう勝負あったな。喜咲の負けだ。
梶之助はこの時こう悟った。
「エイヤッ!」
案の定、摩耶山賊はそのまま杵を振り下ろすかのように豪快に叩き落とした。喜咲その場にぺたんと座りこむ。
喜咲は去年と同様、力量の差を見せ付けられ敗れてしまったのだ。とても悔しそうな表情を浮かべる。それでも立ち上がると一礼を忘れずにして、土俵から下りた。
「まやさんぞくううううう」
今大会最後の勝ち名乗りを行司から受け、満面の笑みで花道を引き下がる摩耶山賊。
両者に、会場中から割れんばかりの大きな拍手喝采が送られた。
【ただいまの決まり手は、送り吊り落とし、送り吊り落としで摩耶山賊の勝ち。摩耶山賊八連覇達成! またも凄い記録を打ち立てました。喜咲風、去年の雪辱果たせず。一般の部歴代最年少優勝記録もこれでお預け。残念でしたね】
場内アナウンサーは喜咲を慰めるような声で告げた。
本場の大相撲と同じように、土俵上ではこれから弓取り式が行われる。務める力士は一回戦負けした一般の部参加者の中から希望者抽選により決められるのだ。
「今年も準優勝かぁ」
喜咲はため息混じりに呟きながら、梶之助達三人のいる席へやって来る。喜咲の目に、悔し涙が浮かんでいた。
「喜咲ちゃん、残念だったね。でも、よく頑張ってたよ。というか、鼻血出てるよ」
「喜咲さん、鼻血、鼻血」
梶之助と里加子は喜咲のお顔を見ると、慌てて指摘する。
「キサキちゃん、大丈夫?」
秋帆は持っていたポーチからポケットティッシュを取り出し、喜咲の鼻に詰めてあげた。
「ありがとう秋帆ちゃん。張り手し合った時に切っちゃったみたい」
喜咲はほんわかとした表情になった。
「どういたしまして」
秋帆はちょっぴり照れくさがる。
「喜咲さん、去年の取組よりもすごく迫力があって素晴らしかったよ。熱戦だったわ」
里加子は大いに褒めてあげた。
「まあ去年よりは、善戦出来たかな」
喜咲が苦笑顔で呟いたその時、
「喜咲風、去年よりとても強くなったね。あっしもあぶなかたよ」
喜咲の側へ、摩耶山賊が近寄って来た。なかなか流暢な日本語だった。
「いえいえ、私なんてまだまだひよっこです。でも摩耶山賊、来年こそは私、あなたに絶対勝ちますよ!」
喜咲は真剣な眼差しで摩耶山賊の青い瞳を見つめる。
「あっしも喜咲風に追いつかれないように、稽古に一生懸命励むよ」
摩耶山賊は凛々しい表情を浮かべた。
お互い友情の握手をがっちりと交わす。
沈みゆく夕日が二人を美しく照らしていた。
「喜咲ちゃん、僕、とってもナイスな取組を見せてもらったよ。僕はもういつ死んでもいいわい。喜咲ちゃんは女相撲界の新しい風じゃ。摩耶山賊もなかなかいい肉付きをしておるのう。こりゃあ喜咲ちゃんも歯が立たないはずじゃ」
「キャンッ!」
五郎次爺ちゃんに尻を鷲掴みにされ、摩耶山賊は思わず悲鳴を上げた。けっこうかわいらしかった。
「五郎次お爺様、失礼ですよ」
喜咲はにこっと微笑みかけ、五郎次爺ちゃんを背後からふわりとつかみ上げた。
「ほえ」
「やぁっ!」
そして肩に担ぎ上げ、自身はブリッジをするような形になって五郎次爺ちゃんを地面に叩きつける。
「おう、喜咲風、いい決まり手。来年が楽しみだわ」
摩耶山賊はパチパチと拍手を送った。
「出た! 撞木反り、清清しい決まり手じゃ。大相撲では幻になっておるからのう。こんなレアな技かけてもらえて僕、今ベリーハッピーじゃぞぃ」
五郎次爺ちゃんは地面にうつぶせ状態のまま大喜びしていたのであった。
同じ頃、土俵上に演台が運び込まれていた。
これから表彰式が始まるのだ。
「Hasta la vista!」
摩耶山賊は爽やかな表情でお別れの挨拶を母国の言葉で告げて、土俵の方へと戻っていく。
【表彰式に先立ちまして、『鯉のぼりの歌』斉唱。皆様ご起立願います】
この大会では昔から国歌『君が代』ではなくこの歌が斉唱されている。こどもの日らしい選曲である。
東桝席にいた、どこかの高校の吹奏楽部による和楽器の伴奏が流れ、
『甍の波と雲の波~♪』
会場にいる多くの客、一斉に歌い出す。五郎次爺ちゃんや喜咲は大きな声で楽しそうに歌っていたが梶之助、秋帆、里加子は小声で時々口ずさむ程度だった。
これは『やねよりたかい~』の歌い出しで始まるよく知られている方のやつではなく、大正二年に弘田龍太郎によって作曲された尋常小学唱歌の一つだ。
