第7話.ニコラ・テスラの宿題
暗く黒い雨が降る場所に、視線だけの存在になって浮遊しています。
濃密な霧の中にポツリと人影が見えます。
顔と思える部分にナイフで裂いたような真っ赤な口が見え、口の端が持ち上がりました。
その口から漏れ出た言葉を聞いた途端、私の意識が途絶えた。
「...はぁ、この目覚め方は堪えますね」
またあの悪夢を見ていたみたいです。
毎日、毎日同じ悪夢ばかり見るとは、どんな罰ゲームなんでしょう。
どうやら、報告書を書きながら寝落ちしたようです。
肩にシーツが掛かっていたのは、アカの仕業でしょう。
どうせなら起こしてくれればいいのに...
シーツを片付けてから、眠気覚ましのためのコーヒーを淹れに行きます。
コーヒーを片手に机に戻り、書きかけの報告書をチェックします。
発生したタイムパラドックスの影響がテスラドールたちに出てしまったのです。
まぁ、ちょっと羽が生えて空を飛んだというだけなんです。
ええ、大した事ではありません。
むしろ可愛いじゃないですか(断言)。
公的発言は別に必要なわけで、私が徹夜で報告書をまとめる次第になっています。
アカは、ニコラ・テスラの学習プログラムを受けています。
毎日、フラフラで帰ってくるんですが、強い子なので大丈夫でしょう。
アオちゃんの本格メンテも、昨日お願いしていた部品一式が来たので無事終了。
明日今日からニコラ・テスラのところへ通うことになっています。
至って順調そうに見えます。
報告書の中では、事実関係を巧妙に隠蔽しているだけなんですけどね。
タイムパラドックスとテスラドールの関係は依然としてわかりません。
タイムパラドックスは、現在に対する未来データの上書きで起こるのだそうです。
しかし、風景や町並みに影響が出るのは百歩譲って許しましょう。
しかし、なぜテスラドールに影響が出るのかがさっぱりです。
頻繁に悪夢を見るようになったのもストレスのせいに違いありません。
あの悪夢については、何か重要なことを忘れてしまっている気がしてきます。
思い出せそうになると記憶が混乱してしまい思い出しかかったものが消えてしまいます。
疲れているんでしょうか。
どうもスッキリしないので、シャワーでも浴びることにします。
ちょっと熱めのシャワーを浴びていると、アカ・アオコンビが乱入してきました。
このコンビ、ますます姉妹化が進んでいます。
おおらかで抜けている姉としっかり者の妹という黄金のキャラ設定です。
そういえば抜けている姉の方が言動がエキセントリックです。
どうやらアニメにはまったらしく、アオちゃんへの布教も着々と進行中の様です。
今も、そのごっこ遊びを始めてしまいました。
「必殺!!パープルシャワー」
「...しゃわー」
「声が小さいよ。もう一回。パープルシャワー」
「ぱーぷるしゃわー」
「こらこら、お風呂で暴れない。滑って転んだらどうするんですか」
外に連れ出して身体を拭いてやります。
「今日からアオちゃんもテスラさんの所へ行くんですね」
「はい、アカおねーちゃんと一緒に勉強して参ります」
自分の準備をしているとアオちゃんから声が掛かります
「のどか様、朝食の準備をしますから少しお待ちください」
アカは『おねーちゃん』で私は相変わらず『のどか様』なんですか。
私も『のどかおねーちゃん』で良いんですけど。[壁]。。;)
しばらくすると、ライ麦パン・ソーセージ・ハム・果物とコーヒーがテーブルに用意された。
「のどか様、どうぞ」
あぁ、私の心の声はやっぱり届かなかったのですね。
ちょっと、寂しい気分でモーニングを頂きます。
「のどかちゃん、先生から見るように言われていた宿題があるんだけど」
「宿題を忘れるAIなんてあなたぐらいですよ。時間大丈夫なんですか?」
「15分ぐらいのダイジェスト版があるからそっちなら大丈夫!!」
「宿題のダイジェスト版を作ってもらえるなんて、あなた大物ですね」
「まあね」
誰も褒めていません。
出かけるまで若干の余裕はありますので、15分程度の動画を見ることはできます。
「じゃあ、ちゃっちゃとその宿題を見てしまうことにしましょう」
「先生の自信作だって」
「自信作って...」
アカの一言に若干の不安を覚えながらも、メディアを再生機に挿入します。
いきなり、始まる日曜の朝にやっているっぽいアニメのようなオープニング!!
完全フルCGながら変なポリゴン処理もされておらず綺麗な作画。
軽快にして愛らしいBGMにのって華麗に活躍する主人公...になっているアカとアオちゃん。
わかりやすくも、奥深いストーリー展開。
なかなか良作アニメのようです。
絶対アニオタでするあのAI。
「真っ赤に燃える情熱の炎!ピュアレッド」
「爽やかに吹く一陣の風!ピュアブルー」
「二人揃って、ピュアドールズ!!」(爆発)
青い風が黒い霧を引き裂いていく、赤い炎が黒い霧を焼いていく。
「ぐるるる」
黒い霧はかなり弱っているようです。
霧がぐるるって鳴くかなんて、私は突っ込みませんよ。
突っ込んだら負けです。
「そろそろいくよ!はぁぁぁ・・・」
「はぁぁぁ・・・」
二人揃って気合を入れると、炎がが風に煽られ強力な紫紺の焔になる。
「必殺!パープルシャワー」
パープルシャワーが黒い霧を焼き尽くしていく。黒く結晶化した核が露出する。
「おねぇさま」
「任せて!」
アカが急接近して核を捕捉。そのまま一気に嚥下する。
ニコラ・テスラのナレーションが響き渡る。
『こうして、タイムパラドックスの脅威は回避された。
だが、いつ第2,第3のタイムパラドックスが起こるか分からない。
負けるな僕らのピュアドールズ』
絶対に楽しんでるよねあの人(AI)。
感動に打ち震えるアカ達をみる限り、戦意高揚の効果はあったようです。