第9話.絶対絶命
『ダゴン』。ディープワンズをさらに魚に近づけたような外観を持つ巨大な海神です。前回は辛くも逃げることができましたが、今回はスタート地点が近すぎます。真っ直ぐに海面に向かっても捕まってしまうでしょう。
「アルバコア急速反転、海底山脈の谷間を縫って逃げて!!」
凄まじい勢いで迫ってくるダゴンを避けて海底山脈の谷間に逃げ込みます。ここならば、直線での速度が負けてても、若干の時間稼ぎはできるはずです。
「アカ!雷撃戦用意!魚雷をお見舞いしてやりなさい。ケチらなくていいからガンガン撃っちゃって!」
「了解!魚雷発射菅1番から6番まで魚雷装填、及び、注水完了。続いて、7番から12番の発射準備に入ります」
魚雷発射菅スタンバイのランプが次々と点灯、射出準備が完了します。
「魚雷1番から6番まで射出!」
圧搾空気によって押し出された魚雷は、巨大な影に一直線に進んでいきます。しかし、ダゴンは関節など無いかのように体を折り曲げ、くねらせてすべての魚雷を避けてしまいました。
「なにそれ!インチキだ!」
キャビテーションの泡を引きながらアルバコアに急接近する巨大海神を、かなたちゃんが必死の操船でなんとか躱します。
「これでも喰らえ!」
発射準備が完了していた7番から12番からホーミング魚雷を射出します。しかし、ダゴンがまとっているキャビテーションの泡が邪魔になって、あさっての方向に飛んでいってしまいます。
「ちっくしょー。チートだ。チート!」
魚雷を中てるには、かなり接近しないと難しそうですが、あちらもその当たりは警戒している様で、無理に接近しようとはせず、ヒット・アンド・アウェイに徹してこちらが根負けするのを待っているようです。
なんとか隙を作らないと...素早く計算を巡らします。
「かなたちゃん、メインエンジン臨界のまま推進停止、故障のふりして沈むに任せて。但し、船首が下を向かないこと。アカ、ちょっと来て。」
「なぁに?」
寄ってきたアカに小声で要件を伝えます。ちょっと驚いた後、明らかに面白がって自分の席に戻り準備を始めました。
かなたちゃんの操船で、アルバコアはまるで機関部が本当に壊れたかのように、ゆっくりと沈ずんでいき海底に着底します。その間に次発装填装置による魚雷装填が完了、ダゴンに向けて魚雷をばら撒きます。
「このっ!このっ!こんのぉ」
次々と装填され打ち出される魚雷の雨の中、ダゴンは風に吹かれるこの葉のように、ひらひらとかわしています。
「のどかちゃん!魚雷撃ち尽くしたよっ」
こんだけ大盤振る舞いしたのです。魚雷も撃ち尽くすはずですよね。警戒していたダゴンも、此方の魚雷がなくなったのは判ったのでしょう。警戒を解いてゆっくりと近づいてきます。
正面ディスプレーに広がった水かきの付いた大きな緑色の手に怯えたヴェルナーが身を固くして抱きついてきます。
駄肉が気になりますが、そのまま肩を抱き頭を下げさせて、次に来る衝撃に備えます。
『ピッ・・・シュル シュル シュル ドムッ』
一発の魚雷が海神の背中に着弾し炸裂します。いきなり背後から現れた魚雷にさすがの海神も反応できず、まともに喰らいバランスを崩します。
大したダメージには成らないですが、逃げるには十分すぎる隙です。
「かなたちゃん!最大戦速で離脱!」
臨界で保持していたメインエンジンからイオン化した大量の海水を吹き出し、海神を置き去りにして海中を矢のように突き進みます。
「こっちが故障した上に弾を撃ちつくしていたら、流石にジャミングは使わないと読んで時限式のホーミング魚雷を一発だけ混ぜてもらったんですよ」
呆気に捕られていたダゴンが怒りの咆吼をあげてこちらを追撃しようとします。
「UGRUAAAAaa・・・」
なにか言っているようなので、腕時計で時間を確認しながらお答えしておきます。