【ご唱和ありがとうございました。皆様ご着席下さい。これより一般の部、賜杯拝戴】
このアナウンスの後、表彰状などを手渡す係の子達が土俵に上がってくる。摩耶山賊もあとに続いて土俵に上がり演台の横に立ち、係の子達と向かい合った。
「優勝、摩耶山賊殿、一二回目。右は第六四回近畿地方女相撲最強力士決定戦において、成績優秀により賜盃にその名を刻し、永く名誉を表彰します。前人未到の八連覇。おめでとうございます!」
摩耶山賊は頭に五月人形の兜を授けられ、表彰状、トロフィー、柏餅、ちまき、金一封などなど多数の豪華景品、そして祝福のキスを受け取った。
「グラシアス。あっし、今、とても嬉しい。八連覇出来るとは、夢にも思いませんでした」
摩耶山賊は優勝インタビューされた際には、ちょっぴり嬉し涙も見せていた。
準優勝の喜咲にも、表彰状と金一封が授与された。
これにて今年の近畿地方女相撲最強力士決定戦は華やかに幕を閉じる。
「キサキちゃん、記念写真撮ってあげるよ」
秋帆は鞄からデジカメを取り出し、喜咲の方に向けた。
「サンキュ、秋帆ちゃん。いえーい♪」
喜咲は片方の手に表彰状を抱え、もう片方の手でピースサインを取り、満面の笑みを浮かべる。
「キサキちゃん、いい笑顔だね」
秋帆も嬉しそうにシャッターを押したのであった。
「喜咲ちゃぁん、来年こそは、優勝目指して頑張れよ!」
五郎次爺ちゃんはそう励まして、喜咲に背後から抱きついた。そして尻をなでなでする。
「もう、五郎次お爺様ったら。でもそこがお茶目で素敵♪」
喜咲は爽やかな表情を浮かべて五郎次爺ちゃんの腕をつかみ、得意の一本背負いで華麗に投げ飛ばす。
「フォッフォッフォッ。今日は人生最高のこどもの日じゃったわい」
五郎次爺ちゃんはとても満足そうに地面にうつ伏していた。
「梶之助くん、練習相手になってくれてありがとう。今年も準優勝出来たのは、梶之助くんのおかげだよ」
「いやいや、俺は、べつに」
喜咲にくりくりとした目で見つめられ礼を言われ、梶之助は少し照れくさがる。
「あの、梶之助くん、私から、もう一つだけ、お願いしたいことがあるんだけど……」
「何? まあ、予想は出来るけど」
「私、連休中はずっと稽古に励んでて、宿題まだ全然やってないんだ。明日一日だけで仕上げるのは無理だから、写させて」
「やっぱり。去年もそうだったよね。しょうがないなぁ」
喜咲から申し訳なさそうにされたお願いを、梶之助は嫌々ながらも相撲大会で頑張ったご褒美にと、引き受けてあげたのであった。
これにて五人は女相撲大会会場を後にする。途中で里加子と秋帆と別れ、梶之助、喜咲、五郎次爺ちゃんの三人で帰り道を進んでいた所、
「喜咲さん、相撲大会どうだった?」
買い物帰りの寿美さんとばったり出会った。
「今年も、残念ながら準優勝に終わっちゃいました」
「あらぁ、そっか」
「結果こそ去年と同じじゃったが、相撲内容は遥かに良くなっておったぞ」
五郎次爺ちゃんはにこにこ機嫌良さそうに伝える。
「お褒め下さりありがとうございます、五郎次お爺様」
喜咲はちょっぴり照れた。
「俺は喜咲ちゃんの今日の取組見て、これはもう一生喜咲ちゃんに相撲で勝てないなと確信したよ」
「もう、梶之助くんったら、情けない」
「いって」
開き直ったように言った梶之助の背中を、喜咲はパシッと叩いておく。
「大相撲も良いが、女同士の相撲というものは百合百合な雰囲気が感じられてさらに良いものじゃわい。寿美さんも、また出てみんかのう。寿美さんより年増なお方も何名か出ておったぞ」
「わたくしは、もう二度と出ませんのでー。喜咲さん、来年は優勝目指して頑張って! 今夜はキムチ鍋にするから、喜咲さんもぜひ食べにいらしてね」
「はいっ! そうさせていただきます。私、今日はすごくいい汗かいたよ。お風呂もいただきますね」
喜咲は満面の笑みを浮かべながら言う。この日の夜は梶之助達と一緒に夕食を取った後、鬼柳宅の菖蒲湯でゆったりくつろぎ、今日の疲れを取ったのであった。
ちなみに寿美さんが以前、女相撲大会に出場したのは二七年前のまだ新婚の頃だ。見事一回戦で〝腰砕け〟で敗れたというより自滅してしまい、以降出場することはなかったという。