「残念ながらタイムオーバー、時間切れの様ですよ」
海底に横たわっている不発魚雷から小さな音に気づいたのか、足元をみるダゴン。
『・・・・チッ・・チッ・・チッ・・カチッ・・・ガゴオォォォン』
途端に『ダゴン』の周りで、くぐもった爆発音が響き渡り海底山脈が崩れ始めます。
さすがの巨大魚人もこの質量には勝てず、ガレキの中に埋もれていきます。やがて、爆発が収まると、そこにはこんもりとしたガレキの山が出来ていました。
「初めから中てるつもりの無い時限装置付きの魚雷を撃っていたんですよ。水中のお魚に魚雷が中るワケありませんからね」
手品の種は『時限式魚雷』。崩れやすそうな岩の周りにワザと不発弾のフリで打ち込んで爆破時間を揃え、爆破に乗じてて逃げてしまおうと考えたわけです。
ちなみに、時限式は外から操作しなくていいからバレることが少ないことでチョイスしました。どのみち水の中では無線使えませんしね。
「外しているフリをして、地形の弱そうな所に的確に魚雷を置いた私の腕も褒めてよね」
赤い子が褒めて褒めてと寄ってきます。まぁ、それも大きな要因ですね。感謝の意を表すために、髪をなでてあげます。
何やら腕の中でもぞもぞと動く物が、あっ、忘れてました。ヴェルナーの頭を押さえっぱなしでした。急いで離すとちょっと涙目で抗議口調です。
「逃げたり闇雲に魚雷を撃っていたのは、あれは芝居か!」
「ご名答。なかなか迫真の演技だったでしょう。ダゴンって動物ではなくて、人間と同等かそれ以上の知性を持っているそうじゃないですか。だったら隙をついたり騙したりできるんじゃないかと思って」
「なんて無茶な。見破られたらどうするつもりだったんだ?」
「見破られたら見破られたで策はありましたが、その可能性は低かったと思いますよ。あの巨大魚人は、前回のことで『アルバコアには必ず勝てる』という油断があったんですよ。その上こちらがいかにも必死に逃げ回ったので有頂天になってましたから、あんな形で反撃されるなんて思いもよらなかったでしょうね」
私の言葉に、毒気を抜かれたような顔で肩をすくめるヴェルナー。
「とんだぺてん師だな」
「失礼な。正面切って化け物退治をする程、私たち強くないですもん。弱者は弱者らしく知恵を絞るという自助努力が必要なのですよ」
とはいえ、相手は海神です。あの程度でやっつけたと思うのは思い上がりでしょうね。
「まぁ、あの程度ではたんこぶを一つ、二つ作った程度でしょうが、それで良いんですよ。私達の目的は逃げることなんですからね。今はゆっくり余裕綽々といった感じで逃げることにしましょう」
にんまりと、出来るだけ人の悪い顔をした所に、ヴェルナーが言葉を足す。
「『何かあるかもしれないと疑うぐらいに』か?」
くすっと笑って、ディスプレーを見ると 案の定、立ち上がってきたダゴンか映っています。しかし、こちらはもう既に安全距離がとれています。それを見て取ったのが此方を一瞥したあと、海神はゆっくりと去っていきます。
「なかなか冷静な対応ですね。次があったら苦戦は必須ですかね。」
もしそんな事があったら非常に疲れそうです。まぁ、今回も疲れましたが...
「では、さっさと逃げてしまうことにしましょう」
ダゴンからの安全距離をとったあと、アルバコアは最大戦速で一気に海上へ、そして上空に飛び上がり、そのまま遁走を開始した。
はっ、肌を重ねるなんて、なんて、なんて....
「お嫁にいけなくなったら如何してくれるんですか!」
「もしそうなったら仕方が無い。同性結婚というのも本国では認められている...のどかさえ良ければ私と...」(///∇//)テレテレ
なに?私なんか変なフラグを踏んだのですか?
次回「実験潜水艦 アルバコア 最終話 変わる日常と変わらないもの」




